第4話 カイル
カイル・ハーグレイブ。
28歳。
父親は王都の海軍高官、母親も沿岸防衛を代々担う家の出身。
次男。
兄は海軍士官を務め、本人も海軍経験者だ。
子供のころから海のある場所で育ち、船を見る生活を続けてきた。
最初に目につくのは、その体格だ。
大きい。
背が高い、肩幅も広い。
腕も太く、立っているだけで体の強さがわかる。
けれど、ただ、大柄なだけではなかった。
船乗りらしい身体だった。無駄な肉がついているわけではない。
肩から腕にかけての筋肉も、背中の厚みも。
長い航海や船上での作業によって鍛えられたものだ。
軍人として鍛えられた身体と、海の上で使い込まれた身体、その二つが同時にそこにあった。
肌は日に焼けている。
彼の肌には、長い時間を海の上で過ごしてきたことがそのまま残っていた。
日に焼けた顔、風にさらされた頬、手の甲には細かな傷もある。
それなのに、不思議と荒々しい印象だけではなかった。
髪は、濃い栗色。
日差しの下では少し赤みや茶色みがかかり、毛先は少し明るい。
手は大きかった。
長い指には節がはっきりと浮かび、掌には船のロープを握ってきた硬さが残っている。
瞳は、深い琥珀色。
光の加減によって蜂蜜のように明るく見えることもあれば、深い茶色に見えることもある。
その瞳には不思議な温かさがある。
濃い栗色の髪の下に、太い眉と琥珀色の瞳。
鼻筋はまっすぐで、顎の線はしっかりとしている。
頬骨から顎へ続く輪郭はしっかりと角をもち、整った顔立ちの中にも
海と軍務で鍛えられた男らしさがあった。
けれど、不思議と威圧感はなかった。
人と目があえば自然に笑う。
声をかけられれば、相手の顔を見てきちんと返す。
子どもが近くを走れば、邪魔にならないようにさりげなく道をあける。
初めて会った者でも、なぜか話しかけやすい。
そんな、人好きのする男だった。
ただし、人当たりがいいことと、気を許すことは別だった。
誰に対しても笑う。
けれど、自分のことを語るときには一歩だけ引いた。
相手の話はよく聞く。
その人が何を望んでいるのかも、驚くほどよく見ている。
けれど、自分が何を考えているのかは、必要以上に話さない。
何かを決めるときも、すぐには答えない。
一度海を見て、風を確かめるように、周囲の状況を見てから口を開く。
明るく見える男だった。
けれど、決して軽い男ではなかった。
―ベルナ港、酒場。
港の酒場は、夕暮れになると少しずつ賑わい始める。
扉を開ければ、まず潮の匂いがする。
海から吹き込んだ風が、濡れた木材や魚の匂いと混ざって、店の中まで入り込んでいる。
使い込まれた木のテーブルにはところどころ傷が残っていた。
何度も酒をこぼした跡。
船乗りが刃物で刻んだ小さな傷。
長い年月の間に、いくつもの夜が染み込んだような木目。
壁際には樽が並び、カウンターには琥珀色の酒が入った瓶がいくつも置かれている。
奥では、誰かが盃を掲げ
誰かが大声で海の話をする。
店内に笑い声が響く。
長い航海を終えた男たちが、ようやく陸に戻ってきた時の、ほっとした空気。
港の酒場は、船乗りたちにとって単に酒を飲む場所ではなかった。
海から帰ってきたことを、実感する場所だった。
カイルは、壁際の席に一人で座っていた。
盃を傾けながら、なんとなく周囲の話を聞いている。
海の男たちの話は、似たようなものが多い。
どこで魚が取れた。
どの港の酒が上手い。
どの船が早い。
どこの海域で嵐にあった。
その中に、
「アステリアの船が来たらしいぞ」とカイルの興味を引くものがあった。
アステリア。
高い航海技術と、造船技術。
噂には聞いたことがあったが、カイル自身も詳しくは知らない。
男が話を続けていた。
「俺の親父は一度行ったことがある。
だが二度目はいけなかった。」
話を聞いていた船乗りたちは口々に、自分が聞いたことのある
アステリアの話をし始めた。
どの男も最後には「アステリアは、地図に載らない島だ」と閉める。
島の人間は、潮と風と波を見て、自分たちの道を見つける。
地図に航路を描くのではない。海そのものから航路を読む。
「それだけじゃない」最初に話した男が声を落とした。
「アステリアは船乗りだけの島じゃない」
「何がある?」
「交易だ」
「それから---」
男は周囲を見渡した。
「傭兵も出す」
カイルの眉が動いた。
「傭兵?」
男はさらに声を落とした。
「ああ。陸の戦いにも出るし、海の護衛もする。
アステリアの人間は、海だけじゃなく剣も扱えるらしい」
「だから場所を隠しているのか?」カイルが尋ねた。
男は一瞬黙った。
「国に場所を知られれば、港を奪われる。
船を使われる。
傭兵も囲い込まれる。」
カイルは合点がいった。
「だから、地図に載せない」
酒場の喧騒が、少し遠くなったように感じた。
地図にない島。
海を読む人々。
交易。
傭兵。
そして、外の国から自分たちの場所を守るために、島そのものを秘密にしている。
「面白いな…」小さくつぶやく。
テーブルに置かれた海図に目を落とす。
そこにはいくつもの航路が描かれている。
けれど、アステリアの名前はどこにもない。
それが気になった。
「行けるなら、行ってみたい」
その言葉に「地図にない島だぞ?」と男たちは呆れた顔をする。
その島へ続く道が本当にあるなら、自分の目でその海を見てみたい。
その思いが、その夜から、カイルの中に残り続けた




