4話
「続きまして、使用するヴァーチャル機器のご案内です」
舞台袖から一人の女性が壇上へと入ってくる。手にはゴーグルのような機械を持っていた。
女性は男性に機械を渡すと、舞台袖に戻っていく。
「こちらが、仕事の体験として使用して頂きますヴァーチャル機器でございます」
男性は機械を高々と掲げた。
おおー、という歓声はない。男性はそれでも説明を続けた。
「最新の技術が取り入れられ、まるで異世界に迷い込んだような感覚になります。なお、使用中は現実世界では睡眠に近い状態になります」
SFの世界。
それからも説明は続き、ますます胡散臭くなるばかりだ。
「では、セミナーの説明は以上となります。セミナーに参加したい方はこの場に残ってください」
男性がそう言うと、少ない参加者が一人また一人と出ていく。誰も残らないんじゃ……私には関係ないか。
私も出ようと立ち上がる。
「参加していただいた方には、限定スイーツをプレゼントします」
「っ……」
私は転職に悩んでここに来た! 答えを出さずに去ることは……できない!
けして、スイーツに釣られた訳ではない……!
私は椅子に座った。
「では、残っていただいた皆様はセミナーに参加ということでよろしいですね?」
男性が周囲を見て、問いかける。誰一人席を立つ者はいない。
「別室にて、セミナーを行いますので移動をお願いします」
舞台近くの扉が開いた。
私は立ち上がり、移動する。
「ん……?」
誰も立ち上がらないと思っていたが、残っていたのが私一人のようだ。
やっぱり帰ろう……。
そう思って、舞台に上がる男性を見ると、居なくなっていた。
「さあ、お客様こちらです」
いつの間にか、隣に立っていた。胡散臭い笑顔。もう、断れない雰囲気である。
案内され、別室に着く。
別室にはマッサージチェアのような椅子が一脚と、革張りのソファーが二つ。テーブルが一つあった。
それから、いくつか質問された。
希望する仕事や年収、経験など。
そして、男性の名前は狐らしい。胡散臭さ満点の彼にはピッタリの名前だ。
「なるほど、ありがとうございます……では、早速やってみましょうか。まずは事務職はどうですか?」
「事務職……お願いします」
「分かりました。準備しますので、そちらのソファーに座ってお待ちください」
革張りのソファーからマッサージチェアのような椅子に移動する。座り心地は悪くない。目を瞑ったら、夢のせいに旅立ってしまいそうだ。
「お待たせしました。では、こちらを掛けてください」
渡してきたのは、壇上で紹介されていたヴァーチャル機器。私は恐る恐るつけた。
「では、始めますね」
その言葉を最後に私の景色は変わった。
「え……」
一番最初に目に入ったのは、机に置かれたパソコンだった。
周囲を見ると、オフィスビルの一室のようだ。
スーツ姿の社会人達がパソコンで仕事をしている。カタカタとキーボードを叩く音、電話が鳴る音が聞こえてくる。
「……」
パソコンのキーボードに触れる。確かな感覚がある。試しに文字を打ち込むと、デスクトップに反映された。
「現実みたい……」
童心に帰ったように、周囲をキョロキョロしていると、
「栗宮さん!」
名前を呼ばれて、視線を向ける。
中年でメガネを掛けた女性が私を手招きしていた。
私は立ち上がり、向かう。
女性は私を睨みつけた後、ため息を吐いた。
「この資料は何?」
女性がデスクトップを指差す。私は画面を覗き込んだ。
「……何でしょう」
体験を始めて一分くらいしか経っていないのに、そんなことを言われても分からない。
「貴方が作った資料でしょ!」
「え……」
当然、作った覚えは当然ない。
「いい、いつも言ってるでしょ! 作ったら確認しなさいて。誤字だらけで提出できる物ではないわ! 今時の子供の方がもっといい資料を作れるわ!」
「……すいません」
「全く近頃の若者は」
それからも中年女性の説教は一時間も続いた。
「はぁ、疲れた……」
肉体的な披露ではなく、精神的な疲労だ。
あれが噂に聞くお局様か……。
お局様は私同様に他の社員を呼び出すと、ぐちぐちと説教していた。
あんな説教ばかりして、仕事は大丈夫か?
「さて……」
折角の仕事体験。仕事しないと……。
私はマウスを握りしめて、デスクトップを見つめた。
「……」
仕事て、何すれば良いの?
一時間後、景色が移り変わり、現実世界へと戻った。
「ん……」
身体を起こす。
周囲を見ると、狐さんと目が合った。
革張りのソファーに座り本を読んでいた狐さんは、本を置いて立ち上がった。
「お疲れ様です。初めての仕事体験はいかがでしたか?」




