第3話 元の世界に帰りたい
目覚めたら、元の世界に戻っていた。
――きっと、そうだと信じて目覚めた朝。
あ……まだ異世界だ。
残念なことに、どう見ても私の部屋ではない。
ガッカリしていると、
――コンコン
ノックの音がした。
「はい?」
ドア越しに返事をする。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
耳障りの良い、テノールの声がした。
朝から誰だろう?
知り合いのいない世界なのに、訪問者?
警戒しながら、少しだけドアを空けて、覗いてみる。
――そこには、かちっとした服を着た青年が立っていた。
なかなか、美しい青年だ。
このルックスなら、営業をさせたら、トップクラスの売上を取りそうだ。
いつものクセで、仕事脳で考えた。
私をまっすぐに見つめ、青年が話し始めた。
「おはようございます、新しいシスター様。
私はこれから、シスターのお世話と指導をさせていただきます、シスター補佐官、ルドルフ・ラスターと申します。」
「ラスターとお呼びください。どうぞよろしくお願いいたします。」
青年が、頭を下げた。
お世話と指導?
それに、補佐官?聞き慣れない言葉だ。
「これから、シスターの身の回りのお世話と、仕事のノウハウを指導させていただきます。」
「私の家は、代々、シスターの補佐官なのです。」
「まさか、私に、また出番があるとは思っていませんでしたが……。」
「こちらに、基本的なことは書いてあります」
ラスターは鞄から、分厚い本を取り出した。
「お時間のあるときに、お読みください。
お着替えは、クローゼットに入っています。」
「すぐに、朝食をお持ちしますね」
ラスターが部屋を出ていった。
え、食事まで用意してもらえるんだ。それは、ありがたい。
それと、昨日からおなじ服なのが気になる。
ラスターが戻ってくる前に着替えをしたい。
どんな服があるのだろう?
異世界の服なんて、期待してしまう。
漫画で見た、令嬢や、お姫様が着ているようなドレスかな?
せっかく、異世界に来たのだから、変わった服を着てみたい。
ちょっとワクワクしながらクローゼットをのぞくと――、
そこにあったのは、
すべて黒くて同じ形の、シスターの修道服だった。
えぇ、これじゃない……。
一気にテンションが下がってしまった。
「シスター、お食事です。」
しぶしぶシスターの服に着替えると、
ノックの音がして、ラスターが、食事を持って現れた。
トレーの上には、パンとスープ、サラダまである。
一人暮らしで、料理が得意ではない私は、朝は食べないかバナナだけだった。
これは、とてもありがたい。
「いただきます。」
「どうぞ、お召し上がりください。」
ラスターが、一礼して、隣の部屋に下がった。
――――――――
「そういえば、名前をお伺いしていませんでした。」
「お名前を教えていただけますか?」
食事が終わった私に、ラスターがたずねた。
「椎菜です。」
「シーナ様ですね。……良かった。」
なぜか、ほっとした表情になった。
別に、普通の名前だと思うけど?
「前任の方のお名前が少々複雑でしたので……、シスターシーナは、呼びやすくていいですね。」
そう言われると、そうかもしれない。
「前任の方は、なんてお名前だったの?」
「前任の方は……、ミチエ様とおっしゃいました。」
え?
ミチエさん?
複雑な名前?
別に、そんなに言いにくくないような……。
「みなさんは、親しみを込めてミッチーと呼んでおりました。」
「ミチエ様の、ミからチへ移る時の発音が、我々には難しいのです。」
ラスターが、ニコリともせずに説明した。
椎菜で良かった。
母が、「外国の人でも呼びやすい名前に」と考えてつけてくれた名前だ。
今、役に立ったよお母さん!
心の中で、母に呼びかけた。
「では、本日のスケジュールをお伝えしますね。」
ラスターがスケジュール帳を広げた。
本日のスケジュールね。
スケジュール帳……、
あっ!
私は、大事なことを思い出した。
明後日は会議だ。
今頃、私がいなくて、大騒ぎになっているだろう。
表情を変えた私に、ラスターが気がついた。
「シスターシーナ、いかがいたしましたか?」
私は、事情を説明した。
「大切な用事があって、元の世界に戻らないと、大変なことになるの。」
ふむ、と少し考えて、ラスターは言った。
「でしたら……、」
「元の世界に戻ることもできますよ」
「えっ!?」
帰れるの?
そんなにあっさり?
衝撃の事実だった。
異世界転生だったり、転移のことは詳しくないけれど、普通は簡単に帰れないんじゃないの?
でも、帰れるのだったら、早く帰りたい。
「ただ――」
ラスターは続ける。
「シスターは、元の世界に戻ると、二度とこちらに帰ることはできません。」
「そして、新しいシスターが現れるまでには、三年かかってしまいます」
「シスターミッチーが亡くなられた後は、村が乱れてしまって……」
ラスターが、悲しげな顔になった。
「村人は、あなたが来たことを喜んでいたでしょう?」
「あなたは、三年間待って現れたシスターなのですから。」
なんとも、元の世界に戻りづらい話だった。
私が、今、元の世界に帰ると、村人たちは次のシスターを三年待たないといけなくなる。
――前のシスターは、ここで亡くなられたようだ。
ということは、ミチエさんは元の世界に、自ら戻らなかったということになる。
「シスターミッチーは……、」
心を読んだように、ラスターが言った。
「『元の世界に、待っている人などいません。』
とよく言っていました。
何か事情がおありだったのかもしれないですね」
「………。」
これは、悩ましい。
どうしたらいいんだろう。
そもそも、シスターひとりで、村がなんとかなるのだろうか?
でも、このまま村人を置いていくのもちょっと引っかかる。
私を待っている人――か。
会社の人達は、私を待っているのだろうか?
明後日の会議の資料は、昨日、仕上げてある。
探せば、すぐに見つかるだろう。
それさえあれば、うるさい上司がいなくなって、せいせいしたと思うかもしれない。
――私って、みんなにとって、どんな存在なの?
ここまで考えたら、気持ちが動いてきた。
もしかして、ちょっと不在にしたら、私のありがたみがわかるんじゃない?
仕事を、効率よくやってほしい気持ちも、わかってくれるかもしれない。
課長、大変だったんだねって、思ってくれたりして。
いつでも帰れるなら、こちらの様子をもう少し見てからでもいいかもしれない。
せっかく、異世界に来たのだから、視察して帰るのも悪くない。
まずは、この村を見てから判断しよう。
私は、残ることを決心した。
「わかった。まだ帰らない。」




