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記憶の道  作者: 桐霧舞
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過去からの日記





 日記に対してのサイコメトリー。思えば剣からその人物の目線を見る事も、床に対して誰が通ったかを見る事が出来るこの能力を使えば、日記の内容を完全に読む事が出来る。ただし、響也はこの世界の文字を読む事は殆ど出来ない。

「そこで考えたんだ。響也の話によるとかなり前の情報も見える。って事はその能力を更に強くすれば日記を書いた日を見る事が出来るんじゃないかと。」

 セルジュの言う事は的を射ている。今の響也は極浅い期間内であれば殆どの物に対し過去視が可能であり、ローアケルドでもルイーザとジョゼの行動を見ており、バーウィックでもジャマダハルから冒険者の戦闘以外の記憶を読み込む事に成功している。

「確かに、今思えば敵と対峙した時以外も別の記憶が見える。俺の能力は強化されたのか?」

「あるいは体がこの世界に馴染んだか。どちらにせよ前より能力は上がってるみたいだから試しに読み込んでみてよ。」

 そう言って持っていた日記を手渡そうとするセルジュは背筋が凍る様な強烈な視線を感じた。これ以上動けば確実にやられる、見えも聞こえもしないが殺気を受け取る。

 何処から来たのかも分からぬ視線、しかしセルジュは冷や汗と共に目線を傾けるとその人物が目に入った。

「ルイーザ・・・」

 セルジュの視線の先に居たのはルイーザ。今までに無い彼女の殺気に生きた心地がせず呼吸さえも苦しくなり、彼は目線で響也に訴える。

「ん?あぁ、セルジュ。本の埃がスープに入るから後にしないか?」

「え?それで怒ってたの?!」

「うむ」

 殺気が無くなり動けるようになったセルジュは本を鞄に戻すと一気に脱力を始める。食い意地の張ったルイーザに対し埃を立てると言う食への冒涜は一切許されない様だ。

 一行は食事を済ませると自分達の部屋へ向かい始める。その最中、ギルド関係者が通路や階段に設置されたランプに火を灯している姿が目に入る。気が付けば夕刻、『三日月』の部屋の中に約二週間ぶりの火が灯る。

「んで読み込む訳だが、ここまでボロボロな本を読み込めるかは分からないぞ?」

 埃を叩きながら日記をパラパラと捲った後、確認するかの様にセルジュへと了承を得ようとする響也だが、先に口を開いたのはルイーザであった。

「忘れたのか響也。ジントリムで使っていたのは何年物かも分からない錆だらけの剣だ。」

 キングトロール戦で折れてしまった響也の剣は、元々ジントリムの骨董品屋にて格安で譲ってもらった物。中まで錆が浸透していなかったのは店主が油などで保護していてくれた為と取れる。そんな品物がつい最近錆びたとも考えられず、ある程度の時間が経っている事は見て取れる。

「ジャマダハルも見れましたよね?」

 続いてジョゼの言うジャマダハルは元々バーウィックのアクアリザードの体内から見つかった物で、所有者の父親から譲り受けて現在では響也の予備の剣として所有している。こちらも同じく長い時間が経過していた。

「分かった。何処まで見れるか分からないがやってみよう。」

 そう言うと響也は日記に全神経を集中しサイコメトリーを発動させる。すると目に浮かぶのは暗い部屋にてこの日記へ書き込んでいる手が浮かび上がって来る。

 相変わらず何と書いてあるのかも分からない文を書き終えると、その手は日記を棚に戻し机へと戻って来た所で映像<ヴィジョン>が途絶えてしまう。まだ集中が足りない、もっと集中するんだとより一層サイコメトリーを重視していると、次の瞬間明るい屋外が映り始めた。

 そこでは手を使って何かを説明している男の姿があった。響也のサイコメトリーは過去を見るだけで音は一切聞こえない為、その手の動きが何を示しているのかを推理する必要がある。

 ただ、その映像<ヴィジョン>には恐ろしい程の靄が混ざっており、顔もはっきりせず、男だと言う事以外分からない状態に等しい。しかし、その状態でも分かる事が一つだけあった。その男の髪が黒いと言う事。この映像<ヴィジョン>は日記の持ち主が黒髪に接触していたと言う記録であった。

 見ている内に靄が酷くなっていき、ついには真っ白な状態になりサイコメトリーを解除する響也。集中しすぎたせいか、その瞬間に汗がどっと溢れ肩で息をし始める。

「何が見えた?」

 自分の水筒を手渡し確認をするセルジュだが、今の響也は答えられる状態ではなく一心不乱に水を飲んでいく。

「黒髪だ。この日記の持ち主は黒髪に会った事がある。」

 息を整えた響也はそれだけ言うと再び水を浴びる様に飲み始めた。

「やっぱりか。この日記に書いてある内容も『友人』としか書いてなくて気になってたんだよね。」

「どんな内容なんですか?」

 ジョゼに質問されたセルジュは響也から日記を受け取ると全員に何が描いてるのか教える為に朗読を始める。

『友人がここを離れ、山で暮らすと伝えて来た。どうやら、残りの人生をどう使うのか決めた様だ。私は寂しいが友人を送り出す事にした。彼の莫大な知識はこの国を支え、賢者と言っても過言ではないであろう。しかしそうで無い理由としては見た事も無い文字を書くからではないだろうか。私もいつか彼が何を伝えたかったのかを理解したい』

「って言う内容だよ。他の日記にも色々書いてあるんだけど、見ての通りボロボロで文字が読めない部分が多くてね。」

「見た事の無い文字に黒髪。確かに響也みたいな奴だな。」

 文字を殆ど読めない響也に似ている事を確認するルイーザ。一方響也は文献を残すにしても文字が書けないのであれば賢者と呼ばれる事は無いと言う部分に少しばかり引っかかる物がある様だ。

「賢者の定義って何だ?」

「一般的には国に有意義な事をした錬金術師や戦士の事で、専ら錬金術師上がりが多いかな。最近だと七年程前にジョセフ・マクスウェルが東大陸の賢者に認定されたとか。」

 セルジュの話を聞いて響也はノーベル賞等の授賞者みたいな物と割り切って理解した様だ。そうなると出てくる疑問が浮かぶ。この日記はいつ書かれた物なのか。

「正確には分からないけど、少なくとも二百年以上前。羊皮紙じゃなくてパピルスだしね。」

 今のご時世、パピルス製の本も無い事は無いが羊皮紙を使用した物が一般的で、パピルスは保存の状態が良くとも長い年月に耐える事が出来ない為、巻物なら兎も角、本には向いていない。

「二百年前に日本人が・・・。」

 自分が想像していた物より遥か昔の事に驚きを隠せない響也はふらふらと歩いてはベッドへ倒れ込むと天井の一点を見つめ頭の中を整理し始めた。二百年前に日本人がこの世界に存在し、日記の持ち主とは友人の関係。しかし内容から察するにある程度の意思疎通は出来た様だが、理解は出来ていない。それから導き出される答えはと言うと・・・

「言葉が通じないんだ!」

 ガバッと上半身だけ起こし叫ぶ響也に対し驚いた三人だが、目を見開きながら壁を見つめる響也の次の言葉を待っていると即座に答えが来る。

「この日記の友人、この日本人はこの世界の言葉を喋れない。だから日記の内容も曖昧なんだ。『何を伝えたかったのか理解したい。』ってのは『文字』じゃなくて『言葉』だったんだ。」

 自分の発言と共にこの世界に来て文字こそ読めないが言葉が通じる事を改めて確認した響也はセルジュに持って来た日記を全て提出するように要求するが、セルジュは無事だったのはその一冊だけだと返答が来る。その言葉を聞いた響也は日記に何かヒントが無いかとページを雑に捲って行くとボロボロな紙が一枚挟まっている事に気づいた。

 その紙に書いてある内容は響也には見覚えが無い物ではあるが、その文字の事はよく知っている。書かれていたのはアルファベットや数字、更にそこから線が引かれている化学式であった。

 手に取って見ようと紙に触れたその瞬間。紙はその場で朽ちてバラバラになってしまう。慌てて全員で紙をかき集めたのだが、集まったのは塵の山。

「何か、前にもこんな事がなかった?」

 紹介状が燃えた時の事を持ち出したルイーザは響也の心に再び言葉の刃を突き立てた事に気づかず、当の響也はその場で崩れる様に倒れ込む。

 その後、響也は懸命にサイコメトリーを行ったが、朽ちた紙は全く反応せず、読む事は不可能になった事を悟った。

「でも何でこの紙だけボロボロだったんでしょうか?」

「分からない。僕がこの日記を見た時には気づかなかったみたいだけど、この朽ち方から見て二百年じゃ済まないかもしれない・・・」

 ジョゼとセルジュで紙が劣化していた事に対し考察を始めるのだが、セルジュの言葉に疑問を抱いた響也は質問をする。

「二百年じゃ済まないってのはどういう事だ?」

「僕の推測だけど。この本、出所は喋れないって言ったけど、言える事は昔居た賢者の日記なんだ。だから本だけは何らかの魔法を受けて劣化しにくいけど、この紙だけはその影響を受けなかったのかもしれない。何故なら、この本があった場所には多数の本があったけどかなりの本がページを捲るだけで千切れてしまうレベルだったからね、無事だったのはそれだけ。」

 現代社会でも保管方法が悪ければ十年待たずに朽ちる本も存在している為、彼の言った内容は現実的な事なので納得した響也は次の行動に関しての相談を始める事にした。

「日記に書いてあった『山』ってのが気になるんだが誰か予想つくか?」

「山で暮らすと言う事は、少なくとも生活していたと思える。つまりアンナ教と同じく繁栄している可能性があると受け取れるが。」

 ルイーザの推理は中々鋭い。響也はその線があると睨み、セルジュへ山の中に存在する街や集落を尋ねると朗報の如く臨んだ答えが返ってくる。

「北西にはヤーヴオリって街があるよ。ただ、山の中と言うより山を越えた先だから正確には違うかもしれないけど。」

「山で暮らすのが困難だから下山したとは考えられないか?」

「まぁ、可能性としてはあるね。実際、あの山はかなり寒いから一年中雪が降ってるし、食べる物も少ないと思うよ。」

 目標は決まった。まずは北西のヤーヴオリを目指し、そこで黒髪の情報を集めれば日記に書かれた人物の後を追えると考えた響也は全員にその事を伝えるのだが、伝え終わってから一拍置くと申し訳なさそうな顔で話す。

「ここまで話して今更だけど、黒髪の事を知りたいってのは俺の我儘だ。翌々考えれば皆は違う考えがあると思う。ルイーザは元々美味い飯目的で俺と居たし、ジョゼも仕える相手が見つかるまでって話だし、セルジュも纏まりのない集団になったらクランに居る意味が無いし・・・」

 今にも消えそうなか細い声を振り絞る響也に対しルイーザは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら「何言ってるんだ?」と逆に質問が飛んでくる。

「そもそも私はお前と居ると食事にありつけるから居るんだ。それに、私の知らない料理をローアケルドでも教えてくれたな。私としてはお前と居ない理由は無いぞ?」

 続いてジョゼも少しばかり照れながら声を出す。

「あの~、ルイーザさんには話したんですけど、私今更一人になりたくなくて、何なら私が今仕えてる人って言うのがキョーヤさんって認識だったんですけど、迷惑でしたか?」

 ジョゼとしては『仕える人が見つかるまで』と言うのは方便で、三人で居る事の楽しさを知った彼女は離れたくない為言った事。ついでに食事にも困らないと言うのが本音の一つではあるが、今はそれを言う場面ではない為心に仕舞い込んでいる。

「僕が見た所、メンバー全員が黒髪を探したいって思う様に感じるけど、コレって纏まりのない集団なのかい?」

 皮肉を返すセルジュを含め三人の意見は響也と同じ『黒髪を追う』事である為、自分の我儘に付き合わせているのではないかと言う心配は杞憂であった。しかし、そこまで自分について来てくれている事を知った響也は自然に涙がこぼれてしまう。

「ならこうしよう。寒い地方でしか手に入らない食材があるだろう、その食材を使った料理を出す事。これが私が一緒に行く条件だ。」

「あ、良いですね。私もそれに一票入れます。」

 即座にいつもの空気に戻った為、涙が止まった響也は「分かった、美味い物作ってやるよ。」と自分の家庭科の成績を無視した約束をし、それを見たセルジュも自分がついて行く理由がまた一つ今出来たと笑顔を浮かべた。

「雪山を超える。装備と食材を揃える為にまずは金策だ!」

 と意気込む『三日月』。だが次の瞬間、部屋の扉が急にノックされ出迎えると、そこにはいつも世話になっている受付の子が立っていた。

「すみません。今月分の代金を受け取りに来ました。」

 彼是一月が過ぎていた事を忘れていた響也は慌てて代金を支払う為鞄を漁り始める。その姿を見たセルジュはぽつりと呟く。

「装備と食材。それと家賃だね。」




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