~夏休みの練習2~
次の日の朝、登校する途中の道に伊藤くんは立っていた。
どうしたのかと私が聞くと、朝七時からラッパの練習ができるようになったから、はりきっているのに決まっているだろうと言われた。
私が聞いたのは、なぜここに立っていたのかだけど、朝早い練習を楽しみにしてくれて私もうれしく思い、いっしょに学校に行った。
校門の前に着くと、大会メンバーに選ばれた同級生の江角くんがいて、伊藤くんは「江角!」と大きな声をかけて手を振った。
私は入部のときに江角くんから投げられた嫌な言葉のせいで、すこしわだかまりもあって会釈するにとどめた。
職員室に行き鍵を取る。
私は体育館の鍵、そして江角くんは放送室の鍵。
職員室を出て行くときに持田先生が伊藤くんに「調子に乗って何か壊したら、みんなに迷惑がかかるんだから気をつけろよ」と、くぎを刺していた。
先生も、よくわかっている。
体育館に行くと、今日も一番乗りだった。
私は大会のメンバーではないけれど、ほかの曲を練習するのも抵抗があったので一応大会の曲を練習していた。
しばらく経つとぽつりぽつりと人が増えてきて、七時四十分を過ぎたことからは十人くらい集まったので私は後から来た三村さんと美緒といっしょに音楽室に上がった。
週の後半になると体育館へ来る人の集まりは悪くなり十人集まらない日も出てきて、次の週は県大会が行われる大事な週なのに大丈夫なのだろうかと不安に感じた。
月曜日は登校日だったが、この日も人数は十人集まらなかった。
三年生の人数は変わらないけれど、二年生の数が減っている。
登校日の日は午前中に練習時間が取れないので、午後からの練習は一時から三時まで。
練習を始めて少したって個人練習をするために場所を移動しようとしたときに、かばんを教室に忘れてきたことに気がつき慌てて教室に取りに行く。
そーっと教室のドアを引くと、鍵はまだかかっていなくて開いた。
“ラッキー!”
かばんも無事にあり、部屋を出ようとしたとき、教室の北側にある自転車置き場の方から聞き覚えのある人の声がした。
吹奏楽部の二年生、たしか木管パートの人たちの声。
個人練習に出たはずなのに何だろうと思ったが、立ち聞きしてはいけないと思って出ようとしたときに私の名前が出て、驚いて足を止めてしまった。
「一年の鮎沢って、面倒だよね」
「そうそう。メンバーから外されているのに、バカみたいに朝早くから出てきてさ」
「しかも体育館や放送室まで使用許可を先生にとって、いい迷惑よ」
「こっちは、そんな暇人じゃねえっつーの!」
「あの子、まだメンバー入り諦めてないんじゃないの?」
「まさか」
「だって、あの子いつも私たちが演奏する課題曲と自由曲練習しているでしょう」
「あっ、たしかに」
「メンバーじゃないんだから、他の曲を練習すればいいのにね!」
「あーっ!だから体育館とか借りてさあ、先生にアピールしているんじゃないの」
「そうかも」
「先生にわがまま言って、学校にオーボエ買わせて調子に乗っているんだよ」
「この青いタオルだって気持ち悪いわ」
「暑けりゃ休むっつーの!余計なお世話だわ」
そんな風に思われているなんて知らなくて悲しくなり、それ以上は聞きたくなく私はそーっと教室を出た。
教室を出たときに、中庭で練習している江角くんと目が合った。
鋭い視線。
きっと江角くんも、彼女たちと同じことを思っているに違いない。
そう思うと私はいたたまれなくなり、逃げるように廊下を走り、音楽室には向かわずにそのまま学校を出てしまった。
家まで走った。
とにかく走った。
玄関のドアの鍵を開けて中に入ると、ロンが温かく出迎えてくれた。
いつもピョンピョンと跳ね回って喜んでくれるロンは私の気持ちをすぐに察してくれ、ロンを抱いたまま玄関に倒れ込む私のすることを拒みもせずに、まるでぬいぐるみのように私に抱かれるままおとなしくしてくれた。
そして優しくぺろぺろと温かい舌で私をなめて冷え切っていた心を溶かしてくれた。
ロンは本当に優しい。
私はロンの温かさに包まれ、体の中に溜まった嫌なことを涙と汗で拭い出すことができた。




