第二話 「偽りの看護師」
――白髪ロングの女がこちらを覗き込む。
目覚めると仰向けで空という青い天井が目に映り、それとは別に視界の約半分が遮るように映っているのは、しだれ桜のような大樹。
そして瞬時に起き上がると、周りには暗い色をした花畑が一面に広がっていた。
「あの花どっかで………」
花畑だけというわけでもなく、ここにある大樹と、遠くには湖がある。
白髪の女は無言で俺の表情を観察しており、焦る俺のリアクションを楽しんでいるように見えた。
「驚いたかな?」
「――驚くもなにも、ってお前誰だよ!!」
「―――あぁ、なるほど。名前は言えない契約だから配慮してくれると助かる」
意味深な発言をした彼女に理由を聞いてみたが、あっさりと受け流されて話題は完全に終了する。
その後は何故ここに来たのか、この場所は存在するのか、一体何処なのだと質問しても一向に返事はなく自分の話したいことだけ持ちかけてくる。
「なんの説明もなしにこんな展開ありかよ……」
「そこは臨機応変に対応してほしいところだ。今、君がやらなければならないことはたった一つ」
「な、なんだよ」
彼女は俺の顔面に、自身の顔を数センチ距離まで近づけてその一つの内容を伝える。
「アキレア、といったかな。悪いことは言わない。今のうちにあの子を殺した方がいい」
「―――」
それは冷酷で真剣な表情かつ、彼女自身に満ち溢れている歪んだ思想を押し付けてきたのだ。
俺の表情は一気に曇り、それは周り一面に広がる暗い花畑と同化できる顔色に変わる。
声を絞り切っても言葉は出ず、先ほどまでの彼女は顔を離して俺の答えをじっと待っている。
どう考えても殺す理由、いや、それ以前にその思考の領域に片足を突っ込むことすらできない。
「――――な、んで」
「ん?」
絞り切った喉の奥底からやっと出てきたのは、まず震えて声にもならないような疑問の一声だった。
彼女は特に話すこともなく、俺の答えの続きを今か今かと表情を変えずに待機している。
――彼女は悪人だ。
心のどこかで、彼女が優しい人物だと思った自分が馬鹿だった。
全身が震え始め、呼吸は荒く、全身の毛は逆立って彼女を威嚇するように変わり、ハリネズミ特有のトゲトゲらしさが彼女に牙を向いていく。
だがこのままずっと言葉を出さずにはいられない。
せっかくできた初友達を侮辱するような発言は絶対に許さないという想いが、俺の反抗心を際立たせた。
「これ以上、図に乗んなよクソ女!!」
「―――口の聞き方には気をつけようか。まぁそれより、これは君のためなんだ」
「殺人が俺のために? ハッ、笑わせんなよ」
「なら訂正するよ。殺人まではいかなくとも、関係は断った方がいい」
こいつは所詮、悪魔女に過ぎない。
「君のため」なんて言って俺の警戒心を解き、利用しようと企てているに違いない。
全員とは言わないが、こういう一見優しそうな奴が案外、人間離れした思想を持ち合わせているのだ。
「もうお前に用はない、さっさと戻らせろ」
「僕は君を思ってここへやった。――最後に、本当にそれで後悔しないのかを、君に問いたい」
「しない」
我ながら即答であった。
彼女の言葉を遮って断言した俺は、絶対に後悔するようなことはないと自分自身に決意表明を出した。
「―――そうか」
冷たい彼女の一声。
その瞬間に事態は急変し、一面の花畑や湖、大樹は俺の目から暗闇に染まっていく。
ただ壊れているのではなく、単に俺が、あの場所に戻されるまでの時間だった。
彼女は俯いたまま、これ以上何も話すことはないと言わんばかりに遠くへ歩き去っていく。
俺はただその後ろ姿を見つめ、視界の端から次々と闇に染まっていくのを感じながら、
――視界が完全に閉ざさるのを待った。
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「いや、ここどこだよ……」
目覚めからスッキリしたことはない。
目が覚めた時、最初に視界に映るのはこれまで毎回別の場所で起きることになっている。
今回の目覚めではベッドに寝かされている状態から始まったのである。
「あ、起きた?」
「――アキレアちゃん?」
突如耳に入ってきた聞き覚えのある声に安堵した俺は咄嗟にベッドから起き上がり、アキレアの顔を拝見させてもらった。
あれから数時間は経っていないはずだが、何故ここにいるのか聞いてみると、
「突然倒れるんだからビックリしたよー」
「倒れた……?」
一回でも死んだわけではなかった。
話を聞く限り、突然として倒れた俺を心配してこの街の病院に連れ込んでくれたらしい。
ということはだ。ここは病室であり、決して彼女の自宅というわけではない。
少しばかり期待してしまったが、不運にもその期待は外されてしまった。
「ヒロインに負担かけるとか雑魚すぎだろ俺!」
「ヒロイン?ってのはよくわからないけど、生きてるだけでよかったよ!」
「アキレアちゃん……」
彼女はあの魔女と違って、単純に優しいヒロインだったのは会話していれば段々と実感して分かってくるものだった。
太陽に似た狐色の髪と、眩しすぎる眼差しが、俺の生きる希望を増幅させいく。
「――患者様」
「おわ!!もしかして俺の担当の看護師とかか?それにしては随分背丈が小さいけど……」
「――やりたくてやってるわけじゃないです」
「そ、そうですか」
アキレアは何事もないかのような表情で、ただ座って微笑んでいるだけのご様子。
看護師は随分と背が小さく幼女のようだ。会話から見てわかる通り、絶対こんな所で働いてはいけない性格の持ち主である。
俺に対してはまだいいが、他の患者さんに冷たくして嫌われないか心配すぎる。
「てか、その服も絶対看護師じゃねぇ……」
「――人の着ている服に茶々を入れてこないでください!!」
「怒ってる姿もベリーキュート!!」
彼女は表情が曇り、怒りに目覚めていく。
彼女が着ている服は、看護師という名に似合わなすぎる衣装を羽織っている。
――黒と紫が混ざった衣装だ。
「あれ、その衣装………」
あの男が着ていたものとよく似ている。
彼女のその衣装に、俺は指を刺してビックリしていると彼女の怒りマークは次々と増えていく。
「なんなんですか……。そんなに気に食わないなら出ていってください!!」
「待て待て待て!!それは誤解だ!」
「誤解!?私が何を誤解してるか説明してみなさいよ!!」
「その衣装に見覚えがあっただけだ!!」
彼女は俺がいるベッドに手をついて、デカすぎる声を浴びせて攻撃してきた。
そして彼女は、俺が衣装に見覚えがあると聞くと、両手で頭を抱え込み、部屋中を無言で歩き回る。
「な、なんだ?」
「ツバキくん――確かにあの衣装……」
「だよなぁ!?」
理解するのに時間がかかったのか、アキレアはようやく彼女の衣装を見て思い出したようだ。
あれは完全に、あの「男」が着ていた衣装と同類のものだと確信した俺たちは近づこうとするが、
「待って!それは誤解だから!!」
「立場逆転だな関係者!! お前の長かなんか知らんが、うちのアキレアがどうも世話になったよ」
「私の精霊を、元に戻して。そして返して!!」
「――ぁ、ここから逃げれば!」
最悪な答えを彼女は見つけ出してしまった。
何故逃げないのか不思議に思っていたが、今頃その答えに辿り着いたらしい。
その瞬間に彼女はこの部屋の扉を出ていき、焦ったように走り去っていく。
「あの態度はどうしたもんかなぁ!!俺の足の速さを舐めんじゃねぇぞ!」
「だから誤解なの!!」
「誤解だとして、なんで逃げる必要がある!?」
「―――あぁもう!」
「言い訳もできないのか? 自称看護師!」
アキレアは部屋に取り残され、俺は彼女の代わりに自称看護師に追いつくため足を動かす。
これでも、足の速さだけは取り柄であり50メートル走でいえば6秒ピッタリくらいだ。
その足の速さで必ず彼女に追いつき、男の居場所を吐き出させてやる。
――待ってろよアキレア。お前の精霊は、俺が必ず取り戻してやる。




