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記憶の道  作者: 桐霧舞
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ローアケルドの謎



『ローアケルド』

 王都ダミアバルのある西大陸の西よりに位置する温泉街であり、西の都『シェルジェブール』からの客で賑わう娯楽の地域。主な名産品は硫黄やリン等の薬や肥料に使用する物から、各銭湯等に設置されている風や冷気の魔法石である。

 勿論温泉街なので街中を含め身分や種族に差は無く、戦闘も御法度。これを破った者は二度と立ち入る事が出来ない為、平和な街としても有名。

 つまり、響也の黒髪も差別される事無く過ごせる憩いの場。なのだが、五日間もの間硬い馬車の床や椅子で過ごした為、河川敷の土手を数十回転げ落ちた様な肉体的な痛みと狭い空間で過ごした精神的なストレスにより彼の疲労度は最大になっていた。

「ここがローアケルドかぁ、随分変わった匂いがするね。」

「硫黄の匂いだな。温泉の特徴の一つだ。」

 温泉街に着いた最初の感想を言うセルジュに対し、剣を杖代わりにしている響也が答える。それに対し「こんな状況でも受け答えは出来るのか。」と感心するセルジュ。

「おぉ~ここだ。私が昔来た事あるのは。確かこの坂と階段を上がった一番上の宿に泊まったな。」

 それを聞き心が折れそうになる響也に対し「もう少しですよ、頑張りましょう!。」と鼓舞するジョゼ。これに対し「ここまで来たのなら最後まで行ってやる。」と響也もヨボヨボと歩き始めた。

 緩やかな坂道に作られたと言っても過言ではない街並みは何処か日本の温泉街を思い出す造りとなっており、その原因は街の真ん中を川が流れている事と温泉の成分で金属では腐食してしまう為、石と木材を中心とした街並みである。

「見てくださいセルジュさん。川から湯気が出てますよ!」

「本当だ。温泉が川になっているのかな?」

 セルジュの言っている事は半分正解で、源泉の一部や、各温泉で溢れてしまった湯をそのまま川に流している為湯気が立ちやすくなっており、冷えた空気が川へ流れる事により霧が発生していると言うのもある。

「この宿だ。」

 ルイーザの案内で着いた宿は日本でも立派と言える程の貫禄と大きさのある温泉宿。三階層の高さに本棟と別棟が存在するローアケルドの中でも指折りであり、宿の前には橋があると言う風情たっぷりな贅沢な仕上がり。

「四人なんだが、部屋は空いているか?」

「四名様ですね、ご案内致しますのでお履き物はこちらの棚に入れて下さい。」

 従業員の女性に言われて「そうだった。」と思い出すルイーザ。建物へ入る際に靴を脱ぐ事は日本人からしたら当たり前の光景だが、習慣付いていないこの世界では少々戸惑いが生まれる。

 棚は銭湯にある下駄箱に似ており、木製の板を鍵とする物。慣れた手つきでブーツをしまう響也を見てジョゼとセルジュも続いて靴を脱ぎ始めた。

「流石は響也だな、温泉を知り尽くしている。」

「揶揄うなよ。俺の居た場所じゃこれがスタンダードなんだよ。」

 ヨイショされても一切嬉しくない響也であるが、普段から戦闘面で劣っているルイーザに褒められると言うのは何処か心地よい気分になる。

「次にこちらで装備をお預かり致します。」

 玄関から数メートル離れた受付では部屋にあっても邪魔になる装備を預かってくれるらしい。勿論邪魔になると言うのは客側の問題で、実際には戦闘を行わせない為に街全体で行っている武具の取り上げである。装備を籠に入れると、預かり書と帳簿へ名前を記載するのだが、響也は自分の名前が書けない為ルイーザに書いて貰う事にした。

 装備を預け身が軽くなった一行は先程の女性に案内され三階の正面玄関側の部屋に案内される。そこは十四畳程の広さで窓から先程の川に架かる橋を見れるだけでなく、坂になっている街を見下ろす事が出来る景色が堪能可能で、この風景に一同声が漏れる。

 響也の唯一の不満と言えば部屋が畳ではない事。これは日本ではない為仕方が無く、布団の代わりにマットレスが置かれていると言うシンプルな部屋だが、寛ぐには十分である。

「ギルドもこんな感じなら良いのにな。」

 高望みをしているルイーザを尻目に響也は爺さんの様な歩みで窓際に設置されている椅子へと腰を掛ける。景色を一通り楽しんだ後、最初に口を開いたのはセルジュだった。

「今から温泉に浸かる?それとも先にご飯でも食べに行く?」

「私は飯にしたいが、この有様を見るとねぇ・・・」

 ルイーザの視線の先には椅子に全体重を預け、手足をダランとさせ、天を仰ぐ状態まで脱力した響也の姿があった。響也からすれば何故あそこまで居心地の悪い馬車に五日も居て平気にしているのかと疑問を抱く程だ。

「それじゃあ先に温泉に行こう。響也は僕が連れて行くから先にどうぞ。」

 セルジュの言葉に甘えて先に温泉へ向かうルイーザとジョゼ。二人を見送ったあと再び響也に声を掛けるセルジュだが、響也は自力で動く気力も無い様で曖昧な返事しか返さない。


「せーのっ!っと」

 掛け声を最後に響也は一瞬の浮遊感を覚えると、次の瞬間には呼吸が困難になり意識をはっきりと取り戻す。

「起きた?」

 何が何やら分からない響也は一度頭の中を整理する。ここは屋外、そして今自分が抱え込む様にもたれ掛かっているのは巨大な石。目の前には裸のセルジュ。そして自分はびしょ濡れ。

「返事しなくなったから強硬手段取っちゃった。」

 と笑顔のセルジュを見て響也はやっと自分の状況を理解した。屋外の露天温泉まで背負って来たのだが、返事をしなかった為、脱衣を済ませるとそのまま響也を浴槽に叩き込んだのだ。

「一歩間違えりゃ死んでたぞ!」

「これは失礼。でもちゃんと僕は浴槽に入れるよって言ったら返事をしたのを聞いたもん。」

 セルジュに対し若干の呆れを覚えた響也だが、一度深呼吸をすると自分が浸かっているのが温泉である事を思い出し湯の温かみを噛みしめる。

「良い湯だ。」

 それだけ言うと響也は浴槽から上がりセルジュを洗い場まで引っ張っていく。

「今回はまぁ俺が悪いから仕方ないとして、体を洗わずに浴槽に浸かるのはマナー違反だ。それに音を立てて入ったり飛び込んだりするのもだ。」

 そう言いながら石鹸を泡立て脂まみれになった髪を洗い始める響也。街の銭湯もそうだが、リンスやコンディショナーの類は無い為、薄めたお酢を使って中和するしかないのだが、この温泉宿では石鹸しか置いておらず、脂が落ちた髪がゴワゴワとした感覚に変化していく。

 なお、この洗い場は大きな桶、体よく言えば学校の手洗い場の様な物に汲み上げた温泉をそのまま流し込むと言う仕組みになっている為、桶で掬い何度もかけ湯をする必要があるのだが、王都ダミアバルでも似た様なシステムになっている為戸惑う事は無く順応する。

「確かに良い湯だね。でも普通の風呂と何が違うのか良く分からないな。」

「温泉の効能ってのは場所によって違うからなぁ。でも肌がツルツルになったり、腰痛や疲労回復ってのは何処でも同じなんだ。」

 解放感のある屋外の温泉に丁度良い湯加減も相まって表情だけでなく口調も緩くなる響也。宿の裏側に隠すように作られている為、外部から見られる心配も無く、街とは逆の山の景色を二人が楽しんでいると板で作られた壁の向こうから僅かにだが声がする事に気づく。

「ルイーザさん、少しは隠した方が・・・」

「なに、こっち側は人に見られる心配は無いからな。あったとしても遠すぎて何も分からないだろう。」

「そういう問題では・・・」

 勿論声の主はルイーザとジョゼ。浴槽の隅で隠れるように浸かっているジョゼと対象にルイーザは縁に腕を掛け寝そべる様な体制で寛ぐ。女性らしさの無いその姿はおっさんその物。それらの会話を聞いていたセルジュも微笑ましく笑みを浮かべる。

「女性陣も楽しんでるみたいだね。ところでさっき温泉のマナーを語ってたけどまだ他にも?」

「勿論、風呂上りの牛乳は腰に手を当てて飲む。まぁ後は楽しみ方って意味じゃ浴衣を着て散歩したりとか、夜や朝に入ったりな。」

「夜や朝に入るなんて考えた事も無かったなぁ。」

「夜になると冷えるだろ?その風が温まった体を冷ましてくれて気持ちいんだ。朝に入れば目も覚めるし体がスッキリする。まぁ今日の夜と明日の朝にでも試してみると良い。」

 響也はそう言うと完全に脱力し今にも寝そうな顔つきで近くの岩に頭を寄りかからせる。話を聞いたセルジュも思い返せば銭湯から帰るまでに汗だくになっている日もある事があり、涼しい状態だったらどれだけ気分が良いかを想像すると夜風呂が楽しみたくて仕方がない気持ちになっていた。

「僕はそろそろ上がるけど響也はどうする?」

「う~ん。まだ入ってたいけど、このままだと寝そうだしな、俺も出るよ。」

 十分に温まり二人は脱衣所へと向かう。冷たい岩肌が足の裏を冷やしていくが、それもまた心地よく足跡だけが残っていく。

 宿の厚意で用意されたタオルで体を拭き終え、籠に返却しようとすると籠の横に置かれた衣服が響也の目に映る。気が利いてるとその衣服を広げ慣れた手つきで着衣を済ませるとセルジュにも手渡す。

「何それ?ロングコート?」

「いや、これは浴衣だ。」

 響也の着衣を見ていたのと見た目からして着方はこれしかないと真似して着衣を済ませるセルジュ。身長の問題か、ピッタリな響也に対しセルジュは脛が見えてしまうのだが、本人は身軽で涼しいと気に入りその場で回転して見せた。

 その姿に何処か誇らし気になりつつ部屋へ戻ろうと暖簾を潜るが、その時に響也はある事に気づく。浴衣は本来日本の物であり、この世界に存在する筈の無い代物。そして暖簾、こちらも日本では当たり前に存在するが、この世界では似た様な物さえ目にした事が無い。最後に、その暖簾に描かれていた物。それは縦に描かれた三本の波線に当たらない様に避けられた下部分の丸。俗に言う温泉マークである。

「どうかした?響也。」

 暖簾を潜り動かなくなった響也に疑問を抱き声を掛けるセルジュだが、響也はその声に反応せずその場から動こうとしない。

「やっぱりまだ体が痛む?」

 そっと肩にセルジュの手を乗せられ我に返る響也。若干混乱しながら部屋に戻ろうと声を掛け歩みを始めるが、どうも調子がおかしく、セルジュは再び質問をする。

「ねぇ、サエノ村での会話聞いちゃったんだけど。響也は何処から来たんだい?文字は書けない、でも僕が知らなかった温泉をマナーを含めて知っている。そしてこの浴衣。」

 次々と出て来るキーワードは全て響也が『通常の人間』ではない事を表している。検めて話をしようと後回しにしていた結果、セルジュを心配させる事になっていた事に気づかなかった響也は部屋に戻ると仲間となったセルジュに全てを打ち明ける事にした。


「道理で話がずれてる訳だよ。まさか異世界人だったとは。」

「クランに入ったら教えようと思ってたんだけど温泉騒動ですっかり忘れてた。すまないな。」

「別に気にしてないよ。でも、そうすると本当に面白いクランになったね。誰一人同じ人種が居ないんだもん。」

「同じ人種?」

「そう、ルイーザはアレス族、僕はテウト族、ジョゼは話したがらないけど、多分特徴からしてイリス族かな。そして響也はニホンジン族だっけ?」

「族は着けないけど、そう言われると確かに他の皆も見た目が他と少し違うな。」

 西大陸の多くの人種が『フローリア族』なのに対し『三日月』は一人もフローリア族が存在せず、少数派の種族のみで構成されている事を説明される響也。

 なお、説明を付け加えておくと、アレス族は褐色気味の肌に赤系統の髪を持ち、別種族よりも高い筋力を持つ。テウト族は緑髪に高い知性と魔力が特徴的で、多くのテウト族は学者や錬金術師となる。イリス族は何処に住んでいるのかも不明な超少数派の民族で特化した能力を有すると噂されている。

「そして君は髪と目が黒く魔力を持たない。かと言って筋力や知力が優れている様子もないし・・・。」

 セルジュの言葉が矢の様に響也へ突き刺さる。実際に響也はスポーツ系の部活にも所属しない帰宅部。学校帰りに数少ない友達とカラオケやゲームショップに寄る事を楽しみにしているタイプで、弱かったコミュニケーション能力はアルバイトの接客で培った物である。

「それでも何か人を引き付ける力があるんだろうね。こうやって僕も引き付けられたし。」

「だと良いけどな。殆どサイコメトリーのお陰だけど、この力のお陰で何とか生きて来れてるし。」

 二人は顔を見合わせると軽く笑い、窓際の椅子に座り込む。しばし外の景色を見ていると机を挟み対角に座るセルジュを見てふと口を開く。

「温泉施設で風呂上りには将棋や囲碁なんかを打ったりするもんだけど流石に無いよな。」

「楽器か何か?」

「あぁ、悪い。一種のボードゲームだよ、駒を取ったり領域を取ったりする。」

 その話を聞くとセルジュは立ち上がり自分の鞄を漁り始める。なお、セルジュの鞄は響也達の持つ布製と違い確りとした皮で出来ている為、他に比べて量を入れられる代物だ。

「これならあるよ。」

 そう言ってセルジュが机に持って来たのは『鉄壁の盾』から受け継いだチェスボードだった。


「チェック。」

 結果は響也の負け。しかも物の十分もしない内の決着と言うハイスピードな結末に肩を落とす。その姿を見たセルジュが慌てて話題を振り始める。

「それにしても彼女達遅いね。」

「そう言えばそうだな。ルイーザなんか普段は俺より早いのに。」

 響也が出る頃には大抵外に居るルイーザがゆっくりと風呂に浸かった響也達より遅い事に疑問を浮かべる。先に出ていて食べ歩きでもしているのかとも考えたが、部屋の鍵はセルジュが持っている為財布も無しに外へ行くとは思えない。

 何やら嫌な胸騒ぎを覚えた二人は急いで外に向かおうと扉に手を掛けようとしたその時、扉は響也の手を待たずに開いた。そこにあるべき取っ手を空振りした響也は感性の法則に従いそのまま開かれた扉をスルーし地面へと激突する。

「何やってんだ?」

 扉を開けたのはルイーザであり、倒れ込んだ響也に対しあまり心配してない声色で声を掛ける。見事なまでのズッコケに笑いが止まらないセルジュとは裏腹にジョゼは大分心配そうで響也へ手を差し出す。その手を受け取り顔を上げた響也の目に映ったのは浴衣姿の二人であった。

 ルイーザは過去に来た事があるので着方が分かっており、ジョゼにも同様に着付けをしていたらしい。聞けば、遅くなった理由はご機嫌になったルイーザが途中で寝てしまいジョゼ一人ではどうしようもなかったからだとか。

「それより外に行かないか?部屋の中はどうも暑くて。」

 長時間浸かっていれば否が応でものぼせるのは当たり前の事。左手を団扇の様にして顔を仰ぐモーションをするルイーザに対し誰もが同意し財布のみを持って外へ行く事にした。

 ずっと馬車に乗った後に温泉に浸かっていた為気づかなかったが、どうやら街は昼食を終えた頃らしく、店の中から客が出て来る姿が目立つ。恰好も浴衣であったり普段着であったりと区々だが、誰一人として武器を装備していない事から温泉宿に止まっている事が伺える。

 橋を渡り坂を下って数分後、ルイーザの嗅覚が反応したのか引き込まれる様に一軒の建物に入り来むと、そこは麺類を中心とした店らしくスパゲティを食している客も見える。

「な~んか変わった匂いがしてて前から気になってたんだこの店。」

 他の三人の有無を言わさず目の前の席に座るルイーザ。とは言え空腹なのは全員同じで、ここはルイーザの鼻を信じてみるかと続いて座り始めた。

「相変わらず文字が読めない。メニューはなにがあるんだ?」

 この店では壁に料理名を書いた板が掛けられているタイプなのだが、簡単な文字しか分からない響也には相変わらず呪文にしか見えない為、ルイーザに翻訳を頼む事にした。

「見慣れない物ばかりだな。茸のトマトソーススパゲティ、山菜スープは良いとして『トーフ』『ウドン』『オカラ』。何だこれ?」

「?!」

 急に声を上げる響也に対し三人だけでなく店に居た客や店主までもが反応し注目を浴びた為、「失礼。」とだけ言ってルイーザを初め全員に再度確認をする。

「本当に『豆腐』って書いてあるのか?あと『うどん』と『おから』も。」

「あぁそうだ、どうした急に。」

「確かに書いてあるね。『ウドン』『トーフ』『オカラ』。僕も知らない料理だ。」

「はい、ちゃんと書いてありますよ。『オカラ』『トーフ』『ウドン』」

 三人が同じ言葉を言った事で聞き間違いでは無かったと確信した響也は気になって仕方が無くその三品を一人先に注文を始めた。

「今言った料理はこの世界にある筈が無い『日本料理』なんだ。」

「『ニホン』って事は異世界の料理?」

「そうだ。たまたま同じ名前なだけって事も考えられるが、セルジュには話しただろ?温泉の至る所が日本に似てるんだよ。この浴衣もそうだ。」

 響也の話が本当であれば自分以外に日本人がこの世界に居る事になるのだが、まさか温泉街の店で店主をしているとは考えもしなかった事。その真相を知る為、今は唯々料理を待つだけである。

 物の一分足らずで最初の料理が運ばれて来る。果たしてこの料理が日本料理なのかと全員が固唾を飲みながら出された料理に注目する。

「白い。」

「白いね。」

「真っ白です。」

 三人の感想は白い事だけであったが、響也はこの料理をよく知っている。それもその筈、自分はこの料理はつい三ヶ月程前まで食していたからである。

「これは・・・。豆腐だ。」

 皿の上には布の跡が付いた丸い木綿豆腐に日本ではセイヨウネギとも呼ばれるリーキを刻んだ物が乗っており、同時に持って来られたお猪口の様な器には薄茶色の液体が入れられていた。

「これが異世界の料理?何か食欲は全然沸かないけど。」

 右手でこめかみを掻きながら白くて丸い不気味な食物に対し、そもそも食べ物なのかと疑問を抱くセルジュ。同時にジョゼは勿論食事に煩いルイーザさえも同意見で食べ方さえも分からない。

 そんな事はお構いなく、久しい日本食に心が弾んでいる響也は店員から箸を受け取るとお猪口の液体を豆腐にかけて一口分掬い上げ素早く口へと運ぶ。すると柔らかく濃厚な大豆とリーキの味だけでなく、更に懐かしい味が響也の舌を刺激する。

 豆腐にかけた液体は醤油ではなく、乾燥させた魚から取った濃厚な出汁であり、その味は分かりやすく言えば冷たい湯豆腐と言った所。鰹節とは全く異なる物の魚類の出汁を久しく口にした響也は自然と目が潤んでしまう。

「そんなに美味いのか?店主、私にも同じメニューを一つ。」

 響也のリアクションに期待を抱き注文するルイーザにジョゼとセルジュも続いて注文をするが、店主を始めとした店内全員が響也を注目しあっけらかんとした表情をしたまま呆然としていた。

 暫くすると「本当だった。」「噂じゃなかったんだ。」等の言葉がひそひそと始まり、注文しても動かない店主に対し席を立ちルイーザは目の前まで移動すると「聞こえてるのか?」と大き目の声で問いかける。

「あ、あぁ。すまない。何せ昔から言われてる事が本当にあるとは思いもしなかったからな。」

 ルイーザの声に正気を取り戻した店主はそう言って厨房へ向かおうとするが疑問に思ったルイーザはそのまま問いかける。

「昔何があったんだ?」

「まぁ、死んじまったこの店の先代の店主から聞いたんだが、今出した料理は異国の人間から聞いて作った物らしく、何でもその人は二本の棒を器用に操って食事をしていたって事なんだが、まさか本当に居たとは。」

 店主の話を聞き何か引っかかるが豆腐が気になって仕方がないルイーザは「そうか。」とだけ言うと自分の席へと戻ると響也が食している姿を見ながら豆腐が来るのを待つ事にした。

 因みに、何故響也に箸を渡したかと言うと、豆腐に反応し見慣れない異国の顔立ちをしていた為、店主が反応を見たく店員に手渡したかららしい。結果として噂が本当だったと確信する事となった。なお、店主は先程の話を客にも話していた為、店に居る人間が全員響也を注目したのはそのせいである。

 なお、箸に関してルイーザとジョゼはバーウィックで響也が扱っているのを見ている為、特に疑問を抱かなかったがセルジュは器用なものだと少しばかり感心していた。


「ん?んん・・・?」

 テーブルへと箱まれてきた豆腐を スプーンで食べようと掬い上げるがすぐに崩れてしまい食べるのに手こずるルイーザ。その一方、ジョゼは響也が箸で詰まんだ量を覚えていた為難なく食す事が出来ていた。

「凄く柔らかいです。白いので牛乳の様な味かと思ったら全然違いますね。」

「確かに。油っぽさも無い凄く淡白な味・・・食べた事ある筈だけど、何だろうこれ。」

「材料は大豆だ。」

 苦戦しているルイーザをほったらかしに豆腐を食べながら会話を続ける三人。

「あぁ大豆か。そうだそうだ、煮豆を柔らかくした感じだ。」

 三人の会話に対し、いつまでたっても食べれず苛立ったルイーザは崩れまくった豆腐を皿毎ごと持ち上げるとそのまま傾け飲み物の様に口へと流し込む。

「もっと綺麗に食べれないのか?」

「私は手先が器用ではないからな。・・・しかし、このトーフと言うのは響也が泣く程美味いと思えないのだが。」

「それは仕方ない。如何せん日本人の口に合うように作られた料理だから、それ以外の人は早々好んで食う物じゃない。」

 あっと言う間に豆腐を飲み込んだルイーザの口には合わなかったらしく、拍子抜けし半場睨むような表情で響也に疑問をぶつける。一方ジョゼは気に入ったらしく「私は好きですよ。」と笑顔で食べ終えた皿を見せて来る。

 そんなやり取りをしていると二品目のおからが運ばれてくる。

「こっちも何かボロボロだな。トーフの親戚か?」

「豆腐を作る際に出来た搾りかすだ。再利用してるだけでなく栄養もあるぞ。」

 先程の豆腐で疑心暗鬼になったルイーザはジドっとした目で睨め付けながら響也の説明を聞くのだが、材料が同じと聞き興味は大分薄れているようだ。

 そんなルイーザを放っておき、おからを一口頂く響也。舌へ乗せた瞬間に形は崩れ噛む事無く口全体へと広がる。その味は先程豆腐で使用しただし汁に椎茸とは全く異なる茸から出た出汁が加わり日本人好みの味付けとなっている。当然響也の舌にも見事にマッチし、懐かしい味付けに再び涙する。

「これは中々。僕は豆腐よりこっちが好みだな。」

「茸に味が染みてて美味しいです。」

「まぁトーフよりは美味いな。」

 またしてもルイーザの口には合わない様だが、二人には好評の様であっと言う間に平らげてしまう。普段口にしない味付けに興味津々なセルジュとは裏腹に自分で選んだ店なのにも関わらずルイーザは不服そうな顔をしていたのだが、次の響也の発言により機嫌を良くする。

「最後のうどんはルイーザでも気に入る筈だ。小麦粉を麺にした・・・分かりやすく言えば丼に入ったスープパスタだ。」

「おぉ、それなら楽しみだ。」

 おからから数分後、四つの丼が運ばれてくる。中には一般的な太さではなく、どちらかと言えば三ミリ程のロングパスタであるリングイネに近い物となった麺が入っており、スープは黄金とも言える程澄み切った明るい茶色。トッピングは豆腐同様に刻まれたリーキと油揚げが載せられており、その見た目は紛うことなき『きつねうどん』そのもの。

 醤油を使っていない為、だし汁のみの味付けなうどんではあるが、懐かしさの余り全く気にせず麺を啜る響也。

「私も人の事は言えないが。なんか、随分煩く食べるんだな。」

 口に入りきらなかった麺を吸うと言う行為はあっても音を立てて啜ると言う行為はこの世界でも非常に珍しく、店内の全員が響也を注目する。

 元の世界でも日本のみで使用される食し方で、近年海外からはハラスメントの一環であるとも言われており、日本人以外からは決して評判の良い食べ方ではない。本人も言っているがルイーザもかなり乱暴な食べ方をしている為、音の大きさでは引けを取らない。

「悪い。俺の居た所じゃ麺類は音を立てて食べるのが当たり前なんだ。」

「別に私は気にしてない。ただ、普段は静かに食べる奴だから驚いただけだ。」

 そう言ってフォークで麺を絡め取ると口へ運ぶルイーザ。パスタよりも弾力のある麺が程よく歯を押し返す食感にスープが絡まり出汁の香りが一気に駆け抜ける。この味はルイーザの口に合った様で、口元に一瞬笑みが浮かんだかと思えば即座に二口目を押し込む。そんな彼女の食べっぷりに楽しみで仕方が無くなったセルジュは同様に食べ始める。

 一方ジョゼは猫舌らしく、麺を持ち上げて十秒以上息を吹きかけるのだが唇に触れた瞬間、その熱さに麺を遠ざける。そんな姿を見た響也はお椀を注文し、ジョゼへ冷ます用だと渡す。

 油揚げの味は味醂を使っていない為、甘みが一切ない物であったが、出汁を十分に吸っていたので、これはこれで美味い物。各々食べるスピードは区々だが短時間で料理を全て平らげる。総合評価としては高い様で全員が満足そうな顔をしている。

 他にも日本料理が無いかセルジュに翻訳して貰ったのだが、偶然なのか今出た料理以外は全て異国の料理であった。しかし、懐かしのソウルフードである日本食を食べる事が出来たので響也としては御の字だった。

 食事が済んだ四人は店の外へ出ると心地の良い風が吹き、うどんで暖かくなった体を程よく冷やす。

「今回は私が選んだからなぁ。次の店は皆で選んでいいぞ。」

「まだ食うのかよ!?」

 その後も一行、主にルイーザとジョゼは胃袋の限界まで食べ歩きを行うと気が付けば夕方になっていた。座って食べていた筈なのに何故か肩で息をする程疲れ切った響也とセルジュは部屋に着くなりすぐさま横になる。

「駄目だ。もう動けねぇ・・・。」

「僕も流石に無理・・・。悪いけど二人は好きな様に寝て。」

 好きに寝ろと言われても部屋の扉の前に本人が寝そべっている為入室すら厳しい状況になっている事に気が付かないセルジュ。彼も相当参っている様だ。

「そうか、では夕食まで風呂に浸かるか。歩いて少々汗もかいたし。」

 たった今食事をして来たのに夕食も食べるのかとツッコミを入れたくとも下手に喋ると吐き出しそうになる為何も言えない響也を尻目に二人は風呂へと悠長に鼻歌交じりで向かう。

 数十分後、何とか寝返れる程度まで胃袋が落ち着いた響也は検めてローアケルドについて考え始めた。疑問点は大きくして三つ。見た目が完全に温泉街。浴衣や温泉マークが存在する。日本食がある事。

 建物と食事は似た様な物が出来たとしよう。しかし浴衣と温泉マークはどう考えても日本の物であり、偶然作ったにしては都合が良すぎる。そうなると答えは一つ。

『自分以外にも日本人が居る』と言う事。

 うどん屋の話によると昔との事で、大きく見積もって二十年から五十年。この間に別の日本人が存在し料理を教えた。五十年もあれば街並みを変える事や、ここをリゾート地と噂される程度にはなるだろう。それと同時に、五十年前に日本人が居たとなると、その人物に会える可能性は無いに等しい。仮に二十年だとしても黒髪の話を自分以外で聞かない為、生きているかも怪しい所。

 そんな考え事をしている内に響也の瞼はだんだん重くなり、気づけば寝てしまっていた。ルイーザ達が返って来ているとも知らずに。

「まだ入り口にいる・・・。ジョゼ、叩き起こすのを手伝ってくれ。」




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