生き残り
キングトロール討伐から数日後。この任務で死んだ者の葬儀に参加した三人は悔しさと悲しさを堪え切れず、その眼には涙が浮かんでいた。
---討伐した次の日、王都近衛兵によるギルドへの報告を聞いていた。
「クランの被害状況を報告します。『サンダーボルト』壊滅、生存者二名。『風の遣い』壊滅、生存者一名。『鉄壁の盾』全滅、『セイバーズ』壊滅、生存者三名。『三日月』三名全員生存。なお、同行した近衛兵の全員死亡も確認されています。この度はギルド及びクランの方へご迷惑をお掛けしました。」
四十人余りいたクランメンバーの生存者は僅か九名。その内『鉄壁の盾』は全員が死亡し『三日月』は全員が生存すると言う皮肉な結果になってしまった。これから協力して行こうと話していたのがつい先日。最悪の結果である。
「この者達の魂が迷う事無く天に向かうようアンナ様のお導きを。」
アンナ教のシスター、メアリーは祈りを読み上げると両手の手の平を合わせ目を閉じ軽くお辞儀をする。
王都の北東部にある墓地地帯にクラン毎の墓石があり、その近くには生前使用していた武具が置かれている。『鉄壁の盾』の墓石には拉げた盾や、原型を留めていない盾が立てかけられていた。
常に最前線に立ち、全員の盾となったクランはその任務を全うし散って行った。彼らが居なければもっと多くの命が失われていたのは言うまでもない事実。
勿論彼等だけではない。回復魔法を使い救助を行っていた『セイバーズ』。前線で攻撃を行っていた『サンダーボルト』。灯りを絶やさす味方をサポートしていた『風の遣い』。亡くなった全員のお陰で今の自分達が居る事をこの場に居る生存者全員が理解している。
救助し生き残った『サイドアーム』と異なり、死者を大量に出したこの任務により『三日月』での会話も殆ど無くなり沈黙の毎日が続いていた。
複雑骨折をしたルイーザの左手はアレス族の治癒力を持ってしても未だ治らず、まるで今の『三日月』の心を表しているかのよう。
埋葬から一週間経った頃。ギルドの受付嬢が部屋のドアをノックする。
「響也さんいらっしゃいますか?お話があります。」
呼ばれた響也は寝ころんでいたベッドから立ち上がるとドアを開けて対応し始めた。
「ここで話すのも失礼なので受付まで一緒に来てもらえますか?」
そう言われた響也は鍵さえも持たず重い足取りで受付まで付いて行き話を聞く事に。
「現在『三日月』はランクEですが、今回の討伐によりランクアップが可能です。ただし、本来ならランクCにも上がれる程の活躍できたが、規則によりランクは一つずつしか上がれないのでランクDまでとなります。」
「・・・他のクランは?」
「・・・本来ならばお教えする事は出来ないのですが、討伐に参加したクランは全て解体されました。」
規定では三人居ればクランは成立するのだが、仲間を失ったショックから人員募集する事無くクランを解体したとの事。
「本題なのですが、本日を持って『鉄壁の盾』は解体され、部屋を引き払う事になっています。そこで良かったら荷物運びを手伝って頂けないかと思いまして。」
響也達が『鉄壁の盾』と食事をしている事は受付からも見える位置なのもあり、他クランで仲が良いと言える者が居なかった為、『三日月』に白羽の矢が立ったと言う事らしい。
「分かりました。今からですか?」
「可能でしたら。」
「では行きましょう。」
何を言われても空っぽな状態の響也に申し訳無さを感じつつも受付嬢は奥の棚から鍵を取り出すと響也を先導するように三階の右奥の部屋まで向かう事にする。その間会話は行われず、二人の足音だけが廊下を反響しており、妙な静けささえも感じられる。
「こちらの部屋です。『鉄壁の盾』はランクDなので響也さん達の部屋よりは少し広くなってます。」
そう言って開錠し扉を開けると窓から入った光に反射した埃が辺りを漂うのが見える。受付嬢の言った通り、中はベッドが三つに雑魚寝用の式毛布らしき物が四つ敷かれていた。真ん中にはテーブルがあり、部屋の隅には一人が欄毎に使用していたと取れる棚が置かれている。
「言い方は悪いのですけど、欲しい物があったら持って行ってください。撤去のお手伝いをして下さった方への権利になります。」
早い話が手間賃の様だ。仲の良い者ならば金目当てではなく、これからの冒険に役立つ物を選ぶ為、基本的には無関係の者に頼む事は無いらしい。
部屋に一歩踏み出すと響也は不思議な感覚に襲われる。もし部屋に魂があるのならば、『何故部屋に来たのが『鉄壁の盾』じゃないのだろう。こいつは何者だろう。『鉄壁の盾』が早く帰って来ないかな』と言っている様な説明がし辛い感覚。
「響也さん?」
「何でもない。良かったらルイーザとジョゼも呼んで来てもらえますか?その間に荷物を纏めて置くので。」
一歩踏み入れ立ち止った響也に心配そうな声を掛ける受付嬢であったが、響也はその声で我に返り何事も無かったかの様に行動を続けた。
まず気になったのは棚。下部分は戸棚になっており、それ以外は三段と四段の物が横並びに置いてある。右側の一番上の棚にはガラス瓶に入った酒や、バングル等が置かれている事からリーダーのピエールが使用していたと思われる。その他、別の棚にはチェスボードや妙に丸い石等、趣味の物が目立つ。
そんな中、響也の目に止まったのは三日月のマークが入った短剣。恐らくアンナ教のシンボルである三日月なので持ち主はニックだろう。見ているだけのつもりだったが、ふと手が伸び短剣に触れる。
「面白い奴だっただろ?」
「あぁ、ルイーザの食いっぷりもだけどジョゼも半端なく食べるな!」
「その二人の纏め役になる響也さんも機転の利く方でしたね。」
どこからか会話が聞こえる。
「あの戦いぶりなら儂らのパートナーにもなれるやも知れんのぅ。」
「それ良いかも。響也は鍛えればもっと強くなりそうだし。」
「確かに、なら今度から俺が稽古付けようかな。」
何気ない日常の会話。七人が笑顔で何処へ向かっているのかさえ分からない会話を続けている。内容からして十人で食事をした後だろう。それから二日後、ここに居る者達は全て帰らぬ人となる。
「ニック。また声録ってるのか?」
「この平穏な日常を聞き直したい時が来るかもしれないからな。」
初めて聞くニックの声。平穏な日常が帰って来ない事を知っている響也は本人の気づかぬ内に涙が頬を濡らしていた。その涙にそっと何かが触れる感触がし、ふと右方面に目をやると、そこには人形の様な小さな人間が居た。
驚き一歩後ろに下がると、その人間は宙に浮きながら響也に笑顔を見せる。頭が混乱した響也だが、一度冷静になり、その人物を観察する。
背中に蝶の様な透き通った羽が四枚確認でき、体の小ささから妖精では無いかと結論付けた。
「ごめん、驚かせちゃったみたいだね。」
今度は扉の方から声がし振り返ると、そこには身長百八十センチ程で、緑髪をした何処か見覚えのある男が立っていた。
「この子は僕の友達のピクシー。ちょっと悪戯っ子だけどいい子なんだよ。」
先程の妖精は男の手の平に座り響也に対しニコリと笑うと光の粒子の様にふっと姿を消す。当の響也は驚きのせいか涙は止まり、何かを喋ろうとしても声が出せずその場で会話が終わってしまう。
「セルジュさん。中に入って貰えますか?」
「これは失礼。どうぞどうぞ。」
廊下に居たであろう受付嬢が呼んだセルジュと言う名前。受付嬢に続きルイーザとジョゼが部屋に入った頃に思い出し声を上げる響也。
「そうか!足止めしてくれた人だ!」
「これまた失礼。自己紹介もしていなかった。」
セルジュは続けて自己紹介を始める。彼は『風の遣い』唯一の生き残りでキングトロール戦でスライムを召喚し足止めをした人物で、召喚を得意とするテウト族。
「二人を呼びに行った際にセルジュさんとすれ違ったので声をお掛けしたんです。」
「そして僕が先に着いたら短剣を持って動かない君を見かけたので友達のピクシーに様子を見て貰ったって訳。」
受付嬢の説明に付け足して会話を続けるセルジュ。その表情は数日一緒に居た戦友を失った響也達に対し仲間を失った者の顔とは思えない程安らかな物である。
「では木箱を取って来ますので暫くお待ち下さい。」
話が終わると受付嬢は木箱を取りに戻る。つまり、この時間が道具の品定めをする時間であると察した一行は取り合えず部屋の中央に来て辺りを見渡す。
「レックス達は少し前までここで暮らしていたんだよな。」
悲しそうな声で確認するかの様に響也に尋ねるルイーザ。『鉄壁の盾』のメンバーで一番最初に会話した人物が印象に残っているらしく、代表としてレックスの名前が上がる。
「そう言えばさっきこの短剣に触れたら声がしたんだ。」
暮らしていたと言う言葉で先程の経験を思い出した響也は左手で持っていた短剣を見せつけながら右手の人差し指で指しながら訴える。「何を馬鹿な事を。」と思いつつもその剣を受け取ったルイーザは急にテーブルを見ると暫くの間じっと動かず静かに注目していた。
「そうか。あの後の話か。」
そう言ってやや涙ぐんだ声をしながらジョゼに短剣を渡すと、今度はジョゼが同じ様な動きをする。
「ここに、居たんですね。」
机に手を載せ明らかに涙を堪えた声で精一杯の発声をしたジョゼは、そのまま短剣を机に置きその場でしゃがみ込む様にして両手で顔を押さえる。
「成程。コレはニックって人の能力かな?触った人にしか聞こえないけど、その場の会話を物に宿す能力・・・とでも言うのか。」
机に置かれた短剣に触れ事の流れを理解するセルジュ。響也にだけその時の映像が見えたのは無意識にサイコメトリーを発動した為であり、過去の描写を映像として見る響也のサイコメトリーは音を聞く事は出来ない。
「良い人達だったんだね。僕も君達が彼らと食事をしているのは見たけど、仲の良さが垣間見えてた。」
セルジュの言葉でフラッシュバックの如く十人で食事をしていたシーンが次々に溢れ返り、一度は引っ込んだ涙が再び響也の目に現れる。彼らはもうこの世に居ないと言う現実を見ない様に目を逸らし続けていたが、たった数日とは言え響也にとってはこの世界の数少ない友であった事を理解しその場に崩れてしまう。
「僕も仲間を失ったから気持ちは良く分かるよ。でも僕達はクランを作る時に決めた事がって、それは『例え一人になろうとも、常に前を見ろ。』って言葉。クランは時に命を賭ける事もあるから最初に決めたんだ。でも辛いよね、まさか生き残るのが僕だなんて思いもしなかったよ。」
「私等が生き残れたのは彼等のお陰だろう。だが、簡単に割り切れる物では無いな。」
常に前向きなルイーザでさえ戦友を失ったショックは大きく、響也達同様に落ち込んだ日々を過ごしていたが、生きる為とクランの存続の為に一人簡単な任務を行い金を稼いでいた。
「私が貰う物はこの短剣にしよう。戦友の形見として持って置きたい。」
「じゃあ僕はチェスボードを貰おう。」
そうこうしている内に受付嬢が戻り掃除が開始される。早々に決めたルイーザとセルジュに対し、響也とジョゼは片付けが終わるまで選ぶ事が出来ず。綺麗になった部屋を後にする。
「それにしても随分丸い石だなぁ。しかも四つ、何にするんだ?」
荷物の入った木箱を受付に運ぶまでの廊下にて、棚にあった妙に丸い石を見ながら独り言の様に言うルイーザ。彼女の持っている木箱にはソフトボール大の艶すら感じる程の石が四つ入っており、神々しささえも醸し出している。
「あと三つあれば願いが叶いそうだ。」
ルイーザの木箱を覗き込むようにしながら喋るセルジュ。
「短剣はルイーザに取られたし、俺はその石を貰うよ。」
セルジュの願いが叶うと言う言葉から、丸い石はお守りや縁起物として考えた響也は丸い石を選ぶが、結局受付まで運び終わってもジョゼは決める事が出来ず、木箱の中を眺めている。
「ところで、君達に話があるんだけど時間はあるかい?」
「まぁ俺達は時間があるから掃除に呼ばれた様なものだからあるが。」
セルジュの問いに生返事の様に返す響也。
「知っての通り、僕のクラン『風の遣い』は僕以外誰も居なくなったから解体する事にしたんだ。僕が新しく集めても、それはまた別のクランに思えてね。」
「『風の遣い』の支援のお陰で我々は助かった。だが、その意思を一人で背負うと言うのも酷な物だ。判断は間違いではないだろう。」
「ありがとう。そこでなんだけど、僕を君たちのクランに入れて貰えないかな?」
急な展開に目を丸くして驚く三人。自分達とセルジュでの面識は先の戦闘での共闘と言うぐらいで、実際に会話をするのも今日が初めてである。そんな人間からクランへの加入を申し出されれば戸惑わない方が難しい。
「何でうちのクランに?」
「最初は単なる興味さ。アレだけの戦闘で誰一人として失わなかったクラン。少数精鋭なだけかとも思ったが、今日話して見て何となく分かった気がするよ。君達は自分の役目を理解してるし、仲間を信じている。掃除に関しても各々バラバラに動いているのに無駄が無い。自分のすべき事と相手に任せられる事、全部分かってる。」
それを聞いて照れくさそうに頭を掻く響也とジョゼに対して、何故か満足気に聞くルイーザ。
「僕も『風の遣い』のメンバーを信じていたけど、君達ほどの連携は取れてなかった。だから君達と居て、僕も自分の出来る事、任せられる事を含めた信頼関係を築きたいと思ったんだ。」
「いやぁ、嬉しい事ではあるけど。俺達は今できる事をやってたらそうなったってだけだぞ?」
「それが長年の月日を得て、今の信頼に繋がったんだろう?」
セルジュのその言葉を聞いて今度は目を点にしてお互いの顔を見合う三人。暫くすると一笑いし返答する響也。
「俺とルイーザは、知り合ってまだ三カ月も経ってないし、ジョゼとだって会話する様になったのはちょっと前の話だぞ。」
それを聞いて腰を抜かしたセルジュはその場に倒れる様に尻餅を付き大きく口を開けた状態で痙攣している様に小刻みに震えながら三人を見上げる。
信頼関係を築くには短すぎる時間。軍や兵にも所属する筈の無い精鋭のジョゼの『イリス族』、逆に戦闘や建築に特化しているルイーザの『アレス族』。そして忌み嫌われる『黒髪』がそれだけの短期間で命を預けられる程信頼している。そんな人達がこの世に、それも自分の目の前に居たと言う事が何よりの驚きであった。
その中に自分が入ろうと言う浅はかな考えをした自分を恥じ、セルジュは椅子を使いながら立ち上がるとギルドから出て行こうと歩き出す。
「おい、セルジュ。」
背中に掛けられたルイーザの声に反応したセルジュは振り向くと。
「やっぱり、君達からクランに入ってくれと言ってくれるまで、この話はお預けにしとくよ。」
とだけ言い、ギルドから出て行く。
彼の中で何があったのか分からない三人はポカンとギルドの出入り口を見ている事しか出来ず、少しばかり無の時間が続く。
「何だったんだアイツ?まぁ、でもお陰で何か元気出たわ。ルイーザ、悪かったな俺達の分まで働いて貰って。」
「構わん。クランである以上、動ける者が動かねばな。」
左手を粉砕骨折している人間が言う言葉ではない。
「決めました。私、これを貰います。」
今のやり取りから何か思いついたジョゼは木箱から一冊の本を取り出した。
タイトルには日記とだけ書かれており、内容はピエールによる活動の記録が綴られている。
「私が続きを書きます。『鉄壁の盾』は『三日月』と共にあり、です。」
今一言っている意味が分からないが、自分達が覚えている限り『鉄壁の盾』の雄姿は決して消えないとでも言いたい様だ。
『鉄壁の盾』の遺品を持って自分達の部屋に付いた三人は机やベッドの脇に荷物を置き心を落ち着ける。その光景は数時間前まで完全に落ち込んでいたのが噓の様であった。一息ついた時、ルイーザがふと口を開く。
「お前達が元に戻ったなら、一つ言う事がある。」
その真剣な瞳に対し落ち着いた鼓動が早くなったのを感じる響也とジョゼ。先程話があると言われたセルジュに似た緊張感が走る。
「風呂に入れ。」
約一週間。換気を碌にしていない部屋で過ごした二人の体は異臭を飛び越え激臭にさえ感じられる程強力な臭いを発していた。




