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【第六章:初陣(一)】

「……少しはまともになれんのか? 議員どもの前であれほど狂態を晒す奴がどこにいる」  新しい執務デスクに座り、バイ指揮官は疲労困憊といった様子で額を押さえた。 「議会の決議で、お前の階級は『曹長』に落ち着いた。あの場で少しでも従順な態度を見せていれば、最低でも指揮官の階級までは戻れたというのに……」


 向かいの席に座るオールドマンは、パイプを弄りながら足を組み、鼻で笑う。 「曹長、ね。上等じゃねぇか。俺の行く先々で、兵士どもが俺の命令に従う。それだけで十分だ」


「まさか、私をコケにした敵国出身の男と、最前線で肩を並べることになろうとはな……」  バイ指揮官は呆れたように立ち上がり、オールドマンの背後にある茶器棚へと向かった。茶を淹れながら尋ねる。 「ホンヴァーシャでも、そんな傍若無人な振る舞いをしていたのか?」


 オールドマンは椅子の肘掛けに寄りかかり、頬杖をつきながら笑って返す。 「じゃなきゃ、血気盛んな部下どもが俺に傅くわけがねぇだろう?」


「我が聖光ホーリーライトよ……。よく今まで生きてこられたな」


 その言葉を聞いた瞬間。  オールドマンの脳裏に、ポニーテールを揺らすあの『老友とも』の姿が鮮明にフラッシュバックした。


(――ああ。全くだぜ、老友よ。お前さんのおかげで、俺はこうして生き長らえている……)


 一瞬だけ思考の海に沈んでいたオールドマンは、ふと机の上に置かれた書類に目を留めた。予め決裁印が押された、白紙の委任状。  バイ指揮官が茶を淹れるために背を向けている隙を突き、彼は躊躇いなく数枚を抜き取り、懐へねじ込んだ。


 茶の入った盆を持って戻ってきたバイ指揮官に、オールドマンは何食わぬ顔で尋ねる。 「ハイ領域の南東部。現在敵に突破されてる戦区についてだが、お前さんはどう見ている?」


「突破されたエリアの中腹から分断を図るつもりだ。だが、新型兵器デバイスの配備が全軍に行き渡っていない以上、現状は戦線維持が精一杯だろうな」  机の上を片付け、オールドマンへ茶を差し出す。 「特に南部のトーテム・ゴブリン陣営は悲惨だ。現在、険しい山道を経由した限定的な補給しかできていない」


「ハイの守備軍を『A』、バイの守備軍を『B』、南のゴブリン陣営を『C』とする」  茶杯を受け取り、オールドマンは壁に掛けられた世界地図を見上げた。 「『B』と『C』で戦線を圧縮しろ。俺は別働隊を率いて、敵の中央部へ深く潜り込み、内部から掻き回す。敵は後方支援を断たれるのを恐れ、必ず一部の兵力を防衛バックへ回すはずだ。そこへ海岸線からの増援をぶつけ、包囲網を完成させる」


「その隙に『A』が前線を押し上げ、失地を奪還する。『B』と『C』は速やかに防衛ラインまで後退。そして『A』が前進した直後、どんな犠牲を払ってでも即座に強固な防衛陣地ラインを構築しろ」


 バイ指揮官も地図へ視線を移し、渋い顔で反論する。 「理論は分かる。だが、現在『C』の防衛網も崩壊寸前なのだ。包囲網に回せる余剰戦力など……」


 オールドマンはパイプを外し、熱い茶をすすりながら口角を吊り上げた。 「俺は『B』と『C』に、敵と正面から殺し合えとは一言も言ってねぇ。接敵すれば戦い、接触しなければ戦っているフリ(フェイント)をしろ。俺が敵陣深くへダイブするのも、所詮は敵の注意を引くためのブラフに過ぎん」


「なっ……。お前、いつもそんなデタラメな戦術を?」  オールドマンの思考をトレースしたバイ指揮官は、雷に打たれたように目を丸くし、次なる疑問をぶつける。 「だが、お前自身はどうやって脱出するつもりだ? 敵陣のど真ん中に孤立するんだぞ?」


 オールドマンはバイ指揮官を一瞥し、ニヤリと笑った。 「お前さんがエルフと斥候部隊スカウトを配置しておけ。沿岸部の増援部隊が到着したタイミングで、空へ火球を打ち上げろ。それを合図に、俺たちはハイ領域の防衛線へ向かって全速力で撤退する。ハイの連中が領地を取り戻せば、口うるさい議員どもを黙らせられる上に、士気も爆上がりだ。山道からの非効率な補給ルートにも頼らずに済む」


「今の最優先事項は、ハイ領域の防衛部隊に新型兵器を集中配備することだ。一度戦線を押し戻せば、敵は必ずそこへ一点突破を仕掛けてくる。手段は問わん、意地でも防衛線を完成させろ」  言い終えると同時に、オールドマンは茶を一気に飲み干した。


 バイ指揮官は地図を見つめ、顎を撫でながら思案に暮れる。やがて、重々しく頷いた。 「……よし。確かに理にかなっている。お前の作戦でいこう。神の加護があらんことを」


 オールドマンが立ち上がり、部屋を出ようとした時、バイ指揮官が真剣なトーンで問いかけた。 「一つ聞かせてくれ……。議会であれほど大見得を切って、もし結果が出せなかったらどうするつもりだ?」


 ドアノブに手をかけたオールドマンは、ゆっくりと振り返り、不敵な笑みを残した。 「雑草ってのは、どれだけ引き抜いても絶対に生えてくるもんさ。正規軍だろうが、俺が勝手に立ち上げた私兵マフィアだろうが関係ねぇ。世界が終わろうって時に、他にどんな選択肢があるってんだ?」


 *


 統合議会が手配したキャタピラ式の大型車両。新拠点の門前で待ち構えていたオールドマンは、迷わず乗り込んだ。


 車内には、すでにピックアップされた『狂人』たちが揃っている。笑うゴブリン。身を縮ませる双頭のトロル。そして、オールドマンはエルフとハイエナへ視線を向け、作戦概要ブリーフィングを始めた。


「いいか。今回の任務はシンプルだ。見知らぬ土地へのピクニック兼、軽い準備運動だと思え」 「お前らが俺に不満を抱いてるのは百も承知だ。だが気にするな。愛情きずなってのは時間をかけて育むもんだ」 「一つだけ覚えておけ。どのみち世界は終わりかけてるんだ。このクソッタレな世界で、思いっきりハメを外してみるのも悪くねぇだろう?」


 無言の二人から視線を外し、ゴブリンへ問いかける。 「おい、ゴブリン。ドワーフのところから分捕ってくるよう指示したブツは、手に入れたか?」


「全部この袋の中だ。てめぇが何を企んでるのか、さっぱり理解できねぇがな」  ゴブリンは背負っていたダッフルバッグを下ろし、オールドマンへ放り投げた。


 オールドマンは無言でバッグを受け取り、中身を検分しながら確認する。 「起爆タイマーをセットするだけでいいんだな? ドワーフどもの『爆発の美学』とやらに反してねぇだろうな?」


 ゴブリンは鼻で嗤い、吐き捨てるように答えた。 「ヨォ。信じるか信じないかはてめぇの勝手だが、あの洞窟の呑んだくれどもに言わせりゃ、こんなチャチな花火じゃ刺激が足りなくて欠伸が出るらしいぜ」


「上等だ」  オールドマンは満足げに笑い、ポケットからパイプを取り出す。着火用の火焔水晶ファイア・クリスタルを押し込み、紫煙を燻らせた。


 ゴブリンはオールドマンから目を離さず、さらに情報を落とす。 「噂じゃ、あのドワーフども、このキャタピラ車に大砲をポン付けする魔改造を計画してるらしいぞ……」


 パイプを咥えたまま、オールドマンは興味深そうに片眉を吊り上げた。 「ほう? そいつは最高にイカレてて面白そうだ」


 *


 車両が重々しい駆動音と共に停車する。オールドマンは後部ハッチを蹴り開け、地面へ飛び降りた。  視界に広がるのは、見慣れぬ様式の建造物群と、キャンプ内を慌ただしく行き交う多種族の連合軍兵士たち。


 部下たちが続々と降りてくる中、オールドマンは鋭い視線で周囲をサーチし、一人の男に目を留めた。アイロンのかかった軍服に身を包み、バインダーの書類を睨みつけているゴブリンの将校だ。


 大股で歩み寄り、背後から声をかける。 「おい、あんた。ここの顔役か?」


 将校は書類から顔を上げ、オールドマンの胸に光る階級章を一瞥して眉をひそめた。 「曹長? バイ方面からの要請で、我々は北部の友軍と挟撃作戦を展開する予定だが……貴様は増援として派遣されてきたのか?」


 オールドマンは単刀直入に要求を突きつける。 「いや、俺たちは勝手にここへ来た。あんたらの古い戦術マップを寄越しな。このエリアの監視塔と前哨基地の位置を把握したい」


「は?」  将校は絶句した。階級を完全に無視し、挨拶もなしに機密情報を要求してくるイカレた曹長を、まるで珍獣でも見るかのような目で見つめる。


 オールドマンは将校の目から一切視線を逸らさず、低い声で畳み掛けた。 「俺の作戦行動は、バイ指揮官の承認済みだ。今から上に確認を取って無駄な時間を浪費するか、それとも素直にマップを渡して俺の作戦に協力するか。選べ」


 将校は沈黙した。背後で慌ただしく駆け回る兵士たちと、目前の狂気を天秤にかけ――舌打ちをして自室のテントへ駆け込んだ。


 数分後。彼は端がボロボロに擦り切れた古地図をオールドマンへ押し付け、忌々しそうに尋ねた。 「なぜこんな旧式のマップを欲しがる? 最新の戦況データを統合すべきだろうが!」


 マップを引ったくり、瞬時に広げて全体をスキャンする。 「俺には俺のやり方がある。悠長に状況分析アップデートを待ってくれるほど、敵さんは優しくねぇんだよ」


 マップを丸めて懐にねじ込み、部下たちを振り返る。  真っ先に視線を向けたのは、恐怖に身を震わせながら銃器を抱きしめているエルフだった。


 オールドマンはエルフの前に立ち、その華奢な肩を力強く叩く。 「エルフ。よく聞け。愛する妻が、あの化け物どもにどうやって殺されたか……脳裏に焼き付けろ。怒りをコントロルし、俺の背中について来い」


 エルフは手元の銃器を見つめたまま、沈黙していた。だが、その瞳には次第に絶対零度の殺意が宿っていく。ゆっくりと顔を上げ、オールドマンを睨みつけた。 「……ああ。善処しよう」


「ハイエナ。お前はこいつのサポートだ。側面の敵を掃討しろ」  オールドマンは武装を整えるハイエナへ視線を移し、挑発的な笑みを浮かべる。 「まぁ、負け犬みたいに尻尾を巻いて逃げ出してもいいがな」


 ハイエナは即座に牙を剥いて吠えた。 「ヘッ、死に損ないの老いぼれが。俺を見くびるなよ」


 そして、周囲をキョロキョロと見渡している双頭のトロルへ近づき、この上なく優しい声で語りかける。 「いい子だ。あの紫色の悪いお友達が、今から『鬼ごっこ』を仕掛けてくるぞ。お前は騎士ナイトだ。ダディと一緒に、他のお友達が鬼に捕まらないよう守ってやるんだ」


 トロルは大喜びで巨大な手を叩く。 「ワーイ! ボク、ナイト!」


 最後にゴブリンを一瞥し、オールドマンは部隊全体へ号令を飛ばした。 「俺から離れるなよ。置いていくぜ」

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