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記憶の道  作者: 桐霧舞
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蓄積した傷




 ヤーヴオルへ向かうと決めてから四日経った頃、彼らは未だ王都に居た。

「これだけあれば十分だろう。」

 そう言って机の上に持って行くものを並べた響也は一つ一つ問題が無いか確認をしつつ鞄へと丁寧に詰め込んでいく。その中身は水につけた枝を曲げて作った響也手製のかんじきや、折れて使い物にならなくなった杖と槍を格安で引き取って作ったピッケル等があった。

「こっちも準備完了だ。」

 鞄一杯になった食材を見せつける様に机の横に置くと、満足気な表情で報告をするルイーザ。今回向かうのは雪山である為、食材も寒い状態で食べられる、又は簡単な調理で済む物と事前に伝えていた為問題は無いだろうと中身を確認せず頷く響也。

「思ったより鞄が大きくなっちゃいました。」

 時を同じくしてジョゼもまん丸に膨れた鞄を響也の元へと持ってくる。中身は綿を使った防寒着や毛皮の毛布。一番体が細いジョゼが真っ先に体調不良になるだろうと睨んだ響也は彼女を防寒対策用の品担当にしたのだ。

「僕も雪山には慣れてないからね。準備は怠らない様にしないと。」

 セルジュの担当は薬や油などの有事の際に使用する物。本来雪山に行く場合は、全員が防寒具を始めとした一人でも自分の身を守る物を持ち運ぶのが常識だが、常に一緒に行動すると決めた『三日月』は一つの鞄に纏める事でより多くの物を持ち運ぶと言う方式を取った。ただし、着火剤や松明等の最低限の物は全員が所有する。

「準備は完了。馬車は手配してあるから北門から行くぞ。」

 響也の呼びかけに同意した三人は各々鞄を肩から下げ、武具の最終確認を済ませると部屋を後にした。

 ヤーヴオルまでの日数は凡そ六日。その内の半分は馬車での移動、残りの三日が登山と言う内訳になる。三日後馬車を降りる頃には響也の腰が爺さんの様になるのは通過儀礼とでも言えるお決まりとなってしまった。


「ここがオルレーヌ霊山。この山を越えた先がヤーブオルだよ。」

 一行が目の前にしたのは標高三千メートルを優に超える山。更に冷気の魔石が発掘される場所でもある為一年中雪が積もっているのが特徴である。

「随分寒いな。セルジュ、魔石発掘はこの辺りなのか?」

「魔石自体はもっと西側で取るよ。こっちの道はヤーブオルへ行く為の道だから人気は無いけど。と言うか、寒いのはその恰好だからじゃないの?」

 ルイーザの質問に返答しながら服装を指摘するセルジュ。事実、ルイーザの恰好はボロ布に近い服にチェストプレートと腰当てと言う寒くない筈が無い物。その会話から見かねた響也がジョゼの鞄から内側に羊毛を縫い付けた毛皮のコートを取り出し手渡すと妙な笑顔で着込み始める。ルイーザだけでなく他にも必要としている者が居ないか尋ねた所、全員がまだ要らないらしく返答が無かった。

 しかし登り始めて二時間程経った頃、全員が防寒着を着用し、かんじきとピッケルの装備を始めた。麓部分は風も無く冷たい程度だったのだが、この頃には風速五メートル程の風が吹きメンバー全員の体温を奪おうとしていた。これに対し松明を使い少しでも暖を取ろうとしたのだが、吹雪とも呼べる風と雪の前には役に立たない。

「セルジュ!洞穴とかないのか?!」

「洞穴はあると聞いた!僕も登るのは初めてなんだ!悪いけど確証はない!」

 風でかき消されぬ様大声で話す響也とセルジュ。一番体力のあるルイーザも寒さには強く無い様で声を殆ど発しない。下見も一切していない状態での登山は自殺行為であるが、この世界ではそれが当たり前である。その時、何かを見つけたジョゼは響也へと大声で報告を始めた。

「キョーヤさん!そこの壁に窪みがあります!」

 彼女がが指さすのは地面と壁が凹み風を少しばかり防げそうな状態の場所。これにより視界も真っ白で分からなかったが、今自分達が居るのは左右の壁に挟まれた谷の様な場所と理解する事が出来た一行は急いでそこへと向かい始める。

「想像以上だ。誰か体調悪い奴は居ないか?」

 シャルルの言葉が身に染みている響也は真っ先に三人の状態を確認する。

「私は大丈夫だ。寒いけど・・・」

「私も平気です。・・・寒いけど。」

「僕も問題ない。寒い事以外は。」

 取り合えず体調不良者はいないらしく安心した響也は次の行動を考え始める。このまま登るにしても休憩ポイントが無ければ死に繋がる。かと言ってここに居ても何も進まない。最後に残るのは下山と言う選択肢なのだが、ここで声を上げたのはジョゼであった。

「私が偵察に行きます。洞穴があるとしたら壁な筈なので壁伝いに移動すれば見つかる筈です。」

「見つからなかったら?」

 響也の問に答えられなくなったジョゼは黙り込んでしまうが、セルジュが具体的な案を出す事で話は進む。

「この寒さじゃ仮に見つかっても移動するのに体力を使う。ジョゼ、どれ位までならこの防風に耐えながら壁を移動出来る?」

「・・・七百歩位です。」

 それを聞いた響也は決断をする。

「なら三百歩以内で探すんだ。それでも洞穴が無かったら下山する。くれぐれも無理はするな。絶対に帰って来るんだ。」

 その言葉に元気よく返事をするとジョゼは荷物を降ろしすぐに立ち上がろうとするが、響也が引き止め鞄の中を探し始めた。数秒後、一つだけしか作れなかったと言う事で使わずに仕舞い込んでいたのは瓶を加工して作ったゴーグルであった。しかし、瓶を加工しただけあり、視界が歪む上に木枠な為密着性が皆無と言う代物。しかし、目に入る風は今よりも格段に少なくなる為腕を目元に持ってくる動作が軽減される。

 更に響也は自分のフードを外すとコートに縫い付けてある羊毛を引き剥がしジョゼの口元を覆う様に装着する。羊毛部分が口の周りを囲い、フードで固定すると言う所謂防寒マスクである。

「頼んだぞジョゼ。」

 ジョゼへの防寒対策を済ませた響也は笑顔で彼女を送り出すと両手で自分の耳を押さえながらその場へ蹲る体制を取る。吹雪の中、頭部への防寒具を外せば千切れそうな地獄の痛みが発する。それに気づいたセルジュとルイーザは響也を庇う様に頭部を自分のコートの中へ招き入れた。

「無茶するなって言って、お前が一番無茶してるじゃないか。」

 そう怒る様な口調で強く言うルイーザではあるが、何処か嬉しそうで顔には若干の笑みが浮かんでいた。

 その頃ジョゼは壁を地面代わりにして風に耐えつつ前へと走り続けていた。しばしゴーグルの隙間から雪が入り込み目を襲うが、数回の瞬きで対処しつつスピードや歩幅は変わらず一定を刻む。歩幅が狂えば響也と決めた三百歩と言う短い距離を更に縮めてしまうからである。

 一歩一歩確実に減って行く歩数。残り五十歩と言う所でジョゼの足元は崩れ、『横へ落ちる』と言う現象に見舞われる。足元が崩れると言う事は、壁に凹みや穴があったと言う事。重力が元に戻り地面へと叩きつけられるジョゼではあるが受け身を取る事でその衝撃を最小限に抑える事が出来た。

 一度上がった息を整え改めて顔を上げると、そこには奥へと続く直径ニメートル程の洞穴があり、中は暗く火の類を置いて来た今は先を見る事は不可能。とは言え約束通り三百歩以内の距離で火を起こすには十分な洞穴を見つけたジョゼは入口が埋まっていない事を確認すると自分の足跡を目印に来た道を戻って行く。

 吹雪の中、ジョゼが合流するまでは物の数分なのだが、溝で待機している三人にとっては何倍もの時間に感じる程長く、帰って来た彼女の笑顔から『見つかった』事を理解し遭難から救助された様にも感じた。

 ジョゼは防寒マスクを外すと響也の頭に被せ、凍えている耳には先程まで口元にあった羊毛を当てる事で僅かながら暖を取る。能力を使っているジョゼの歩幅は非常に広く、吹雪の中でさえ一メートルを優に超えている為、行動を開始した一行は洞穴へニ十分近くを要し到着する。

「火種さえ出来れば問題ないんだが・・・」

 早速火を起こそうとするルイーザではあるが、手が悴むのと入口から入る風に手こずり火口にさえ着火できずに居た。するとセルジュが入口に積もっていた雪に手を当てると一気に隆起した雪で入口を塞ぐ。

「何だ今の?」

「雪のゴーレムを出してすぐに解除したんだ。」

 そんな事が出来るなら最初からやれよと言いた気な響也の顔を見たセルジュは続けて「素手で触らないとだから長時間は霜焼けになるし、そもそも雪だから強度が皆無だ。」と先に言う事で響也を黙らせる事に成功した。

 数分後、慣れた手つきで持って来た薪へ着火を済ませたルイーザは鞄を漁り鍋を取り出す。どうやらこのまま食事に移行する様で、気づいた三人もルイーザの鞄を漁り始める。

「人参が凍ってる・・・これじゃ切る事も出来ないぞ。」

 完全に凍り付いている事をアピールする様に指でノックをしながら見せつける響也に対し、ルイーザは人参に手を伸ばすと質問をする。

「ある程度小さくなれば良いか?」

 少なくとも今のままでは調理など不可能である為「あぁ。」とだけ返事をした所、ルイーザはそのまま握り潰すように砕き鍋へと放り込む。

「芋も必要だな。」

 そう言って三人が取り出した食材を次々に砕きながら材料だけは準備が出来た。とは言えこのままでは直火焼きしか出来ないので近くの石を使って竈の作成に取り掛かる。一方ジョゼは水が必要になるだろうと別の鍋に雪を集め焚火の傍に置き少しずつ溶かして水へと変えていた。

 竈が完成したらまず雪を溶かし沸騰させる。その後、砕いた野菜と干し肉を入れ煮込むだけの雑多煮なスープが完成。全員がそそくさと自分の器へ盛り付けては齧り付くように食べ始める。勿論煮えたぎったスープである為火傷を覚悟して。

「染みるわぁ・・・」

 凍え切った体が内側から温められ温もりをしみじみと噛みしめる響也に対し、ルイーザは入口を塞ぐ雪を見て疑問を抱いて居る様だった。

「どうしましたか?」

「今火を使っているのに雪が解けないし冷気も来ないなと思って。」

 最初に気づいたジョゼがルイーザへ問いかける。誰もが一度は疑問を抱くあの造形物を思い出し説明をする響也。

「雪には空気が含まれてるから断熱効果があるんだ。今着てる羊毛や毛皮も同じ仕組みだ。俺達の世界じゃ『かまくら』って言う雪で作った小屋の中で竈を使って料理をしたりもするぞ。」

 数少ない知識アピールをする響也に対し感心して手を叩くルイーザとジョゼ。この知識は知らなかったが仕組みを説明に納得したセルジュも少し悩む顔を見せた後響也を褒める。だが、今まで褒められる事が少なかった響也は逆に恥ずかしくなり拍手を止める様に両手を振ってアピールし始めた。

 食事と笑いにより温まった四人は再び山を登ろうとするのだが、今居る洞窟が何処に繋がっている物なのかと言う事に興味を持ち進む事にした。全員が全員、寒いのが嫌なのではなく奥が気になるだけだと言い訳をして。

 竈の火をそのまま松明に着火させ、まだ燃えている薪もボロ布を巻いた即席松明として響也とセルジュが両手に持ち、ルイーザを先頭に洞穴の奥へと進んで行く。入口がニメートル近くあり、少し細くなっている部分もあるが、概ね全体的に同じ直径で長く続いている為、人工的に作られた物ではないかと話していると急にルイーザがその場から姿を消した。

 何が起きたのか分からず、脳の処理が間に合っていない状態で次はジョゼ、セルジュと姿を消す。その瞬間、響也も急にバランスを崩した。何かに脚を引っ張られたと言うのが原因だが、響也はそんな事を考える暇もないまま十数秒大声を上げ続ける。

 何かに叩きつけられた衝撃の後、全身打撲を負った状態の響也は目を開くと松明の灯が消えているのにも関わらず全員の姿を確認した。

「何があったんだ?」

「すまない、穴が開いていた様で落ちた。その際咄嗟にジョゼの脚を掴んだんだ。」

「私も落ちたのでセルジュさんの脚を掴みました。」

「僕はビックリして響也の脚を掴んだ。」

 教育番組の作動が連動するスイッチの様な物事に半分呆れた笑いが込み上げる響也。全員がもみくちゃに落ちようと打撲だけで済んだ運にもまた感謝している。

 一笑いを済ませ、何故明るいのか疑問を抱き辺りを見渡すとどうやらランプが所々に吊るされており、人が通行できる道となっていた。

「セルジュ、ここが何処か見当つくか?」

「無理だね。どれだけ落ちて滑ったのか分からないし、さっきも言ったがこの山は初めてなんだ。」

 途方に暮れていると響也から見て右側の方から何やら音が聞こえた。音にしては一定の大きさやトーンでもなく、その正体は声であった。

「本当にでっけぇ音が鳴ったんだって!」

「何度も言うなよ。だから付いて来てるんだろうが。」

「だって本当にでっけぇ音が・・・」

 同じ言葉を繰り返し話す者とそれに対し苛立ちを覚えた二人組の会話。これだけならば至って普通の出来事なのだが、普通ではない姿に対し響也は開いた口が塞がらず声も出せない状況になってしまう。

「お?誰かいるぞ!」

「でっけぇ音の正体か?」

 二人組も響也達に気づき持っていたランタンを前へ突き出し四人の顔を確認する。

「珍しいお客さんだ。何だお前等こんな所で。」

 そう声をかけるのは先程まで苛立っていた者。ランタンの灯りで全員の顔がはっきりと確認できた事により安心し、もう一人も落ち着き始めていた。だが響也だけは未だに落ち着きを取り戻しておらず目が見開いたままであった。

「こんな所にも人が居た何て助かったよ。僕達上から落ちて来たんだ。」

 上と言われ二人は上方を確認すると落ちて来たであろう穴を見つけ感心と驚きの表情で声を上げた。

「まさか旧道から来る人間が居たのか。今時珍しい。」

 先程も言っていた珍しいについて疑問を抱きルイーザが何に対して珍しいのかを尋ねると、帰って来たのは今響也が驚いている事の答えでもあった。

「ドワーフと行商以外の人間を見るなんて何年ぶりだか忘れたからな。」

 そう話す彼等の姿は身長が百二十センチ程度で立派な髭を貯えたドワーフ族であった。ゲームや映画でしか存在を知らない響也からすれば実在した事自体が驚きで言葉を出す事が出来なかったと言う事である。

「今じゃ村に来る者も少なくなったし、来るとしても表道を使うからな。」

 彼らが言うには、この先にドワーフの集落があり、行商に来る人間は吹雪の山ではなく、安全なもう一つのルートを通って来るとの事で、冒険者が直接集落へ足を運ぶのは非常に稀らしい。

「まぁ何でも良いや。雪山は寒かっただろ?村で暖けぇスープでも飲んでけや。」

 怒っていた方のドワーフはそう言うと来た道を戻り付いて来いと言わんばかりに歩き始め、もう一人のドワーフも手招きをすると奥へと進んで行く。これに対し先程スープを食べたばかりなのに関わらず食い意地の張ったルイーザとジョゼは疑う事も無く後を追いかけ始めた。

 歩いて数分後。案内されたのは大きな洞窟をくり抜いて作られたかのような広い集落。その為か高い建物は少なく、大通りとも取れる中央の道が広く開けられ熱気に満たされた空間に心地良い風が吹いている。

「ようベンにゼラム。そいつ等は何者だ?」

 集落へ入るなり声をかけられた二人。それと同時に疑問に思われている辺り本当に旅人がここで来る事は無い様で質問も来る。気づけば複数のドワーフ族が四人に気づいて何だ何だと集まり始めていた。

「旧道から来た旅人だ。寒いだろうからスープでも出してやろうと思ってな。」

 ゼラムとは先程から先陣を切って前に居る『怒っていた方のドワーフ』の事らしく、消去法でベンが物音を聞いた方らしい。彼らの説明により興味が無くなった者は踵を返し、残った者は珍しさからかじろじろと一行を観察している。

「さっきも言ったが冒険者がここに来る事は殆ど無ねぇんだ。気を悪くしないでくれ。来ると言えば街やら王都の連中、それも短期間で剣や槍を打てだのお偉いさん向けの装飾された剣が欲しいだの、そんなのばっかだ。まぁ俺達もそれで稼いでるし行商の連中が来なけりゃ食い物も偏るから持ちつ持たれつだがな。」

 別に見られて嫌な思いをしている訳では無く、辺りには自分より背の高い者が居らず不思議な感覚に慣れていないだけの四人はベンとゼラムに案内され一つの建物に入る。そこは天井が低く、響也はギリギリ問題無いが、それより背の高いルイーザとセルジュが少し屈む必要があった。とは言え部屋の中自体は広く、既に多くのドワーフ族が食事や宴会を行っていた。

 席に案内され、小学生中学年が使う程度の椅子に腰を掛けるとゼラムは食事以外にラム酒を頼むと初めて自己紹介を始めた。

「俺はゼラム。こっちはベンブレク、ベンだ。お前達が居た道は俺達が鉱石を探しに行く時に使う道だ。中は迷路みたいになってて奥へ行ったらまず帰ってこれねぇぞ。そう言った意味ではお前さん等ついてるな。」

「二分の一で迷宮行きだったのか・・・。俺は響也、そっちにいるのが、」

「ルイーザだ。言っておくが私は食には煩いぞ。」

「僕はセルジュ。まさか洞窟がこんな場所に繋がってるとは思いもしなかったよ。」

「で、この白い子はジョゼ。人見知りが激しいから俺から紹介させてもらった。」

 自己紹介が一周しようとした際ジョゼで止まってしまい代わりに挨拶を済ませる響也に対し豪快に笑って済ませるベンとゼラムは挨拶中に運ばれてきたラム酒を一度で飲み干すと四人にも酒を勧めるが、未成年である為遠慮する響也とジョゼ。ルイーザは酒が入ると料理の味が鈍ると断り、セルジュは元々酒に弱いらしく、一口だけ飲むと酒の入ったコップを自分から遠い所にまで移動させた。

「飲まないなら俺達が貰うぜ。んで、ここには何をしに?」

「大きな声じゃ言えないが、昔この山に住む事にした人間を探してるんだ。」

 セルジュの遠ざけたコップを自分の元へ持って来て質問をするゼラムに対し響也が返答をする。

「この山に住む・・・ドワーフ以外じゃ聞かねぇな。」

 ベンもラム酒を呷りながら記憶の中から思い当たる節を探すが見つからず。

「想像するにヤーヴオルかなって思ったんだけど。」

「う~む、ありえるが。因みに言いづれぇってのは?」

 セルジュも補足説明をするがやはり山自体に住んでいる者は居ない様だ。そして言いづらい事と言うのは勿論黒髪の事。幾ら宴会をしているとは言え、見慣れぬ者が居る店ではどんな声の大きさでも耳を傾けている者が居るだろう。

「あぁ、分かった。黒髪の事だな?」

 逆に声を発したのはベンであった。この言葉に店中のドワーフの視線が響也達に集まりざわざわとした呟きが聞こえ始めた。この事態に危機感を覚えた四人は席を立とうかと考えていると一人のドワーフが響也のフードを引っ張り脱がせてしまう。

 咄嗟に頭を押さえフードを取り返そうとする響也だが、その後のリアクションは四人が想定していない物であった。

「おぉ~、綺麗な黒髪だなぁ。」

「珍しいのぉ。」

「触ってみても良いか?」

 等、黒髪を珍しく思って居るだけの反応。戸惑いつつも「良いよ。」と答えれば複数人が響也の髪を触り満足すると自分の席に戻り食事を続ける。思いもしない行動にクエスチョンマークを浮かべていると、料理が運ばれ「さぁ食うぞ。」と何事も無かったかの様にベンとゼラムも食事を始めた。

「取り合えず、大丈夫・・・っぽい?」

 顔を見ながらあまり動かない様に質問する響也に対し頷きだけで返事をする三人。どうやらこの集落では黒髪を忌み嫌う者ではなく純粋に珍しい者と認識している様だ。

 問題がないと悟った四人は食事を終えるとこれからの行動についてベンとゼラムを交えて話し合う事にした。何故この二人を入れたかと言うと、この集落からヤーヴオルへ向かう道があるかどうかを聞きたいからである。結果として、中央通りを通って行けばヤーヴオルへ抜ける洞窟があるとの事で、今から向かうか一泊するかを相談する。

「なら、ベンの所に行くと良い。客が殆ど来ないがこの村唯一の宿屋だ。」

 正に渡りに船。次々と必要な情報が揃い、これからの行動がスムーズに解決されていく。

「それを言うならゼラムの店にも行くと良い。こいつの腕は中々良いからお前さん達に合った剣がある筈だ。」

 中々とは言うが彼の腕は非常に高く、注文された物は全員が満足する出来栄えと評判で、隣の席にいたドワーフもオススメをしている。最も、中々と言う部分が気に入らなかった様でゼラムはベンの頭を引っ叩いていたが。

 一通り笑い終えると早速一行はゼラムの工房へ向かう事にした。なお、これは剣を購入する為ではなく、ある種社交辞令として見に行くだけに近いのだが、せっかくなので剣を研いで貰うと言う讃嘆である。

「研ぎ直しか、取り合えず剣を見せてみな。」

 そう言われ響也は剣を手渡すとゼラムは慣れた手つきで鞘から引き抜き刃を観るが、物の数秒で鞘にしまうと肩を落とした状態で「この剣はもう駄目だ。」と報告する。

「コイツは何かでかい衝撃を横から受けたな。刃の付け根で薄っすらとだがヒビがある。それに僅かだが付け根から刃先までに歪みや曲がりが出てる。剣を抜く時に引っかかる感覚があっただろ?」

 思い返すとこの剣はキメラの下敷きにあった事もあり、その時はルイーザの事で何も考えていなかったが剣が受けた衝撃は相当な物だった。そして彼の言う通り、あの日以来鞘から引き抜く際に少しばかり力が必要な時もあったのだが、それが歪みだとは考えていなかった。

「ドワーフの力でも直せないのか?」

「俺達は錬金術師じゃねぇ、技術者だ。この剣を直した所で重量や鉄の成分は決して同じにはならねぇ。つまりそれはそっくりな別の剣って事になる。」

 ゼラムが言うには打ち直しが必要なレベルの修理しか直す方法は無く、構造上それは一度溶かして新しく芯鉄を作り直す必要がある為『そっくりな別の剣』になるとの事。とは言え、この剣はキングトロール討伐時にクラン『サンダーボルト』から受け取りそのまま譲り受けた大切な剣。説明された所ではいそうですかとはいかない。

「なら、別の剣に打ち換える事は出来るか?」

「うむ。同じ鉄を使って別の剣にする事なら出来るぞ。」

「じゃあ、ちょっと作って貰いたい剣があるんだ。」

 別の剣に打ち換える事にした響也は工房の前の地面に指で絵を描き始める。当の本人は設計図だと思っている様だが、どう見ても唯の落書きである。

「こんな風に反りがあって、こっちの部分だけに刃が付いてる。サーベルみたいだけど両手で使えるようになってて・・・」

 説明を始める響也だが、ゼラムはその落書きを凝視し何か考え事をしており全く話を聞いていない様に見えた。これに対し説明を中断するのだが、ゼラムはそのまま唸るように天を仰ぐと急に思い出したように元の位置へ首が戻る。

「この剣の鞘は木製。そして厚布を紐にし編み込んだ木で出来た柄を使った物か?」

 まだ口に出しても居ないが、響也が説明しようとした物を的中させるゼラム。彼等の頭に浮かんでいる剣は同じ物で、それは響也の国を代表する剣。日本刀であった。

「その様子だと図星だな。その剣は儂の爺さんが過去に打った事のある物だ。何でも言葉の通じない男の頼みで一口だけ作ったとか。」

 言葉の通じない男。それは今自分達が探している人物に間違いないと全員でアイコンタクトをした一行は、その男が居た、つまりこのドワーフの祖父が何年前に打った物かと尋ねると、予想を超えた答えが返ってくる。

「儂も直接聞いたわけじゃないが、三百年以上前だったと思うぞ。」

 二百年以上とは覚悟していたが、それを百年以上上回る応え。こちらの世界で言えば千九百年の初頭にライト兄弟が初飛行をしているが、これは百年程前。百年と言う歳月は生活水準から何まで異なる程長い期間である。

「所で響也。ゼラムの言う通り別の剣になるって事は、剣に対して読み込みが行えなくなるって事だよね?」

 セルジュの言葉に眉が一瞬ピクリと反応し台に乗せられた剣を見つめる響也。大きな戦いはキングトロール戦とキメラ戦の二つだけだが、通常の討伐任務でも使用していた剣。初めの内はサイコメトリーによる日課の素振りもしていたが、今では最初の剣を扱っていた時と同じ動きで行っている。つまり、今現在の響也の流派は最初の剣の物と言う事になる。

 今の剣はサイコメトリーを使用せずに扱っていた事を思い出した響也は台に乗せられた剣の鞘を掴みサイコメトリーを発動するのだが、見えた映像<ヴィジョン>は自分の動きであり、前の持ち主の動きは見えなくなってしまっていた。何故この様になってしまったのか理解出来ず、そっと台の上に剣を戻すと今見た映像<ヴィジョン>を皆に伝える。

「そりゃつまり剣がお前を選んだんだ。昔会った男の言葉の受け売りなんだが、『物は大切にしていると魂が宿る』って言葉がある。それ以来俺は剣ってのは物でもあり生き物だと思って打つようにしてるんだ。」

 最初に回答したのはゼラムであった。その言葉を聞いたルイーザも自分の背負っている大剣に目を向け、色々な鍛冶師が『大切にしている』と言われた事を思い出し自然とその口元には笑みが浮かぶ。それと同じくしてジョゼも鍼にそっと手を触れると何処か安心し目元が緩んでいた。

「形は違えど同じ鉄を使えば大切にしている気持ちはそのまま。って事か?」

「あぁ、エゴだ綺麗事だ言う奴も居るが俺はそう思ってる。鍛冶師が丹精込めた剣は絶対に応えてくれるとな。そんな自分に酔っている?上等だ。それが俺の剣の打ち方だからな!」

 彼の言う通り、同じ鉄なら同じ思いと言う考えは人間が考えた精神的な考えに過ぎない。だが、長くは持たない剣を延命させるには一度別の形として蘇らせ使用すると言うのも一つの考え。今では使い慣れたロングソードを一度も握った事の無い日本刀の形にするかは響也の気持ち次第である。

「どうする?打ち直すか。作り変えるか。」

 そのゼラムの問に対し暫し沈黙した後、己にとって初となる『武器の選択』に頭を悩ました響也が口にした言葉は「作り変える。」と言う物だった。





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