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【第六章:初陣(二)】

 オールドマンの言葉を合図にしたかのように、トーテム・ゴブリン領域に展開していた連合軍が、北側のバイ守備隊と同時に敵陣へ向けて突撃チャージを開始した。  怒号と悲鳴が交錯する戦場。爆薬の詰まったバッグを背負ったオールドマンは、狂乱する兵士たちの間を縫うように進み、一切の淀みない足取りで部隊を河川敷へと導いていく。


 前線が激突し、血飛沫が舞う。オールドマンは雑踏の中で冷静に拳銃ハンドガンを引き抜き、移動しながら正確なタップ撃ちで敵の頭部を吹き飛ばしていく。  一方のトロルは、その辺に生えていた小木を根こそぎ引き抜き、「鬼ごっこ」を楽しむかのように紫色の化け物どもを笑いながら粉砕していた。


 味方の陣形圧縮に紛れて河川敷へ到達すると、対岸でも激しい殺し合いが繰り広げられているのが見えた。


 河川敷に沿ってハイ領域の国境を目指す。オールドマン部隊は、戦場の端からポツポツと湧いてくる敵の別働隊を、冷徹なルーチンワークのように処理していく。  時折、背後から追撃部隊が襲いかかってくるが、部隊の圧倒的な火力クロスファイアの前に瞬時に肉片へと変えられた。


 やがて主戦場から完全に離脱すると、周囲は本来の自然の静寂を取り戻した。背後で響く絶望的な殺戮のオーケストラとは、あまりにも対照的な静けさだった。


 オールドマンは前方に視線を送る。打ち捨てられたゴブリンの監視塔。そして対岸にはバイの監視塔。  数秒の思考の末、彼は爆薬を二つ取り出し、対岸へ泳いで仕掛けることを決断する。


「おい、ゴブリン。こいつの具体的な操作手順を教えろ」  爆薬の一つを手に取り、ゴブリンへ振り返る。


 ゴブリンからレクチャーを受け、起爆プロセスを脳内にインプットすると、爆薬を防水シートで厳重に包み込み、一人で川へ飛び込もうとした。


 その時。巨大な手が、彼をふわりと持ち上げた。  トロルがオールドマンを自分の肩へ乗せ、ニカッと無邪気に笑う。 「ダディ。ボク、ツレテイク」


 オールドマンはトロルの頭を優しく撫で、穏やかな声で応えた。 「いい子だ。ダディは向こう岸へプレゼントを置きに行くだけだ。すぐ戻ってくるからな」


「ウン!」  トロルは大きく頷いた。


 トロルの肩に乗ったまま、ザブザブと川を渡っていくオールドマン。そのシュールな光景を見送りながら、岸で待機する三人のうち、ハイエナがまず、身振り手振りを交えながら、たどたどしい交易語で尋ねた。「おい。お前ら、なんで、あんな、死にかけジジイ、言うこと、聞く?」


「お前だって、あのジジイのケツを追いかけてここまで来たんだろうが」  ゴブリンは呆れたように白目を剥き、冷淡に言い捨てる。 「その萎縮した脳味噌でよく考えてみろ。こんな地獄のど真ん中で、てめぇがあのバケモノ(トロル)に勝てると思うか? それとも、自分の足だけであの紫色の群れから逃げ切れるとでも?」


ゴブリンが口にした複雑な単語の羅列に、ハイエナは明らかに困惑していた。だが、あの白目を剥いた表情から、向けられた蔑みの感情だけはハッキリと理解したようだ。ハイエナは不機嫌そうに「チッ」と舌打ちし、プイと横を向いて口を閉ざした。


 *


 川を往復し、監視塔への爆薬設置を終えた一行は、再びハイの国境を目指して歩みを再開した。


 道中、銃を抱き抱えたままのエルフが疑念を口にする。 「ただ川沿いを西へ向かうだけか?」


「初陣でフルスロットルを要求する気はねぇ。まずはこの空気に慣れろ。ゆりかごの中の赤ん坊を、無理やり引きずり出して殺すような趣味はねぇんだよ」  オールドマンは川沿いを進みながら、常に周囲三百六十度へ警戒の網を張り巡らせていた。


 前方。少し離れた場所を徘徊する紫色のエルフ型エネミーを発見する。  オールドマンは無言で身を屈め、敵の方向を指差した。エルフは無言で銃口をそちらへ向ける。


 魔法水晶の出力ダイヤルを調整しながら、エルフは感情を押し殺した声で尋ねる。 「……後方に残してきた兵士たちは? 見殺しにするつもりか?」


 オールドマンは敵の動向から目を離さず、淡々と答えた。 「奴らは俺のために死ぬわけじゃねぇし、誰かのために死ぬわけでもない。目的ヘイトさえ達成すれば、自陣へ下がる手はずだ。だから、モタモタしてる暇はねぇぞ」


 ヒュンッ!  一閃の熱線が放たれ、敵の胴体を正確に貫いた。ガラスが砕けるような音と共に、敵の肉体が崩れ落ちる。  オールドマンは立ち上がり、周囲の安全を再確認すると、残骸の元へ歩み寄った。ボロボロに崩壊しているが、かろうじてエルフの輪郭を保っている残滓を見下ろす。


 オールドマンは眉をひそめた。 「正直言って、こいつらの正体が全く理解できねぇ。生体反応がないくせに、俺たちが知ってる種族の姿形を模している」


 銃を構えたままオールドマンの背後へピタリと付き従うエルフが、死に絶えた残骸を見つめながら答える。 「情報によれば、私の恩師や研究機関がすでに遺体の解析リバースエンジニアリングを始めているらしい」


「ヨォ。なんで俺様のところに研究のオファーが来ねぇんだ?」  ゴブリンが残骸の横にしゃがみ込み、ツールポーチからピンセットとサンプルケースを取り出す。崩れた肉片を器用に摘み上げ、ケースの中へ密封した。


 その時。後方から、低く重い角笛の音が響き渡った。  オールドマンは振り返り、部隊全員へ警告を発する。 「空に火球が上がったら、全力で走るぞ。いいな?」


「いい子だ。ここからは『本気マジの鬼ごっこ』だ。ひたすら前へ走れ。前から来る鬼はお前が倒してもいいが、それ以外の鬼はダディたちが足止めする。絶対に捕まるなよ」


 トロルは無邪気に跳ね回る。 「アハハッ! ボク、オニゴッコ、ヤルゥ〜!」


 再び前進を開始した直後。後方から、大地を揺るがすような連続爆発音が轟いた。


「坊主ども、ペースを上げろ。すぐに桁違いの群れがケツを喰いちぎりに来るぞ。いいか、絶対に足は止めるな。血路を開くことだけを考えろ!」  オールドマンは咥えていたパイプを外し、灰を叩き落としてコートのポケットへねじ込む。拳銃をリロードし、新しい魔法水晶を装填しながら再度念を押した。


 一行は国境へ向けて疾走する。河川敷の彼方から、凄まじい土煙が巻き上がってきた。防衛のために引き返してきた敵の大群だ。神経が極限まで張り詰める。


 前方から迎撃部隊が姿を現したその瞬間――後方の空高く、一筋の火球が真っ赤な尾を引いて打ち上がった。


 先頭を走るトロルは、大木をバットのように振り回し、立ち塞がる敵を次々とホームランしていく。その後方から、オールドマンたちが側面から迫る敵へ向けて容赦ない弾幕(制圧射撃)を浴びせる。


 オールドマンたちの強烈なヘイトに引き寄せられ、追撃部隊は二手に分断された。  互いにカバーリングし合い、魔法水晶を次々と交換しながら、一行はトロルの背中に張り付くようにして目的地への強行突破を図る。


 ついに国境線が視界に入った。  十一時の方向から、突如として無数の閃光が迸り、オールドマンたちの背後に迫っていた敵の群れへと降り注いだ。


 計画通り、敵の防衛ラインが後退した隙を突き、ハイ守備軍が国境線まで前線を押し上げていたのだ。斜線陣形からの猛烈な援護射撃により、追撃部隊は次々と塵へ還っていく。


 掘り出されたばかりの塹壕へ滑り込み、ようやく息をつく一行。肺が焼け付くように痛い。


 オールドマンは塹壕の構造を興味深そうに見回し、壁を補強しているエルフ兵へ気さくに話しかけた。 「こいつは、誰のアイデアだ?」


 エルフ兵はオールドマンの階級章を見ると、慌てて直立不動の姿勢をとった。 「ハッ! 大隊長の指示であります! 短時間で強固な防衛線を構築するのは不可能と判断し、新型兵器の射線特性を活かせるよう、大地そのものを掘り下げて塹壕とする戦術アイデアを採用いたしました!」


 オールドマンは腰に手を当て、泥にまみれた塹壕を見渡しながら、心の底から満足そうに頷いた。 「……上等だ。そいつの頭は、よく回る」

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