第44話 優しい手
「元の世界に戻ったほうが、いいのかもしれないですね」
落ち着いたラスターの声。
わかっていた。
いつかは、帰らないといけないと。
ただ、今までは、「いつか」だった。
それが、決算を思い出したことによって、期限がついてしまった。
「……いっそ、決算のことは、忘れてしまったほうがいいのかな……」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
「シスターシーナ。私は、あなたがこちらの世界にいてくれたほうが、もちろん、嬉しいです。」
「ただ……、」
「その、『決算』という行事を忘れるのは、難しいと思います。」
「気がかりなまま、こちらに残った場合、シスターシーナは、後悔を抱えてこの先を過ごすことになるかもしれません。」
「シスターシーナは、真面目な方ですからね。」
……ラスターは、私の性格をよくわかっていた。
決算の責任を、そのままにするなんて、本当は出来るはずがないんだ。
「後悔しているシスターシーナを見るのは、私は辛いです。」
少し、言葉を切る。
「……シスターシーナが、いなくなった後を考えると、それも、辛いですけどね。」
ためらいがちに続けられた、その言葉。
――私がいないと、辛いと思ってくれるの?
私も、ラスターと離れることを考えるのは、とても辛い。
でも、帰るしかないのかな……。
どうしようもできない状況に、涙が頬をつたった。
ふわり。
と、頭に柔らかく手が当てられる。
私の頭を、ラスターが撫でていた。
その優しさに、また、涙が溢れてしまう。
ラスターの手は、いつまでも、私の頭から離れなかった。
――――――
「ベルグさん、いつもありがとうございます。」
ベルグさんが、蜂蜜を持ってきてくれた。
ちょうど、なくなりそうになっていたから、とても助かる。
あ、でも……。
元の世界に、帰ってしまったら、この蜂蜜、食べられなくなるんだ。
そこまで考えると、涙が滲んだ。
「シスターシーナ、どうしました?」
いけない、ベルグさんに心配をかけてしまった。
「なんでもないです。ありがとうございます、ベルグさん。」
私は、涙を拭った。
「シスターシーナ、大丈夫ですか?」
「最近、元気がないって、みんなが心配してますよ?」
「もし、ラスターさんに、何かご不満があるのでしたら言ってくださいね。」
「私で良ければ、相談にのりますよ。」
「……ありがとうございます。」
本当に、村の人たちは優しい。
ここ数日で、数人に、同じように声をかけられた。
そろそろ決意を固めないと、村人たちに、心配ばかりかけてしまう。
――しっかりしなきゃ。
この村では、私は『シスター』という存在なんだから。
みんなが、私を頼りにしている。
元気のないシスターでは、村人たちも、安心できないだろう。
私は気持ちを振るい立たせ、いつも通り仕事をこなした。
日に日に、寒さが増していき、
吐く息が、白くなってきた。
――そして、凍えるような寒い日の朝。
ついに、雪が、ちらちらと舞い始めた。




