【第十章:Showtime(二)】
――前方で三人が声を殺して作戦会議をしている最中。 後方で退屈しきっていた双頭のトロルは、貰ったばかりの新しい『玩具』を一人でいじり回していた。
ギュイイイィン――。 低く重い機械の駆動音と共に、束ねられた金属の銃身がゆっくりと回転を始めた。
それを見たトロルは、満面の笑みで勢いよく立ち上がった。新しい玩具をダディに見せたくて仕方がないのだ。
だが、あろうことか。 その重厚な銃口は真っ直ぐに前方の深淵の陣地に向けられていた。興奮のあまり、丸太のような太い指が、引き金をそっと押し込んでしまう……。
ズガガガガガガッ!!
鼓膜を劈く連続発射音。赤とオレンジの火線が、瞬きする間もなくアーチ状の建造物周辺のアビスどもへと嵐のように降り注いだ。
「あははっ! シャボン玉……! いっぱいシャボン玉、紫のお友達にとんでったぁ!」
唐突すぎる暴発と、顔を照らし出す強烈なフラッシュ。 オールドマンは一瞬呆気にとられたが、すぐに腹の底から大爆笑して称賛の声を上げた。
「アハハハッ! いいぞ! 最高だ! 続けろ、ベビー! そのシャボン玉を、残らず紫のお友達どもにプレゼントしてやれ!」
「今のうちに、あの建造物周辺の敵を片付けるぞ!」 オールドマンは即座に立ち上がり、号令を飛ばした。 腰のポーチからキャンディーを一つ取り出し、トロルへと投げ渡す。 「ベビー! 前へ出ろ! もっと紫のお友達にシャボン玉を撃ち込んでやれ!」
「アメちゃん! アハハッ~! ベビー、アメちゃん食べる! だいすき!」 キャンディーを受け取り、包み紙ごと口へ放り込んだトロルは、もう笑いが止まらない。
「あそぶ~! ベビー、紫のお友達といっぱいあそぶぅ!」 完全にトランス状態に陥ったトロルは、雪崩れ込んでくるアビスの群れに向けて、再び狂ったように引き金を引いた。
オールドマンは背中の『クズの真髄』を構え、水晶を叩き込みながら前進する。 「ゴブリン! 今のうちに爆薬をセットしろ! とっととぶっ壊して、残骸を拾ったら即撤収だ!」
「元素の精霊様も頭抱えるぜ! てめぇら全員イカれてやがる! アハハハッ! マジでメチャクチャじゃねぇか!」 半ばヤケクソで発狂したゴブリンは、もはや隠密行動などどうでもよくなり、弾幕の嵐の中を建造物へと一直線に走る。背中の金属箱から爆薬を取り出し、アーチの支柱の根元へ次々と貼り付けていった。
「爆発するぞ!!」 ゴブリンが喉が裂けんばかりの金切り声を上げる。
一行が即座に建造物から距離を取った直後。 凄まじい爆音が轟き、巨大なアーチが轟音と共に崩れ落ちた。ゴブリンはすぐさま、もうもうと立ち込める粉塵の中へと飛び込んでいく。
一行は空き地を駆け回り、生き残った守備兵を片っ端から掃討していく。 オールドマンが『クズの真髄』の至近射撃で敵を粉砕した直後。視界(POV)の端で、一匹のアビスが戦域から離脱し、敵の集結地点へと走っていくのが見えた。
「急げ! 援軍を呼びにいきやがったぞ!」オールドマンが怒鳴る。
「急かすな! このガレキの材質を判別して持って帰らなきゃ、ただのゴミ拾いになっちまうんだよ!」 ゴブリンは瓦礫の山を必死に引っ掻き回し、使えそうな部品を次々と金属箱へと放り込む。
「よし! コンプリートだ! ズラかるぞ!」 ゴブリンが瓦礫から飛び出し、オールドマンたちの元へ駆け戻ってきた。
一方の双頭のトロルは、回転の止まったガトリング砲を力任せに振って、しょんぼりとした顔で皆を見回していた。 「オモチャ……こわれたぁ……」
「チィッ――」 ゴブリンは舌打ちをして天を仰ぎ、慌ててトロルの横へ駆け寄る。腰の弾帯から新しい魔法水晶を引き抜き、エネルギーの尽きた水晶と素早く交換した。
再び鈍い回転音を立て始めた武器を見て、トロルはパッと顔を輝かせる。 「オモチャ! なったぁ!」
オールドマンは微笑み、トロルへ優しく指示を出す。 「ベビー。……ゴブリンを、おんぶしてやれ。紫のお友達を見つけたら、またシャボン玉をプレゼントするんだ」
それを聞いたトロルは、空いている片手でゴブリンをひょいっと摘み上げ、自分の肩の上へちょこんと乗せた。 「ちっちゃいカゾク、オモチャなおした。ベビーが、おんぶする」
オールドマンは空を見上げる。西のドワーフ群山へ向けて、太陽がゆっくりと沈みかけていた。 「いいか。敵の集結地点の側面を一直線に突っ切って、味方の陣地まで戻るぞ。絶対に足を止めるな」
トロルの肩の上で、ゴブリンは目を丸くした。 「正気か!? 敵のど真ん中をかすめて逃げるバカがどこにいる!」
東へ向けて走り出しながら、オールドマンは手元の武器に新しい水晶を叩き込み、平然と答える。 「さっき逃がしたアビスが、確実に集結地点の兵力をこっちへ引き連れてくる。奴らの兵力が分散しちまったら、『花火』の意味がなくなるんだよ」
激しい縦揺れに耐えながら、ゴブリンは叫ぶ。 「だから、そのふざけた『花火』ってのが何なのか説明しろって言ってんだよ!」
オールドマンはチッと舌を鳴らし、ようやく種明かしをした。 「南方の重砲陣地が、黄昏時に一斉射撃を開始する。あそこに集まった紫のクソ野郎どもを、一網打尽に消し飛ばす算段だ」
その言葉を聞いた瞬間、ゴブリンは目玉がこぼれ落ちそうなほど見開き、狂ったように絶叫した。 「この救いようのないドクズがァァッ!! てめぇ、俺たちを砲撃の着弾座標のど真ん中へ走らせる気か! 極限の逃避行じゃねぇか!」
ハイエナは脚本の意図を完全に理解し、走りながら狂ったように笑う。 「アハハハッ! 前代未聞の、極上の、芝居だぜ!!」
「黙れ、このクソ犬! 死にてぇなら一人でそこで的にでもなってろ!」ゴブリンが金切り声を上げる。
遠方から、地を揺るがすような大群の足音が迫ってくる。 オールドマンは『クズの真髄』を構え、さらに加速しながら吠えた。 「無駄口叩いてる暇はねぇ! 邪魔な敵だけをブチ抜いて、陣地まで全力で走れ!」
「ベビー! かけっこだ! 誰が、一番早いか、競争だぞ!」
「ベビー、かけっこ、だぁいすき!」 トロルは肩のゴブリンを揺らしながら、歩幅を大きくして爆走を始めた。
「ベビー! 忘れるな! シャボン玉だ! 近づいてくる、紫のお友達に、プレゼントしてやれ!」
振り落とされまいと必死にしがみつくゴブリンは、ヤケクソで片手を前方へ突き出す。 地面の岩塊がそれに呼応して宙へ浮かび上がり、積み重なって巨大なトーテム柱を形成した。 トーテム柱が激しく震動し、周囲の砕石を次々と弾丸のように撃ち出し、迫り来るアビスどもを粉砕していく。
「あははっ! ベビー、わすれてないよ!」 トロルも大喜びでガトリング砲を乱射し、側面から押し寄せるアビスの群れに火の雨を降らせた。
退却の道中。一行は津波のように押し寄せる深淵の追撃を振り切りながら、息をつく暇もなく戦区の無人地帯へと駆け抜けていく。
ついに無人地帯へと踏み込んだ瞬間。 連軍の塹壕の方角から、一筋の鋭い熱線が一行の頭上をかすめて飛来し、背後に迫っていたアビスの頭部を正確に打ち抜いて粉砕した。
「アハハッ! さすがだぜ、恋銃癖!」 援護射撃を確認し、オールドマンは走りながら大声で笑った。
その直後。 遠方の空から、空間を切り裂くような「ヒュオォォォンッ」という濃密な飛来音がこだまする。 数秒後。一行の背後の空間が、凄まじい閃光と共に次々と爆発んだ。鼓膜を破るほどの爆音と、天を衝くような土砂が後方に巻き上がる。
「走れ! この泥土の肥料になりたくなきゃ、死ぬ気で走るんだな!」 オールドマンの狂ったような高笑いが響き渡る。
連軍の塹壕からは、夜空を焦がす爆炎と砲撃の嵐に呼応して、兵士たちの歓喜の雄叫びと歓声が沸き起こっていた――。




