身もフタも無い話
「 てか。 ぶっちゃけ。 そもそも「交わり」と「愛」が、関係ないからさ。 その、「行為」は ゆってみれば「運動」、「ゲーム」?みたいなものじゃん? 勿論、だから相性がある訳よ。 上手い人とやった方が面白いしね、楽しいし 、それに気持ちいいが付いてくるのか。 そんで、そこに「好き」、「好意」?が入れば、「より良い」と。 ふむ」
「……………あー。…………なるほど。そういうことよね。…………それは…………分かる。でも、だからか。」
「 ん?」
実際、「この案」というか考えは、
直ぐには受け入れられないだろうな、と思っていたけれど。
どうやらレナには なにか心当たりがある様だ。
「いや、実際ヨルに相談する話じゃないと思って、これ関係は言ってない話が沢山あるのよ。」
「 ふん? 」
「ふふ、なによ「ふん」って。でも、こうなる前から「そういう人」は、いたのよ。ごくたまにだけどね。それでも毎回相手を変えられるとアレだから、エルバが調整してたりはしたのよ。…………でもさあ、実際、やっぱり、合う合わないは、ある訳じゃない。」
「 そうね」
「それを私達は「性格の相性」とか、なに、「雰囲気の問題」かと思ってた訳よね。その、「体自体のこと」だと、捉えられてなかったって言うか。それで「私って薄情なのかしら」とか悩む姉さんもいたのよ。あっちが良くてもこっちがイマイチとかあるからさぁ………話は全然合わないのにソレだけは絶望的に上手いとか…」
「 「絶望的に上手い」って 面白いな 」
「ああ、ごめんごめん。………それで、なんだっけ?でも、アレよね、所謂「愛」とか感情の話じゃないってことでしょう?」
「 そう。」
「…………ハァ。………なるほど。そうよね。…………ちょっと待ってね?」
「 ええ、ごゆっくりどうぞ。 」
「自分の中のアレコレ」を纏め始めたレナは
なにやら心当たりを色々と照会しているのだろう。
面白い顔をしながら、くるくると色が変わる瞳が可愛らしい。
そして私も
「意外と感触の良い出だし」にニッコリしながら
違うオヤツに手を伸ばして。
ゆっくりと それを味わいながらも
「アレとソレが別の話ならば そこからどうなる」かを 視る。
実際、「この流れ自体」は
「光達が回収し切れていない色を回収する流れ」の一環で
店に来ている人達は「回収し切れていない色の出方が「交わり」に出ている人々」であり、
そもそも
その「出方」は千差万別
「恋愛に出るのか」
「お金に出るのか」
「仕事に出るのか」、それは様々で
私達は「この次元における目的を果たしてから 次の次元の目的に移れる」。
そう、この「やり残しを回収する動き」が
ここからやりたいことを始めた光が行き着く最初のゴールであり、それを得て「おや?」と思った光だけが 次の「形でないところ」、
本質への切符を掴むからだ。
そして 何故私がここまで「関係ない」と言い切っているかは、勿論自分の経験から裏打ちされた「事実だから」である。
ここまでずっと「光を無視した扱い」を受けていた「数多の私」は、初めにあの色と交わった時 暫くは離れられなくて、それは気の済むまで続けられた。
いつでも 何度でも
「心底 自分が満たされるまで」
「置いてきたすべて」が 回収できるまで。
彼が「それでいい」と認めてくれたから
今の私があるけれども、
あの時の「渇望」がそのままであれば
「私」はここまで来れなかっただろう。
そして
「この状況」に成ったからこそわかる、「体の相性」と「心の相性」の乖離
ここでは敢えて「心」を精神とするけれど
実際、「精神」が「光」まで来れば、「体」も光が多くなり 形を変えられるから
「相性も合わせることができる」。
それは ここでは割愛するけれど
今の世界は 殆ど「体と心が乖離しているのが普通だから」、それとこれとは 別なのだ。
これは実際、息を合わせてやるスポーツと似ていて、
どんなに性格が合う、好きな人でもそのスポーツが下手な場合がある、そういう話である。
そして その場合、上手い人とやった方が楽しくて快感が得られるし それが交わりとなるならば「生理的に無理じゃない人」という条件が付くだけだ。
そしてまた、そこには「妊娠するかもしれない」という 「好きな人と子供を作るのが常識である世界」には受け入れられないものもついてくるけれど、
それは「今の常識」が常識だから困る、というだけだ。
子供というものは 等しく大切で
みんなで育てるもの
その常識が適用される世界では そもそも妊娠して困ることはないし、私達が成熟して「交わりのほんとうの意味」を知れば
「それ以外でも 器を満たせるし」。
そもそも、「その回数自体」も減るだろうから子供も減って、貴重な子供達は より大切にされる様になるだろう。
今は 想像できないかも知れないが、
そもそも私達は維持しようしようと頑張らなくとも続いていくものであるし
「今の形は変わるけれど」
「エネルギーは無くならない」のが本質である。
そして事実、これは
私達が「これから理解していかなければ成らない話」で
本質は「この話の内容」ではなく
「人間とはどういうものか」、
その「ほんとうの意味を知るということ」だ。
実際、これまで私達は 言われるまま「世界」を受け入れ、そのルールに素直に従ってきた。
それは 時折辛いこともあったけれど
「逃げられないと思い込んで そのゲームから外れなかったのは自分だ」。
そして勿論、そこには辛いこともあれば楽しいこともあって、だからこそその「現実というドラマ」を楽しんで、愚痴を言ったり 笑い合ったりして、遊んできたのだ。
だけど そのゲームはもう終わっていて、
ここからは「自分のルール」で生きることが求められている。
ほんとうの 私達は「自分の質」という
目的の光を持った 存在だから。
その光で、「自分の世界」を照らしてしっかりと自分の道を歩き、自らの存在に責任を持って生きなければならないのだ。
「 そう。 自分の「存在」に。 責任を、持つ なのよね。 そもそもだから、「自分という存在がなんなのか」「何だと思っているのか」、になる。」
結局 その「そもそも論」に帰結した主であるが、
レナはまだまだ考え中で さっきから時間はそう経っていない。
だから 「うーん」と唸り始めた彼女の代わりに、お湯の具合を見て 空のカップを回収して。
のんびりと お茶を淹れながら
待つことにしたので ある。




