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【第十一章:真実(二)】

 絶望と困惑を抱え、二人は木造建築を後にした。エルフ議会長は未だ現実を受け入れられない様子で、呟く。 「おお、我が世界樹よ……。民衆から敬仰されるべき智者が……どうしてあんな姿に?」

「よォ――。こりゃあ、かつてのお得意様じゃねぇか。元気してたか?」

 エルフ議会長は眉をひそめ、声のした方へ視線を向ける。向かってくるのは、狂特ゴブリンだった。

「あなたは……獰笑のゴブリンシャーマン? ということは……」 エルフ議会長の脳裏に、オールドマンの傍若無人な顔がフラッシュバックする。

 彼女が言い終わるより早く、狂特ゴブリンが唐突に切り出した。 「あのオークの義肢は、ちゃんと動いてるか?」

 それを聞き、エルフ議会長は無意識に答えてしまう。 「ええ、すべて正常に……って、そうではなく……」

 だが、またしても言葉を遮り、狂特ゴブリンは自分のペースで問い詰める。 「つーか、お前なんでこんなとこにいるんだ?」

「本来は第一学士と面会する予定だったのですが……」 エルフ議会長は、ここへ来た目的と、先ほどの出来事を語り始めた――。

「すべての世界? 奴らは我々であり、我々もまた奴ら……それに、扉……」 狂特ゴブリンは目をぐるぐると回し、独り言をブツブツと呟く。 「なるほどな……。なら、全部辻褄が合うぜ……」

 突如、狂特ゴブリンは閃いたように顔を輝かせた。 「ハッ! アハハッ! あの野郎、見事な怪我の功名じゃねえか!」

 その一部始終を青ざめた顔で見ていたエルフ議会長が、バイ指揮官の耳元でそっと囁く。 「どうしましょう……。この話題に触れると、まるで呪いにかかったように、誰も彼もが狂ってしまうようですわ……」

「ええ、人前でこの話をするのは控えた方がよさそうです……」 深く同意したバイ指揮官も、小声で耳打ちを返す。

 狂特ゴブリンは長く尖った耳をピクピクと動かし、二人に向かって呆れたように白目を剥いた。 「……お前ら、わざとやってんだろ? 丸聞こえだぞ、このクソ野郎どもが……」

「ア、アハハ……。議会長、そういえば私はここの状況を視察しなければならないことを思い出しました。それでは、これにて!」 バイ指揮官は気まずそうに笑って誤魔化すと、脱兎のごとく前線の駐屯地の方角へ逃げ去ってしまった。

 エルフ議会長は、瞬く間に遠ざかるバイ指揮官の背中を死んだ魚の目で見送った。次の瞬間、気まずさを取り繕いながら、狂特ゴブリンへ向き直る。 「ええと、その……」

 彼女の意図を見透かしたかのように、狂特ゴブリンは深いため息をつき、駐屯地近くを指差して吐き捨てた。 「オールドマンなら、その辺の廃屋にいるぜ」

「あ、ああ――。感謝します……」 エルフ議会長は気まずそうに胸元で手を重ねて礼をすると、逃げるように早足でその場を去った。

「チッ、いい歳こいて、どいつもこいつもガキみたいだな……」 狂特ゴブリンは呆れたように白目を剥き、遠ざかるエルフ議会長を見送る。そして、低声でボヤいた。 「扉……他の世界、か。どうも嫌な予感がしやがる……」

 エルフ議会長は駐屯地の外れへとやって来た。狂特ゴブリンの指示を頼りに周囲を見渡しながら歩き、やがて少し離れた場所にある廃屋を見つけ出す。

 廃屋へとゆっくり近づいていくと、木箱を抱えて中へ入ろうとするオールドマンとちょうど出くわした。

 パイプを咥えたオールドマンは、三つの木箱をそれぞれ間隔を空けて床に置く。パンパンと両手を叩き、振り返ったところで、入り口に立つエルフ議会長に気がついた。

 オールドマンは意外そうに片眉を上げ、尋ねた。 「ん? 一体どんな風の吹き回しだ?」

「あなたは相変わらずね。どこに居ても、自分の家のように振る舞うのね」 エルフ議会長はオールドマンをじっと見つめ、自然な足取りで屋内へと足を踏み入れた。

 紫煙をくゆらせながら、オールドマンは腰のポーチから折り畳まれた布を取り出し、手前の木箱の上に敷いて答えた。 「慣れりゃあ、どうってことねぇよ」

 その上にどっこいしょと腰を下ろしたエルフ議会長は、心底呆れたような顔でオールドマンを見つめ、単刀直入に切り出した。 「バイ指揮官のあの不可解な大戦果……まさか、あなたが裏で糸を引いたんじゃありませんよね?」

 それを聞いたオールドマンは、パイプを握ったまま、黙って口角を吊り上げた。

「……やはり、あなたでしたか」

 オールドマンは、すっかりその場に馴染んで座っているエルフ議会長を面白そうに観察し、問いかけた。 「たった数日で、随分と変わったじゃねえか。前はあれこれ文句ばかり垂れてたのに、もうすっかり慣れたのか?」

 オールドマンに集中していたエルフ議会長は、その言葉でハッと我に返り、室内の惨状へと意識を向けた。

 途端に顔面が青ざめ、身をすくませる。丸く見開かれた瞳が、慌てて周囲の劣悪な環境を見回した。 「……ッ! あなた、わざと言いましたね!?」

 オールドマンは意地悪く微笑む。 「いや、ただ不思議に思って聞いてみただけさ。ま、こんな環境じゃあ死にゃしねぇってのは確かだがな」

 エルフ議会長は怒り心頭に発し、勢いよく立ち上がった。 「あなたって人は……!」

 普段の彼女らしからぬ取り乱し方を見て、オールドマンは飄々と問い返す。 「これが『リアル』ってもんだろ?」

 忌々しそうに再び木箱に腰を下ろすエルフ議会長を見つめながら。オールドマンは、知らず知らずのうちに柔らかな笑みを浮かべていた。 「俺と老友ともはいつも、こういう『リアル』な環境で腹を割って話をしたもんだ」

 エルフ議会長は困惑し、信じられないといった様子で片眉を上げた。 「……老友とも?」

(――こんな下品な野蛮人に、友人と呼べる存在がいたの?)

「ホンヴァーシャの三王子さんおうじさ……」

 オールドマンは細く息を吐き出し、咥えていたパイプを外す。コンコンと灰を落とし、静かに昔語りを始めた――。

 空が徐々に茜色に染まっていく。 オールドマンの口から語られた過去を知り、すっかり落ち着きを取り戻したエルフ議会長は、しきりに手を擦り合わせながら答えた。 「私……あなたにそんな過去があったなんて、知らずに……」

 オールドマンは深くため息をつき、自嘲気味に苦笑する。 「全くだ。運命ってのは海と同じで、気分屋だからな」

 俯いていたエルフ議会長が、オールドマンをちらりと見上げて尋ねた。 「では、あなたの唯一の……お子さんは……?」

「ホーリー・グロリア・キュリアで治療を受けてる」 オールドマンは淡々と答える。

「もし平和な時代だったなら、俺は父親として、生涯のすべてを懸けて愛する家族を守り抜いただろうさ。だが、今は違う。俺からの願いは、たった一つだけだ」 言葉を失っている彼女を見つめ、オールドマンは言葉を継いだ。 「あいつの面倒を見てやってくれ」

「……え? はあ!?」 唐突すぎる頼みに、エルフ議会長は一瞬、言葉を失った。

 オールドマンは真剣な眼差しで、エルフ議会長を真っ直ぐに見据える。 「軍人である以上、俺たちの命運はもはや自分自身の手に握られちゃいねぇ。あんたなら、痛いほど分かってるはずだ」

「それは……」 エルフ議会長の脳裏に、突如として自身の夫の姿が過ぎる。知らず知らずのうちに、彼女の目頭が赤く染まっていた。

 オールドマンは身を乗り出し、両膝の上で手を組んだ。 「無理を承知で頼んでる。だが、未来を切り開ける希望は、あんたしかいねぇんだ」

 エルフ議会長は慌てて目元をこすり、狼狽しながら聞き返した。 「ちょっと待ってください。あなた、そこまで私を信用しているのですか?」

 オールドマンの瞳に冷ややかな光が宿り、淡々と答える。 「俺は無駄な下調べはしねぇ。あんたも、自分の娘に希望ある未来を残してやりたいんだろ? それが親の『本能』ってもんだ」

 誰にも明かしていないはずの底の底まで見透かされ、エルフ議会長の背筋にゾクリと氷のような悪寒が走る。彼女は強い嫌悪感を抱き、思わず身震いした。 「あなた……」

「忘れるな。俺は元ホンヴァーシャの指揮官だ。情報把握は基本中の基本だからな」 オールドマンは珍しく、敵意のない穏やかな微笑を浮かべた。 「あんたには指導者としての経験があるし、旦那は俺と同業者だ。なら、軍人にとって価値の高い情報が、どれほど重要で、そう簡単に漏らすべきじゃないってことは分かってるはずだ。だが……俺たちは今『リアル』の場に立っている。だからこそ、俺は全てを包み隠さず話すことを選んだ……」

「よォ――。人間とエルフが一つ屋根の下でイチャイチャ逢引きか? 乱世じゃなけりゃ、とっくに火あぶりだぜ」

 入り口から、空気を読まない狂特ゴブリンの声が割り込み、二人の会話を断ち切った。

 オールドマンは入り口の狂特ゴブリンを見遣り、片眉を上げて問う。 「どうした? 調べ物は済んだのか?」

 狂特ゴブリンはオールドマンを睨みつけ、からかうように言った。 「ハッ! あの野郎、感心するぜ。お前が適当に吹き飛ばしたアレ、敵の超重要施設だったらしいな」

 二人の声が、ピタリと重なる。 「「超重要施設?」」

 完璧にハモった二人の反応に、狂特ゴブリンは一瞬ポカンとし、死んだ魚のような目で問い返した。 「……お前ら、魂までフュージョンしたのか?」

 傍らのエルフ議会長は気まずさに顔を真っ赤に染め、オールドマンはただ静かに狂特ゴブリンを見つめ返した。

 それを見た狂特ゴブリンは、後頭部を掻きながら説明を続ける。 「分かった分かった。深淵アビスの連中が無限に湧いてくる件についてだ。昨日、お前は奴らの『大元』を吹き飛ばしたんだよ」

 それを聞き、二人は再び全く同じ質問を投げかけた。 「「どういう意味だ(ですか)?」」

 狂特ゴブリンはますます死んだ目で二人を見据え、答える。 「……文字通りの意味だよ。あのバケモノどもは、虚空から湧いてるわけじゃねえ。何らかの……『扉』を通って、俺たちの世界に侵入してきてるんだ。この世界での消耗を補うために、奴らは『扉』を構築して、こっちへ転送してくる必要があるってことだ」

「要するに、奴らは我々の世界に属さない外来者であり、我々を模倣する外来生物だと?」

「そ、それこそが私がここへ来た理由です。第一学士の記録や、研究ノートなどを手に入れたいのですが」

 狂特ゴブリンがそう言うと、オールドマンとゴブリンは申し合わせたかのように、同時にエルフ議会長へ視線を向けた。

 唐突に二つの視線を浴び、エルフ議会長は慌てて口を開く。 「な、なんで私を見るのです!? 私が第一学士にノートを提出しろと要求できるわけがありません……」

 狂特ゴブリンは目を細め、訝しげに問う。 「お前、議会長なんだろ?」

 エルフ議会長は白目を剥いて答えた。 「議会長とはいえ、そんな権限はありません! それに、彼はエルフの第一学士です。ある意味では、私よりも権威があるのですよ……」

 それを聞いたオールドマンは少し思案すると、狂特ゴブリンに視線を向けた。 「……恋銃癖の奴を見つけ出せるか?」

 エルフ議会長は呆気にとられ、思わず口を挟んだ。 「ガ、恋銃癖?」

 オールドマンは片眉を上げ、エルフ議会長へ振り返る。 「議会で俺が四番目に指名した、あのハイエルフだよ」

 それを聞いたエルフ議会長は、返す言葉を失い、口を半開きにしたまま死んだ魚の目になった。

「奴を見つけて、こう伝えろ。『第一学士って奴の手元に、俺たちが必要な情報がある。手段は問わん、何が何でも手に入れろ』とな」

 その言葉に、エルフ議会長と狂特ゴブリンは脱力し、思わず声を揃えた。 「「……あんた(あなた)、『一線』って概念はねぇのか(ありませんの)……?」」

 大あくびを一つしたオールドマンは、全く悪びれる様子もなく肩をすくめた。 「ねぇな」

「……やってられねぇ。ま、恋銃癖は俺が探してやるよ」 ゴブリンは呆れて白目を剥いた後、真剣な眼差しでエルフ議会長を見据えた。 「だが、ここへ来たのにはもう一つ理由がある。議会長がいるなら丁度いい、俺の推測を聞いておけ」

「二人とも、警戒を怠るな。昨日、深淵アビスの連中が建設していたあのアーチ状の『扉』……あれは、一つだけじゃねえ可能性が高い」

 言い捨てるなり、狂特ゴブリンは身を翻して去っていった。 木造建築の中に、長い沈黙が降り下りる。 やがて、深く考え込んでいたエルフ議会長が立ち上がり、静寂を破った。 「もしこの情報が事実なら……。近いうちに軍官を召集し、この件について協議しなければなりませんね」

(――海の郷……戦場の最後方に現れた『扉』……)

「それから、腹黒い野蛮人さん。他人の腹の底を覗き見るのは無礼な行為です。……ですが、あなたのその勇気と率直さには、敬意と感謝を表します。同時に、無条件であなたを信じてくれる人が過去にいたこと……少し、羨ましくもありますわ」

 オールドマンは、去っていくエルフ議会長の背中を静かに見送った。 腰のポーチから砲撃の記録ノートと、バイ指揮官が署名した書類を取り出す。サインを擦り消すと、彼はその紙の上に、黙々と船の図面を描き始めた。

「ホンヴァーシャ……俺たちの、海の郷……」

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