捜索と調査
ローアケルドから五日。出かける前よりも体力が落ちた様な歩きをする響也を支えながらギルドへ帰って来ると、馬車内で話した内容を確認する事にした一行。
まず、温泉で聞いた『黒髪伝説』。この世界には災いを齎す象徴として黒色の髪が上げられるのだが、ローアケルドの街並みや料理は紛れもなく日本人が関係していると睨み、『黒髪伝説』は過去に居た日本人では無いかと推理した。
ジントリムから王都へ来た際に御者から聞いた話でも黒髪が行った事は災いだけではないと言う事が分かる。こんな時に『サイドアーム』のトーマスが居れば話を聞けたのだが、サイドアームはこの街を出て行ったと言う知らせと手紙を輸送ギルド『ペガサス』のジェイナスからギルドを経由して受け取っている為、聞く事は不可能。
「僕なら上へ行けるかもしれない。」
そう話すのはセルジュ。聞けば元々ランクCの『風の遣い』はキングトロール討伐によりランクBに上がっていたとの事。つまり『風の遣い』が解体された事が知られていなければ上流階級地域、上級街へ行っても睨まれる心配は無いと言う算段である。
「もしバレたら?」
「元々入ってはいけないって事ではないし、まぁ争いが起きれば兵士に追い出されるかな。でも大丈夫。知り合いが何人か居るから、そっちを頼ってみるよ。」
「上流に知り合い?昔チームを組んでた人等が上流に移動でもしたのか?」
「まぁ、そんな感じ。だから上流街は僕が調べるよ。」
今一腑に落ちない響也だが、自信満々な態度を取るセルジュを信用し上級街を任せる事した。
「なら私はバーウィックに行くか。あそこなら近いから日帰り出来なくもない。」
「いや、街から出るのは賛成できない。ルイーザの戦闘力なら問題無い事は分かるが、その右手はまだ休めるべきだ。」
一人街を出て探索に向かおうとするルイーザを止める響也。サエノ村でのシャルルの教えを守る為、安全には安全を重ね暫くの間ルイーザが剣を握らないで済むよう危険な場所へは向かわせない。
「そうか・・・なら工房を周ろう。そこなら争いは起きないだろ?」
「確かに、ルイーザはアレス族だし大剣を背負ってる。そんな彼女を襲おうなんて命知らずは早々居ない筈だよ。」
セルジュの言葉に納得した響也はルイーザを工房のある街の南東部を任せる事にした。だが問題はジョゼである。身軽で大抵の場所へ行ける彼女と言っても極度の人見知りである為、密偵ならばともかく聞き込みは行う事が出来ない。
「となるとジョゼは俺と一緒に行動か、ここで待機だな。どっちにする?」
「万が一何かあったら戦闘離脱が可能なジョゼが響也と共に行動するのが一番安全だ。私ではどうしても戦闘になる。」
響也の問に答えたのはルイーザであった。彼女もジョゼに気を使っての事だが、話している事は事実。戦闘を避けると言う意味でジョゼの右に出るメンバーは誰も居ない。
自分に気を使われている事を理解しているジョゼは簡単に頷く事が出来ずに居ると、セルジュが思い出したかの様にジョゼへと注文を付ける。
「そうだ。もし僕に何かあったら友達のピクシーをジョゼの元へお願いするから、その時は僕の方に来てくれるかい?同時に二人の護衛って事になるから素早いジョゼにしか頼めないんだけど。」
この言葉に自分が信頼されていると感じたジョゼは笑顔で返事をする事で話が纏まった。
「最終確認だ。セルジュは上級街、ルイーザは工房、俺は病院や教会を周る。その間ジョゼは俺の護衛をしつつ、何かあったらセルジュの元へ急ぐ。これで良いな?」
響也に対し同時に返事をし立ち上がる四人。因みにルイーザに問題があった時は街が賑やかになるのが合図となっている。何の成果を得られずとも陽が落ちる前にはギルドの食堂に集まる事にし部屋を後にする。
---上級街---
ランクDであるセルジュが上級街へ行けるかと言うと全く問題なく、すれ違う者も一切気にしている様子はない。
今回もまたエルザの占いに頼るのかと思われたが、セルジュが向かった先は前回の占い屋とは正反対の方向。それも裏通りでも無い表通りを堂々と歩いての事だった。
暫く歩くと大きな屋敷の前で脚を止めた。屋敷の前には高さニメートル程の鉄格子で出来た門があり、躊躇なく開くと中へと進む。石畳で出来た通路の先には立派な扉が見えている。だがセルジュはその扉を無視し、右側から館の裏へ回ると一つ寂しそうにポツンとしている扉のノブへ手をかけた。
鍵は掛かっておらず、木が軋む音と共に開かれると、中からはカビとインクが混ざったような匂いが鼻を刺激する。セルジュは鞄からランタンを取り出すと手慣れた手つきで火を灯し始めた。すると扉の奥は階段になっており、そこからこの匂いが風に乗って出て来ている様だ。
階段を下りた先には無数の本があり、部屋の所々にランプが吊るされているのが分かる。セルジュはランタンの火をランプに移し部屋全体を照らせるようにすると、部屋の隅の本棚を漁り始める。
「確か、この辺りにあった気がするんだけど。」
独り言を呟きながら漁る事十五分。一つの本を取り出し中央の机へと持ってくる。表紙には何も書いておらず、パピルス紙で出来たページを捲ると、セルジュの目的である項目が目に止まり、少し微笑むと本を閉じた。
「多分、これの事だな。他にも何かあったかな?」
持っていた本を机に放置するとセルジュは再び漁っていた本棚へ戻って行く。
---工房街---
剣の研ぎ直しやジョゼの鍼作りで何度も来ている工房を始めとした冒険者へ向けた装備や武具、薬を制作している為か、昼前だと言うのに多くの冒険者の姿で溢れ返っていた。
全身を鎧で固めた者、スタッフやメイスを物色している魔法使い等、ギルドでは珍しくも無いのだが、ルイーザが探しているのはそう言った冒険者ではない。
「少し話を良いか?」
そうルイーザが話しかけたのは褐色肌にオレンジの髪が特徴的なのウトゥ族。声を掛けられた男は振り向くと「何か用か?」と話を聞く姿勢になる。
「ウトゥ族と言う事は東大陸から来たのか?」
「そうだ、お前は西の山村から来たのか?」
名乗りもしないルイーザの無礼さに嫌味で返す男。
「私はアレス族のルイーザだ。お前の言う様に山奥から来ている。それで本題に入る前に、この街に・・・いや、西大陸に来たのはいつだ?」
「二週間ほど前だ。旧友に会おうと思ってな。」
「ならば良かった。話と言うのは『黒髪伝説』の事だ。」
ルイーザが黒髪の事を話すと男は素早く人差し指を口元に当て「喋るな。」と言いたそうな顔で辺りを見渡し始める。
ここでは場所が悪いと言うと男は工房から少し離れた人気のない場所へルイーザを連れて来る。
「お前達が黒髪をどう思おうが勝手だが、地域によっては話すだけでも大罪だぞ。で、『黒髪伝説』の何を知りたいんだ?」
周りに誰も居ない事を確認すると、男は落ち着き払った態度でルイーザへ問いかける。
そもそも何故ルイーザがウトゥ族を探していたのかと言うと、王都へ来る前まで遡る。ジントリム発の馬車内にて御者の話していた『アクスヴィル出身』と言う言葉。水の話をしていたので水源を持つ東大陸最大の帝国都市の話が出て来ても何もおかしい事は無いのだが、その後続く『黒髪が水源を掘り出した』と言う部分。これは別の話ではなく同じ地域の話では無いかと睨んだのだ。
「東大陸の御者がそんな事を・・・。よく知っているな。確かに、アクスヴィルの水源を掘り出したのは黒髪と言われている。だが、これはアクスヴィルでも知っているのは極わずかの人間だけだ。」
ルイーザの予想は的中。砂漠にある最大帝国都市アクスヴィルの水源を掘り出したのが黒髪と言う事は帝国が出来る前、それも帝国都市が出来る程かなり昔の事になる。
「アクスヴィルが出来たのはいつ頃だ?」
「遠い昔、としか聞いていないな。俺はオアシスの『守り人』だが、アクスヴィルの誕生については王家の者しか教えられていないらしい。」
『守り人』とは水源を専門とした兵士の様な者で、水を崇拝するアンナ教の総本山であるアクスヴィルならではの存在である。その守り人にさえ教えられていないと言う事は、それこそ黒髪伝説の事実を裏付ける様なもの。
「あんたとしては黒髪を災い、或いは崇拝と言った考えはあるのか?」
「黒髪が水源を掘り当てたと言う意味では崇拝になるだろう。しかし、世間一般では黒髪は災いの存在だ。声を大にして言える事ではない。」
アクスヴィルの存在に黒髪が関係していると言う情報を入手したルイーザは礼を言うと、見返りに何か欲しいものが無いかと問うと思いもしない言葉が飛び出してきた。
「俺のヘマで街から出て行ってしまった友人を探していてね。西大陸に居ると聞いて来たんだ。知って居たら教えて欲しい。名は『ラト』と言う。」
ラトはルイーザにとっても忘れられない存在。自分達を生かすために戦い命を失った『鉄壁の盾』の一人である。同じウトゥ族とは言え出て来るとは微塵にも思っていなかった名前に動揺しルイーザは言葉を詰まらせてしまう。
「知ってるんだな?見返りとしてその情報が欲しい。」
ルイーザの様子に確証を得た男の要求に対し、話をしながら彼の場所へ連れて行くとだけ言うと表通りへと歩み始める。
彼女の言う話とは勿論キングトロールとの戦いである。西大陸の王家は東大陸の王家より横暴且つ独裁的でギルドの事など大した存在だと思っても居ない。その為、キングトロールにはギルドのクランが招集され戦った。その結果、生き残った人数は極わずか。しかし、彼らのお陰で生き残れた。その彼等の眠る墓地へ着くと『鉄壁の盾』の墓石の前まで案内をした。
「嘘だろ・・・。」
男は墓石に書かれているラトの名を見るなり体の全ての力が脱力した様に座り込む。彼にしてみれば、自分のヘマで街を追い出され、挙句死んでしまった様な物。自分がヘマをしなければ死ぬ事も無かった筈と言う考えが頭を巡り後悔の念が浮かぶ。
「私等がもっと強ければここまでの被害は出なかったのかもしれない。」
気持ちを切り替えたルイーザではあるが、自分達の実力が不足していた事だけは変わらぬ事実として男へ話すが、男は少し黙った後吹っ切れた様子で返答する。
「いや、そんな事は無い。俺も今は後悔でいっぱいだけど、やっぱりラトには敵わないな。それだけ大勢が死んだ戦いなのに全滅しない様に、文字通り体を張って命がけで守ったんだ。本当に最高の『守り人』だよ。」
アンナ教は人を助けると言う信念もある宗教。ラトは人を助け守り散って行った。これは守り人として最大の名誉であり、東大陸に要れば未来栄光忘れられない存在となる。それが故、西大陸では語られる事も無い名だけに名残惜しい出来事。
---病院---
過去サイドアームを救出した際に来たり、砕けたルイーザの右手を治療した場所。久しく来る響也にとっては馴染みが無い物の、王都中の数多なる人間が来ている筈なので情報を得る場所としては可能性が高いと考え扉を開く。
だが、予想とは裏腹に待合室や病室には殆ど人が居らず、受付にて冒険者が居ないか尋ねても「今日は誰も来ていない。」と一刀両断されてしまう。
サイドアームの行き先についても同様に情報は無く、完全に失敗だと諦めかけたその時、一人の男が入口から入って来る。
「ん?お前達は確か『三日月』だな。体調不良か?」
その声に反応した響也とジョゼが振り返った先に居たのはサエノ村で助けて貰ったシャルルであった。彼の顔を見た瞬間、響也はサエノ村での会話を思い出した。
『遠い祖先が黒髪に助けられた。』
「サエノ村では礼も言えなくて心残りがあったんだ、ありがとう。それで、今思い出しけど、確か祖先が・・・」
シャルルに詰め寄る様に話しかけた響也だが、黒髪の事を受付の人間に聞かれるのも宜しくないと思い会話を止める。が、それを悟ったのかシャルルは受付を気にする事も無く口を開いた。
「助けて貰った。と言うのは聞いているが、その人がどんな人だったのかまでは分からない。急にそんな話が出るって事は目的はそこだろ?」
まるで心を読んだかの様に響也の目的の話をする。更に付け加えると助けて貰ったのはシャルルに医学を教えてくれた人の遠い祖先である為、シャルル本人が知っている訳も無かった。
力になれずすまないとだけ言うとシャルルは鞄から複数のパピルス紙を取り出し受付へと手渡した。会話は終了、響也はこの場に居ても邪魔になると思い入口の扉から出ようとすると背後からシャルルが話しかけて来る。
「俺の一族は代々医者だ。なんでも、助けられて自分も医者になろうとしたらしい。俺が知ってるのはそれだけだ。」
響也は振り返って礼を言うと、シャルルは受付の方を向いたまま後ろ向きで手を上げる事で返事をし、何事も無かったかの様に受付から受け取った台帳らしきものにペンを走らせ始めた。
「どう思う?ジョゼ。」
「『助けられて自分も』と言っていたので、黒髪はお医者さんだったのでしょうか?」
「俺もそう思った。って事は解釈が間違いじゃないって事だな。」
扉を閉め暫く当てもなく歩きながら話し始めた二人はシャルルが最後に言っていた意味を確認する。成果とは言い難いが少なくとも黒髪が彼に医学を教えた者の祖先に関与している事だけは確かなので情報を持ち帰ろうとしていたその時である。
二人の前に妖精が現れた。響也はその妖精に見覚えがあり、その友達である彼に何かがあった事を即座に悟った。
「ジョゼ!」
響也の言葉に反応したジョゼはピクシーを両手で包むと彼の居る上級街の方角へ高くジャンプする。空中にてピクシーの指し示す方向へと落下地点を修正しつつ建物の屋根を次々に飛びものの一分程で現場へと到着する。
そこには笑顔で手を振りながらセルジュが屋敷の裏に待機していた。状況が読み込めず辺りに威嚇と警戒を行うジョゼだが、セルジュは全く動じず会話を進める。
「表にちょっと都合の悪い連中が居てね。このまま下町に降りたいんだ。それにしても随分早かったね、ゆっくりで良かったのに。」
「何かあったらピクシーを遣いに出すって言ったから急いだんですよ!」
「あぁ、確かに言ったけど・・・手紙読まなかったのかい?」
そう言われ両手からピクシーを開放し見てみると確かに布を腰に巻いており、そこには『調査は済んだ。終わり次第ジョゼをこちらへ』と言う文字が書かれていた。
『ピクシーの遣い イコール 救助』と脳内で変換していたジョゼは安堵感と早とちりによる疲労で力が抜けその場に膝を付く。
「ごめんごめん、僕の言い方も悪かったね。後で美味しいビーフシチューの店紹介するから機嫌直してくれないか?」
「別に機嫌が悪いわけじゃないですよ・・・でもお店は教えて貰います!」
セルジュの言葉に一瞬スネる様な態度を取るジョゼだが、食べ物で釣ると言う初歩的な作戦により先程の疲労は急に消えた様だ。彼もまた、ジョゼの上手な扱い方を響也の行動から学んでいるらしい。
「収集は?俺達ははっきり言ってかなり薄かった。」
夕刻、ギルドの食堂で食事をしながら成果を訪ねる響也に対し最初に口を開いたのはルイーザだった。
「私の方も決して良いとは言えないが、東大陸にあるアクスヴィルの誕生には一枚噛んでいるらしい。」
「誕生?って事はあそこが作られる前って事?」
繁栄ではなく誕生と言う部分に興味を持ったセルジュはオウム返しの様に尋ねるとルイーザは少しだけ暗い顔をしながら返答する。
「恐らくそういう事だろうな。因みに出所はラトの同僚だ。」
ラトの名を聞き全員が黙り込む。同時にルイーザの情報は正しく真実であると言う信頼感を持つ事が出来た。これはラト自身の信頼。彼の信頼が同僚の信頼へと繋がっているのだ。
「僕は最後にするから先に響也からどうぞ。」
「俺からか、さっきも言ったが薄いぞ。病院へ行ったらシャルルに出会ったんだ。サエノ村で会った時に『シャルルに医学を教えた人の祖先』がそうじゃないかって感じだ。シャルルからも詳しい話は聞けなかったし、そもそもシャルルの先生の祖先だから知らなくても当然だろうけど。って事ぐらいだ。」
響也とジョゼ組の成果に対し、『確かに薄い』と言う表情を隠しきれない二人だが、自分の番になったセルジュは鞄から一冊の本を取り出して見せた。
「これはとある人が書いていた日記だ。出所は聞かないでね。この中に発明家っぽい人に出会った事が書かれている。その発明も現在では使われていない。そしてその発明家こそ・・・って事。でもパピルスで出来てるから痛みも激しくて読めない部分もある。って事で響也の出番だよ。」
急に話を振られても何の事やらサッパリな響也はその場で瞬きを繰り返す。そんな響也を見ながらセルジュは自信あり気に答えた。
「この本の記憶を見るんだよ。君の能力で。」




