~それぞれの進路3~
持田先生と青葉台高校の門倉先生が帰っていく後ろ姿を見ながら、私は少し後悔していた。
秋子お姉ちゃんの従妹であることの名誉のために、威勢よく啖呵を切ったまではいいとして、私立の青葉台高校は今まで私の選択肢にはなかったからレベルもわからなかった。
「よし決めた! 私も青葉台に行く!」
先生たちが去ったあとを見ながら少し後悔しているとき、となりにいた里沙が勢いよくそう言った。
里沙が行くというのなら私も行ける範囲内なのかもしれないと思って聞いてみると、里沙は私が自信をもってあの先生に言ったから、ひょっとしたら私もがんばったら行けるのかなって思って言ったのだということだった。
そして私たちはその場でお互いの携帯を使って、青葉台高校のことを調べてみた。
青葉台高校と言っても、最寄り駅は東急田園都市線の青葉台ではなく田奈駅。
私たちが通うとすれば、JR横浜線の長津田駅で降りても、田奈駅よりも二百メートル余分に歩くだけで済む。
もっとも近いのは長津田から、東急こどもの国線に乗り換えることで、これだと長津田駅から学校まで行く距離の半分の距離しか歩かないで済む。
久しぶりに、こどもの国線の「うしでんしゃ」や「ひつじでんしゃ」にも乗ってみたい。
場所はわりと通学しやすいことはわかったけど、肝心なのは私たちの学力との問題。
調べてみると、なんと橋本の普通科より難易度が高いことがわかり、あまり余裕ではなくむしろちょっとピンチかも。
これは本気で受験勉強しないと……と、思っていると、向かい合っていっしょに調べていた里沙が固まっていた。
「そういえば里沙、この前の定期テスト何番だったの?」
「じ、じつは……」
「きゃーーっ!!」
一応里沙と話はしたが、里沙は絶対に私と同じ高校に行って、いっしょに吹奏楽をすると言い張って曲げなかったので、とりあえず今日を最後にマネージャーとしての役目を終えて受験勉強に入るように言った。
里沙もさすがに状況を理解して、すんなりと私の言うことを聞いてくれた。
私のほうでも里沙の勉強を手伝いつつ、自分自身も受験体制に入ろうかとも思ったけれど、まだ木乃美ちゃんと緑ちゃんを手放せなくて続けることにした。
特に緑ちゃんは演奏こそある程度できるものの、基礎はまだしっかりと身についていない。
酷な言いかただけど私が卒業して抜けたあと、オーボエのソロを代わりにする者がいなければ戦力ダウンは否めないし、選曲の幅も狭くなる。
それだけはオーボエの先輩として、また前部長として、意地でも避けたい。
オーボエのない吹奏楽部もあるなかで、それがあるということは絶対有利な状況に持って行かなければならないと思う。
それが私たちのために二本のオーボエを購入してくださった学校に対して、私たちが応えなければならない気持ち。
せっかく私の希望していた中一になる前のからの練習が実現しかけているのに、この成果を放り出して退部はできない。
ほかの楽器なら教える人はいても、このオーボエは今のところ私しか教えられる人はいない。
これは前部長としてというよりも、ひとりの演奏者として今後の西中のためにもきちんとやっておかなければならない。
相模風っ子文化祭が終わったあと、私の一日はとてもハードであり、またとても充実したものとなった。
朝早く起きてロンといっしょに散歩をして、その日一日分の元気をロンからもらう。
朝練では木乃美ちゃんへの個人レッスン。
昼練では木管全体の指導補佐。
夕方からの練習では、木乃美ちゃんと緑ちゃんへのレッスン。
受験対策のほうは授業中は先生の話に集中するのは変わらないが、授業間の休憩時間やもちろん給食を食べながらも本屋さんで買ってきた問題集と向き合い、いっときも無駄な時間は使わない。
これは里沙も同じで、マネージャーを辞めた里沙は学校のある平日で一日七時間、休日には十四時間も勉強していて、おまけに知り合いの大学生に毎日一時間以上勉強をみてくれているという完璧すぎる受験体制。
家庭教師なんていいな。
兄が家にいたら私も兄に教えてもらえるけれど、兄の教え方は厳しいからきらい。
美樹さんや、亡くなった秋子お姉ちゃんみたいな優しい人に教えてもらえればいいなって、里沙をうらやましく思っていた。
これなら里沙の青葉台合格も夢ではなく、私も負けていられない。
夕方の練習中に、私ともう一人だけ三年生で部活に残っている江角くんを見ていた。
学年でほぼ毎回トップの成績。
きっと兄と同じ横浜の公立に行くか、私立の大学付属に行くのだろうけど、私と違って余裕に見える。
教える態度も、引退してからだいぶ穏やかになった。
そういえば江角くんって、たしか長男だったはず。
私の兄も長男だし、ひとりっ子だった秋子お姉ちゃんも当然長女。
先に産まれた人って、親のいいDNAを持って行っちゃうのかな……。




