第39話「ノワールの選択」
心に“理”を刻んだ少女と、心に“希望”を掲げる少年。
決して交わるはずのなかったふたりの剣が、いま一つの問いに辿り着く――
夜の帳が落ちる研究塔の最上層。
戦いの余韻が、まだ空気に残っていた。
ノワールは、剣を握ったまま立ち尽くしていた。
その瞳には、迷いという名の光が宿っている。
「……どうして、あなたはそんなにも“他人”のために戦えるの?」
カイルは答えなかった。ただまっすぐに、ノワールの目を見つめた。
「私には、分からない。命令で動くことはできる。でも……心で戦うって、何?」
「答えなんて、俺も持ってないよ。でもさ、少なくとも……あんたはもう、迷ってる」
「……!」
「本当に間違ってなかったら、迷わねぇ。違うか?」
ノワールの指先が震える。
彼女の背後にある巨大モニターには、“プロトコル再起動”の文字が点滅していた。
それは、この世界のコードシステムを“ゼロ”に戻すもの。
再構成――世界そのものの上書き。
「私は、“あの人”のために、すべてを最適化しようとしていた。
人の心も、過去も、未来も。無駄を捨てて、正しくする……そのはずだったのに……!」
「それが正しいかどうかは、俺にはわからない。でも」
カイルは一歩、ノワールへ近づいた。
「間違いを認めて、止まることができるのは、人だけだ。
それができるなら、あんたはもう“ただの兵器”じゃない」
ノワールはモニターを振り返り、ゆっくりと操作パネルに手を伸ばす。
だが、そこに銃声――!
「ッ! ノワール、伏せろッ!!」
カイルが飛び込み、ノワールを庇った。
弾丸はカイルの肩をかすめ、血が飛び散る。
「……“裏切者は排除”だとよ。お前の上司は、容赦ねぇな……!」
モニターの向こう側に、かつてノワールを創り出した組織の幹部たちが立っていた。
その目には、もはや情も何もない。
ノワールは震える手で、再びパネルに向かう。
「この“世界のゼロ”を……私は、拒否する……!」
彼女の指が最後のキーを押す。
【プロトコルキャンセル:実行中】
緊急警報が響き、塔内の照明が赤く染まった。
カイルが笑う。
「やっと、笑えるようになったな」
ノワールが、ほんの少しだけ――微笑んだ。
「……あなたのせいよ。カイル・スローン」
ノワールはついに、自らの意志で「ゼロプロトコル」の破棄を選びました。
それは、自分自身を取り戻すための“最初の選択”。
次回、物語はいよいよ最終局面へ――
第40話「失われたコード」 で、再び彼らは試されます。




