5話
「……」
狐さんの問いかけに、私は言葉を詰まらせた。
正直に言えば、クソだと思った。
事務職ではなく、このヴァーチャルセミナーがだ。
お局さんの説教から始まり、仕事内容は全然分からないのに、最初からベテランの扱い。途中から分からなくて、仕事をやるふりをしていた。
「……大変でした」
このセミナーは今日でやめよう。
「そうですよね。今回のテーマは事務職のお局さんについてなので」
「………………え?」
私はおそらく間抜けな顔をしているだろう。狐さんは笑顔を浮かべたまま、言葉を続けた。
「普通のセミナーなら、仕事内容の説明やこんな人に向いてますよ、と説明すると思いますが……我が社は仕事の負の部分から体験させるのです!」
「えーと……どうしてですか?」
「それはですね……」
狐さんのモノクルがキラリと光った。
「仕事には夢も希望もないからです。あるのはお金の為に嫌な事をどこまで我慢できるか! それだけです……!」
「……」
転職セミナーなのに、そんな明け透けなことを言って大丈夫か?
「栗宮さん!」
「は、はい……」
狐さんがグッと顔を近づけてきた。威圧感を感じて、少し後ずさる。
「事務職の方は経験してどうですか? やっていけそうですか?」
「え、えーと……」
少し悩んだ後、口を開いた。
「難しいかもです……」
お局さんの説教は聞いていて、ストレスが溜まってくる。パソコンに至っては、最後に触ったのが高校の授業以来なので、一から覚えないといけない。
「ふむふむ……では、他の仕事も経験してみますか?」
「……」
私は間を空けた後、答えた。
「今日は予定があるので……」
「分かりました……あ、限定スイーツ渡しますね」
「っ……」
狐さんは冷蔵庫から、箱を取り出した。
「我が社はセミナーの他にも、色々な事業を展開していまして、お菓子作りもその一つなのです」
私は狐さんから箱を受け取る。今すぐ開けて、中身を確認したい……!
グッと衝動を堪えて、私は箱に鼻を近付ける。
「……シュークリーム」
「おっ、正解です。セミナー特製のクリームぎっしりシュークリームです」
今すぐにでも食べたくなるが、我慢だ。
「ちなみに、次回も参加していただけると、限定スイーツをプレゼントしますよ」
魅力的な話に私は答えた。
「前向きに検討します」
***
「俺さ、スクールに通おうと思う」
いつものように空調が効いている倉庫で作業をしていると、木村が言った。
「スクール……? 高校生でもやり直すの?」
社会人になると、学生時代に戻りたいという人達がいる。まさか、木村が実践するなんて。
「違えよ。ほら、社会人向けのスクール。プログラミングとか学んで見よう思って」
「プログラミングね……」
木村がプログラミングを学ぶ光景を思い浮かべる。
パソコンを血走った目で見る木村。頭は真っ赤になり湯気が出ていた。そして、キーボードを打った瞬間、パソコンが爆発する。
プログラムを作るどころか、壊す方が向いているかもしれない。
「フォークリフトの方が良いかもよ」
木村とも長い付き合いだ。不幸になって欲しくない……くらいの思いやりはあった。
「いや、俺はプログラミングをやる! そして、金持ちになってやる……!」
木村の目が、燃えていた。
「そっか……頑張って」
「おう」
土曜日。
目を覚ますと、頭痛がした。
原因はテーブルに転がっている、お酒類だ。休みの日はよくある事だ。
準備をしてセミナー会場に向かう。今日は公演ではなく、別室に案内された。
「おはようございます、栗宮さん。素敵な天気ですね」
「おはようございます」
胡散臭い笑顔を浮かべる狐さん。
素敵な天気ではあるが、この部屋には窓はない。
「いやぁ、今日もセミナー説明を行ったのですが、中々参加してくれる方がいなくて……」
「それは……」
胡散臭さしかないセミナーに参加する人はいないだろう。私みたいにスイーツに……いや、よそう。
「このままだとボーナスカットされてしまいます……はぁ、会社員の辛いところですね」
「そうですね」
「さて、暗い話はここまでとして、本日はどの仕事を体験しますか?」
狐さんの問いかけに、私は少し悩んで答えた。
「IT系の仕事で、お願いします」
木村のせいで、少し興味が出てしまった。
「IT系ですか……」
狐さんが眉を顰める。
「ダメでしょうか?」
「……実はIT系のヴァーチャルが、まだ作成途中でして……」
「あ、そうですか……」
「もし、それでもよろしければやってみますか?」
「えっ……良いんですか?」
「はい。むしろ、誰かにプレイして頂いた方が、良い物が出来るので」
「分かりました。やります」




