第4話 『恋愛基礎体力改善計画』
<なあ、グロッキー。俺、ちゃんと恋愛できるようになりたい。どうすれば良い感じに振る舞えるようになる?>
紗雪が割り込んだことは今でも違うと思っている。
でも俺があの場で固まってしまったのも事実だ。
ちゃんと気持ちを伝えてくれたのに、俺は返せなかったんだから。
《うっぷ、そりゃまず自信だぁ。自信がない男は判断できねぇから返事が遅れる。返事が遅れると青春は腐るぞぉ》
確かに。あれは判断が遅かった。
そうか、自信がなかったせいなんだ。
<自信ってどうやればつくんだ?>
《うぇっぷ、自分磨きだぜぇ。これはできるってことを作ってくんだよぉ》
<例えば?>
《うぐぉぉ。男のモテ三大要素だぁ。運動、頭脳、外見だぜぇ。うえっぷ、酔い醒ましくれぇ》
なるほど。
そうだよな、モテる奴ってどれか持ってるし。
よし、できることからやっていこう!
◆◇◆
「へぇ~、自信を持つための改造計画ねぇ」
「昨日は固まっちゃったからな」
「あ~、停止してたって言ってたよね。校内Wi-Fiより」
佐倉はにやりとする。
「じゃあまず、告白されたときの返答練習からしてみよっか」
「え?」
「水瀬君。好きです、付き合ってください」
「え? おい?」
佐倉が突然、俺の両手を握って上目遣いでじっと見つめてきた。
潤んだ瞳が俺を映している。
……やたら心臓の音が耳に響く。
「はい停止~! あっははは、昨日と同じ」
「おい、からかうなよ!」
「ごめんごめ~ん」
俺が怒ると佐倉は両手を合わせて謝ってくる。
くそ、良いように遊ばれてる気がする。
「で、そうならないための計画だっけ?」
「ああ。『恋愛基礎体力改善計画』だ」
「は? またグロッキー?」
佐倉は呆れた表情を浮かべた。
え、どうしてだ? そんなに変か?
「さすがに昨日のは自分でも無いわって思ったからな」
「まぁ……うん、良いんじゃない。で、どんなことするの?」
俺はスマホのメモを見て、モテ三大要素を説明した。
佐倉はまた微妙な顔をしていた。どうしてだ?
「それで、手始めに体力をつけるためにマラソンをしようと思う」
「えー、そこは筋トレじゃない?」
「筋トレするための体力を、だな……」
「え? 恋愛の基礎体力って、それ? あっははは!」
佐倉がお腹を抱えてしまう。
決心が馬鹿にされたようでムッとする。
「それ、走るための筋トレをって循環するやつ! あっははは!」
「……もういい、わかった」
「ああ、ごめんごめん! 悪かった、悪かったって! ね、ごめんね」
話を切り上げようとした俺を宥めてくる佐倉。
こっちは真剣なんだよ。
「うん、でも、すっごく良いと思う。応援するよ! で、具体的にどうするの?」
「家のすぐ近くに広い公園があるから、そこで走ろうと思う」
「そっか、近いなら無理なく続けられるね、うんうん」
佐倉は気持ちの良い笑みで肯定してくれた。
◆◇◆
翌朝。
いつもより一時間早く起きた俺はジャージに着替えて近所の公園に向かった。
そして奥の広場で目を見張った。
「紗雪……?」
公園の中央にある、直径百メートルの大きな草地。
その周囲にアスファルト舗装された外周があって、よく人が走っている。
ちょうどそのトラックの反対側に彼女の姿が見えた。
すっと背筋を伸ばし、綺麗なフォームを保っている。
テレビで見るようなランナーのような姿だ。
前を向き真剣に走っている姿は傍目にも凛としていた。
あいつ、生徒会長を始めてから運動する時間なかったからな。
こうして早朝に運動を続けていたのか。
……すごいよな。
とはいえ、あいつと顔を合わせるわけにもいかない。
見つからないうちに、外周から離れて公園の入口に戻った。
久しぶりの運動だ、しっかり身体を伸ばさないといけない。
入念にストレッチをする。
いきなり脚をつって終了したくないからな。
「いっち、にー、さん、し……」
自然と声が出る。
体育でやらされている延長だ。
可笑しいけども、出てしまうものは仕方がない。
脚を伸ばして、上半身を回して、最後に前屈。
脚裏が伸びてきたところで、少し使い込んだシューズが視界に入った。
「おはようございます、水瀬君」
顔を上げると紗雪が目の前に立っていた。いつの間に。
さっきまで走っていたはずなのに息も切れていない。
これは相当に走り込んでるな。
「……如月、走り終わったんだな。俺はこれから走るから。じゃあな」
「あっ……無理な運動は怪我につながりますよ?」
先日の件もある、今はあまり言葉を交わしたくない。
有無を言わさず俺は全力で駆け出した。
朝の空気が肺に冷たかった。
昼間が暖かくてもこんなに寒いんだな。
その後、俺は体力の続く限り走り続けた。
そうして家に帰る頃には、皮肉にも紗雪の言葉がリフレインしていた。
◆◇◆
「生まれたての仔鹿かな? 昨日より体力が退化してるよ」
「階段が親の仇のような強敵だったぞ」
何とか席についた俺を見て、佐倉はすべてを察してくれたようだった。
「頑張ったんだね、うん。えらいえらい」
机に突っ伏した俺の頭を撫でる佐倉。
「おい、子供扱いするなよ」
「えー、褒めてるのに」
撫でられ続けても困るので顔を上げる。
「それで。次の基礎工事は何をするんだっけ?」
「『恋愛基礎体力改善計画』な。次は勉強だ」
佐倉はまたう~んと首を傾げる。
「勉強? 恋愛から一番遠いと思うよ?」
「成績が良いと印象が良いだろ」
「悪くはないと思うけど……そこから恋愛に入る人、いるかなぁ」
「基礎体力だ、基礎体力」
俺の主張に佐倉は仕方ない、と両腕を広げる仕草をした。
「いいよー、付き合ってあげる。勉強会でもする?」
「そうだな。あいにく俺の頭は一人でできるほど良くない」
「あはは、お揃いお揃い!」
「自慢になるかよ。それより、俺とお前だけじゃ駄目そうだろ、これ」
「大丈夫大丈夫。皆にも付き合ってもらいましょー」
そうして佐倉は教室の中にいる奴らに呼びかけた。
「はいちゅうも~く! 中間テストも近いし、今日、放課後に勉強会をしようと思いま~す!」
その屈託のない誘い文句に、多くのクラスメイトが反応した。
こいつ、やっぱり陽キャの中でもカリスマお化けだろ。
◆◇◆
そして放課後。
教室に残った十数人で勉強会を開くことになった。
結構な規模だ。さすがに全員で同じ事はできない。
とりあえず教科別に数人ずつに分かれた。
すると俺と佐倉だけが数学をやることになっていた。
「ねーねー陽斗。これ、どうやって解くの?」
「あー、これ二項定理だろ。確かコンビネーションを使うんだよ」
「こんびなーと?」
そういえば、佐倉はよく数学の授業中に寝ている。
ぜんぜん分かっていないのかもしれない。
結局、俺が教わるというよりも佐倉を教える時間が続く。
が——
「うおー、飽きた、わかんねぇ! おい、トランプやろうぜ」
「どうして持ってるの?」
「いいじゃん、息抜き息抜き」
別グループが遊び始める。
気付けばその隣の女子グループも雑談をしていた。
まぁ、こうなるよな。
喋っても良い空間で友達同士で固まれば。
「陽斗ぉ~。あたしもつかれたぁ~」
「……俺、ぜんぜん自分の勉強できてないんだけど」
「やぁ~だぁ~、あたしも休むぅ~」
両手をばん、と机に広げて俺の教科書までカバーしてくる佐倉。
休んでもいいけどさ、これって再開の見込みあるの?
電車より信用ならないんだけど。
フリーダムな時間が過ぎる。
さすがにどうかと思ったところで、がらりと教室の戸が開いた。
「これは、何をしているのですか?」
紗雪だった。生徒会の仕事が終わって戻って来たらしい。
「見て分からない? 勉強会だよ~」
「勉強会?」
目を細めた彼女は事態を瞬時に把握したらしい。
そして——
「はい、皆さん。休憩時間は終わりです。続きをやりますよ」
パンパンと手を叩いて遊びに喋りに夢中な皆の意識を戻す。
紗雪に諭されると皆も自然と背筋が伸びていた。
紗雪は各グループに顔を出し、進捗を確認していく。
勉強の途中でダレてしまう原因は、分からないところがあるから。
その目詰まりを解消するため、紗雪は皆の質問に先生のように答えていく。
立て板に水とはこういうのを言うのか、と俺は感心した。
全体的に静まり返ったところで彼女は俺たちのところへやって来た。
「水瀬君、佐倉さん。分からないところはありますか?」
「紗雪~、ここ教えて~」
「はい、ここは——」
俺が教えるのに苦労して佐倉が投げる原因になった問題。
とてもわかり易く解説していくその姿に嘆息した。
そして俺はようやく自分の問題に取り掛かることができた。
すぐ横の紗雪と一瞬、目が合った。
ずっと真剣な表情をしていたはずのその氷の表情が、少しだけ溶けたように見えた。
◆◇◆
「終わったぁ~~、あたし、頑張ったよ~~」
「はいはい、よく頑張ったな」
部活も終わる時間になり勉強会はお開きになった。
皆が片付けを始める中、オーバーヒート寸前だった佐倉は机に突っ伏していた。
俺はその佐倉の頭を撫でてやる。
朝、子供扱いをした仕返しだ。
だが、どうしてか佐倉は、にへら、と心地よさげな表情を浮かべる。
思わずその顔にどきりとしてしまった。
「えへへ~、あ、そうだ。陽斗」
「お、おう。なんだ」
佐倉はがばっと顔を起こした。
俺の動悸が聞こえてないか心配だった。
「勉強会を主催したお礼がほしいんだけど~」
「お礼?」
「ほら、こうして付き合ってあげたじゃない?」
まぁ……確かに付き合ってはくれた。
俺は恩恵を受けてないけど。
「だからさ、次の日曜日、買い物に付き合ってくれない?」
「買い物?」
「うん。服選び手伝ってよ」
人によってはご褒美なんだろうけど、そもそもお前、彼氏がいるんだろ。
俺と二人で行く理由がわからん。
「えー、女の服選びって長いだろ」
「何いってんの、あんたの基礎工事もするんでしょ」
そう言って佐倉は俺のスマホを指した。
「ほら、グロッキーの言ってた"外見"ってやつ。あたしが手伝ってあげる」
約束を取り付けられ、うなずくしかなかった俺の視界の端。
帰ろうとしていた紗雪がこちらに視線を向けていたのが見えた。




