キングトロール鉱山の戦い
いつも通りの朝が来る。そんな考えが消えてしまう日がいつか来る。その日が今日だと言うのは誰一人考えもしていない。
朝起きるとギルド内が騒めいており、王都近衛兵が入口に立っていた。彼が言うには響也達が過去にトロールを倒し『サイドアーム』の二人を救出した北西の洞窟にキングトロールの目撃情報が入り、調査に向かった者が帰って来ない為、情報は真実と受け取りギルドへ来たとの事。
何故王都近衛兵が向かわずギルドへ来たのかと言うと、ジントリム同様に王族や上流階級の者は自分の身しか考えていない為大した額を支払わない。その為、その都に住む者を駆り出すのだが、王都の場合はギルド本部がある為安い額で済ませられる。因みにクランのランクがB以上の者は上流階級の住む場所にあるギルドへ移行しており安い額では動かない。その為、今回参加する者は全部がランクC以下のクランとなる。勿論、低ランクのクランが参加しても役に立たない為、募集するのはランクD以上。
「現在ここに要るランクD以上はこれだけか。ランクアップ間近は居ないのか?」
「居ない事はありませんが、ギルドとしてもクランの人の危険を考えると・・・」
隊長らしき近衛兵の対応をする受付嬢。話の最中に彼女が手に持った資料に気づくと近衛兵は資料を奪い受付嬢を突き放す。
「ふむ。少ないがまぁ囮にはなるか。今から呼ぶものはこの任務に参加するように。拒否するならば王都近衛兵の権限を持ってこのギルドを解体する。」
早い話脅しである。ギルドは王都に対し緊急時に手を貸すと言う協定が組まれており、昔はお互いに手を取り合っていたが現在では王都からの一方的な命令を聞く立場になってしまっている。この協定を守らない場合はギルドとして運営する事は許可されない。つまり、クランのメンバーも強制的に参加せざるを得ない状態になっている。
今回近衛兵に呼ばれたクランは『サンダーボルト』『風の遣い』『鉄壁の盾』『セイバーズ』そしてランクアップ間近であった『三日月』の計五カ所。人数にして約四十人と言った所。
ランクDに満たないクランのメンバーに見送られながら五つのクランは馬を連れた近衛兵に続きギルドを出て行く。キングトロールの強さを知る者は自分達だけで討伐できるのか等を口にするが誰一人討伐が可能と言う答えを出す事はなかった。
人数が人数だけあり用意された馬車は馬六頭で引くほど大型の物で、一つ辺り二十人は乗れる代物だが、金をケチって二つしか用意されていない為やや狭い状態で我慢する事になる。
一時間後。窮屈な体勢が続いた為、体のあちこちが痛くなり降りる者全員が何処かしらを摩りながら下車をする。馬車の中では会話は一切行われず、全員が恐怖で震え上がっているのが見て取れた。ルイーザもキングトロールの相手をした事が無く、強さは未知数との事で『三日月』が出来る事は殆ど無い。
「諸君等に作戦を説明する。これより我らで洞窟内へ侵入する。キングトロールの習性上、配下の魔物が多く居る筈なので、これを撃退。数が減った所でキングトロールへ一斉攻撃を行う。幾ら巨大な魔物でもこれだけの数は一度に相手は出来ぬ筈だ。以上!」
とだけ言うと馬に乗ったままの近衛兵隊長は剣を鞘から引き抜き「前へ進め。」と言わんばかりに洞窟に向かって剣を突き出す。我が身可愛く傷つきたくないが為にクランの人間を先に行かせる寸法に対し、一同は「誰が行くもんか。」と動かなかったが我先にの名乗りを上げたクランが一つだけあった。『鉄壁の盾』である。
リーダーのピエールが『儂に続け。』と『鉄壁の盾』を連れて洞窟内に入り始める。入口は縦横共に五メートル程ある為、盾を構えた状態でも問題無く横一列で進む事が出来る。その気迫に感化されたのか他クランも『鉄壁の盾』に続いて洞窟内へ向かって行く。勿論その中には『三日月』も含まれていた。
前面を『鉄壁の盾』に預けている為、そのすぐ後方にて調査クラン『風の遣い』と護衛クラン『セイバーズ』が松明を持ち全体を照らす事に。中は前回同様に湿り気のある空気が流れており、高湿独特の変な汗が出始めた。
暫く進み一行は広い場所に出る。これだけの松明があっても光が届かぬ程高い天井に抉れた地面。この地面は以前トロールとの戦闘で爆破したのが原因で出来た物。
「おかしい、配下の魔物さえも見当たらぬぞ。」
「全員逃げたのか?」
「まるで僕達が来るのが分かってたみたいだ。」
そう会話するピエール、レックス、ラトだが、最後の言葉に対し何かに気づいたピエールは振り向いて全員に叫び始めた。
「戻れ!罠だ!」
しかし時既に遅し、光が届かぬ天井に隠れていた大量のゴブリンが一斉に飛び掛かり攻撃を仕掛けた。入ってきた道は既に多数のゴブリンが陣取っており、一同は完全に囲まれてしまう。
「灯を絶やすな!同士討ちになるぞ!」
囲まれている上に中央付近には飛び掛かったゴブリンが居ると言う四面楚歌の状態になっていながらも指揮を取るピエール。その言葉が聞こえたのか『風の遣い』に居る魔法使いが炎の弾を至る所に飛ばし何とか視界を確保する。まず目に入ったのは最初のゴブリンに襲われたと思われる『セイバーズ』のメンバー。中には倒れて動かぬ者の姿もあった。
多勢に無勢な状態であったにも拘らず、一行は次々とゴブリンを倒し着実に数を減らしていく。が、キングトロールの配下には勿論トロールも要る。ゴブリンが減ったと思えば増援の如く現れる。視界に入るだけでその数は八。響也とルイーザが命がけで一体倒す事が出来た相手である。その光景に絶句し剣を降ろしてしまう者も居たが、一切引かず『鉄壁の盾』は突撃を開始する。
つい先日戦ったオークより巨大なその体から繰り出される拳はいとも簡単に人一人吹き飛ばしてしまう程の力を持つ。盾で受けたディーノはそのまま宙を舞い灯りが届かぬ場所へと消えて行く。
「敵を通すな!皆の盾になるのだ!」
その言葉の通り『鉄壁の盾』はトロールから守る為各々広がり他クランの前へと立ち始めた。
「飛び道具や魔法を使える奴は援護に回れ!『鉄壁の盾』だけに任せるな!」
そう言うのは『サンダーボルト』のリーダー、ヴィクトル。彼の指示に従い色々な魔法が後方から飛び始める。
声や爆音で右も左も分からなくなった頃。トロールの数も減り出口を固めていたゴブリンも討伐が完了する。しかし、敵味方共に倒れた体が地面を覆いつくしており簡単に脱出できる状況ではなくなっているのが現状である。
残ったトロールは三体。体力も魔力も消耗しきった一行が勝つのは容易な物ではなく、回復魔法が使える者も数少ない。入口を正面とした場合の右側に居るトロールに対し響也は何とか対抗しようと前へ出て斬りつけては戻ると言うヒット&アウェイ作戦を行うが、響也の腕では有効的なダメージを与えられる訳も無く、自分の無力さを痛感する。
その時、別の場所から飛ばされて来たであろうレックスが響也を直撃。その衝撃で剣を落としてしまった響也は顔を上げるとトロール目が合い、既に目標をこちらに決めた事を知るとレックスを抱えてその場から転がる様に退避する。すると先程まで二人が居た場所にトロールの拳が到達。あと数秒遅れていれば命は無かっただろう。
更に不幸は続く。先程落とした響也の剣はその拳にて完全に根本から折れてしまったのだ。殆ど戦力にならないとは言え、今剣を失う代償は非常に大きい。自分の剣が使えなくなった響也は、先程までトロールと闘っていた人物が治療の為離れた所に居るのを発見しすぐに駆け付ける。
「トロールと闘った事のある奴の剣は無いか?!」
近くに来て気づいた事だが、治療中の人間の中には腕や足を失っている者もおり、事態の深刻さを物語っていた。
「俺の剣を持って行け。俺にはもう振れない。」
そう言って剝き出しの剣を下向きにして手渡す男。彼も腕を失った人物の一人であり、自分の命が長く無いと悟った様で響也へ剣を渡すと早く行けと言わんばかりのジェスチャーをする。応急処置も大して知らない響也には居ても意味が無い事を理解すると、レックスをその場に置いて受け取った剣を握りしめ自分の剣の仇でもあるトロールの元へと急いで戻る。
先程受け取った剣は自分が使用していた物より少しばかり刃の長いロングソードな為、剣を構えると先端に寄った慣れない重心に少しの違和感を覚えながらもサイコメトリーを発動する響也。未だ燃え続ける灯により辛うじて映像<ヴィジョン>を確認出来る。
しかし動きはまるで異なり『他人の目線』に合わせるには訓練が必要になる。だが、今はそんな場合では無い為意地で合わせる他無い。
気づけばルイーザとジョゼは完全に視界から外れ、何処に居るのか、生きているのかさえも不明な状態。そんな中慣れない動きを強いられ、混乱に近い頭痛が響也を襲い始めた。
「しっかりしろ!今は戦いに集中するんだ!」
ふら付いていた響也の肩を掴みながら目を見て叫ぶティルノ。ここに来るまでは新品同様だった彼の盾は完全に割れており、辛うじて形を留めているのが不思議な程ボロボロになっている。
ティルノの激のお陰で自分が危うい状態だった事を理解した響也は礼を言うと再び剣を構えた。今勝たなければルイーザとジョゼの安否も確認出来なくなる。そもそも二人は自分より強いから大丈夫。そう考えをまとめ映像<ヴィジョン>に集中し髪の毛一本分でも良いからと動きをシンクロさせるべく剣を振るう。
「響也!後ろの足首を狙え!」
どこからか聞こえた声に従い響也はトロールの背後に回り込む。後ろの足首、つまりアキレス腱の事だ。どんな動物でも腱を切られれば動かす事は出来なくなる。
トロールの正面には囮となったティルノが響也を気づかせまいと大胆に動いている。自分に注目が無いと分かった響也は即座に近づき見事に右脚のアキレス腱の切断に成功する。
バランスを崩し倒れたトロールの首に対し大剣を深々と突き刺し止めを刺す人物の姿を確認出来た。
「よくやった。あと一体だ!」
ルイーザである。三体いる内の一体を倒し響也が戦っていたトロールの援護に回って来たらしい。先程の助言も彼女の物である。
残りの一体は残ったメンバーによる総攻撃により撃破する事が出来た。これにてゴブリンとトロールの討伐は完了。何とか勝てたと安堵するが、その場にいた一同はすっかり忘れていた。
キングトロールの討伐である事を。
何もして来ない為、ここには居ないと思われていたが奴はこの現場にいる。全ての配下が倒された事により行動を開始し、その巨体を灯の下に現した。
体長は六メートルを超える程の高さ。まるで二階建ての建物が動いているかの様なその姿を見た全員の顔に絶望が浮かぶ。
岩の様な巨大な拳が地面へ叩きつけられれば地震の如く揺れ、遥かに体重の軽い人間は意図も簡単にバランスを崩してしまう。その間起き上がるのを待つ訳も無く、近くに居た者はキングトロールの餌食となる。
しかし、大地が揺れバランスを崩すのも分かるが、それ以上に眩暈の様な物が感じられる。その正体は戦闘による疲れではなく酸欠である。長い間洞窟内で灯となっている炎が原因で酸素の量の低下しており、比重の重い二酸化炭素が下に溜まっているのだ。
最後の魔物であるキングトロールに対し最悪の状態で戦う事を余儀なくされた一同。その時、酸素や魔力が少なくなり灯りとなっていた炎が消え始める。それにより辺りは暗く、キングトロールの頭の位置さえも認識出来なくなった。しかしそれは同時にキングトロールからもこちらが認識できなる事と同意。一行は音を立てない様に辛うじて見えるお互いの姿を目指し近づいていく。
「何か方法は無いのか?」
微かに聞こえる程度まで音量を下げた声で尋ねる響也。暫くの間返答は無く全員に沈黙が続く。
「奴の脊髄を狙えば勝てるかもしれない。」
そう答えるのは『セイバーズ』の一人ジョセフ。硬い皮膚ではあるが、首の脊髄さえ損傷させれば勝てると提案する。その皮膚を貫くには鋭い刃物か強靭な筋肉が必要な為、響也はルイーザとジョゼを探し始める。
「私ならここだ。その役目引き受けよう。」
「私も居ます。でも鍼は深く刺さらないので、もし鍼を使うのなら更に押し込む必要があります。」
二人の無事に胸を撫で下ろしつつ響也は作戦を提案する。ルイーザ、ジョゼを除く全メンバーで囮となり、後ろからジョゼとルイーザがキングトロールに飛び乗り一気に首へ攻撃すると言う物。しかし、この視界かつ、動き回る者の正確に首元へ飛び乗るのは不可能に近い。
「一瞬だけで良ければ僕の魔法で足止めも出来るよ。」
そう言うのは『風の遣い』のメンバー、セルジュ。彼を信じるのならチャンスは一度きり。同じ手は通じない物として考える。
「囮となったメンバーは左から、二人は右から攻めれば時間が短縮できる。僕は行動開始から十秒後に足止めをする。二人のはその間に飛び乗ってほしい。」
「分かった、それで行こう。失敗は許されないぞ。」
そう言ってセルジュの作戦に同意したメンバーは一斉に動き出す。まずは左方向へ向かう響也達。魔法が使える者は残り少ない魔力を使い派手な魔法を出し視界を確保しつつ自分に注目を集める。自分達の生死を分ける十秒と言う時間。これ程長く短く感じる物は早々無い。
十秒後、セルジュの召喚術によりキングトロールの脚に大量のスライムがへばり付く。これにより足を固定されたキングトロールは何事だと下を向き、攻撃するには絶好のチャンスとなった。
ルイーザの手を取り跳躍するジョゼ。着地地点は確実にキングトロールの首筋となっている。空中で手を離し鍼を一本だけ用意するジョゼ。同時にルイーザも首に向かって大剣を逆手で構える。
首への着地と同時に剣を突き立てるルイーザ。鼓膜を破る様な叫び声をあげたキングトロールに対し誰しもが勝利を確信した。が、キングトロールは動きを止める事無く暴れ始める。ルイーザの剣が少しばかりずれていたらしい。
振り落とされぬ様右手で剣に捕まり左手でジョゼを支えるルイーザに対し、ジョゼは鍼を刺した事を伝える。彼女の言う通り、鍼は首のほぼ真ん中に刺さっているが、骨に当たったのか数センチしか刺さっていなかった。
自らルイーザの手を離し「お願いします。」とだけ言うと、デタラメな体制で落ち、その体を地面へ叩きつけるジョゼ。対してルイーザはジョゼを離した左手で拳を作り鍼へ向かって一気に振り下ろす。その瞬間、骨の砕ける音が辺りに響く。今度こそ勝ったと思いたいが、ルイーザは自分の左手の違和感に気づくまでそう長くは無かった。
骨が砕けたのはルイーザの左手。縦方向に振り下ろした為、小指から人差し指までの手の間を鍼が貫いていたのだ。その激痛に剣を手放してしまったルイーザは一切の受け身も取れず地面へ転がり込む。
作戦失敗。ルイーザの力を持ってしても押し込む事の出来なかった鍼。一同は持っていた武器を落とし放心状態になってしまう。しかし、その状態でも諦めなかった男がジョゼの元へと走り彼女の頭を持ち上げ肩をゆする。
「ジョゼ!起きろ!一度だけで良い、俺を上まで連れてってくれ!」
その男は響也。声に反応し立ち上がったジョゼは即座に響也を掴み考え無しに上へと飛び上がる。天井へ着地すると方向を定め、灯りに反射するルイーザの剣とジョゼの鍼に向かって跳躍をする。
響也の目的は首ではなく、その少し上の後頭部との境目。その位置なら刺さりっぱなしの剣と鍼も邪魔にならない。しかし響也が突き立てるのは剣ではなく、左腰に差していたジャマダハル。鞘から引き抜くと人生で一番の大声と言える声を出しながら一気に刃を叩きつける。
元より鋭い刃に殴る様に突き立てられる柄を持つジャマダハルは首の骨の隙間に入り頸椎の損傷を可能とした。
再び叫び声が響くと思われたが、辺りには永遠とも取れる沈黙が続く。次に聞こえたのはうつ伏せに倒れ込むキングトロールの音。状況を理解するのに数秒費やし、一同はキングトロールの討伐に成功したと分かり歓喜を上げる。
数秒間の喜び。その後思い出したのは散っていった戦友達の事である。一同は地面に倒れ込んだ全員に声を掛け安否を確認しつつ、退路を確保し始めた。
息のある者を優先に外へ運び出し、何日も見ていなかった様な空の下へと再び姿を現し始めた。キングトロールの討伐は成功。しかしその代償は大きく、響也の心に一生消える事の無い穴が開いてしまった。




