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記憶の道  作者: 桐霧舞
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天国から地獄




 翌日、叩き起こしたものの、動けないと言う事でその辺に転がされた響也とセルジュは目を覚ますと窓際の椅子に座り懐事情を確認する事にした。

「今どれ位余裕あるんだ?」

「ここは一泊千二百マルクだったから、帰りの馬車代を考えると最大五泊は出来るね。ただ、ギルドの家賃を考えれば余裕は欲しい。」

 セルジュの言う通りリゾート地でもあるローアケルドの宿代は非常に高く、月三千マルクの支払いで済むギルドが如何に格安なのかが伺える。

 更に食事代も王都より高く、食費が宿代を上回る可能性を考えると五泊もすれば王都へ帰って来ると同時に任務を熟さなければその日の夕食さえも危うい為、相談の末あと一泊だけ取り、明日の昼に発つ事に決めると朝風呂へ入る為部屋を出る。時間にして八時頃だろう、他の客もチラホラ見え、中には響也達同様に朝風呂へ向かう集団も見かけられた。

「景色も良いし、昨日の疲れも全部飛びそうだよ。響也はよく温泉に行ってたのかい?」

 浴槽部の縁の石に左腕を乗せながら景色を楽しみつつ質問するセルジュだが、返答が無い為振り向くと、そこには縁の石を枕代わりし湯で浮きながら器用に二度寝をしている響也の姿があった。

 セルジュは悪戯心で小型のお湯で出来たボウリング玉程の小型ゴーレムを作ると、そのまま水上を歩かせ響也の顔へとダイブをかませる。急にお湯を顔面にかけられ呼吸困難になり驚いた響也はそのままバランスを崩し浴槽内で溺れる様な暴れ方をすると上下の間隔を取り戻し水面から飛び出し肩で息を始めた。

「殺す気かー?!」

「殺す気は無かったけどよく生きてたね。」

 悪びれる気も無いセルジュの対応に怒るのも馬鹿馬鹿しくなった響也は息を整えると再び浴槽に座りセルジュ同様に景色を眺め始めた。

「海が見える宿ってはあるが、ここまで山が綺麗に見える場所は殆ど無いからなぁ。しかし、ここまで開放的だと山から見られないか?」

「一番近くの山でも十分遠いし、見えたとしても相手からは人間だと言うのがギリギリ分かるレベルだよ。」

 昨日ルイーザが言っていた事と同じ内容を喋るセルジュ。元の世界ならば高倍率のレンズで見る事は可能であろうが、この世界では望遠鏡の類は非常に高価な為、覗きに使用するには勿体ない代物である。その為、これだけ距離が離れていれば全く問題無いと言えるとの事。

「そこの黒髪。横良いか?」

 会話が一区切りした所で後ろから声を掛けられ振り向く響也。

「珍しい所で珍しい奴に会ったぜ。」

 声を掛けて来たのは身長ニメートル近い大男であった。その男は響也の返事を待たず横に座り込むと話を続ける。

「おめぇさん今何やってんだ?」

「風呂に入ってる・・・と言うのも子供じみてるよな。ギルドに入って任務を熟してるよ。今は慰安旅行中だ。」

 急に馴れ馴れしく話しかけて来る男にやや不機嫌気味に返答する響也。

「ほぅ、やっぱり珍しいな。俺ぁ黒髪伝説とか言う御伽噺に興味はねぇが、聞いてた話とは全然違げぇな。」

 彼の言う黒髪伝説とは各地に伝わる物で、基本的に良い話は聞かない。その黒髪伝説が原因で今現在も苦労している為、響也としてもあまり良い思いは無い。

「なぁに、気ぃ張る事ねぇよ。別に俺は怖ぇとも憎いとも思っちゃいねぇんだ。唯一つだけ気に入ってる話があって、お前からはそんな雰囲気が全然無ぇから声かけたんだ。」

 興味がないと言ったり気に入った話があると言ったり恐ろしく出鱈目な事ばかり話す男だが、取り合えずその気に入っている話とやらを聞く事に。

「海を渡る船があるだろ?なんでも黒髪が作った船ってのがあって、大層出来が良いって話だ。だが、その船も元々武器を運ぶ為に作ってたらしく、船諸共火薬に引火して吹き飛んじまったって奴だ。そのお陰で西大陸じゃ火薬の類は全然使えず、銃や爆弾を禁止にしちまったんだ。」

 この男の話で響也は火薬があるのに銃や大砲が無い事に初めて気づく。今思い返せばこの世界に来てまだ銃の類を見た事が無い。幾らファンタジーの世界だからと言ってこれだけ文明が発達していて火薬武器が無いと言うのは考えられない事だった。

「まぁ、俺としてはそれで良かったと思ってるぜ。あの黒髪が居なけりゃ、今頃王都の連中なんざ銃ぶっ放して完全な独裁国家になってただろうよ。」

 この男が言っている事は強ち間違ってはいない。人間は何か発明するとまず武器として使用する事を考える。一番有名な話だと土木作業用に作られたダイナマイトが上げられるだろう。更に、巨大な力は戦争の抑止力に繋がると思われたが、実際は大量殺戮に使用された。この世界でも銃が当たり前に存在していれば権力のある貴族や王族が手に取り、支配していたに違いない。

「つっても爆破魔法もあるし関係ねぇか。」

 先程の考察を無駄にする発言をし笑い始める男。彼の言う通り、先程の話は魔法が無ければの話。しかし、遠距離の魔法を持たぬ者でさえ、弓より簡単で力が要らぬ銃があれば死人の数は今よりずっと酷いと言うのは考えるまでも無い事実である。

 その後も大男の話は一頻り続き、のぼせて来た頃にやっと終わる。その頃には街中も賑やかになっており、商いが行われている事がはっきりと分かる程。それに気づいた男は朝飯でも食べに行くかと立ち上がり、その場で真っ赤になっている響也とセルジュをそのままに出て行った。

「セルジュ、水のゴーレム連れて来て俺にかけてくれ。もう動けない。」

「生憎、手で触れないとゴーレムは出せない。それに僕も動けない。」

 意識が朦朧とし、湯船から上がる事が出来なくなった二人は数十分後、別のクランの人間が入ってくるまで動けずに居た。

「駄目だ気持ち悪ぃ・・・」

 脱衣所にてタオル一枚の響也が風の魔石に当たりながらセルジュへ話しかけるが、当人はひんやりとした床に寝そべり体温を下げる事に集中し全く耳へ入っていなかった。

 セルジュの特技は召喚術である為、風の精霊や水の精霊等を呼び出せばよいのではないのかと言う響也の頭に疑問が浮かぶのだが、この世界では精霊との契約を交わす必要があり、地水火風の四元素及び電光闇の三つの精霊との契約は非常に難しい為、代用する生命体と契約を交わすらしい。セルジュの場合、水の代わりにスライムと契約を交わしているのだが、液体と言う点以外は水と全く異なり、また召喚された生命体の魔物には知性が殆ど無く、契約者の魔法力により召喚出来る時間や大きさが異なる。早い話がスライムは水の精霊でも無く唯の魔物の一種と言う事。

 浴槽から上がり三十分程経った頃、風により好き放題な方向へ向いた髪をした響也と、地面側にしていた右側の髪が妙に平たいセルジュは部屋へ戻ると、そこにはルイーザとジョゼの姿は無く、窓から入って来た風が流れ込むだけであった。

「二人共居ないね。ご飯かな?」

 疑問に思ったセルジュは口に出し響也へ問いかけるが、響也は地面に手を振れ何かを見ている様な体制を取って居た。

「飯だな。今サイコメトリーで見てみた。昨日行けなかった街の入口付近の店に行ったみたいだ。」

 既にサイコメトリーを使いこなし始めている響也にとっては数分までの景色を見る事は造作も無い事。自分の能力の便利さを改めて確認すると、財布を取り出し二人の後を追う事を提案する。長風呂で逆に体力を使い果たしたセルジュはすぐさま即答し宿を出て行く。

「昨日は食べれなかったし、饅頭とか無いかなぁ。」

 温泉と言えば饅頭な響也はルイーザ達が居るであろう街の入口を目指しつつ饅頭屋を探す。しかし、饅頭に使用される小豆は元の世界でも東アジア等限られた国でしか生産されておらず、米すら見た事の無いこの世界では手に入る代物ではなく、結論として饅頭屋を見つける事は出来なかった。

「何か甘い物食いたいなぁ。セルジュは甘い物苦手か?」

「いや?でも甘い物は王都でもあまり見かけないからね。あれば食べたいよ。」

 砂糖の生産は東大陸が主で、西大陸ではジントリムの西にあるラダウィッチでしか作っていない。その為、数少ない砂糖は王族や貴族が買い占める事が多く、あまり出回らないと言うのが現実である。

「それを聞いたらもっと食いたくなったなぁ。砂糖が無いならハチミツとか果糖とか売ってれば良いのに。」

「ハチミツならあるよ?寧ろ西大陸じゃ甘い物と言えばハチミツだし。」

 セルジュの言う通り砂糖より安価で手に入るハチミツは西大陸にも存在する。その生産地は西大陸の中央部に位置している為、取り合いになる事も無く十分流通しており、軟膏にも使用されているのだが響也の目に止まる事は無かったのは、先入観から見慣れた透明の瓶やボトルではなく、陶器のボトルに入っていた為気づかなかったと言うオチである。

 半信半疑で聞いていた響也だが、その話をした直後にセルジュは少し駆け足気味で二軒先の菓子屋を覗き込むと「あったよ。」と手招きするかの如く腕を上げアピールしながら報告をしてくる。その店に置いてあったのはライ麦とハチミツとスパイスを使用した焼き菓子で、こちらの世界で言うパン・デピスとほぼ変わらない品物であった。

 聞けばこの焼き菓子、王都でも手に入れる事は出来るのだが、依頼が無いと作って貰える物では無い為『あまり見かけない』らしい。

「少しここで食べて行こうか?僕達朝から何も食べてないし。」

 そう言われ朝食を口にしていない事を思い出した響也はセルジュの意見に賛成し、二切れずつ注文をする。しかしこの時、響也の脳裏に何かの予感が横切った。セルジュと二人だけの食事、料理店の並ぶ坂、静かな佇まい。これらから予測される次の出来事は・・・

「私達にも一本ずつ頼む。」

 予感的中。この状態で静かに事が進む訳もなく、二人を見かけたルイーザ達が合流し、パウンドケーキと同じ大きさもあるパン・デピスを二つ注文する。

「私等抜きで食事とは随分だな。」

「どうせ十分食っただろ?俺達は今日初めて口に入れるんだ。」

 皮肉の様に問いかけるルイーザに対し皮肉を込めて返答する響也だが、彼に否定するかのようにジョゼが会話に入って来る。

「あまり食べてませんよ?サンドイッチとパスタと魚だけです!」

「各々数は?」

「サンドイッチが五つにパスタは三皿で魚が・・・」

「それを十分と言うのだ!」

 食事にこの二人が加わるとコントにしかならず、これらの会話を聞いていた店員や周りの客を巻き込んで笑い声が上がる。

「安心しろ。王都で話していた卵パンはまだ食べていない。揃ってから食べようと思ったいたからな。」

 何を安心するのか分からないが、これ以上ツッコミをしても笑われるだけなので取り合えず座れと店の入り口の一番近い席に案内する響也。黒髪を気にしないで食事、それも一番目に付く席につける街はここだけであろう。

 ルイーザとジョゼが席に着くと同時に運ばれてくるパン・デピス。使用したスパイスはシナモンの様な物で、テーブルの上に置かれただけでその匂いが辺り一面に漂う程強い。

「これは美味いな。甘いだけではなく少しばかりの辛みが中々良い。」

「なんだかリラックス出来るお菓子ですね。」

 響也とセルジュが匂いを嗅いでいる間に食べ始めているルイーザとジョゼ。少しは香りも楽しめよと思いつつも、肉類ばかり食しているルイーザが美味いと言える菓子には俄然興味が湧き、フォークで一口分を切ると素早く口へと運ぶ。

 口に入ると強い香りはより一層増し、鼻を抜ける刺激が心地良い程スッキリとした味わいがあり、生姜でも使用されているのか辛み以外にも舌を刺激するスパイスが入っている様だ。

 温泉街で食べる物とは恐ろしく異なるが、久々の甘味は響也の舌を満足させ暫くの間その余韻に浸る事にした。

「よし、次は卵パンを食べに行こう。」

 余韻に浸る事は許されないらしい。

「王都でも言ってたけど、生な卵でしょ?本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。私は今まで何を食べても腹を壊したことが無い。」

 何がどう大丈夫なのか質問に対する答えになっていない返答をするルイーザに対し、セルジュも響也の気持ちが分かる様になってきた。

「俺達の世界でも生卵を食べる文化はごく一部なんだ。取り分け日本は生卵を良く食べる。鮮度さえ良ければ食あたりも早々無い・・・ただ、この世界は分からん。」

 セルジュを安心させようとフォローに入るものの、この世界の卵の鮮度は全く分からない為、最後には自信の無さが露呈してしまう響也。

 だが、その心配は杞憂であった。この街の卵は全て朝生んだ鮮度抜群の卵しか使用しておらず、注文も個数限定との事。逆に余った場合は別の業者が格安で買い取り、各店舗へ回すと言う循環になっている為、食品ロスが非常に少ないらしい。

 ルイーザの案内の元到着した場所は至って普通のパン屋で、イートインの如く店内で焼き立てのパンを食すスペースもある。

「卵パンを十個頼む。」

「悪いな、今日の分はあと四つで終わりだ。」

 店に着くなり早々注文をするルイーザ。この店では普通のパン屋の様に自分でパンを選ぶ方式を取って居るが、生卵を使用した調理パンは直接店員に注文する事で手に入る様だ。

「すまないが一人一つで我慢出来るか?」

「無い物は仕方がないですもんね。」

 ルイーザの問に対し響也とセルジュへ同意を求めるジョゼだが、元より複数食すつもりはない二人は黙って頷き事を進める。

 十数分後、出てきたのは四枚切り程の厚さの焼かれたイギリスパンの上に温玉と呼べる程の半熟卵を乗せ、更に塩と胡椒までもがかかっている一品。見た目だけであれば有名なアニメ映画を彷彿とさせる為、先程パン・デピスを食べたばかりの響也の食欲をそそる。

 因みに、胡椒は元の世界で『故障の一粒は黄金の一粒』と言う言葉があるのだが、これは生産地から遠くの国へ渡り、更に価値を持たせるため意図的に値を上げた事が由来している為、こちらの世界では値が張る物の手に入らない品物ではない。

 席に着くなり待ちきれなかった響也はルイーザよりも先に齧り付き懐かしの味を噛みしめる。慣れ親しんだ半熟卵に塩胡椒の味付け。誰もが一度は口にした事のある品物に思わず舌鼓を打つ。欲を言えば白米に醤油をかけて頂きたい物ではあるが、それは贅沢と言う物。

 普段であれば慌てず食事をする響也が真っ先に食した事によりセルジュも安心してパンを口へと運ぶと、とろける様な白身と胡椒の刺激に思わず声が零れる。

 黄身を潰しても上手いと響也からの助言により、一口目の余韻をそのまま指で黄身を潰しでは即座に齧り付く。二口目からは全員止まらず、物の二十秒程で全員がパンを一枚平らげてしまった。

「これはおいしい。生の卵には抵抗あったけど、食べたらそんな事どうでも良くなったよ。」

 口の周りを黄身でベタベタにしたセルジュが口を拭くより先に感想を述べる。それを皮切りに三人も感想を言うのだが、『今日の分はもう無い』と言う現実に肩を落とす。

 これが切っ掛けで響也とセルジュも箍が外れ、昨日と同じ様に食べ歩きをしては温泉に浸かりを繰り返し、気が付けば夜になってしまっていた。

「明日には出発か。あっという間の二日間だったな。」

 初日には起こされても結局使用しなかったマットレスに座りながら話しかける響也に対し「もう少し居たい。」と返答するルイーザとジョゼ。しかしながら金銭面の問題で長く居れば再び馬小屋生活になると説得すれば「仕方がない。」と折れる。

 事実、今回使用した金額は宿泊代より食費の方が遥かに高く、王都へ帰れば再び任務の毎日へ戻らなければならない。それを聞き現実逃避をするかの如くマットレスへ倒れ込んだルイーザは「金が溜まったらまた来よう。」とだけ言うと寝息を立て始めた。

 そんな姿を見た三人は顔を会わせ頷くとランプの灯を消し床に就く。楽しい時間はあっという間に流れる事を再確認した響也は何処か満足気な顔で眠りにつくと、その日は全員が久しく熟睡する事が出来た。

 翌日、浴衣から普段着に着替え、受付にて武具を受け取り装備を始める四人。たった二日間差していなかっただけで懐かしさすら感じる剣の重みにより心を切り替えた響也は、フードを深く被り髪が見えない様にする。

「また髪を隠す毎日か。いつかフード無しで歩き回れる日が来ると良いな。」

 そんな響也の呟きに対しルイーザは「そんな世界を作ろう。」と返答し全員に笑顔が現れる。

 だが、そんな笑顔は長くは続かなかった。

 これから彼らを待ち受けているのは五日間の馬車旅。王都へ着けば再びヨボヨボの爺さんの様な歩きになるのは火を見るよりも明らかである。





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