第六章 沈黙の叡智②
西の聖女と東の王子の密かな同盟関係が結ばれたことにより、聖女には新たに専属の護衛が二名追加された。
アウレリアとしては護衛はユリウスだけで充分だったが、王国軍側としてはそうもいかない。それにユリウスも、これ以上毎日休みなく勤め続けるのは人間として限界があった。
ユリウスとの交代も兼ねた専属の護衛兵士は、イアスとテオと言った。イアスは寡黙に過ぎる男でほとんど喋らなかったが、年の若いテオの方は必要以上に元気があふれ、アウレリアにとっては親しみやすかった。
「俺、テオです! 聖女様、よろしくお願いします!」
すでに彼らは離れた位置での護衛任務は開始していたが、任地に向かうにあたりここで正式に顔合わせが行われたのだった。
「うん、よろしくね」
緊張気味のテオにアウレリアが笑いかけると、彼は興奮気味に頬を紅潮させた。
「あっ、すげえ! 本当に黄金の瞳なんすね! 俺、初めて見ました!」
伝説の聖女の瞳を無遠慮にまっすぐ覗き込み、テオは子供のようにはしゃぐ。黄金の瞳の聖女は千年間実在しなかったのだから、初めて見るのは当然である。だが、そんなことなどお構いなく彼はまくし立てる。
「『神の瞳』は嘘が見えるって本当なんすか!? どうやったらわかるんすか!?」
「おい……」
さすがに不敬すぎるとユリウスが割って入ろうとしたが、当のアウレリアは戸惑いながらも真面目に答え始めた。
「うーん……うまく説明できないんだけど、見えるっていうのとはちょっと違うんだよね」
「まじっすか!? 俺、もっと知りたいっす!」
聖女と護衛の異様に盛り上がる会話を止めたのは、もう一人の新任護衛兵士だった。
「テオ、その辺にしておけ」
「えー、イアスさんは気にならないんすかあ?」
口を尖らせて不満げに返すテオをイアスは完全に無視した。
「職務を遂行しろ」
「大丈夫っす! わかりました! じゃあ聖女様、馬車に乗ってください!」
こうして温度差の激しい護衛たちに囲まれて、アウレリアとミリアの二人は用意された馬車に乗り込んだ。
行先はエピオナ――アウレリアの提示した条件である「エピオナの犠牲者の埋葬」を実行するため、彼女たちは王都ヴァルディスを発ったのである。
「鉄の掟で厳しく鍛えられた『鉄の軍団』ねえ……」
馬車に揺られながら、ミリアは一人つぶやいた。今のテオの様子はあまりにその辺の子供らしすぎて、とても恐怖で語られる精鋭兵の一人には見えなかったのだ。
「軍の中にも怖くない人がいるんだね」
一方、アウレリアはあの俗っぽさにかえって安心したようなので、ミリアはそれ以上言わなかった。
ただ、馬車のすぐそばを馬で並走するユリウスだけが、無礼極まりない少年への不満を黙ってこらえていた。
エピオナへの移動は速度が求められる軍事行動とは異なる上、荷馬車や歩兵も多く、到着に数日かかる。
日が暮れてきたのを見計らい、彼らは初日の野営を行うことになった。アウレリアにとっては久々の野外での食事である。初めはユリウスと二人きり、途中でミリアが増え、そして今は追われていたはずの東軍の兵士と並んで焚火を囲んでいる。十一年も離宮に籠もって生きてきた彼女が、わずか数か月の間に環境が目まぐるしく変動していた。
逃亡していた時とは違い、今は食料の調達も調理の必要もない。食事係の用意した夕飯を食べようとしたアウレリアに、テオがまた親しげに話しかけてきた。
「聖女様! このチーズ、ちょっと炙ってパンに塗ると超うまいんすよ!」
東領内に入ってから、彼女はすでに西とはパンもチーズも味が違うことには気づいていた。キフィサ砦でユリウスがつい貪り食べたのも仕方ないと思うほどの格差であった。
だが、それらはすべて屋内での食事で、まだ焚火の前で食べたことはない。アウレリアはテオに言われた通り、串に刺した白いチーズを恐る恐る火に炙る。表面がとろりと溶け、香ばしい匂いを発してきたところで、ちぎったパンに塗りつけてかぶりつく。
口の中に柔らかな感触と温かな乳の香りが広がり、アウレリアは思わず目を輝かせた。
「わ、本当だ! 凄い! ねえ、ユリウスも食べてみなよ!」
彼女はこの感動をユリウスと分かち合いたかったのだが、彼は表情を硬くしたまま首を振った。
「いえ……私は結構です」
あんなに牢のパンとチーズを喜んでいたのに、とアウレリアは寂しげな顔をする。それに気づいてか、ミリアが口を挟んだ。
「あんた、砦の地下牢でうまいパン食べて爆睡してなかったっけ」
「おい、余計なことを――」
過去の行状を引き合いに出され、ユリウスが言い返そうとしたところ、テオがパンの一語に反応した。
「えっ、ユリウスさんもパン好きなんすか!? じゃあパンごと炙って食ってみてくださいよ!」
「は? いや、何でさん付けで……」
ユリウスはテオの言動にますます困惑した。今の彼はアウレリアの護衛を続けてはいるものの、正式な身分はない。それなのに東軍の正規兵であるテオから半端な敬語を使われるのは違和感しかなかったのである。だが、テオにとっては彼なりの基準があったらしい。
「ユリウスさんって一応元騎士なんすよね? それに俺より年上らしいし、じゃあ、さん呼びかなって」
「一応って……」
その言いようにユリウスは絶句した。どうにも純粋すぎるテオに悪意がないのは見てわかる。それでもさすがに「一応元騎士」という呼ばれ方は彼の胸を鋭く突き刺したのだ。
その傍ら、焚火の反対側から鋭い叱責の声が上がった。
「ちょっと、それ私の分なんだけど」
テオがおかわりのチーズに伸ばそうとした手を、ミリアは平手で強めに叩いた。
「あ、痛って! 何すんだよ!」
「それはこっちの台詞だよ。あんた、ユリウスに対してとずいぶん態度が違うじゃないの」
「そりゃユリウスさんは年上だし――」
そう言いかけるテオに、ミリアは冷たい視線を向けた。
「あんた、いくつなの」
「え? 十八だけど……」
「だったら年上を敬いなさい。私はこれでも二十一なんだよ」
その言葉はテオを一瞬にして驚愕させた。
「えええ!? あ、その、すみません! いや、俺、子供かと思ってて……!」
余計に失礼なことを口走りながらもテオは大慌てで頭を下げた。彼にとって年齢は上下関係を決める大きな要因なのである。
そしてその横で、もう一人青ざめる男がいた。
「え……? 二十一…………?」
ユリウスは初めて知らされた事実に固まっていた。
「ミリアってユリウスよりお姉さんだったんだね」
アウレリアはしみじみとそう語った。
確かに彼らは出会ってから一度も年齢など確認し合ったことがない。小柄で童顔、おまけに口も悪いミリアは外見だけならアウレリアと同じか、下手をすればそれよりも若いのではとユリウスは勝手に思っていた。だが実際には十九の自分より年上だったと知り、今更ながらに呆然としていたのである。
「あの、すいません、ミリアさん……俺の分のチーズで勘弁してください……」
テオは頭をぺこぺこと下げながら、今度は自分の食料をミリアに差し出そうとする。
「別にいらないよ! それより、今後は子供だと思って舐めた態度取るの禁止だからね」
「はい! すいません、姐さん!」
「誰が姐さんだ!」
そんなやり取りをアウレリアは微笑みながら見つめていた。焚火を囲み、笑い合って食事をとる――まだそれほど月日は経っていないのに、あの逃避行の日々を懐かしく感じながら。
ついに新キャラ登場しました!
とはいえ、実は第五章②で新たにつけられた護衛というのがこいつらです。そして、第五章⑤で走って逃げたアウレリアを追いかけていったのもこいつらです。
どうか名前だけでも覚えて帰ってください。
テオとイアスです。




