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【第十一章:真実(ㄧ)】

 対岸から絶え間なく爆発音が響く中。恋銃癖は虚ろな目で、連合軍の塹壕に辿り着いたばかりのオールドマン一行を見つめていた。

「おい……お前ら、一体何をやらかしたんだ……。こんなド派手な騒ぎを起こしやがって」

「ハッ、最高の、ショーだったぜ!」狂特ハイエナは興奮冷めやらぬ様子で、恋銃癖に向かって親指を立てる。

「ケケケッ……ベイビー、まだまだ遊びたい」 トロルの肩から飛び降りた狂特ゴブリン。彼は不機嫌そうにオールドマンを指差し、言い放つ。 「このイカれた親玉ボスが、どんな狂った真似をしたか聞いてみるんだな」

 呼吸を整えながら、オールドマンは全身の筋を伸ばす。彼は満足げに息をついた。 「……いやぁ、久々にいい汗をかいたぜ。気分爽快だ」

「さて、お前ら。激しい運動の後は、ゆっくり休むとしようや」 歓喜のどよめきを背景に、オールドマンは仲間たちを見渡す。 「ゴブリン。アレが何なのか、きっちり調べ上げてくれ。その間、吉報を待ってるぜ。正体が分かり次第、ホーリー・グロリア・キュリアへ向かう」

 狂特戦隊が解散すると、オールドマンは一人、野営の場所を探し歩いた。

 駐屯地から少し離れた場所。 オールドマンは腰に手を当て、天窓の開いたゴブリンの廃屋を見上げた。 周辺から雑草を集め、焚き火を起こす。その周囲に草を敷き詰め、乾燥するのを待った。

 刻一刻と時間が過ぎていく。 深夜。静まり返った廃屋には、もはや他の気配はない。 オールドマンは乾いた雑草を屋内に運び込んで寝床を作ると、そのまま床に横たわった。

 険しい表情のまま、オールドマンは満天の星空をただ静かに見つめる――。

(――このまま順調に進めば……すぐにまた会えるさ……)

 翌朝。ハイ領のオフィスビルの窓から、再び陽光が差し込む。 執務室で寝泊まりしていたバイ指揮官は、ソファの上でゆっくりと目を覚ました。 寝食を忘れて働き詰めだった彼は、一旦半休を取り、家族の顔を見に帰宅することにした。

 軍外套コートを手に取り、執務室を一歩出た瞬間。 ワッ! と、凄まじい拍手が湧き起こった。

「バイ指揮官! さすがは我が軍の軍神だ! 見事な先見の明でした!」

「あの素晴らしい采配、さすがはバイの常勝指揮官殿です!」

「お見事でした! あの面制圧の命令、感服いたしましたぞ!」

「……あ? は……?」 祝福の言葉を浴びせてくる同僚たちを前に、バイ指揮官は呆然と立ち尽くした。 未だに夢でも見ているのではないかと、頭の中が真っ白になる。

「よくやった。さすがはバイの得物だ。かつての王朝の期待に違わぬ働きだったぞ」

 同僚たちが道を開ける。 人波の中から現れたのは、見間違えようのない見慣れた人物だった。

 バイ指揮官は即座に片膝をつき、声を張り上げた。 「我が王よ!」

 バイ議会長は屈み込み、バイ指揮官を助け起こす。 「おいおい――立て。それは旧制度の話だ。今の私は王ではなく、議会長の身分だからな」

 バイ議会長の傍らに姿を見せたエルフ議会長が、微笑みながら称賛した。 「完璧な判断でしたわ、バイ指揮官。あなたのおかげで、ノルド戦線と連合帝国のパイプラインにかかる負担が大きく軽減されました」

 バイ議会長は誇らしげにエルフ議会長を見遣ると、言葉を継ぐ。 「おお、本題を忘れるところだった。バイ指揮官、君にはエルフ議会長に同行し、ノルド戦線にてエルフの第一学士と面会してもらいたい」

 言いながら、彼は困惑しきっているバイ指揮官の肩を豪快に叩いた。 「帝国学者と第一学士が、この間に深淵アビスについて新たな発見をしたそうだ。指揮官である君も、現状を把握しておく必要があるだろう」

 家族に別れを告げ、家を出る。 門前で待機していたエルフ議会長を目にした途端、バイ指揮官は冷や汗を滝のように流した。 早足で彼女の傍に寄り、声を潜める。 「……エルフ議会長。正直に申し上げますと、私……何が起こっているのかサッパリ分からないのですが……」

 二人は送迎用の車両に乗り込んだ。 道中、気まずい沈黙サイレンスが続く。 二人の脳裏には、図らずも同じ顔が浮かんでいた。――一日中パイプを咥え、糸目を細めているあの男の顔が。

 エルフ議会長は虚ろな目で、重い口を開いた。 「……いいでしょう。この功績は、あなたが受け取っておきなさい。私の方で彼とコンタクトを取り、事の真相を突き止めますから」

 完全に目が死んでいるバイ指揮官は、どうすることもできず、引きつった笑みを浮かべて頷いた。 「は、はい……承知いたしました……」

(――あの野郎……まさかこれが、奴の言う『叩き返す』ってやつなのか……?)

 灼熱の太陽が天頂へと昇る頃。 獰笑の疆域スマイル・ドメインに到着した車両は、ノルド戦線に隣接する村落へと静かに滑り込み、停車した。

 先に降車したバイ指揮官は、痛む尻を押さえながら小声で愚痴をこぼした。 「おお、我が聖光よ……。この酷い悪路のおかげで、骨盤が砕け散るかと思いましたよ……」

 最後に降りてきたエルフ議会長が、ピンと尖った耳を揺らす。 彼女はコホンと咳払いをすると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、座席から持ち出したクッションを、バイ指揮官の目の前でひらひらと揺らしてみせた。

 それを見たバイ指揮官は、死んだ魚のような目でボヤいた。 「……ええ、全くです。どうして思いつかなかったんでしょうね……」

 軍の管轄下にある村落を歩く。 行き交う多種多様な種族の軍人や民間人は、二人の姿を認めるなり作業の手を止め、恭しく敬礼を捧げた。

 その時。ハイエルフとは明らかに外見の異なる帝国エルフの学者が、足早に二人へ駆け寄ってきた。

 彼は深く一礼すると、二人を先導しながら口を開く。 「失礼いたします、お二方。連合帝国の学者として、貴国の指導者ならびに指揮官殿にお目にかかれたこと、大変光栄に存じます」

「どうかお気になさらず。海の向こうから遥々お越しいただき、ご協力くださっているあなた方こそ、さぞお疲れでしょう」 エルフ議会長は柔和な笑みを浮かべ、気遣うように尋ねた。 「第一学士の近況はいかがですか?」

 その問いに、帝国学者は途端に言葉を詰まらせた。 「そ、それは……。お二方には、どうか相応の心の準備をしていただきたいと……。大博学者殿は、その……」

 彼はそれ以上は語らず、ただ痛ましい顔つきで二人を案内し、巨大な円形の木造建築の前へと辿り着いた。

 屋内に足を踏み入れる。 吹き抜け構造の広大な空間には、議会と帝国から派遣された学者たちがひしめき合い、喧々諤々の議論が飛び交っていた。

 帝国エルフの学者は二人を客席へと案内し、手で着席を促す。 その後、議論を交わしている数名の学者の輪へ向かい、帝国人間の学者と何事か低声で言葉を交わした。

 それを聞いた人間の学者が、エルフ議会長の前へと進み出る。 「閣下、少々お待ちください。今、大博学者殿をお呼びしてまいります」

 言い終えると、人間の学者は二階へと上がり、一室の扉を押し開けた。 やがて――彼女は第一学士を抱え歩き、ゆっくりと部屋から姿を現した……。

 薄くなった頭髪、落ち窪んだ両目、異常に突き出た頬骨。 変わり果てた第一学士の姿に、二人は愕然とした。 エルフ議会長は慌てて立ち上がり、第一学士の元へ駆け寄る。 「大博学者殿。その……ひどくお加減が悪いようですが……」

「平気だ、平気だよ、お嬢ちゃん。……これは、全ての者の常識を根底から覆すものだ……」 第一学士の焦点の合わない目が、宙を彷徨う。 彼は目の前の議会長など見えていないかのように、不気味な薄笑いを浮かべてブツブツと呟き続けた。 「いや、世界だ。違う、すべての世界だ……」

 エルフ議会長と人間の学者がかり出され、第一学士を椅子に座らせる。 だが、彼の意識が対面の二人に向けられることは一度もなかった。ひたすらに独り言を垂れ流す。 「おお、我が世界樹よ。奴らは我々であり、我々もまた奴らなのだ……」

「誰かが扉を開け放った。決して越えてはならぬ、あの扉を……。一体誰が開けたというのだ……」

 錯乱しきった第一学士の様子を前に、エルフ議会長は胸を痛めながら訴えた。 「大博学者殿。やはり状態が酷すぎます。一度ハイへと戻られ……っ」

「黙れッ! この未亡人が!」 突如、第一学士がヒステリックに絶叫する。 しかし次の瞬間には、再びブツブツと陰湿な囁き声へと戻っていた。 「我々は個ではない……。すべては仕組まれていたのだ……。我々の存在など、滑稽な茶番に過ぎん……ハッ」

「違う、違う違う違うッ……! そうだ! 扉だ! 扉があるッ! 純浄の世界も、真新しい世界も存在する……! フフッ、ただ扉を見つけさえすれば……ッ」

 これ以上は話にならないと悟ったバイ指揮官。 彼は、絶句しているエルフ議会長の背中をそっと叩き、耳打ちした。 「……議会長。我々は、一度席を外した方がよさそうです……」


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