第3話 氷の生徒会長は、告白を許さない
——ずっと変わらないままだった毎日を変えたい
それが俺が彼女を作りたいという動機だった。
でもこの目の前の現実に理解が追いつくには時間を要した。
「おおー! 来たじゃん来たじゃん、彼女作りゲーのログボ!!」
「おい、人の告白をログボ扱いすんな」
俺が手に持つ薄卵色の封筒に佐倉が囃し立てる。
封にハートのシールなんて貼ってあるから余計に、だ。
悪戯かもしれないけど。
「あれあれー、紗雪も? いーなー、ログボ勢!」
「え?」
見れば向こうにいる紗雪の手にも金に縁取られた封筒があった。
そういえばあいつ、ラブレターの常連だもんな。
紗雪は動揺することもなく醒めた目でこちらをじっと見ていた。
ん? なんか俺、睨まれてない?
「あ、でもー。紗雪はまた相手を凍らせちゃうの? それなら行かないほうが良くない?」
果敢にからかう佐倉に感心する。
普段、あれだけ氷対応されてて、よく話しかけられるな。
「お話を聞かないと失礼ですから」
つっと視線を外して紗雪は歩いていった。
断る気満々。
だから余計に氷なんて渾名がつくんだろ、ちょっとは考えろよな。
「……結果の分かるラブレターなんて出すなよな」
俺は少しだけ苛ついた。
◆◇◆
「で、行くの? 行かないの? 返事はOK? 保留? まずはお友達から?」
「待て待て待て、名前も書いてないんだから判断なんてできないだろ」
そうして俺はスマホに打ち込む。
《うっぷ、ラブレターだぁ? 青春の揮発性イベントじゃねぇかぁ。まず逃げるなぁ。話は聞くんだぜぇ。ただし、即答は危険だぁ。唐揚げ食べ放題くらい胃もたれするぞぉ、うぇっぷ》
いいじゃん、食べ放題。うまそう。
「で、グロッキーは何だって?」
「話を聞いてやれって。そうだよな、普通は聞きに行くよな」
「え? 陽斗、もしかして行かないって選択肢あったの?」
怪訝な顔をした佐倉に、俺はまずいことを言ったのかと慌てる。
「ほら、悪戯の可能性もあるだろ? でも折角だし行くよ」
「折角ぅ~?」
今度は佐倉の眉が吊り上がる。
「ちょっと陽斗! あんた、相手の子は勇気を出して呼んでるんだよ? ちゃんと行くんだよ!」
「お前だってログボって言ってたじゃないか」
それに紗雪にもスルー推奨してただろ。
「もう、そんなの冗談に決まってるじゃない。ほら、AIとギャルに恋愛相談して方針一致してるんだから、行くのは決定!」
「あ、ああ」
なんだか押し切られたような気もする。
でも、一致したということは、そうするのが良いんだろう。
それに俺の日常を変えるイベントには良いのかもしれない。
ちらりと紗雪を見たら、例のラブレターを広げていた。
「(あ~あ、あんなに力を入れちゃって。ぐちゃぐちゃ)……」
「え、何が?」
「ううん、なんでもなーい。とにかくほら、行くんだよ!」
佐倉に肩をばしばし叩かれて痛かった。
◆◇◆
昼休みになって早々、旧校舎の裏側。
生け垣も多く告白スポットでよく使われる場所だ。
やたら鼓動が煩い。
する側だけじゃなくて、される側もこんなに緊張するんだな。
彼女ができるかもしれない、何かが変わるかもしれない。
そういう期待してはいた。
でも、怖いものは怖い。
待ち合わせ場所へ向かうところだった。
——ずっと、如月さんのことが好きでした
向こう側で聞こえた声。
げっ!
あれは紗雪の告白現場じゃないか!
別クラスの、女子に人気のイケメン男子だ。
立ち聴きは良くない。
でも、動こうと思っても足が動かない。
緊張していたせいだろうか。
彼が紗雪の魅力と自分の想いを熱弁していく。
聞いてるこちらがむず痒くなる。
でも、どうして苛々するのか、自分でもよく分からなかった。
——お気持ちは受け取れません
——私は誰かとお付き合いするつもりはありません
うおっと!
ばっさり言ったな。さすが紗雪。
ここまではっきり言うと清々しい。
——ほかに、好きな人がいるんですか
え?
そのイケメンの言葉に引っかかる。
紗雪に好きなやつがいる?
いや、付き合ってはないだろ。
交流があれば俺が見てる気がするし。
——それをあなたにお話しする必要はありません
……冷たい、冷たすぎる。
俺まで背筋が冷え切ってしまった。
あんな言い方をしてればそりゃ「氷」だよ。
でも凛としてはっきり断ってて凄いな。
やっぱり、もう俺の知ってる紗雪じゃない。
「……あの! 水瀬先輩」
「うわっ!?」
心臓が飛び出るかと思った!
最初の緊張を忘れるくらい動悸が激しい。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「あ、ああ。うん。平気平気」
あれ、この子。
確か一年生の文化祭実行委員の。
「あのっ、お昼休みに呼び出してしまってすみません!」
ばっと頭を下げる。
俺のほうが咎められるような気分なんだけどな。
「ああ、うん、大丈夫だから落ち着いてね」
「あの、えっと、それで……」
最初の頃に学内用の宣伝ポップを作る作業があった。
その時にペアを組んだんだっけ。
出会いの経緯を思い出しながらも、その慌てようが可哀想になってくる。
しかし。
その子は一度、深呼吸をして。
じっと俺を見据えて、たどたどしくも口を開いた。
「水瀬先輩のこと、ずっと気になっていて……。落ち着いていて、優しいって思ってて……」
それが告白の一部なのだと頭が追いつくのに少しかかった。
あれからほとんど接点のなかった後輩の、俺に想像を膨らませた言葉。
どうしてか彼女の言葉が頭に入ってこない。
「だから、私と付き合ってください!」
再び、ぱっと頭を下げる彼女。
え、これ、どうするんだ?
頭が真っ白になって、何を言えば良いのか分からない。
沈黙が続く。
いや……いやいやいや、駄目だろこれ!!
彼女は真剣なんだぞ、待たせちゃだめなやつ!!
でも、どう答えれば……
「水瀬先輩……」
彼女は顔を上げていた。
頬は上気して目は潤んでいて。
それでも俺から目を逸らしていない。
「お試しでもいいんです、お願いします」
「あの、えっと……その……」
口からはろくな言葉が出てこなかった。
何をどう答えれば良いのか、皆目、見当がつかない。
「少し、よろしいですか」
横から、いつもの冷たい紗雪の声がした。
「え? 会長?」
どうしてここにいる、とは言えなかった。
先にいたのは向こうだから。
「水瀬君は困っています」
「え……?」
「告白そのものを否定するつもりはありません。けれど、あなたは水瀬君の何を知っているのですか」
紗雪は何を言ってるんだ?
お前がどうして口を挟むんだ?
そんな疑問を晴らす前に話は進む。
後輩は紗雪に怒ったような視線を向ける。
「私、先輩をずっと見てました!」
「見ていたといっても、実行委員の活動だけですよね。彼の雰囲気だけ。それで気持ちを向けるのは、相手にも失礼です」
「…………!!」
一転して後輩は泣きそうな顔になった。
「水瀬君は、そういう形から入る関係に向いてませんから」
うつむいて、拳を握りしめて。
「す、すみません。……でも、水瀬先輩に言えてよかったです。ちゃんと聞いてくれて、ありがとうございました」
そうはっきり告げて、彼女は駆けて行った。
その背中を俺はただ見送るだけだった。
場が冷えているはずなのに、少しだけ胸が楽になった。
「……なぁ如月。お前、関係ないだろ」
俺は紗雪に向き合った。
さっきの場面で答えなかった俺が悪い。
それは分かる。
でもこいつが話すのは違う。
「俺も言おうとしてたところで水を差すのは違うだろ」
「あなたは——」
また少し苛々してくる。
でも紗雪の表情は変わらない。
「軽い気持ちで近づかれて、あなたが傷つく方が嫌だっただけです」
「どうして俺が傷つく前提なんだよ」
言い返すと紗雪の動きが一瞬、止まった。
「……外見や雰囲気で言い寄られる辛さはよく分かりますから」
その言葉に。
少しだけ寂しそうな表情を見せた紗雪に驚いた。
そして、彼女が散々に経験したことに、俺は何も言い返せなかった。
「それに、あなたは、そういうところがあります」
背を向けた彼女が呟いたその意味が、よくわからなかった。
◆◇◆
「え!? マジで? 紗雪が乱入したの?」
「ああ」
俺から一部始終を聞き出した佐倉は額に手を当てて首を振る。
色々言われそうだから、こいつには言いたくなかったのに。
「ありえないよ陽斗。自分で言わないと」
「仕方ないだろ……」
俺もまずかったと思ってる。
けれども、あそこで乱入して止められるわけがない。
「んー? 陽斗、もしかして納得してる?」
「え? うーん……そうかも」
内容や結果はともかく。
紗雪の言っていたことは正論だ。
よく告白のされる紗雪だから、外見から入る理不尽さを知っている。
彼女の言葉が俺に響かなかったのもそれが原因かもしれなかった。
「あんた、会長に言われると弱いよね」
「そんなわけないだろ。文句を言ったぞ」
はぁ、と溜め息をついた佐倉。
そして「陽斗」と俺の正面に座り直した。
「あのね。告白してきた子の気持ちは、軽く扱わない方がいいよ」
そんなこと、言われなくても分かってるよ。
そう口にしようとして、できなかった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
◆◇◆
るーと> 告白されたんだけど、途中で知り合いに止められてさ。相手に気持ちをちゃんと伝えられなかったのが引っかかってるんだ
「そっかぁ。そうやってるーとさんが相手の気持ちを大事にしようとしてるの、すごく優しいと思うよ」
ごめん、ごめんね陽斗……
でも止めたかったの!
他の子と付き合うなんて考えたくないの!!
>> るーとニキ、イケメン説
>> さーらちゃんも優しい!
「大丈夫。前向きになってれば良いことあるよ!」
そうして“るーとさん”を慰めてその日はお開きになった。
私だって分かっている。
あの子はちゃんと陽斗に向き合おうとしていた。
陽斗もそれに向き合うとした。
それを邪魔したのは、私だってことぐらい。
◆◇◆
さらさに聞いてもらって少し楽になる。
やっぱり相談できる相手がいるのって大事だよな。
でも……今日のは俺がしっかりしなきゃいけなかった。
だから。
<なあ、グロッキー。俺、ちゃんと恋愛できるようになりたい。どうすれば良い感じに振る舞えるようになる?>




