7話
「栗宮さん、おはようございます」
「おはようございます」
狐さんはいつもと変わらずに胡散臭い笑顔を浮かべていた。
「今日はどんな仕事をご希望でしょうか?」
「……」
私は考えたが答えは出ない。
「どんな……仕事が良いと思いますか?」
「うーん、そうですね……栗宮さんは今は倉庫で働いているんですよね?」
「はい」
「では、肉体労働やルーティンワークはそこまで苦ではありませんか?」
「まあ、そうですね……」
最初の頃は、筋肉痛や体力不足で悩まされていた。けど、今では問題なくこなすことができる。
重いものとか扱うのは腰が心配だけど。
「製造業はどうですか?」
「製造業……」
「同じ作業の繰り返しですし、肉体労働ではありますが、重いものを扱わない物であれば、栗宮さんに合っていると思います」
「……わかりました。製造業でお願いします」
私はマッサージチェアのような椅子に座る。ゴーグルを掛ける。
「では、始めますね」
次の瞬間、景色が変わった。
場所は工場。
目の前のコンベアを流れているのはお弁当だった。
「栗宮さんは、ご飯に梅干しを乗せてくれる」
隣に立つベテラン風の女性が、梅干しをご飯の上に乗せる。
「わ、分かりました……」
早速、やってみる。
最初は慎重にやっていたが、すぐに慣れてきた。
「ふぅ……」
「上手ね。じゃあ、この作業を今日一日お願いね」
「あ、はい……」
ベテラン風の女性は隣から移動して、他の作業に入った。
梅干しを乗せるだけの仕事。簡単かも。
そして、一時間が経過した。
「……」
ゴンベアのスピードは速く一瞬たりとも気が抜けない。次第に手首が痛くなってくる。
これが製造業……。
作業自体は難しくない。けど、まるで修行みたいだ。
後、どのくらいやれば。
「っ……」
時計を見る。
さっき見た時は一時間経っていたのに、今は五分しか経っていない。
「調子はどう? 元気にやってる?」
子供っぽい声。少し気になったけど、作業の手を休める訳にはいかない。
「元気です」
「それは良かった。俺達美味い弁当になれるかな?」
「……美味い弁当……?」
一体、誰と話して……?
周囲を見るが、近くに人はいない。
「こっちだよ」
声の主に視線を向ける。
「え……」
いつの間にか、梅干しに顔がついていた。
目が合うと、にっこりと笑顔を向けてきた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
戸惑いながらも挨拶をする。
「あ、作業の手止まってるよ」
「っ……」
私は慌てて梅干しを乗せる。
「ねえねえ、お名前なんて言うの?」
「えーと……栗宮です」
「栗宮ちゃんか……俺は梅太郎! よろしくな!」
「……よろしくです」
どうして、私は梅干しと話をしているのだろう。
それからも、梅干しとの対話は続く。不思議な体験だけど、時間が過ぎるのが速く感じる。
「栗宮さん」
「は、はい……」
いつの間にか、ベテラン風の女性が立っていた。
し、しまった……! 梅干しと話をしていた、と伝えれば病院に連れて行かれる。
言い訳を考えないと……!
ベテラン風の女性が私の肩に手を置いた。
「貴方もお話し出来るようになったのね」
「……」
「梅干しとお話が出来るようになって、一人前よ」
背筋に悪寒が走る。
目を見ると、目から光が消えていた。
「ひぃ……」
「大丈夫。栗宮さんは梅干しちゃんと親友になれるわ」
ベテラン風の女性は去って行った。
梅干しと親友に……?
梅干し達に視線を向ける。梅干し達はニコニコとした笑顔を私に向けていた。
***
「お疲れ様でした」
現実世界に戻ってきた。
ゴーグルを狐さんに渡して、椅子に身体を預ける。
「製造業はどうでしたか?」
「……私には……向かないかもしれないです」
「そうですか……」
今回はヴァーチャル体験よりも、ホラーの要素が強かった気がする。あのまま続けていたら、危なかったかもしれない。
「仕事には合う合わないがあるので、気長に行きましょう」
「……そうですね」
そういえば、何で私は転職セミナーに参加しているのだろう。
木村の転職話と、雪の起業の話を聞いて……私も何かしないと、て思ったからだ。
「……」
「栗宮さん?」
「あ、すいません……考え事していまして」
「そうですか……あ、本日のスイーツですがイチゴのタルトです」
「っ……」
私は狐さんから、イチゴのタルトを受け取る。
このセミナーは怪しさ満点だ。けど、続けている理由は限定スイーツが貰えるからだ。
家に帰り、スイーツを堪能した。
私はベッドに寝転がり、天井を見上げる。
「仕事か……」
よく考えてみれば、周囲に影響され、セミナーに参加しただけで、私自身がどうしたいか考えていなかった。
「やりたいこと……合っていること……うーん……」
頭から湯気が出そう。顔も真っ赤だろう。いや、お酒飲んだから違う意味で真っ赤か。
アルコールが回り、意識が朦朧としてくる。
寝てから考えよう。起きたら、答えが出てくるかもしれない。
「おやすみ……」
億劫な身体を動かし、リモコンで照明を消す。そして、夢の世界へと旅立った。




