第7話 間違っても平気な相手
ショッピングモールで会長が立ち去った後。
あたしはスマホで連絡して、朝の場所で陽斗と落ち合った。
「悪い、急にいなくなって」
「ううん、あたしも待たせてごめ~ん!」
いつも通り、にこやかに。
陽斗もいつも通りだった。
でも、あたしは自分の顔が少し引きつっているのがわかってしまう。
「ねぇ陽斗」
「なに?」
「会長って、そんなに怖いの?」
陽斗はすぐには答えなかった。
「……別に。いつもあんなだろ」
「ほんとぉ~? 何かあるんじゃない?」
「やめろ。なんも、ない」
軽口のつもりだったけど、本気で嫌そうな雰囲気だ。
「あはは、ごめんごめん」
ほんとごめん、そんな顔させるつもりじゃないの。
愛想笑いを返してくれる陽斗に、少しだけ胸が痛んだ。
◆◇◆
翌朝。
あたしは昨日のことを思い出していた。
あたしが試着しても「可愛い」「良いと思う」しか言わないのに、少し目を逸らす陽斗。
照れてる感じを見るのが楽しかった。
それに彼の試着……馬子にも衣装どころじゃなく、ちょっとドキッとした。
あーあ、彼氏とデートしたらあんな感じなのかな。
でも、あたしにそんな機会は来ない。
彼氏がいるって噂をひとり歩きさせてるから。
見た目だけで告白されても迷惑だし。
それにしても、しっかり会長も来てたね。
あそこで会ったのは偶然だろうけど。
会長が陽斗の好みを知ってたのがなんか嫌だった。
陽斗もぜんぜんあたしを見なくなった。
どう考えてもアレだと思った。
だから、二人きりにしたんだけどなぁ。
結果があんなになると思わないじゃない?
あたしがやらかしたみたいじゃん。
「いやいやいや。ラブコメ漫画ならあそこで進展するでしょ。なんでバッドイベントなの?」
ぱん、と頬を叩いた。
やばい、考えすぎた、遅刻しちゃう!
◆◇◆
「おっはよ~、陽斗!」
「おう、おはよ、佐倉」
「ほらほら、名前呼び。一緒にデートした仲なんだし、琴葉って!」
「おい、言い方。誤解されるだろ。やらないっての」
いつもの軽口。
昨日の変な感じは引きずってないのに安心した。
「昨日の服、夢に見てくれた?」
「見るわけないだろ」
「えー、言い方ひどーい! じゃ、紗雪を見たの?」
「……見ない」
この間は。
「照れなくても良いんだよ~」
「違うっての」
触れたくない話題なのは間違いない。
あれは聞き間違いじゃない。
「おはようございます」
会長が登校してきた。
少ししんとして、まばらに挨拶が返る。
彼女はこちらを何か言いたげに見たが、そのまま席についた。
そんな会長に陽斗も一瞬だけ視線を送っていた。
昨日の続き。
いつも通りで、まだ終わってない。
彼はどこか、影がさしていたから。
◆◇◆
「話したいことって何?」
「あー、うん。ちょっと謝りたいことがあって」
「うん? 謝りたいこと?」
昼休み。
あたしは陽斗を人があまり来ない渡り廊下の隅に連れ出した。
「昨日のあれ、ごめん」
「何のこと?」
「ほら、会長とふたりきりにしたこと。あれ、あたしが余計なことをした」
少し驚いたような顔をしてから、陽斗は何でもないように首を振った。
「佐倉のせいじゃない」
「じゃあ、誰のせい?」
「……俺が、如月のことが苦手だっただけだよ」
苦手、ね。
あれを苦手なんて言葉で片付けるの?
だったら普段から視線なんて送り合わないよね。
「うーん。そういえばあんた、例の後輩に謝りに行ったんだよね」
「ああ、うん。行った」
「あれなんて気まずいなんてもんじゃないよ。よく行けたね? すごいメンタル」
実際、あんなの気になっても終わってから謝りに行くもんじゃない。
なのに陽斗は行ってしまった。
そういう人もいるかもしれないけれど、それなら会長の乱入のときにどうにかしてるはず。
「いや、メンタルが強いわけじゃ……」
「でも行けたんでしょ。気まずい相手に話ができた」
だから不思議なの。
「なら、どうして会長は?」
「…………如月は駄目なんだよ」
俯いてから彼は答えた。
「何か言おうとすると……全部、間違える気がする。だからどうしようもない」
そうだとは思った。
でも、こんなに根深いとは思わなかった。
————最低だ。
あたしは今、この二人の間にある隙間に少しだけ期待してしまった。
そんなの“お友達”じゃない。
あたしは昔から、そういう“お友達”の位置に自然と収まっていた。
相談されて、応援して、最後に愛想笑い。
それが嫌で変わったはずなのに。
「あんた、まだ基礎工事する気あるの?」
「『恋愛基礎体力改善計画』な」
「そう、それそれ。改善計画」
陽斗が変わろうとしていた意志の現れだ。
「あるぞ。しないと変わらないからな」
「ならさ、あたしでリハビリしなよ」
「リハビリ? おい、俺はまだ失恋した重症患者じゃない」
「あははっ」
怪訝な顔はしたけれど、いつもの少し困ったふうの顔が見えた。
「だから、後輩ちゃんや会長のときみたいにならないように、あたしでリハビリ」
「だから、リハビリ言うな」
「えー、今だって足引きずってるじゃん」
「…………」
陽斗はまた言葉に詰まる。
そうだよね。
「ちょっとくらい間違えても平気なあたしでリハビリ」
「……リハビリったって。そんなのやっても意味ないだろ」
「意味があるかどうかはやってから決めなよ。変わるんでしょ?」
朝からずっと仏頂面だった陽斗。
その影が少し薄くなった。
「ん……強引だな」
「昨日のバッドイベントの責任を取ってるんですー」
「わかったよ、やるよ」
「はい、若葉リハビリクリニックへようこそ!」
「誰だよ若葉って。ありそうな病院名だし」
「あたしの妹」
「お前、妹いないだろ」
ようやく彼の口元が歪んだ。
うん、やっぱりその顔があたしも嬉しい。
◆◇◆
放課後、お互いに用事を済ませてから教室に戻って来ていた。
「で、リハビリって何をやるの?」
「うん、それじゃまず、あたしの目を見て三秒」
「え?」
陽斗は一秒だけ見つめて目を逸らす。
照れてるじゃん、可愛い。
「駄目。もう一度、はい」
「おい、近い」
「近くない。会長から書類を渡されるときもこのくらいでしょ」
「やめろ、想像させるな」
「はい逃げたー」
くだらないやり取りが楽しい。
何度か繰り返すと陽斗の肩の力も抜けていった。
あたしはそれが嬉しかった。
◆◇◆
その日の放課後。
私は、生徒会の仕事をいつもより早く終えていた。
もうすぐ部活動の終了時刻になる。
夕刻のひんやりとした時間に、私の上履きの音がひたひたと響いていた。
下駄箱までの通り道、自分の教室の前を通り過ぎようとした。
誰もいないはずの時間帯に人影がふたつ。
気になって覗いてしまったのは自然だったと思う。
「……水瀬、君?」
見慣れた後ろ姿。
見間違えるはずもない、彼の姿。
向かい合って座っているのは佐倉さんだ。
何か向かい合って話をしている。
よく聞こえない。
少しだけ、息を殺して扉に近付く。
「——ほら、呼んでみて」
「……こ、琴葉」
少しだけ驚いたようで、照れ笑いする彼女の顔が、まぶたに焼き付いた。
息が、悲鳴とともに詰まった。
瞬間、周りの音が何も聞こえなくなった。
扉に手をかけた。でも開けられなかった。
昨日、ショッピングモールで立ち去る陽斗の姿が思い浮かんだ。
廊下。
階段。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」
息を吹き返したのは階段の踊り場だった。
嫌な汗をかいていた。
何も見なかったことには、できなかった。
◆◇◆
「こんさら~。みんな、今日も良いことあったかな~?」
配信の時間は変わらず来る。
この活動は誰ともしていない約束。
私が、ここにいるという約束。
彼もいつも通りやって来た。
雑談を続けるとリスナーと絡みながら反応してくれる。
でも、少し彼の反応が鈍い気がした。
「みんな~、今日はどうだった? 変わったこと、あった?」
>> 自販機で当たりが初めて当たった。都市伝説じゃなかった
「うわ、ほんと!? 私も当たったことない、いいな~」
>> 靴下が片方消える。今日も選択したら消えた。通算10組目
>> 神隠しすぎて草
「ええー、それは困るね! あ、でも、残った組み合わせで履けるかも?」
>> あ。まじ気付かんかった。さーらちゃん神!
>> 女神様パワー
「えへへー、恩恵にあずかってね。他にはどうかな~」
るーと> 昨日、知り合いから逃げちゃって
るーと> でも今日、友達に少し助けてもらった
画面を二度見した。
一瞬、頭が真っ白になりかけた。
でも、文字に対して妥当な言葉を口にした。
「そっか。助けてくれる人がいるのは、いいことだね」
るーと> うん、ありがたい
>> 友達、だいじ
るーと> 間違ってもいいって言ってくれたから
また、頭が真っ白になった。
幸いにも配信時間の終わりが近かった。
「うんうん、素敵な関係! うらやましぃ~」
るーと> ありがと。さらさちゃんも助けてくれる人だよ
無難な言葉を選んで配信を何とか終えた。
違う、とは言えなかった。
しばらく、顔を両手で覆っていた。
目眩がしていた。
動悸も激しい。
そこに、いる。
彼はそこにいるのに。
陽斗は、佐倉さんの前で笑っていた。




