表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

第8話 一緒に帰る、それだけ

「おはよ~陽斗~」

「ああ、おはよ、佐倉」

「違う」


 にこやかな顔をしているのに佐倉の目が笑っていない。

 もしかして……


「……琴葉」

「よくできました。リハビリだからね、サボっちゃ駄目」

「こんなのがリハビリになるのか」


 疑問はある。

 ただ、俺が避けてきた境界線の越境は、確かにリハビリかもしれない。

 そう思って拒絶まではしなかった。

 

「はいはーい、本日のリハビリメニューをお伝えします」

「まだ続くのか」

「そりゃ一日で完治なんてしないよ。骨折だって治らないでしょ?」

「まぁ確かに」


 抵抗するだけ無駄な気がしている。

 こうして距離を詰められても佐倉にはさほど緊張はしなかった。

 

「で、今日は実地訓練ね」

「実地ってどこ」

「一緒に帰る」

「うん?」


 一緒に……。

 俺がひとりで帰るようになってから久しい。

 そのほうが気楽だったから。


「それ、ただの下校だろ」

「そう、ただの下校を普通にできるかって話。だってあんた、その普通が難しいんでしょ」

「む…………」


 違う、とすぐに言えなかった。

 あいつと距離を置いてからはそれが自然だったから。


「目標はね、会話を続けること。あとスマホ禁止」

「グロッキー禁止か」

「うん。あたしがいるのに失礼でしょ?」


 確かに話をしている相手がスマホを見ていたら良い気分はしない。

 ひとりでいると見るのが当たり前になっていた。

 佐倉にはよく見られていた、ということだ。


「じゃ、放課後にね。今日は授業が終わったら……」


 佐倉に言われるがまま、放課後の約束が決まっていく。

 いつものことだ。

 こいつは勢いで人を巻き込むのが上手い。

 俺は不思議と、それが嫌だとは思っていなかった。


 ふと教室の中に視線を泳がせた。


 紗雪が教科書に目を通していた。

 背筋は伸びていて動きに無駄がない。

 いつ見ても周りとは少し違う空気をまとっている。


 目が合った。ほんの一瞬。

 その長い睫毛の下から覗く深い黒。

 あの頃から変わらないその瞳の深さ。

 凛としたその内側に、少し胸が苦しくなる。


 何か言うべきなのかもしれない。

 一昨日のことも、この前のことも。

 でも喉の奥が詰まる。何も出てこない。


 何を言っても間違える気がした。

 また彼女の顔を曇らせるだけな気がした。


 だから俺は先に目を逸らす。

 いつものこの距離は守れる気がしたから。



◆◇◆



 いつもの下校路。

 佐倉が隣を歩いているのはいつも通りじゃない。


「ねぇ、黙ってちゃ駄目。会話を続けようって言ったよね」

「何を話せば良いんだよ?」

「そうやって考えるから駄目なんじゃない?」

「じゃあ、どうするんだよ」

「目についたものを話題にすればいいの」


 そう言って彼女は指を差す。


「あのコンビニの広告。どっちがいい?」

「どっちって?」

「新作スイーツ。シュークリームとプリン」

「シュークリームかな」

「どうして?」

「スプーンで食べるのが面倒」

「理由、実用面!? あたしもシュークリームだけど、せめて味でしょ」


 少しの話題から広がっていく。

 彼女の見ている世界はいつも明るい。


「……シュークリーム、買うか」

「え?」

「話に出たし」

「今、陽斗から誘った?」

「要らないなら止める」

「やめない! 行く!」


 破顔したその表情が眩しかった。

 こんなに喜んでくれるなら誘った甲斐もあるというもの。

 近くの公園に立ち寄ってベンチで並んで食べた。


「あー、おいし~」

「そういえば佐倉は彼氏がいるんだよな。誘われるままにやってるけど、お前、いいのか?」

「え、今さら?」

「今さらだけど」


 俺の質問に佐倉は少し可笑しそうに笑った。


「いないよ」

「いない?」

「うん、いるってことになってるだけ」

「どういうこと?」


 彼女は残りをぱくりと口に放り込んだ。

 

「ほら。あたし、可愛いじゃん? 見た目だけで近付いてくる男子も多いから」

「ああ……」


 自分で可愛いと言い切ってしまう佐倉。

 でもそれは事実だし、そうなるよう努力している自負もあるのだろう。


「そういうもんなのか」

「そういうもんなの」

「なら、問題ないんだな」

「うん」


 隠していたことを話したせいか、清々しいような横顔だった。


「……それだけ?」

「うん。良かったよ、お前に後ろめたいことがなくて」

「——陽斗ってそういうとこだよね」


 佐倉はまだ赤くならない空を仰いだ。


「あたし、昔はさ~。いつも“友達”だったの」

「友達?」

「うん。ぱっとしなくて、いつも誰かの隣にいるような、地味な子」

「そうなのか。とても見えない」


 懐かしむというよりも、触れたくない何か。

 それは俺の中にあるものに似ていると思った。


「相談されて、応援して、気付いたら友達枠。好きだった人にも『いい子だよね』って言われるやつ」

「……それ、嫌だったのか」

「嫌だった。だから自分を変えたの」


 彼女がどうして俺にそれを告白しているのかは分からない。

 ただ、俺を信用しているのは確かなんだろう。


「そっか」

「えー、これだけ話したのにそれだけ?」

「いや、こんなの簡単に言えることじゃないだろ。俺は聞くだけだ」

「——ほんと、そういうとこ」


 大きく伸びをした佐倉が、少しだけ寂しそうな表情をしたのが印象に残った。


 その後、駅前のインテリアショップで小物を見たり。

 ウィンドウショッピングを繰り返した。

 佐倉の世界に同席する。

 それだけで息苦しかった何かが、楽になったように思えた。


 

◆◇◆



 その夜の配信でも、私は『雪乃さらさ』の声を作っていた。


るーと> コンビニのシュークリームが意外と美味しい


「るーとさんはシュークリーム! 美味しいよね、うんうん。ひとりで食べたの?」


るーと> 一緒に帰った友達とだよ


「いいねー、友達と。楽しかった?」


るーと> うん、楽しいというより気楽だった


「そっか。自然体でいられる友達って、大事だよね」


 今日、食べたものがどうだった、という話。

 それだけのつもりだった。


 でも、彼は普段からひとりで帰る。

 だから一緒に帰った相手は彼女しかいない。


 佐倉さんは、陽斗の傍にいた。

 ずっと止めていたはずの場所が、変わっていく——




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ