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【第十四章:へへっ……お頭、やっと首を洗って待つようなデカいヤマを踏めるんで?/俺は起業した、引退だ。今日からお前が頭をやれ。/はぁ゛っ!?(二)】

 通信兵に、南方のホーリー・グロリア・キュリア戦区へ「自分はこれからホンヴァーシャの難民キャンプへ向かう」と伝達するよう命じると、オールドマンは持ち物を準備するために廃屋へと引き返した。


 手早く旅支度を整え、学者たちの手配した南行きの車両へと乗り込む。


 揺られること半日。キュリアの帝都を横目に通り過ぎ、雑多な人々がひしめき合う難民キャンプへと到着した。オールドマンは、かつて仮住まいとして使っていた元の住処へと戻る。


 うっすらと埃の積もった家具を見つめながら、寝室の片隅にある宝箱の前へと歩み寄る。傍らのローチェスト、その引き出しの隠し底から鍵を取り出し、宝箱を開けた。


 オールドマンは伏し目がちに、中に静かに横たわる軍刀を見つめた。


(――そろそろ、次の段階へ進むとしようや……)


 バンッ!!


 突然、入り口の扉が乱暴に押し開けられた。 「ボス!? 本当に、本当にボスなのですか!?」


 聞き覚えのある叫び声が、寝室にまで響き渡る。


 報せを受けてキュリアの帝都へと急行した、旧ホンヴァーシャの騎兵隊長。帝都郊外の難民キャンプに辿り着いた彼は、軍刀を手にして寝室の入り口に立つオールドマンの姿を認め、激昂に近い喜びの声を上げた。 「聖光の加護あれ! 本当にボスだ!」


「この間、俺たちはどれほどボスの身を案じたことか!」 興奮を抑えきれない様子で、それでも恭しくオールドマンの前へ進み出ると、外を指し示す。 「ボス、俺と一緒に駐屯地へ来てください! 野郎どもも、ボスとの再会を今か今かと待ちわびております!」


 騎兵隊長の背中を追い、共に車両へと乗り込む。 揺れる車内。オールドマンは隣に座る男をじっと見つめた。 かつては頼りなかった一介の水夫が、まるで何世紀もの時間を超えたかのように、今や立派な軍服に身を包んだ凛々しい将校へと成長している。


 初めての演習(タクティクス)。 右も左も分からない新米だったこいつに強引に舵を握らせ、海賊さながらに船を拿捕して大混乱を巻き起こした時の光景が、脳裏をよぎる。 オールドマンの口角が自然と緩み、ふっと笑みが零れた。


 東方のキュリア戦線へと向かう道中。 対面に座る騎兵隊長が、いたたまれない様子で口を開いた。 「ボス……この期間、一体どちらへ行かれていたのですか? 俺たちに一言の連絡もなしに……」


 オールドマンは笑みを消し、淡々と答える。 「大したことじゃねぇよ。ハイの疆域へ行って、仕事の面接を受けてただけさ」


「ハイへ……?」 騎兵隊長は眉をひそめた。だが、オールドマンの肩に掛けられた軍外套と、そこに刻まれた軍階級章が目に留まる。 彼は怒りを滲ませて吐き捨てた。 「……あのプライドばかり高いエルフどもめ、相変わらず節穴の目をしてやがる!」


 オールドマンは事も無げに返す。 「いいさ。これこそ俺の望み通りだ」


「ボス、戻ってきてください。あなたほどの人が、そんな不当な扱いを受ける義理はありません!」 騎兵隊長は食い下がった。 「俺たちは今でも全員まとまっています。ただ、ボスが帰ってこられるのを待っているのです!」


 連合軍の制服。そして男の腕に輝く、装甲のワッペン。 それを見つめながら、オールドマンは笑みを浮かべて話題を切り替えた。 「……お前、装甲車の部隊に転属したのか?」


「ええ、そうです、ボス」 騎兵隊長は左腕のワッペンを誇らしげに引っ張り、事の経緯を語り始めた。 「元々キュリアの上層部は、俺たち騎兵の兄弟や都市防衛兵をバラバラに解体して、自分たちの既存の編成に組み込もうとしていました」


「その時、俺は必死にキュリア側と交渉を重ねました。何とか奴らを説得し、新たな装甲部隊を立ち上げる承認を得たのです。そうしてようやく、元ホンヴァーシャの兄弟たちを俺の元に引き留めることができました。みんな喜んで承諾し、ボスの帰還を共に待ち望んでいました」


「この間、俺も必死にみんなの命を守ろうと、死者を出さないよう手を尽くしてきました。ですが、俺の腕じゃ……到底ボスの足元にも及びません……」


 捲し立てる騎兵隊長の姿を見つめながら、オールドマンの意識は再び過去の記憶へと沈み込んでいく。


「俺一人じゃ、あなたのような真似はできない。ボスが率いてくれなければ、俺たちは……」


 声が次第に小さくなっていく。 騎兵隊長は頭を垂れ、対面のオールドマンを窺った。 返答はない。 窓の外を流れる景色は、いつしか広大な駐屯地へと切り替わっていた。


──────────────────────────────────


 車両が静かに停車する。 騎兵隊長は即座に後方の扉を押し開けて飛び降りると、反対側の扉を開けてオールドマンを恭しくエスコートした。


 二人が駐屯地に足を踏み入れる。 周囲にいた見慣れた顔ぶれ、そして、未だ深く交わったことのない旧都市防衛兵たちが、一斉に信じられないといった表情を浮かべた。


 ざわめきが波のように広がっていく。 駐屯地中の兵士たちが一斉に作業の手を止め、俊敏な動きでオールドマンの前へと集結し、整然と整列した。


 ザッ!! 一糸乱れぬ踏み込み音が響き渡り、全員が直立不動の姿勢で、オールドマンに向かって鮮やかな敬礼を捧げた。


 オールドマンはその光景を見つめ、確信に満ちた表情で静かに頷いた。 「……お前が隊長に就任してから今日に至るまで、こいつらは本当に、心底お前に惚れ込んでついてきたようだな」


「いいえ、ボス……。俺たちは全員、あなたを待っていたのです」 騎兵隊長はオールドマンの正面へと進み出ると、背後の兵士たちと共に再び直立し、敬礼した。


 オールドマンはまず敬礼を返し、ゆっくりと騎兵隊長の前へ歩み寄ると、その肩を力強く掴んだ。 「――そろそろ、若い奴に舵を譲る時間だ」


 あまりに突然の言葉。 騎兵隊長は困惑し、呆然と立ち尽くした。 「え……?」


「なぁ、騎兵隊長。もしお前たちがただ俺の帰りを待つだけだったなら、とっくにめいめい違う部隊へ散り散りになり、俺が戻ってから再集結すれば済む話だったはずだ」 整然と並び立つ装甲兵と歩兵たちを見渡した後、その視線を先頭に立つ男へと戻す。 「だが、お前たちは今日まで、一つにまとまり続けた。……期待以上の働きだ」


「お、俺……そんな、大層な器じゃありませんよ、ボス……!」 騎兵隊長は激しく狼狽し、言葉を詰まらせた。


 慌てふためく部下を見据え、オールドマンは淡々と問いかける。 「お前、俺の下に何年いる?」


「もう、何年にもなります……」


「じゃあ、俺が不在だったこの間、お前は俺を頼ったか?」


 騎兵隊長は戦々恐々として頭を垂れた。 「……いいえ、頼っていません、ボス」


「胸を張れ。俺の目をしっかりと見ろ、騎兵隊長」


 命令。 騎兵隊長は即座に直立不動の姿勢をとり、オールドマンの目を射抜いた。


 オールドマンは腰から軍刀を外し、それを両手で水平に掲げ、騎兵隊長の前へと差し出した。 「この軍刀は、かつて三王子が佩用していたものだ」


「受け取れ。 煌めく星の象徴たるこの遺物は、かつて三王子を支持した貴族たちの心を、再び一つに束ねる契機となる」 オールドマンは厳粛に告げた。 「もし、ホンヴァーシャのあの恩知らずのクソ野郎どもが再び牙を剥くつもりなら……海の民にこの軍刀を見せてやるがいい。奴らは必ず、お前の元へ降るはずだ」


 オールドマンの意図が完全に露わになるにつれ、騎兵隊長は驚愕に目を剥いた。 言葉を失ってその場に硬直し、恐る恐る聞き返す。 「ちょっと……待ってください、ボス。……どういう意味、ですか?」


 オールドマンは軍刀を差し出したまま、真っ直ぐな瞳で答えた。 「ホンヴァーシャは、真に指導者を交代する時が来たのだ。舵を執れ。海の民を率い、海の郷へと帰還するんだ」


 その言葉が孕む衝撃の大きさに、騎兵隊長の顔から一気に血の気が引いた。 「っ、いいえ、俺には……。俺はただの……!」


 オールドマンは軍刀を持つ手をゆっくりと下ろし、居並ぶ兵士たちの前で、諭すように語りかける。 「お前たちは俺の下で長年戦ってきた、俺の自慢の部下たちだ。特にお前は、俺の傍らに就いてから騎兵隊長の重責を背負い、今日まで戦い抜いてきた」


「背後を見てみろ。騎兵団の所属ですらない都市防衛兵たちを、お前は自らの懐に抱くことを選び、彼らもまた今なお、お前に従うことを望んでいる。俺の目に狂いはない」


「真の『王』とは、単に国家を治める者を指すのではない。求心力、そして貴賤を問わず人を惹きつける器量を持つ者こそが、王なのだ」 オールドマンはもう一度、その高貴な軍刀を騎兵隊長の前へと掲げた。


 差し出された美しく輝く軍刀を見つめる騎兵隊長。 彼は慌てて背後の兄弟たちへと振り返った。誰かが、自分を否定する言葉をかけてくれることを期待して――。 しかし、彼の目に飛び込んできたのは、ひたむきな期待と希望に満ちた、彼を真っ直ぐに見つめる仲間たちの眼差しだった。


 未だ立ち尽くす騎兵隊長を前に、オールドマンは背後の兵士たちへと視線を移した。 不敵に口角を吊り上げ、高らかに歌い始める。 「――荒れ狂う怒濤を越え征く船よ、海の民は決して怯まじ。荒波が奏でる我らが歌、帆を張り風を切り裂いて進め――」


 オールドマンの歌声に合わせ、旧騎兵隊の兄弟たちが真っ先に声を合わせた。 やがてかつての都市防衛兵たちまでもが、声を一つに重ね、高らかに歌声を響かせ始める。


『舵を切り、波に舞い、海の民よ共に歌わん(海の民よ、怯むことなかれ) 帆を掲げ、風に乗り、目指すは我らが海の郷(懐かしき我が家へ向けて) 荒れ狂う怒濤を越え征く船よ、海の民は決して怯まじ(我らはかつて怯まざりき) 荒波が奏でる我らが歌、帆を張り風を切り裂いて進め(大波を越えて進め)――』


 歌声の渦の中、兵士たちに幾重にも取り囲まれた騎兵隊長は、信じられない面持ちで周囲を見回した。 「お前たち……」


 騎兵団の一人が、意を決して隊長の肩に手を置く。 「おい、ボスの命令を疑う気か? お前はボスの副官であるだけじゃねぇ。俺たちだって、あの三王子に忠誠を誓った兄弟なんだぜ!」


 騎兵隊長の胸が激しく上下する。 葛藤に苛まれた長い沈黙の末、彼はオールドマンの期待に満ちた眼差しを受け止めた。


 ついに、彼は拳を固く握りしめ、強張った唇を引き結んだ。 胸を張れ、両手を差し出して、その軍刀を恭しく受け止めた。 「……分かりました。全員の期待を、何より……あなたの期待を、決して裏切りません、指揮官! 俺は、この日を一生忘れません……っ!」


 軍刀がその手に渡った瞬間、駐屯地に地鳴りのような大歓声が沸き起こった。 オールドマンは欣快(きんかい)の情を浮かべ、騎兵隊長の腕をがっしりと掴んで、諭すように言った。 「いや。お前はお前らしく、その生き方を貫けばいい。……海の民と、三王子の期待を裏切るんじゃねぇぞ」

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