6話
私はマッサージチェアのような椅子に座り、ゴーグルを掛けた。
「では、スタートしますね」
狐さんがそう言うと、私の視界は切り替わった。
場所は事務職の時と同じだった。
だが、違う点がいくつかある。
窓の外が暗く、時計が二十二時を回っている事。
とっくに定時の時間は過ぎているだろうに、誰も帰ることがなく、机に齧り付いていた。目はパソコンのモニターを一点に見つめて、キーボードをひたすら叩いている。しかも、目の下には遠目でも分かるほどくっきりと隈が出来ていた。
「……」
何、この状況……?
疑問に思いながらも、私は仕事に向き合う事にした。私の机には大量のエナジードリンクの空き缶が転がっていた。
机の引き出しを開ける。中には未開封のエナジードリンクがぎゅうぎゅうに詰まっている。そっと引き出しを閉めて、見なかった事にする。
「よし」
私はモニターと向き合う。
「何これ……」
モニターの画面が文字化けしていた。
未完成て、これか……。
「っ……」
バタンッと音が響いた。
視線を向けると、男性社員の一人が、泡を吹いて倒れていた。
「佐々木……おい、誰かあれを」
他の男性社員は冷蔵庫からエナジードリンクを取り出す。そして、片方の手には錠剤がある。
倒れた男性社員の口に錠剤を捩じ込む。そして、エナジードリンクを流し込んだ。
「あれ……俺は」
倒れていた男性社員が起き上がる。
「佐々木、倒れたからエネルギー注入しといたぞ」
「……ありがとうございます」
倒れていた男性社員は椅子に座ると、仕事を再開した。周囲も何事も無かったかのように仕事をしている。
「……」
何これ! めちゃくちゃ怖い……!
人が倒れたのに、何で平然としてるの……!
もしかして、IT業界では普通なのか……。
恐怖に震えながら、仕事を続ける。二十四時を回ったが、誰も帰ろうとしない。
終電終わるんじゃ……。
上司が立ち上がり、手を叩いた。仕事の手を止めて、上司に視線を向ける。
「よし、皆んな。今から三時間仮眠の時間にする」
か、仮眠……! 帰宅じゃなくて……!
もしかして、会社に泊まるの……!
「ん? 失礼……」
上司のスマホが鳴った。口調からして、取引先のようだ。
「ま、まさか……」
私の隣に座っていた男性が呟き、白かった顔を青くしていた。
周囲を見ると、同じような反応をしている人をいくつも見かける。
上司はスマホを切ると、少し間を空けてから重々しく口を開く。
「仕様変更があった……すまないが、仮眠は無しだ……」
仕様変更……?
よく分からないが、周囲の様子から異常事態であることは察しが付く。
それから、私達はまるでゾンビのように働いた。
***
「お疲れ様です。どうでしたか、IT系の仕事は?」
ヴァーチャルが終わり、私は現実の世界へ戻ってきた。そんな私の顔を覗き込むのは、胡散臭い笑顔を浮かべた狐さんだ。
「……地獄でした」
「……そ、そうですか……まあ、納期に追われることがありますが……実際の仕事はそこまで過酷ではないと思います……」
狐さんは視線を逸らし、言葉を続けた。
「IT系のヴァーチャルですが……我が社の担当者が酔った勢いと日頃のストレス発散で作ったものでして……」
「……」
私は狐さんの顔を睨みつけた。
つまり、テキトーに作ったヴァーチャルをやらされた訳だ。
「……すいません」
狐さんは私に頭を下げた。私は溜飲を下すことにした。
「はぁ……酔った勢いで作るなんて……狐さんの会社はブラックですか?」
「……まあ……残業は多いですね。けど、残業代はしっかりと出るので……」
狐さんはどこか遠い目をしていた。
私が働く会社では、トラブルや繁忙期出ない限り残業はない。もしかしたら、ホワイトなのかも。
「あ、そうです栗宮さん。こちらが本日のスイーツになります」
狐さんは冷蔵庫から白色の箱を取り出した。
スイーツ……!
前回貰ったシュークリームは絶品だった!
期待に胸を弾ませて、白色の箱を受け取る。まるで、宝箱のようだ。
「本日のスイーツは……プリンです!」
「プリン……!」
「しかも、三種類用意しています」
「三種類……!」
今すぐに中身を見たいが、グッと堪える。
「狐さん、今日もありがとうございました。用事が出来たので帰ります」
「え……あ、はい。ありがとうございました」
私は颯爽と部屋を出て行った。
家に帰ると、箱を開封する。
「カスタード……ストロベリー……チョコ……」
贅沢な三種類だ。
今すぐに食べたいけど、一旦冷静になろう。
どの組み合わせでお酒を飲むか。
私は一時間じっくりと考えた後、至福の時間を過ごした。




