【第八章:武装完了】
『……こちらは第……戦線……ザーッ――統合議会と……帝国による協同ザーッ――勇者一行が……現出……全世界の希望が……』
木製の箱から、耳障りなノイズ混じりの音声が断続的に漏れ出している。ゴブリンは眉間に皺を寄せ、狂ったようにツマミを回して調整に没頭していた。
濡れタオルで顔を拭っていたオールドマンは、その新奇なガラクタに目を留めた。 「そいつは何だ?」
「放送装置だ。最近、議会と帝国が共同で開発した代物さ。各地に建てた電波塔を介して、情報の送受信ができる。……ったく、感度が安定しねぇな」 ゴブリンは周波数を合わせ、波形を記録しようと指先を動かし続ける。
オールドマンはタオルを傍らに引っ掛け、装置の側へ歩み寄って中を覗き込んだ。 「ほう、面白いな。俺の分も一台用意できるか?」
「……俺たちの、だ」 ゴブリンはオールドマンを睨み、装置を指し示す。 「ここへ来る前に議会へ寄ったんだが、エルフ議長が持たせてくれた。俺たちに必要だろうってさ」
「へぇ。そいつは意外な贈り物だ」 四日前の、あの気高い来客の姿が脳裏を掠める。
『ザーッ――勇者一行はトーテム・ゴブリン領域の南部戦線へ到達。深淵の撃退に成功せり――』
オールドマンはふと表情を消し、淡々と尋ねた。 「……で、あの子はどうだ? ここへ移送されてから、何か喋ったか?」
ゴブリンは手を止め、真剣な眼差しで答える。 「……いいや。まだ時間がかかるだろうさ」
沈黙。やがてオールドマンが再び口を開く。 「義足の方は……」
放送装置の音声をBGMに、ゴブリンは机に肘をついて身を乗り出した。 「設計は完了してる。だが、あの坊主……どうも受け入れようとしねぇんだ」
「そうか……」 オールドマンの肩が微かに落ちる。 「……あいつのために取っておいてくれ。いつか、必要になる日が来るはずだ」
ゴブリンは片眉を吊り上げ、皮肉げに問い返した。 「そんなに気になるなら、自分で会いに行きゃいいだろう?」
オールドマンは深く息を吐き、視線を逸らした。 「……まだ、その時じゃねぇ。俺の義父が、代わりに面倒を見てくれているはずだ」
ゴブリンは溜息をつき、放送装置の電源をパチリと切ると、強引に話題を変えた。 「最近は勇者一行のおかげで、世界中が浮かれてやがるぜ」
ソファに放り投げていたコートのポケットから、オールドマンはパイプを取り出す。 「……だろうな」
「てめぇはどう思う? 世界にはまだ、俺たちみたいな『汚れ役』が必要だと思うか?」
「あいつらとは立ってる場所が違う」 水晶を押し込み、紫煙を燻らせながらオールドマンは答えた。 「勇者様が世界中を隅から隅まで駆け回れるわけじゃねぇ。俺たちの価値は、そこにある」
「トーテム領域の補給路も安定してきた。そろそろ出発の準備だな」 オールドマンは腰を上げ、荷物をまとめ始めた。 「あぁ、そうだ。トロル用の武器はどうなった?」
「設計図と構想はドワーフ共に渡してある。流石にそう簡単に出来上がるもんじゃねぇよ」
オールドマンは少し考え、再び古地図を広げた。 「獰笑ゴブリン族の丘陵回廊を北上すれば、途中でドワーフの集落に寄れるな。完成してるか、運試しに行ってみるか」
「いいぜ、寄るくらいならな」 ゴブリンは頷き、ふとした疑問を口にする。 「だが、あの二人……本当に集合場所に来ると思うか?」
オールドマンはパイプを深く吸い込み、ニヤリと笑った。 「来るさ。全面戦争のこの時代、あいつらが行ける場所なんて他にどこがある?」
「ダディ~! ボク、かぞくをつれてきたよ!」 地響きと共に、双頭のトロル――ベビーが元気よく姿を現した。
「……結局、お前ら三人だけか?」 トロルの肩からエルフが飛び降りる。
「数え直せ、エルフ。四人だ」 ゴブリンが即座に訂正を入れる。
「これから北上し、ホリ・グロの戦線を支援する。途中、ドワーフとゴブリンの領域で補給と整備を行う」 オールドマンは紫煙を吐き出し、エルフを見据えた。 「恋銃癖。ドワーフのところで、お前に合う獲物を造らせてやるよ」
「わかった……って、はぁ!? 何だその『恋銃癖』って呼び方は!」 心外だと言わんばかりにエルフが絶叫する。
ゴブリンが横から吹き出した。 「ヨォ――最高に似合ってるじゃねぇか」
「黙れ……ドワーフの出来損ないめ」 エルフが忌々しそうに毒づく。その時、ゴブリンが視線を入口へ向けた。
「ヨォ――お出ましだぜ」
振り返ると、一人のハイエナが立っていた。 ひどくボロボロな姿。顔中に痣を作り、不機嫌そうなオーラを全身から放っている。
「何をジロジロ見てやがる。拳闘王者の面を拝めるのは、ここだけだぜ 」
エルフはハイエナの腫れ上がった瞼を見つめ、呆れ果てたように尋ねる。 「その顔……この休暇中に、一体どんなトラブルに巻き込まれたんだ?」
ハイエナは首を回し、辿々しい交易語で悪態をついた。 「……酒場の、呑んだくれどもが……オスの、ハイエナを……ナメてやがった。……教育せて、やったのさ」
オールドマンはハイエナの前へ歩み寄り、真剣なトーンのハイエナ語で問いかける。 「きっちり、教育せて、やったのか?」
「ハッ! 愚問だな」 ハイエナが牙を剥いて笑う。
その肩を、オールドマンは満足げに叩いた。 「……いい子だ」
ベビーがハイエナの横にどっかりと座り込み、心配そうに顔を近づける。 「イタイイタイ? ボク、フーフーしてあげるよ」
ハイエナは巨魔を見上げ、ニヤリと笑った。 「ヘッ、デカい赤ん坊め。……今度、一緒に、酒場へ……行くか。あの連中を……まとめて、ボコりにな」
オールドマンは口角を上げ、静かに号令をかけた。 「……よし、出発だ」
*
一行は軍用車両を乗り継ぎ、ついに丘陵回廊を北上する大型の貨物トラックの荷台に揺られていた。 深い森の中、泥道を走るトラックが不意に路肩へ寄り、停車する。前方から、地鳴りのような駆動音が近づいてきた。
「ヨォ――元素の精霊様もたまげるぜ。見な、ありゃ最近噂の『新兵器』だ」 ゴブリンの運転手が身を乗り出し、荷台の面々に声をかける。
現れたのは、巨大な金属の箱体。側面には人頭ほどの太さの砲身が突き出し、上部には人間一人がすっぽり入るほどの巨大なハッチが備えられている。 その金属の巨獣がトラックの横で停止した。ハッチが開き、中から一人のドワーフが顔を出す。
「おぉぉ! 何だこりゃ、奇妙な顔ぶれを見つけたもんだぜ!」 豪快に笑うドワーフ。砲台の後方からも別のドワーフが顔を出した。
「どこへ行くんだ、お前さんたち?」
「丘陵回廊で整備をした後、北の戦線を支援しに行くところだ」 オールドマンは答え、興味深そうにその車両を見つめる。 「そいつは何だ?」
「ガハハ! こいつは俺たちとゴブリンの合作、砲車だ! これから南部の前線にブチ込んでやるのさ!」
「……面白そうな玩具だな」 オールドマンは視線を戻し、続けた。 「この先に、あんたらが最近開拓した工業キャンプがあるって聞いたんだが、場所を教えてくれるか?」
ドワーフが小道の先を指差す。 「ああ、この泥道をしばらく進みな。左手に見える隠し通路みたいな坂を登れば、俺たちの工業拠点だ」
「助かった。武運を祈ってるぜ」 オールドマンが笑って敬礼を送る。
「ハッ! 気に入ったぜ、人間! 戦争が終わったら群山へ来な。一杯奢ってやるよ!」
*
夕闇が迫る中、一行は工業拠点へと到着した。立ち並ぶ工場から、金属を叩く重厚な音が絶え間なく響き渡っている。
宿舎を確保し、荷物を解いたオールドマンは不満げにぼやいた。 「……連合なら、もう少し多種族の体格を考慮した家具を造るべきだろうが」
壁際で窮屈そうに身を丸めているトロルに、オールドマンが声をかける。 「ベビー。……狭くないか?」
「ボク、ダイジョーブ。……かぞくといっしょ、ウレシイ」 トロルが無邪気に笑う。
ゴブリンがその太腿を叩きながら言った。 「焦るなよ。種族の統合なんてのは、そう簡単にいくもんじゃねぇさ」
オールドマンは深く溜息をつき、指示を出す。 「よし。休暇は終わりだ。各々、やるべきことを済ませろ。……ハイエナ、お前はここで貿易語を学べ。逃げ出すなよ」
*
深夜。 工場の灯りは消えることなく、不気味な煙と金属臭が漂っている。 オールドマンは工場の一画へと足を踏み入れた。
「おい、人間! ここは立ち入り禁止だ!」 怒声と共に駆け寄ってきたドワーフの技工長。
「……そいつらの性能を、詳しく知りたくてな」 オールドマンは肩に羽織ったコートを軽く直し、階級章を見せつける。
「あ、ああ……失礼。……曹長殿」 ドワーフは態度を一変させ、自慢の兵器群を指差した。 「こちらにあるのが牽引式砲陣。そして、あちらが最新の自走砲で……」
技工長の説明を受けながら、オールドマンはその情報を克明に手帳に記していく。気がつけば、窓の外から聞こえる単調な打槌音が、彼を眠りへと誘っていた。
*
「わーい! あたらしい……オモチャ……!」 「ヨォ――落ち着けって。お前の分だ、逃げやしねぇよ」
ベビーの歓喜の声と、ゴブリンの叫び声で、オールドマンは跳ね起きた。 整備開始から三日。日は高く昇っている。 窓の外では、ベビーがプレゼントを貰った子供のように、麻布で覆われた台車の周りを飛び跳ねていた。
オールドマンは身支度を整え、外へ出る。 ベビーはオールドマンの姿を見つけると、はやる気持ちを抑えるように行儀よく地面に座り込んだ。
オールドマンは微笑み、台車の麻布を力強く剥ぎ取った。 現れたのは、人間の身長ほどもある、六本の細長い金属銃身が束ねられた巨大な兵器――。
「……デカいな。上等だ」
「喜ぶのはまだ早いぜ。こいつは欠陥だらけの試作型だ」 ゴブリンが台車に飛び乗り、複雑なギアとスロットを指し示す。 「動力源に蓄電水晶。さらに熱線の出力源として、三つの火炎水晶を同時装填する必要がある。……今の技術じゃ熱を逃がしきれねぇ。六本の銃身を回転させながら交互に発射しねぇと、一分で溶け落ちる代物だ。まさに『エネルギーを喰らうバケモノ』さ」
「構わねぇ。ベビーに生傷が増えるよりは安いもんだ」 オールドマンは冷たい金属の感触を確かめ、ゴブリンへ向き直った。 「……で、恋銃癖の方はどうだ?」
ゴブリンが指差した先。 射撃場の一画で、エルフがうっとりとした表情で、細身の銃身に多数のレンズを搭載した精巧な狙撃銃を撫で回していた。
「それから、こいつはお前用だ。気に入るはずだぜ」 ゴブリンが箱から取り出したのは、ずっしりと重厚な散弾銃。
「射程はライフルに及ばねぇが、近距離の殺傷力は文字通り『凶悪』だ。試してみな」
オールドマンは射撃場へ立ち、エネルギーを帯びた数個の水晶を、シリンダーへと押し込んだ。 ガチンッ、と重厚な機械音が響く。
重心を低く構え、引き金を引く。 ズゥゥゥンッ……! 凄まじい轟鳴と共に、噴射された水晶の礫が、的の至る所に突き刺さった。
「……うん。最高だ。これまで貰ったどんなプレゼントよりも気に入ったぜ」
オールドマンは満足げな笑みを浮かべ、腰の軍用ナイフを抜き放つ。 その様子を見ていたエルフが、嫌な予感を察して叫び声を上げながら駆け寄った。
「やめろぉぉぉッ!」
だが、時すでに遅し。 白銀に輝く美しい銃身に、オールドマンは軍用ナイフで容赦なく、歪な五文字を刻み込んだ。
【クズの真髄】
聖なるエルフが陵辱される現場を目撃したかのように、エルフは魂が抜けた顔でその場に崩れ落ちた。
オールドマンは金属の削りカスをフッと吹き飛ばし、満足げにゴブリンへ尋ねた。 「……ハイエナはどうした?」
「あいつは『何でもいい』って言うから、適当な重火器を渡しておいた。……それより、そいつを何とかしてやれよ」 ゴブリンは完全に石化したエルフを指差して、溜息をついた。
オールドマンは新たな獲物を力強く握りしめ、満足げに射撃場を後にした。 歩き出しながら、ゴブリンへ言い放つ。
「あいつを呼べ。次の目的地へ出発だ」




