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【第九章:狂特戦隊】

『――こちらは獰笑どうしょう疆域きょういき東北側、ノルド回廊戦線! 現在、第二波アビスの猛攻を阻止中! 前線の残弾が逼迫ひっぱくしている! 後方、大至急補給を――ザーッ、ツーツー――』

 木箱のラジオから流れる断続的な悲鳴を、軍需品と共に荷台に押し込められた面々は静かに聴き入っていた。  荷台の縁に背を預け、パイプの白煙を吐き出したオールドマンが不意に口を開いた。 「……あそこへ、ちょっと寄り道してみるか」

 ゴブリンが片眉を跳ね上げる。 「あァ? ホリ・グロへ向行むかうんじゃねぇのかよ?」

 トラックの横揺れに身を任せ、オールドマンは不敵に笑った。 「焦るな。どのみち近くまで来てるんだ、まずはあの回廊を拝みに行こうじゃねぇか」

 トラックが分岐点に差し掛かったところで一行は荷台を飛び降り、獰笑ゴブリンの境内に新しく切り拓かれた泥道を進み始めた。  オールドマンは湿った森の空気を深く吸い込み、隣のゴブリンを振り返る。 「故郷の風ってのは、どんな味がする?」

 背嚢はいのうにラジオを括り付けたゴブリンは、オールドマンを激しく白眼視し、吐き捨てるように言った。 「どんな味だと? クソみてぇな味に決まってんだろ。せいぜい、ウチの老害どもがようやく時代テクノロジーに追いつく気になって、この道を切り拓いたことだけは褒めてやるがな」

 そのトゲのある語気から何かを察した恋銃癖が、怪訝そうに口を挟む。 「……聴けば、お前は同族と深刻な確執があるようだな?」

 オールドマンは面白そうに恋銃癖を見やり、親指でゴブリンを指した。 「こいつはな、かつて族内でトンでもねぇ『褻瀆けとく』をしでかして追放された身なのさ」

 恋銃癖がゴブリンに視線を移し、さらに眉をひそめる。 「トンでもねぇ褻瀆だと?」

 オールドマンが低く笑う。 「ゴブリンの学術的結論、ってやつさ」

 恋銃癖は驚愕し、まじまじとゴブリンを見つめた。 「……待て。あの『学術論文』の著者は、まさかお前なのか!?」

 ゴブリンはうんざりしたように鼻を鳴らす。 「じゃなきゃ、エルフの第一学士様がこんな泥臭い論文を書くとでも思ったかよ?」

 恋銃癖は過去の記憶を反芻はんすうするように呟いた。 「私の教授がその訳本を読んだ時、大絶賛していた……。あの革新的な構想を、ずっと天才の仕業だと称えていたぞ」

「……だったら、俺がエルフに生まれなかったことを神に呪うべきかね?」  ゴブリンは溜息をつき、首を振った。 「所詮はただの事実の羅列だ。何が天才だ、大袈裟な」

 トロルの肩に乗ったハイエナが、退屈そうに尾を揺らしてぼやいた。 「あァ~……つまらん。……ハナシの、中身が、さっぱり、分からん……」

 ゴブリンが振り返り、わざと平易な言葉を選んで突き放す。 「だったら、お前……今からでも、死ぬ気で、交易語を、勉強わからせろ」

「おい! そこの連中! そんな場所で何をしてやがる!」

 轟音じみた発動機の咆哮と共に、後方から鋭い怒声が響いた。  無限軌道キャタピラが砕石を噛み砕く「パラ」という騒音を響かせ、砲車タンクを先頭にした車隊が、オールドマンたちの歩調に合わせて滑り込んできたのだ。

 砲塔のハッチから半身を出したバイの軍官が、まずはオールドマンの肩の軍外套コートへ鋭い視線を走らせ、次いでその後方に控える、重武装でありながら奇妙極まりない異族の隊列を怪訝そうに見分サーチした。

 オールドマンは目的地の北東を指差し、軍官を見上げた。 「ノルド回廊の緊急打電を拾い上げてな。今からそこへ乗り込むところだ」

「ノルド回廊だと?」  バイ軍官は一瞬険しい顔で黙考し、すぐさま得心がいったように応じた。 「あァ、あそこの戦況は確かに最悪だ。だが案ずるな、俺たちの後続の砲兵梯団が間もなく増援として現地へ突入する」

 その言葉から情報を引き出したオールドマンが、さらに探りを入れる。 「なら、あんたらはどこへ行く?」

 軍官は誇らしげに胸を張った。 「俺たちはノルド回廊の南側要地へ赴く。聖耀廷ホーリー・グロリア・キュリアとゴブリンの連軍が失地を奪還したため、上層部の命令でそこに重砲ラインを並べ、堅牢な陣地を構築する任務だ。次の下命があるまでな」

 それにしても、目の前の部隊の組み合わせはあまりに不自然だ。軍官はついに好奇心を抑えきれず、身を乗り出した。 「して……将校閣下オフィサー、あんたらの部隊の所属はどちらで?」

「どこにも属しちゃいねぇよ。ただの独立特殊編隊ブラフさ。名前は……」  オールドマンはパイプを咥え直して数秒考え、不敵に笑った。 「『狂特戦隊きょうとくせんたい』とでも呼んでくれ」

 軍官が呆気にとられるのも構わず、オールドマンは車隊の後方に牽引されている新式の武装デバイスへ視線を走らせた。 「それより、後ろの火砲……俺が知ってる砲筒より、随分と長くて太ぇな?」

 バイ軍官は振り返り、自慢の砲身を見つめて微笑んだ。 「あァ、そいつかい? ドワーフの呑んだくれどもが砲身を延伸カスタムしやがってね。おかげで火力の覆滅範囲アウトレンジが広がり、さらに遠くのバケモノをブチ抜けるようになったのさ」

 オールドマンはポケットから火焔水晶を取り出してパイプに点火し、その真新しい重火器を観察しながら紫煙を吐き出した。 「……世界滅亡の危機ってのは、技術の躍進には絶好のスパイスだな、あァ?」

「全くだ、誰が予想できた? かつての宿敵同士が、こうして手を組んで化け物を迎え撃つなんてな」  軍官は深く感慨に耽った後、快活に提案した。 「ノルド回廊へ向かうなら、荷台に乗りな。途中まで送ってやるぜ」

「そいつはありがたい」  オールドマンが笑って応じると、軍官は巨体を震わせている双頭のトロルを一瞥し、砲塔の後方を指差した。 「……そのトロルが発動機の熱と爆音に耐えられるなら、車両の真後ろにどっかりと座らせな」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」  オールドマンが首を振ると、小隊の面々は手慣れた動作で車隊へと乗り込んでいった。

 ズシン、と双頭のトロルが砲車の後部に腰を下ろした瞬間、凄まじい重量で車体が大きく後傾し、車頭がまるで傲慢に顎を突き出すかのように跳ね上がった。  想定外の事態にバイ軍官は肝を冷やし、車両の足回りを慌てて確認した後、オールドマンに向けて気まずい苦笑いを浮かべた。 「……この猛獣ビークルが、動いてくれることを祈るよ」

 軍官は上体を屈め、運転席の伝令へ怒鳴った。 「前進(進め)!」

 車尾の発動機が激しく喘振ぜんしんし、排気管からどす黒い煙が噴き出す。砲車は重々しく進み始め、やがて小道の分岐点へと到達し、静かに停車した。  バイ軍官がハッチから身を乗り出し、オールドマンたちが下車したのを確認すると、北東の深い森を指差した。 「この隠し通路を進めばノルド商行大道に出る。だが、ここから先はマジで戦区(地獄)だ。くれぐれも警戒を怠るなよ」

 オールドマンは片手を軽く挙げた。 「分かってるさ。あんたたちも、武運をな」

 軍官は制帽の縁を軽く指で弾いて微笑むと、ハッチをバタンと閉め、内側からロックをかけた。  車隊が東南の砂塵の彼方へ消え去るのを見届け、オールドマンは鋭い眼光で北の森を射抜いた。 「……よし、行くぞ」

 樹林の境界に沿って進むにつれ、一行の視界に入ってくるのは、砕け散った紫色の残骸だけではなかった。装甲を引き裂かれたゴブリン兵の遺体や、泥に塗れた冷兵器が、あちこちに散乱していた。  それらの遺骸は、まるで飽きられて打ち捨てられた人形のように不規則に転がり、腐敗の臭気を放ち始めている。

 恋銃癖がその凄惨な光景に息を呑み、静かにぼやいた。 「……ひどい有様だな」

 ゴブリンは同族の死骸を冷徹に見下ろし、淡々と答えた。 「だろうな」

 オールドマンは周囲の動向から目を離さず、深く黙考した後、人差し指と中指を併せて西の深林を指し示した。 「これ以上境界を進むのは危険だ。もっと森の深部へPOV(視角)を切り替えるぞ」

 沼地特有の植物が足元を濡らし始める。死臭の代わりに、機械の壊れた残骸の比率が次第に増していく――。

「おい! そこの人間! それと……!」

 草むらから、擬装網(植被)を纏ったゴブリン兵が長槍を構えて跳ね起きた。その顔はゴブリン特有の歪な笑みに固定されている。  だが、一行の姿を認識した瞬間、その台詞は途中で凍りついた。ゴブリン兵は激しく頭を振り、半ば狂乱気味に怒鳴った。 「あァ、もう細かいことはどうでもいい! てめぇら狂ってんのか!? ここは警戒区域だ、死にてぇのかよ!」

「兵士、落ち着きな」  オールドマンは両手を軽く挙げ、淡々と説明した。 「道が死体で埋まっててな。安全を確保するためには、ここを通り抜けるしかなかったのさ」

 ゴブリン兵の視線がオールドマンの肩の軍外套コートへ走り、その軍銜を確認すると、ようやく長槍を下ろした。しかし、その顔には驚愕の色が隠せない。 「元素の精霊様もたまげるぜ……。俺たちがここに仕掛けた大量のギミックを、こいつら一体どうやって無傷で通り抜けやがったんだ……」

 オールドマンはパイプを外し、歩んできた泥道を見つめて不敵に笑った。 「……不幸なことにな、聖光ホーリーライトってやつは、俺たちみたいなクズを歓迎しねぇのさ」

 ゴブリン兵が歩み寄り、不審そうに尋ねる。 「で、こんな場所へ何をしに来た?」

「ノルド回廊の戦線が逼迫してると聞いてな。助太刀に来たのさ」

「あそこはマジでヤバい……。東大陸の帝国エンパイアからも精鋭が救援に駆けつけてるが」  ゴブリン兵は顔を引き攣らせて言葉を継いだ。 「あの紫のバケモノども、無限増殖わくみたいに次から次へと突撃チャージを仕掛けてきやがる。新型兵器があっても、あの物量にゃ押し潰されそうだ。敵も味方も、あそこの重要性を完全に理解してやがる……」

「……だからこそ、俺たちが来たんだよ」  オールドマンは兵士の言葉を遮り、不敵に笑って部下たちを振り返った。

 ゴブリン兵はしばしその奇妙な小隊を凝視していたが、やがて諦めたように顎をしゃくった。 「……チッ、分かったよ。前線の本陣キャンプまで案内してやる。ついてきな」

 *

 案内された本陣は、無秩序に張られた天幕と、行き交う兵士たちの喧騒で混沌カオスとしていた。  一画には血塗れの包帯を巻かれた負傷兵が溢れ返り、忙しなく動き回る衛生兵たちの顔には、色濃い疲労と絶望が張り付いている。

 オールドマンはその死気沈沈(生気のない)とした光景を見つめ、案内人のゴブリンに尋ねた。 「紫のバケモノどもに、防衛線を破られたか?」

「奴らの命をドブに捨てるような波状攻撃だ、新式武器があっても接近を許しちまう」  兵士は忌々しそうに焦土の先を睨んだ。 「今はまだ耐えてるが、水晶のエネルギーと弾薬の消費スピードが異常だ。あと何時間持ちこたえられるか、神のみぞ知るってやつさ」

 オールドマンは辺りをぐるりと見回し、平然と尋ねた。 「……ここの『親玉ボス』はどこだ?」

「ボス?」  兵士は一瞬呆気にとられたが、すぐに一番大きな天幕を指差した。 「営長(大隊長)のことなら、あの中央の大きな指揮幕だ。中にいるはずだぜ」

 オールドマンは頷くや否や、迷いのない足取りで指揮幕へと直進した。  周囲の兵士たちの視線を無視して進む中、彼の視界(POV)の端で、数筋の対空火線が焦土の彼方へと呼ぶように描かれていく――。

 幕をめくると、中は無人だった。  オールドマンは躊躇うことなく戦略机の前へと進み、卓上に散乱した書類ブリーフィングを鷲掴みにして素早くスキャンした。次いで、傍らの日誌を開き、直近の戦況データを脳内に叩き込む。

 パイプを外して机に水平に置くと、彼は地図上に記された二つの戦区を鋭く見据えた。  そして懐から、バイ指揮官の親筆サインが押された、あの白紙の委任状を取り出した。

 カリカリとペンを走らせ、完璧な偽造調度命令ブラフを書き上げていく。  書き終えた令書を素早く丸め、オールドマンは幕外へと躍り出た。

 手近にいたエルフ兵を捕まえ、令書をその胸元へ力任せに押し付ける。 「おい、お前。手を止めろ。この緊急命令を、今すぐ南方の重砲部隊へ届けろ。走れ!」

 エルフ兵は一瞬呆然としたが、オールドマンの肩の軍外套と軍銜(曹長)を確認するなり、直立不動で鋭く敬礼した。 「ハッ! 直ちに!」  脱兎のごとく駆け出していく兵士の背中を見送り、オールドマンは前線へと歩を進める。

 その一連の「犯罪行為」を背後で完璧に目撃していたクレイジーゴブリンが、呆れ果てた顔で追いついてきた。 「おいおい、オールドマン。てめぇ、自分が一体何を仕掛けたか分かってんのか?」

 オールドマンはパイプを咥え直し、口角を歪めてニヤリと笑った。 「作戦行動ってのはな、常に明確でなきゃならん。……俺が、自分の撒いた種を分かってねぇとでも思うか?」

 隣に並んだハイエナが、狂気的な称賛の笑みを浮かべ、不器用な交易語で尋ねる。 「……へっ、で、……ダディ。……いまの、偽造ブラフで、どんな、地獄を、仕込んだ?」

 オールドマンは不敵に、そして最高に愉しげに目を細めた。 「――最高にド派手な、『花火秀』さ」


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