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黄金のアウレリア ーセルディア王国記ー  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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幕間 黄金の記憶

 ユリウスが初めて王宮内で寝起きしたのは八歳の時である。

 本来、護衛騎士の息子に過ぎない彼にそのような特権はない。だが、王家の養女として迎え入れられたばかりのアウレリアのために、例外的に離宮への宿泊が認められたのだった。


 五歳で唐突に市井(しせい)から離宮に放り込まれた幼子にとって、見知らぬ大人だらけの環境はあまりに耐えがたかったのだろう。アウレリアは夜中に徘徊を繰り返すようになり、扉に鍵をかけて閉じ込めるのを不憫に思ったマクシムが、歳の近い息子のユリウスを呼び寄せたのである。


 こうして初めて王宮に泊まることになったユリウスは、だが未知の体験への高揚感などすぐに吹き飛ぶことになった。


「アウレリア様、お部屋にお戻りください」


 夜更けに寝台から抜け出し、回廊をふらふらと歩き始めた主をユリウスは呼び止めた。

 本来なら幼児に付き添うのは養育係や侍女の務めであるはずだが、平民出身の養女のために親身になる者がおらず、まだ幼いユリウスが同室で半分寝ながら待機していたのである。


「おとうさんとおかあさんは?」


 薄暗い回廊に、仄かな月明かりが降り注ぐ。その淡い光を反射して、黄金の瞳がまっすぐ彼を見つめてきた。


「……ここにはいらっしゃいません。どうかお部屋でお休みください」

「なんでおとうさんとおかあさんはいないの?」


 そう問われ、ユリウスは言葉に詰まった。

 アウレリアは両親を盗賊に殺され、その後しばらく教会で保護されていた。彼はそう聞かされていたが、幼い娘に大人たちは誰も教えていなかったのだろう。そのせいで今でも夜中に両親を求めてさまよってしまうのだ。

 まだ八歳のユリウスに、両親を喪った幼児をなだめる言葉など見つかるはずもなかった。


「……私が代わりについています。何か菓子でも持ってきましょうか?」


 それが、真実を言えない彼にできる精一杯のいたわりだった。


「でも、夜中に食べたらおこられない?」


 なおも不安げな少女にユリウスは必死に微笑みかける。


「大丈夫です、こっそりもらってきますから」

「ほんと? じゃあユリウスもいっしょね?」


 はい、と(うなず)きながら、ユリウスは鉛を飲み込んだかのような重さを胸の奥に感じていた。

 そしてこの後、厨房に忍び込んで彼は調理係と自分の父からこっぴどく叱られたのである。




 アウレリアの夜中の徘徊(はいかい)が収まった頃、ようやく国王夫妻との正式な面会が行われることになった。

 それまでは形式上の養女であっても、王室の人間は誰も彼女に会おうとしなかったのだ。


「王さまと王妃さまってだれ?」


 謁見の意味をまだ理解できないアウレリアは、その通達に首を傾げていた。


「……アウレリア様の新しいお父上とお母上です」


 ユリウスもまだ国の仕組みまでは理解できていなかったが、幼いなりにそう説明した。


「なんで? おとうさんとおかあさんは?」

「お二人が……いなくなったので、国王陛下と王妃殿下が代わりにアウレリア様の親となられたのです」

「なんで? じゃあ、おとうさんとおかあさんにはもう会えないの?」

「アウレリア様……」


 ユリウスはこれ以上、何と言えば良いかわからなかった。

 少女はまだ人の死を理解していない。


 ユリウス自身はすでに母の病没により肉親の喪失を体験していたが、それを言葉で教えられるほど彼もまだ大きくはなかった。

 しかも、相手は「神の瞳」を持つ聖女である。下手な嘘や誤魔化しはすぐに見抜かれる。その状況で正しく両親の死を伝えるのは至難の業であった。


 また、さらに悪いことに、謁見時には聖女に目隠しをするよう命じられていた。

 神の瞳は全てを見抜く――その言い伝えが真実だった場合、見られた者は心の内を暴かれてしまう。それを避けるため、神の瞳が実際に機能するかどうかを調べる前に王室側はその目を封じようとしたのである。


「なんで目をかくさないといけないの?」


 白い布を目に巻かれながら、アウレリアは困惑したように尋ねた。


「……王族との対面時には、そうするようにと言われております」


 布を巻く手を止め、ユリウスは何とかそう答えた。

 あなたの養親がその眼を恐れているなどと、彼に言えるはずもない。嘘をつかずに答えるにはこれしかなかった。


「そうなの? なんか変なの」


 ユリウスはかすかに震える手で白布を再び持ち直し、アウレリアの後頭部でゆっくりと布の端を縛った。


「アウレリア様……きつくはありませんか?」


 恐る恐る尋ねると、明るい声が返ってきた。


「うん、だいじょうぶ。ユリウスがむすんでくれるなら平気」


 こうしてユリウスは、瞳を封じた聖女を本宮へと送り出した。

 そして謁見から戻ってきて以降、アウレリアは二度と両親のことを口にしなくなった。


     ※


 激しい動悸とともに、ユリウスは飛び起きた。

 胸を押さえ、彼は荒い息を何とか落ち着かせようとする。背中は冷たい汗でじっとりと濡れていた。


「…………夢か」


 彼は小さくつぶやいた。

 見回すと、そこは狭くて硬い寝台の上。元は駐屯地内の宿直室だった粗末な部屋が、現在ユリウスの仮私室としてあてがわれていた。無論、逃亡を防ぐために窓には格子が嵌められている。


 そう、今はもう八歳の子供でも、王国の騎士でもない。

 聖女の嘆願により何とか滞在を許されている無役の元騎士に過ぎないのだ。


(――あんな夢を見るなんて)


 ユリウスは再び大きく息をつく。

 夢ではあるが、その内容は幻ではない。あれは彼の脳裏から消えることのない、記憶の断片だった。


 いまだ消えない残滓(ざんし)を払い落とすように頭を振ると、ユリウスは汗に濡れた自分の手をじっと見つめた。

 これは主を守る騎士の手でありながら、ずっと聖女を閉じ込めてきた罪人の手でもある。

 その思いが改めて彼の心に重くのしかかる。


 ――己は鳥籠の番人だったのだと。




 早朝から水場の冷水で汗を流し落とし、彼はいつものように主の前に出仕した。


「おはよう、ユリウス。何だか眠そうじゃない? ちゃんと寝たの?」


 アウレリアの笑顔はいつもと変わらない。そのことに安堵すると同時に、彼はまた罪悪感がせり上がってくる。

 今、アウレリアは幼少時の記憶をほぼ失っている。かつての自分の本名も、両親の顔ももはや覚えていない。


 ――その罪に加担したのは自分なのだ。


 決して口に出せない真実。

 彼は今日もそれを飲み込んで、主の前にただ立つことしかできない。


「ほら、ユリウス。ぼーっとしてないで、ごはん食べに行こう?」


 アウレリアはユリウスの袖を掴み、ぐいぐいと引っぱって歩き始めた。まるで幼子が親を急かすかのように。


 朝の陽光を浴び、聖女の黄金の髪はいつになく輝きを放っていた。

 黄金とは、永遠に変わらぬ光の象徴。

 ならば黄金に彩られたこの罪の記憶も、永遠に消えることはないのだろう。

 その光のまぶしさに、彼はそっと瞳を閉じた。

ep.29 黄金の雛鳥②に出てきた目隠し事件の回想です。

ユリウス、八歳時点ですでにネグレクト幼児のヤングケアラーですね……(しかも他人の子)

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― 新着の感想 ―
第五章は、ついにアウレリア組とレックス組が合流して、生まれも性格もバラバラな彼らが織りなすドラマが面白かったです。 密かな推しのヘリオスも再登場! アウレリアの純粋さや、感情的な面が、際立っていまし…
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