第三話 花屋の日常 Part,3
仕入れから帰ってきた優はまだ閉まったままの店のシャッターの前にヒトが立っているのを見つけた。
今日は定休日であり、シャッターにもそれは書いてあるので、店が開くのを待つなんてことはないと思うのだが。
遠目で見るとキレイな女性で、大人しそうな服をきており静かな印象を受ける。
化粧もしていないみたいなので、尚更その印象が強い。
車を店の裏手にある駐車場に停めて、仕入れた花を持ち、店のほうに行く。
店を開けるためではなく、さっき待っていたヒトに声を掛けるためだ。
「あの~、すいません。 今日はお店、開かないんですよ」
「あっ、優さん! おはようございます」
嬉しそうに挨拶する女性。 しかも、名前まで知られている。
(はて、こんな静かそうな美人な知り合い私にいましたっけ? この声は、どこかで聞いたような気もしますが)
内心で首を傾げ、猜疑心まみれの声で聞く。
「あのぉ、どちら様ですか?」
「ヒドイっ、優さん! 私の顔を忘れるなんて……」
(あっ、この声は! 道理で、どこかで聞いたことあると思ったら……)
「もしかして、美咲さんですか?」
天啓がひらめくように悟った優は驚いた声で確かめる。
「そうよっ! よくもこんなに通ってる常連の顔を忘れてたわねっ!」
憤慨する美咲だが、可愛らしい服装なので怒っていても可愛く見える。
「アハハ、すいません。 いつも制服姿なので、誰だかわかりませんでしたよ。 その服も似合っていますし、大人らしく見えたもので」
笑ってそう弁解するが少し失敗した。
「私が年を取って見えるって言うの!?」
「いえいえ、キレイですよ。 大人びた印象なので、いつもの可愛いよりもキレイというですので」
からっと言ってのける優。 本人には下心など全く無く、心からの言葉である。 良くも悪くも素直な人間なので。
「そ、そう? なら、いいけど……」
「おや、照れてらっしゃるので?」
顔を赤く染めた美咲に気付いた優は、悪戯っぽくそう聞く。
その途端、背中を思いっきり叩かれたが。
「危ないっ、ちょっと、花が落ちたらどうするんですかっ!」
叩かれた衝撃で、手から花の入ったダンボール箱とブーケを落ちそうになったので思わず大声を上げてしまった。
「フフッ、さっき気付いてくれなかったお返しよ。 お詫びにコレ持つからさ、許してよ」
そう言って、軽いブーケを取る美咲。
「そっちを持つんですか。 そんな軽いのを」
「優さんは女の子にそんな重たいの持たせるの? それに、前から格闘技やってんでしょ。 それくらい持てるでしょ」
「それは、そうですけど。 あと、格闘技じゃなくて剣術ですよ、私がやっているのは」
「はいはい、わかったから。 それで、どこに持って行けばいいの?」
「あ、店の裏手です。 そこを右に入ったところです」
両手が塞がってるので、顎と言葉で指し示し、先に歩き出していた美咲はそれに従う。
裏口の前に立ち、ドアノブを指しながら言う。
「優さん、鍵は?」
「あぁ、ポケットの中です。 ……取ってくれます?」
自分で取ろうとしたのだが、ダンボールを持っているので手が離せない。
いつもは美咲がちょうど立っている位置にダンボールを置いて鍵を取っているので開けられるのだが、今はできない。
狭い通路なので、ダンボールを持っていると方向転換もできないのでこの選択がベストだと少し考えた上でそう思った。
「はぁ? ポケット? どこのさ」
そう言ってブーケを手に持ったまま近付いてくる美咲。
「右のポケットです。 そうズボンの」
今日、というかいつもジーンズなのでなかなか取れない。
「ちょっ、早くしてくださいよ。 この体勢、意外とツライんですから」
「ちょっと、待ちなさいよ! なんで、こんな取りづらいのよ、このポケット」
鍵を取りやすくするためにダンボールを上に持ち上げながら立っているのだ。
意外と腕がツライ。
美咲はかがんで、懸命に鍵を取ろうとしているが、なかなか取れない。
そして、優はふと思った。
「この状況、他のヒトが見たら何かと誤解しそうですねぇ」
そう呑気に呟いた優の足をポケットの上から美咲が思いっきりつねる。
「痛いっ! ちょっ、何するんですか!?」
「そんな変態発言するからです。 はい、鍵取れましたよ」
すましながらそう言って鍵を開ける美咲。
店の中に入り、適当にダンボールを置く優。
「これはどこに置いたら、いいの?」
そう言いながら、いつも見ているだろうに、興味深げに周囲を見渡している。
「それは、カウンターの上にお願いします。 何をそんなに眺めているのですか?」
「いや、いつも正面からで、こっちから店を眺めたことがなかったなぁと」
「なにか、変わりますかね?」
「うん、なんだか新鮮だわ。 この階段があるってことは2階もあるのね」
美咲は普段正面からだと隠れて見えない階段を示す。
「ええ。 外から見たらわかるでしょうに」
「なんか、いつも店が目的だから目に入らないのよね。 てことは、上は倉庫になってるの?」
(そんなモノなんだろうか……)と先の言葉に首を傾げ、質問に答える。
「いえ、上は私の家ですよ。 少し小さいですけど」
小さいとはいえ、ちゃんと2LDKなので一人暮らしの身としては十分なのだが。
「ええっ! そうだったんですか!? 拝見させてもらっても、よろしいですかっ!?」
「ええ、いいですよ。 どうせ、家に上げる気だったので。 そういえば、なんでウチに来たんです?」
テンションの上がっている美咲に優はかねてから考えていた素朴な疑問をぶつける。
「え? えーと、そうっ! この間のブーケのお礼がしたくてさ、すっごい先輩達喜んでたから!」
「それは、そうですか。 嬉しいことです。 美咲さんも、お礼を言う為にわざわざありがとうございます。 さぁ、どうぞ上がってください」
返って来た応えに、嬉しそうに破顔する優。
そして、自分は靴を脱いで家に上がる階段を上っていく。
(まさか、会いたかったから会いに来たなんて、言えないじゃないの)
自分の内心を上手く隠せたことにまだ実感を持てない美咲は、自分の鼓動だけを聞いていた。




