第三話 「救いの手は平等に」
――走り続けて数分のこと。
彼女は思ったよりも素早く、小さい体と足で、今もなお病院内を走り回って俺からの追跡を逃れようと必死になっている。
なぜ病院から出ていかないのかは知らないが、まあとっ捕まえて吐き出させればいいだけなのは確かだ。
「ついてくんなよ変態!」
「戯言が言えるのも、もうここまでだ!」
「――い、いやっ!」
その瞬間、俺は彼女の首根っこを掴み逃げられないように地面に押し付けた。
彼女の瞼からは粒状の涙がこぼれ落ちそうになり、側から見たら俺が一番な悪者に見えてしまう。
「離してっ! やっぱり変態じゃない!」
「あ、それは違う!! ほらデカい声ばっか出してないでアイツのアジトでも吐き出せよ」
囁くような声で彼女にそう伝えたが、状況はさらに悪化していくようで本物の看護師や医師、加えて患者までもが、ぞろぞろと集まってきた。
彼女の表情は、絶望から希望の顔に生まれ変わり、周りの人の様子をキョロキョロと観察すると、俺の顔を見てニヤケ面で悪事を思いついた。
「みなさーん! 襲われているので助けてくださーい!!」
「冗談じゃねぇ!!ふざけんなよ!?」
勇気ある男たちは、すでに攻撃体制に移り変わって俺を抑えようとしている。
彼女はまだこれからというのか状況をさらに悪化させていく。
このまま俺が捕まえられるわけにもいかないため、彼女を脇に抱えて部屋に連れ戻そうとしたが、行く先には所々に男どもが待ち伏せていた。
「ああクッソ!! お前のせいだぞ!?」
「助けてーー!お兄さーん!」
「――喋んじゃねぇぇ!!」
――逃げ場もなく、捕まえられる。そう思った瞬間のことだった。
背後からかかった聞き覚えのある声が、絶望の状況である俺に救いの手を差し出した。
俺の脇に抱えられている彼女は、またも希望から絶望の顔に生まれ変わる。
「彼は悪人じゃないわ!!」
「アキレアちゃん!?」
「げっ!」
俺を囲んでいる男どもは、アキレアの言葉によって顔が引き攣り、どうすればよいかわからなくなる。
それに追い打ちをかけるように、アキレアは簡潔に話をして説得させた。
「悪人はその彼女。お偉いさんにはすでに言ってあるから今すぐ撤退することね」
「――アキレアちゃん行動力ハンパじゃねぇ!」
「撤退しないで!」
「お前は一旦黙ろうか。部屋に戻ったらぜーんぶ話してもらいますからねー」
「嫌だ………嫌だ嫌だ!!」
彼女は喚き散らしながらも、俺とアキレアに部屋へ連行されていく。
聞く限りアキレアの貢献度は高く、そのおかげで今があると言っていい程だ。
男たちは完全に撤退し、病院内は元の静かさに戻っていった。
「というわけで、自称看護師さん? 話を聞かせていただきましょうか」
「あなたの長に散々迷惑かけられているの。ここらでぜーったい吐き出してもらうんですからね」
「―――」
彼女は無言で部屋の扉を確認する。ただ扉の前には学校で習う不審者を教室内に入らせないための、バリケードを置いておいたため、彼女は逃げ出すことはできないと目に見えてわかったらしい。
どこにも逃げられない、逃れられない部屋の静かな空間に置かれた彼女は冷や汗をかき始めている。
目はさまざまな方向に泳ぎ、どうすればいいかわからないと空気だけで俺たちに伝えてくる。
「―――」
「アジトでも居場所でも何でもいい。ただお前が知っていること、全部話してもらう」
「そう、話して」
「――――」
アキレアの目は本気だ。
彼女が話すまで絶対に逃さないという熱意が静かなこの空間を熱くさせていく。
ただいつまで経っても彼女は話さず、壁際に立ったままモジモジ状態なので、俺は仕方なく別の談話室に連れ込んだ。
「アキレアちゃんはここで待っててくれ。こいつは2対1だと緊張して話せないみたいだし」
「―――分かった。お願いね、ツバキくん」
「おう」
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「ここならお前も話せるんじゃないか? あいつがいると、なんていうか罪悪感でもあるんだろ?」
「…………だ、だってアイツが、あの人の精霊さんになんかしたみたいだし」
「知らないみたいな言い方するんだな。仲間なのに知らないとかあるかよ」
「私雑用だから。いじめられて、金稼いでこいって強制的にここで……」
「―――いやいや、それも嘘だろ?」
「嘘じゃない」
俺の言葉を遮り、即答で断言されてしまった。
談話室に連れ込まれた彼女は、俺と1対1になると急に話し出し始めた。
切り出しは何も知らないかのような言い分であり、最後にはバッサリと切り捨てるような言い方。
もしかしたらコイツは、本当のことを言っているのではないかと疑問が生まれ、俺の眉間にはシワが寄りついてくる。
「も、もしだ。それが本当だとして……」
「本当なの!」
またも遮られる。
彼女の目も救いを欲しがっているように見える。
俺の目と心に、救いを求めている視線だった。
ただ迷いも混じった目だ。
「それをしてしまったら……アキレアちゃんはどう思うんだ?」
「それは………」
「あいつは、お前の長に精霊の全てを奪われて闇色ってのに染められたんだ。もう戻らないかもしれないのに………お前は救うって、あいつが許すのか?」
声が震え始める。
初めての友達であるアキレアの願い。それはあの男の手に染められた精霊のすべてを救ってほしいということである。
あの時に見た、男の手のひらに浮かぶ、彼女の精霊と見られる闇色に染まった精霊達。
洗脳でもされたかのように、その精霊達は主であるアキレアの元に帰ろうとする抵抗も感じられなかった。
「クッソどうすれば!!」
「――ごめん」
「謝んじゃねぇよ。お前はお前でどん底にいる人間なんだろ? それだったら俺だって……!!」
――救ってやりたい。
俺と同じ境遇にいて、苦しんでいる人は助けてやりたいのが本音だ。
ただそれを、この彼女を救うとなったら、アキレアは許してくれるだろうか。
アキレアは、もしかしたら精霊がいれば精霊使いとしてとても強い者だったのかもしれない。
その元凶となった長の雑用係を仲間に入れるとなったら、俺がそういう立場に立たされたら、頑固に反対するだろう。
「はぁ………お前はここにいてくれ。アキレアちゃんにこのことを話してくる。逃げたりすんなよ」
「あ、待って。一つだけお願い」
「――お願い?」
「もし……もしね。私を救ってくれるなら、私はアイツを裏切ることになるの。だから、守ってほしい」
「今……言うことか?それ」
「あ、ごめん………」
頭がおかしくなりそうだ。
ただ、アキレアが許してくれたら、その願いは俺が無理をしてでも叶えてやりたい。
そう思いながら、
――アキレアのいる部屋に戻った。
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「アキレアちゃん、アイツのことで話したいことがある」
「―――話したいこと? あ、何か話した!?それともあの男の居場所がわかったとか!?」
「あ、いや…………」
許してくれるだろうか。
その疑問の想いが、何度も心をえぐってくる。
アキレアは陽気に目を輝かせ、俺が何を話し出すのかと心待ちにしている。
俺の心臓は体内から逃げ出したいのか、それとも、ただ心拍数を引き上げて急かしているのか。
――だが、それでも言おう。
決めた。
俺は、平等に人を助ける。
「――アキレアちゃん」
「うん!」
――俺は、アイツを救いたい。




