~卒部会は山小屋で6~
肩からオーボエの入ったケースを下げ、手にはリード。
そしてその先には元気に山道を登るロンがいて、後ろから皆がゾロゾロと着いてくる。
別に道案内なんてするつもりじゃなかった。
だいいちこの、丘の頂上に続く道は一本道なので間違えようがない。
それに私自身、列の先頭に立って皆を引っぱっていくような性格ではない。
なのに、なぜ先頭を歩いているかと言うと、それはロンのせい。
皆が集まって出発するときに、里沙が言った言葉が原因。
「賢くてカッコいい犬としての見せどころよ!さあロン皆を案内してあげて!」
なんて言うものだからロンたらその気になって張り切っている。
おかげで、皆とおしゃべりしながら楽しく登っていくはずが、まるでエベレストの道先案内人のように黙々と歩を進めていく。
当然、私の後ろには体力に自信のある男子たちが続き、楽しそうにおしゃべりしている女子たちの声ははるか後ろのほうで小さく聞こえていた。
「おい、鮎沢。いくら一本道だと言っても少しペースが速いんじゃないか?」
江角くんからペースを落とすように声をかけられ振り向くと。
私の後ろには江角くんと伊藤くん、それに茂山さんしかいなくて、その50メートルほど後ろから他の男子がいて、それからずっと離れたところから女子たちらしい懐中電灯の明かりがゆらゆらと楽しそうに動きながら着いてきていた。
頂上に着くと「わあっ!」と江角くんが感嘆の声を上げて夜空を見上げた。
私も遅れて見上げると、昼間思い描いていた以上の星空がそこにあった。
私と江角くんが夜空に見とれていると、遅れてきた皆からも「わあ!」という歓声が聞こえた。
私たちの住む街中で普段目にすることのないパノラマの夜空に散りばめられた星々は、まるで今夜のために磨き上げられたように煌びやかな輝きを放ち、その一粒一粒が重なり合うと包み込むような優しい輝きに代わる。
それは私たちに似ていると思った。一人ひとりの個性や、楽器の持つ個性、それらが全部交わり合って吹奏楽部ではオーケストラになり、教室ではクラスになる。
決して一つ一つの個性が消えるのではなく、この頭上の星々のように溶け込んでいくのだ。
「ち・は・る!」
私が夜空を見上げているところに里沙が来た。
「すごいねぇー。初めて見るよこんな夜空」
ふたりで並んで見とれていると時間が永遠にあっても足りないような気がした。
「鮎沢!」
後ろから江角くんに声を掛けられた。
「そろそろ始めるぞ」
「はい」
私は準備のため、ロンのリードを里沙に渡す。
「頑張ってね。楽しみにしてる」
「うん。ありがとう里沙」
里沙に言ったあと、ロンが立ち上がって私の胸まで顔を伸ばしてきた。
「ロン!楽しんでね」
私はロンの頭を数回撫でて離れた。
オープニングは江角くんのトロンボーンと伊藤くんのトランペットによる「見上げてごらん夜の星を」で始まり、金管の澄んだ音色が夜空に吸い込まれていくように、皆、空を見上げて聞いていた。
パーカッションのメンバーはそのメインであるティンパニーやドラム、マリンバやハープといった楽器はこのキャンプには持って来てなくて、ギロやカスタネットやタンバリンでの参加。
そしてチューバやファゴット担当者もさすがに登山道なので楽器を安全に運べない理由でかわいそうだったけれど、それでも音楽魂を発揮させてパーカッションのメンバーが持ってきた他の小物楽器で演奏に参加していた。
そのなかで圧巻だったのはドラムの甲本くんで、なんとバチだけ持ってきて、あとは現地調達の石や木や缶をたたいてしっかりリズムにしていた。
私は江角くんから渡された楽譜を胸に抱きながら、司会の伊藤くんに呼ばれるのをずっと待っていた。
今は美緒と桃子と早苗の三人による「コンドルは飛んで行く」。
楽器はクラリネット、フルート、そしてテナーサックス。
順番的には次が私で、そしてそのあとに全体で「ムーンライト・セレナーデ」を演奏して終わりになるはず。
「コンドルは飛んで行く」の物悲しい響きが山々を渡って行くように終わった。
さて、いよいよ次は私かなと、ケースから取り出していたオーボエをぐっと握ると、司会の伊藤くんが「ムーンライト・セレナーデ」と言った。
『あれ!?私は??』
呆然と立っていた私の背中を江角くんが優しく押して皆と一緒に前に並び、先に演奏していた美緒たちに笑顔で迎えられる。
『まあ、いいか。私のほかにもまともに参加できていない人もいるのだから』と気持ちを切り替えて用意をする。
『んっ?なかなか始まらない』と思っていたら、伊藤くんから「副部長!音合わせの音!」って催促されて慌ててB♭の音を出すと他の楽器もあわせてチューニングをそろえた。
もうこのチューニングのB♭を出すのも最後かと思うと、なんだか涙が出そうになってくる。
皆の音がそろって、一瞬静まったあと甲本くんがバチを鳴らして合図を送り、いよいよ最後の曲「ムーンライト・セレナーデ」が始まった。




