第二十話 急げ急げっ!! Part,2
なんとか、助手席に座るヒトを決めることが出来たが、優はその後のトラブルを全く考えていなかった。
即ち、どれだけ落ち込むかを。
「ハァ、マッタク…………ナンデワタシガ、ヒトリでウシロにスワラナキャイケナイノヨ」
ジャンケンで負けて後ろの席に一人寂しく座っている優衣が、優の座席の後ろで、まるで難解な言語でも話すかのようにカタコトで言う。
優としては、運転をしている身なので、後ろであまりブツブツ言って欲しくないのだが、それを言えるほどの度胸は彼にはない。
なので、ジャンケンに勝って助手席に座っている美紀に目配せをする。
優衣をどうにかしてくれ、と。
優の非難めいた視線を受けた美紀は、バツの悪そうな顔になり、後ろを振り向こうと努力をするが、向かない。
いや、向けないのだ。
優の視線を感じ取った優衣が、凄まじい眼力を飛ばしているのだ。
それを、背中でひしひしと感じているため、美紀は後ろを向けない。
否、向こうとしないのだ。
生物学的に動物は恐いものを見ると、動けなくなるようだが、それに似ているかもしれないと、優は変なトコロで感心する。
「いやー、しかし、アレですね。 アレ」
優は、この空気を打開するため、言葉を発する。
しかし、意味の無いコトに、続く言葉が見当たらなかった。
「………………アレですよ、アレ」
「大丈夫、優さん?」
「クッ…………なんでも、ないです」
さっきからアレを連呼する優に、見かねて大丈夫かと優衣が問う。
この状況を打開するために声を発したのに、その元凶である優衣に心配される優を見て、思わず小さく笑ってしまう美紀。
途端に下を向いて、笑い出すのは辛うじて堪えたが成功したとは言い難い。
だが、優衣はそれには気にせず、優に話し出す。
「ねぇ、優さん。 そういえば、今日は何時頃まで優さんの家、平気なの?」
先程の殺気じみた視線を飛ばしていた割には、ことさら普通の声音だったので、優は何も警戒するでもなくその質問答える。
「別に、私は一人暮らしなので、何時でもいいですよ?」
そう、優が運転しながら言うので、勿論、前を向いたままだ。
だからかどうかはわからないが、優衣は後部座席で一人でニヤリと笑う。
それはもうとても嬉しそうで楽しそうに。
優が見たら、こんな嬉しそうな笑顔を見たことがありませんねぇ、とか言いそうである。
だが、誰も見ていなかったのでその優衣の笑顔が見れることはなかった。
「へぇ~、そうなんだ?」
優衣が優の言葉にニヤリと笑った後、優衣は言う。
だが、その言葉に何かを感じ取ったのか、バックミラーで後部座席の優衣をチラッと見てから話し出す。
「優衣さん、何か含んでませんか?」
「あら、流石優さん。 鋭いわねぇ~」
物憂げな顔になりながら言う優の言葉を否定せずに、肯定する優衣。
その言葉でさらに優は複雑な顔になるが、そんなコトなどお構いナシに優衣は続ける。
「ねえ、優さん。 そういえば、今日は水曜日よね?」
「え、えぇ、そうですケド、それがどうかしたんですか?」
またバックミラーで優衣の顔を確認しながら言っていたが、優衣の笑顔がなぜか恐ろしく見えたので、途中で目を逸らし、運転にだけ集中しようとする。
「明日って、定休日なのよねぇ~、ウチは」
「そ、そうなんですか…………」
だんだんとイヤな予感がしてきた優である。
しかし、今更強引に会話を終了させることはできない。
「アレっ!? 優さんの店も明日は定休日じゃなかったかしら?」
(わ、わざとらしい…………)
今、思い出したとでも言わんばかりの声だったが、どうにも信用できない優。
「そ、そうですね。 アレ、私、前に言いましたっけ?」
教えた記憶はない(別に知られたくなかったワケではなく、ただ単に聞かれてないから言わなかっただけだ)ので、一応聞いてみる。
「いいえ、優さんの店に行った時に店の看板に書いてありましたもの。 だから、それで知っていただけですわ」
「そ、そうですか。 よく、覚えてましたね?」
なぜだか、さっきから上手く喋れない優。
この時、優は気付いていなかったが、後部座席で異様なプレッシャーを放つ存在のせいで口が回らなくなっているのだ。
そして、自分が誘導尋問されていることにも気付かない。
「うふふ、だって優さんのお店ですもの、覚えてるに決まってるじゃないですか」
運転に集中しようとしていたが、チラリと後部座席をバックミラーで確認してしまう優。
そこには、艶やかに微笑む優衣の顔があり、バックミラー越しに目が合ってしまう。
慌てて、目を逸らす優。なんだか、目が恐かったので。
「優さん? どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでもありません。 そ、それより、夜になって女性を家に上げるなんて、こっちに来てから今日が初めてですよ」
優衣の言葉をそのまま続けさせないように、急な話題転換を図る優。
「え? そうなんですかっ?」
「あら? そうなの?」
今まで静かに黙っていた美紀も、優衣を一緒に驚いた顔で優を見る。
そんな二人を見て、苦笑する優。
「ちょっと、なんで二人とも驚いているんですか! 私が、そんなに女性にモテる様に見えますか?」
その優の本心が窺えるほど真剣な声音に、心中で思う二人。
(こんなに女性を魅了してやまないヒトなんて、他に見たことありませんよ…………)
「…………ちょっと! なんか言ってくださいよ! 余計悲しくなるじゃないですかっ!」
「あぁ、うん。 優さんは、なんか天然だよね」
「そうね。 天然ね。 それに、ニブイわよね」
「いや、なんか言ってくださいとは言いましたケド、できればいいトコいってくださいよ!」
二人して黙っていたので、耐え切れずに優が半ば絶叫口調で言うが、それに対し、断定口調で二人から答えが帰って来たので、それにも非難めいた口調で弾劾する。
「だって、いいトコなんて…………ねぇ?」
「ええ、そうよねぇ」
美紀が意味深な視線で後部座席の優衣を見る。
そして、その美紀の視線の意味を悟った優衣も、同じ目で美紀を見て、二人で優のほうを見る。
ちょうど、赤信号で車が停まっていたので、優も二人を不審そうな顔で交互に見る。
「なにか、問題でも?」
「いいえー、なんでもないでーす」
首をかしげて問う優に、美紀が軽く言う。
優衣だけはジッと、優の顔を見ていたが、優が気付く前に信号が青になり、アクセルを踏む。
もう少しで、優の家に着くので、優は心の中で胸を撫で下ろした。
(はぁ、もう少しで家に着きますね……これで優衣さんの質問攻めから逃れられそうだ)
優衣の質問攻め、というよりもあの笑顔からまんまと逃げ果せたので油断していた。
だから、この言葉に驚いた。
「ねぇ、優さん。 さっきの私の質問、はぐらかしたわよね?」
「え”っ、なにがです?」
声がヘンになってしまったので内心がバレたのか、優衣は続ける。
「私、明日は休みだから優さんの家で夕飯をもらったら、そのまま泊まっていこうかしら」
その言葉に驚き、動揺した優は、ステアリングをミスり、対向車線に盛大にはみ出す。
この時間にしては奇跡的に対向車がいなかったので事故にはならずには済んだが、心臓に悪い。
「ちょっ、何言ってるのよ! 店出る前に私に何時ごろに帰るか確認したじゃない!」
「ええ、それは美紀が帰る時間であって、私が一緒に帰るために聞いたんじゃないもの」
美紀が、目を見開いたかと思うと、優衣に突っかかるが、ひらりとかわす優衣。
「ねぇ、いいでしょう、優さん?」
そう言って、後部座席にいる優衣が前の運転席に座っている優に手を回す。
「ちょっ、優衣さん!? 危ないですから、事故りますって!!」
あまり、こういうのには慣れていない優が抗議の声を上げる。
普段の優なら、手が近付いてきただけで気配で察知することができただろうが、不覚にも、未だに動揺が収まっていないのでされるがままである。
「ねぇねぇ、いいでしょう?」
優の言葉には応えずに、先程と同じコトを言う優衣。
「わ、わかりましたよ! わかったから、手を離してくださいよ!」
また、ハンドル操作をミスって事故になりかけるのもイヤなので、早々に負けを認める優。
その言葉を発した直後の優衣は破顔して、こちらを見る。
「ありがとう、優さん! 流石、優さんだわ」
「…………半ば、強制的でしたけどね」
「今、なんて言いました?」
「いえ、なにもっ!」
小さく誰にも聞こえないように呟く優だったが、後ろにいる人物にはハッキリと聞こえていたようだ。
意外と耳がいいのに驚きつつ、全力で否定する。
(こんなの美咲さんに知られたら、多分、あの子も泊まりに来るって言いそうな気がしますね…………あ、その前に、美紀さんはどうする―――)
「優さん! 私も泊まっていいですかぁっ!?」
「ええ、いいですよ…………」
やっぱり考えるまでもなかった、と優は疲れた声音で答える。
そして、やっと家についた。
車に乗っている時間は10分もなかったが、どっと疲れた優である。
早く、お風呂に入って寝たいなぁ、と思ってしまう。
「送ってくれてありがとうございます!」
「私からもありがとう」
今の優には眩しすぎる笑顔でそう言う二人。
その笑顔を見て、優は、
(まぁ、この笑顔が見られるなら、お釣りが来ますよね…………多分)
男らしく諦めるのであった。




