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黄金のアウレリア ーセルディア王国記ー  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第六章 沈黙の叡智①

 その日、ミリアは駐屯地内の執務室に一人呼び出されていた。


「わざわざ何の用? 薬でも必要になった?」


 まるで牽制するように、彼女は軽口で口火を切る。だが、相手はその程度の虚勢が通じるような人間ではなかった。


「こちらはあなたの持ち物ですね?」


 ミリアの質問など無視して、トゥレンは冷たく問い返す。彼の右手には表面の焼け焦げた陶器の小瓶があった。

 それはエピオナの焼け跡を捜索していた際、唯一残っていた消毒用の高濃度酒精であった。アウレリアが見つけ、ミリアが懐にしまっていたのだが、キフィサ砦で捕縛された時に荷物はすべて没収されてしまった。すでに処分されただろうと彼女は思っていたのだが、実際には知らないうちに砦から移送され、この補佐官の手に渡っていたらしい。


「これは何ですか?」


 トゥレンはまるで値踏みするような目でミリアをまっすぐ見つめてくる。おそらくは先日、自分がエピオナの医者だと明かしたことで、没収した持ち物を改めて調べさせたのだろう。この男に誤魔化しは効かないと察し、ミリアは話した。――あくまで知られても構わない範囲の事実を。


「それは……ピュール・オイノウ。エピオナで使われてた毒消し用の水だよ。焼け跡で拾ったもので、多分もう効果はなくなってると思うけどね」


 もしこの場にユリウスやアウレリアがいたら、以前と違う単語に引っかかりを覚えたかもしれない。その反応がトゥレンの疑念を呼ぶ可能性もあったが、今は自分一人なので彼女は堂々とそう言ってのけた。

 だが。


「ピュール・オイノウ――『濃縮した酒』ですか。なるほど、確かに正しい名称ですね。しかし、なぜ『燃える水(ヒュドール・ピュロス)』と言わないのです? エピオナでは通常そう呼ばれていたはずでしょう」


 ミリアの裏工作は一瞬で看破されてしまった。エピオナで生成される高濃度酒精の名が正確には「ピュール・オイノウ」なのは事実であった。だがエピオナ医師たちは普段、そのような学術用語ではなく、日常的にはヒュドール・ピュロス――すなわち『燃える水』と呼んできたのである。液の正体だけでなく、呼び名の違いすらも知った上で、この男はあえて尋ねてきたらしい。


「知っててカマをかけたってわけ? ずいぶんいい性格してるじゃない」


 ミリアが開き直ると、トゥレンはわざとらしく溜息をついてみせた。


「それが私の職務ですからね。あなたが呼び名を隠したのは軍に利用されるのを恐れてのことですか?」

「そんなの警戒して当然でしょ。本来、それは人を救うためのものなんだ。だけど軍に渡ったら、救う数以上に殺しに使われることは目に見えてるからね。だからエピオナではできるだけ外部に持ち出さなかったんだよ」


 ミリアが通称をあえて伏せたのは、『燃える水』という名がたやすく軍事転用を想起させる危険性を感じ取っていたからである。


 彼女は当然、酒精の蒸留技術を熟知している。機材も資金も何もないため今は作れないが、軍に技術提供すればエピオナに代わって製造を請け負ってもらえることは間違いないだろう。彼らがエピオナを焼いた張本人ではなく、遺された技術を必要としているのであれば。

 だが、その相手が軍であるからこそ、ミリアは今日まで情報を伏せていたのだ。


「これはあくまで推測ですが、エピオナが焼失した一因は『燃える水』ではないかと考えております」


 王国軍の中心にいるはずのトゥレンの言葉は、ミリアの意表を突いた。軍のために知識の供出を強要されるものと彼女は予想していたのだ。


「……どういうこと? 街を焼いたのは聖騎士団なんでしょ?」

「火を放ったのは無論その通りです。しかし初めから都市丸ごと消滅させる気があったとはとうてい思えません。事実、聖騎士団自体にも死者が出ておりますからね。エピオナには多数の『燃える水』が各所に貯蔵されておりました。それらに引火して大規模な火災を引き起こしたのではないかと推測しているのです」


 トゥレンの言うことには信憑性があった。実際、彼女は現地で聖騎士団の死体を確認している。従軍経験のあるユリウスによれば、その死亡状況から見て統制の取れた軍事行動ではなさそうだという。実際、消毒液の瓶は焼け落ちてほとんど残っていなかった。その推測が事実に近い可能性は充分にあるだろう。

 この男は現場を見もせずにそこまで理解できるのかと、ミリアは密かに感心していた。――無論、わざわざ口に出して褒めたりなどはしないが。


「ずいぶんと詳しいじゃない」

「周辺の兵士に定期的に巡回と調査をさせていますからね。とはいえ、外部の人間が焼け跡だけを見てもわかることはあまり多くありませんが」


 それであの時、自分たちがキフィサ砦の兵士に見つかったのだとミリアは納得した。遺体を放置しているのに兵士が見回りだけしていたのも、今思えば不自然ではあった。


「それで、私にどうしろって?」

「あなたにはエピオナでその検証をしてきていただきたいのです。あいにく、私は手が離せませんからね」


 まさか技術供出命令どころか、ただの捜査依頼とは。本当に軍の人間かと疑うほどだったが、それは言わずに彼女は代わりに軽口で返す。


「まあ、馬車に乗れないもんね」

「そのような暇がないからです」


 馬車酔いを揶揄やゆされ、トゥレンは憮然とする。そういう時だけは人間らしいと思いながら、ミリアはあえて意地の悪い質問を投げた。


「そんなこと私に頼んで大丈夫なの? 私がエピオナに不利益になるような結果を報告すると思う?」

「エピオナは古代の叡智(えいち)を受け継ぐ技術都市。たとえ街が失われても、その血を継ぐ人間が簡単に誇りを捨てるとは思えませんけどね」


 トゥレンはミリアの挑発をあえて正面から受け止めた。エピオナ人の誇りがあるのならば、まさか真実を包み隠すような姑息な真似はしないだろうと。嫌味な台詞に混じったかすかな信頼を感じ取り、ミリアは思わず苦笑した。


「言ってくれるじゃない」


 少なくとも今はエピオナの遺産を暴力装置に転換するつもりはないらしい。それがこの男なりの誠意なのか、はたまた別の思惑があるのかわからないが、ひとまずは乗ってやろうと彼女は思った。


「まあ、いいよ。私だって何で街が滅びたのか知りたいからね。馬車に乗れない補佐官さんの代わりに見てきてあげる」

「ですから私は忙しいと言っているでしょう!」


 いちいち弱点を否定する補佐官に手を振って、ミリアはどこか晴れ晴れとした気持ちで故郷の焼け跡に向かうこととなった。

第六章開幕しました。

なぜか章の始まりはトゥレンになりやすい気がします。

まあ彼はこの後、遠出はできないんですけどね。

再びのエピオナ出張、どうなるのでしょうか。

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