87開戦
「おらぁっ!宮廷魔術師団だ!観念して投降しな!!」
ザラの大音声が響く。その直後、違和感に足を止めた。まるで生きているように、ぐにゃぐにゃと歪む内壁。螺旋状に上がっていく塔の要所には、進行を阻む為の障害物が積まれている。
遮蔽物を隔てた向こうで鈍く光る、数多の砲口。狩りで何度も痛い目を見た構図に、反射的に障壁を作った。
「撃てぇ!!」
号令を掛かった直後、収束した魔力が放たれる。頭上が紅蓮に染まり、火炎が降り注いでくる。
「うおっ!」
間一髪、ザラは障壁の内に留まった。
入り口が、一気に炎に包まれる。可燃性の魔法薬を撒いていたのか、火の手が回るのが速い。予想通り、待ち伏せされていたようだ。しかし、内通者一人庇うだけで、何故ここまで。
こんなところに拠点を構え、隠れるだけで逃げないのも、違和感がある。
いや、それは後回しだ。幸い、敵は自分達の攻撃で、視界を塞いでしまった。炎と熱で、まともにこっちを捉えてはいないだろう。
次の手が来る前に、周囲を睥睨する。時間を稼げたお陰で、壁が歪んでいる理由が垣間見える。
「やるな、ブラッド。助かった」
「いえ」
礼を述べてくれるが、団長二人に障壁など必要なかったか。いや、今は良い。まずは情報を共有する。
「外から見た間取りより、随分広いですね」
「恐らく、この塔自体に魔法陣を組み込んであるのかと。空間自体を拡張する魔術。恐らく高さも、外観より高いはずです」
最上階まで吹き抜けた空間を見上げる。炎の中からで見づらいが、かなりの人数が控えている。どの階にも、十人は構えている。
「ざっと、四階……いや五階か?」
「多分、地下もあります。でも人の気配は上だけです」
「ふむ……なら下は後回しだ。階ごとに分断し、相手の連携を崩す」
「では、最上階は我々が行きます」
「任せた」
天翼族の男が、ベルと短く言葉を交わす。確かに最上階は飛べる天翼族が適任だ。
「おい、さっさと障壁を開けろ」
「うわっ!」
棘のある声、ルピナスのものだ。喉元で槍の穂先がギラリと光った。普通に言えば済むだろうに。
要求通り、障壁に穴を開ける。直後、天翼族四人は、放たれた矢のように鋭く、迅速に最上階へと向かった。
「上に行ったぞ!迎撃準備!」
砲撃手から上へと伝令が走り、轟音が響く。爆撃が浴びせられている中、一階にも変化があった。
炎が止み、代わりに近接主体の魔術師がざっと六人、こちらに向かって突っ込んでくる。
「お前等、上へ行け!ここは俺だけで良い!」
指示を飛ばしながら、ベルは床に向け拳を叩きつけた。恐らくは籠手の内側から魔力が迸り、衝撃波が生まれる。
見えざる衝撃に弾かれた魔術師に、ザラが飛び掛かる。そして目にも止まらぬ早業で、三度相手を蹴り付けた。
「うっし!やられんなよ、ベル!」
敵を足蹴にしたザラの足甲が変化した。発条仕掛けのような機械の形状。敵の顔面を弾き飛ばし、勢いのまま二階へと飛び込んだ。
「団長!また一人で……援護に回ります!」
「させるか!」
団員達が階段へと駆ける。行かせまいと立ちはだかる敵兵二人を、ベルが手早く迎え撃った。
獲物を振り回す敵兵の懐へ飛び込み、鋭い拳を鳩尾と顎へ。一瞬の打撃に、敵は気絶した事にも気付かないだろう。
「では、我々も参りましょう」
「何で、俺の後ろにいるんです?ネネフィリアさん」
「ブラッド様についていれば、どの階層も楽に移動できるかと」
「本当に、明け透けですね」
いや、もう何も言うまい。別に守れと言われている訳ではないのだ。
「なら、あまり離れないでくださいよ」
『ブースト』を足元に描き、加速する。ザラの飛び込んだ一つ上の階へと着地する。
相手も、迎撃準備をしていたとはいえ、速攻で眼前に来られると、どうしても体が身構える。
一番近くにいた魔術師が、構えていた短筒を握り直したが、既に照準を合わせるのが遅い。
素早く鞘から抜き打ち、首に一太刀浴びせる。
ガツンと鈍い音を立て、男がその場に倒れ込む。無事に三階へと乗り込めば、当たり前だが包囲されている。
ざっと見て、八人。だが奥に続く扉があり、正確な人数は分からない。全員が何らかの武器を手に持っており、恐らくその全てに魔力が付与されている。
「何をしている!やれ、お前ら!!」
「おう!!」
司令塔の指示に、周囲の人間が吠える。そして武器を構え、紅く染めた鋒をこちらに向けて走り出した。
背後からも足音が二つ、敵が一気に押し寄せる気配が満ち、殺気が溢れる。呼吸を深くし、身を屈め、剣を構え直す。
剣先を正面の薙刀へ滑らせる。武器取りの要領に、『身体強化』の勢いを乗せ、魔術師ごと後方へいなした。そのせいで、矛先がお仲間へ向いた。
「ひっ!」
「避けろ!!」
仲間の声も虚しく、鋒から豪炎が上がる。瞬く間に、二人が火だるまになった。
「ぎゃあああっ!!!」
悲痛な声に持ち手が狼狽する。その隙に、峰打ちを首に見舞い、気絶させる。
そして魔法陣を空中へ展開させ、『嵐玉』を発動する。
硝子玉のように収縮させた風の玉を四方八方へ打ち込み、連携を崩す。そして焼かれている炎を掻き消してやる。
相手の火炎放射器は、味方を巻き込む為使えない。必然、近接武器に頼る。
前に三人。図体がでかい一人は後回しだ。
剣を構えた二人の間に飛び込み、逆手で相手の胴を切り付ける。
「うぐっ!!」
怯んだ相手の顎に一発、鉛で出来た分銅がお見舞いされる。見なくとも、ネネフィリアの援護であると分かる。
武器を掲げて踏み込んでくる二人目は、足元に描いた魔法陣から壁を作り、足止めをする。その壁をわざと砕き、破片を散弾銃のように弾き出せば、武器を手放して地面に転がった。
そして目の前に構える、図体のでかい男。グローブから全身に魔力を溜める。プレートを纏って堅固ではあるが、故に鈍重。
剣を素早く鞘へ収め、腰を落とし、叩き斬る。
ふりをした。
身構えた敵の頭上に、『重力波』を落とす。それだけで、敵は一歩も動けない。
男は抵抗していたが、それも数秒のこと。プレートが軋み出し、亀裂が入る頃には、泡を吹いてその場に倒れた。
追撃はない。しかしまだ敵は残っている。
切っ先を一番近くにいた魔術師へ向ければ、じりじりと後ろへ下がった。
控えがいるのか、それとも仕掛けがあるのか、扉の方へと近づく。
もし一階での大筒と似た兵器がここで放たれれば、周囲へ被害が広がりかねない。逃げられる可能性が上がるのは面倒だ。
ならば。魔術を階層へ展開する。
ついさっき描いた魔法陣の黒い光が、周囲に満ちる。そして粘液が三階のフロア全体に溢れていく。
「何だ、こいつ!?」
「あ、足に纏わりついて……それにこいつ、魔力を……」
結界を破ったスライムを、壁と床に展開して出入り口を塞ぐ。力技で振り切るのはそこまで難しくはないが、狼狽えた敵がすぐに気付ける訳もない。
ある者は魔力を吸われ、その場で気を失う。そして目の前の女は、腕を引き剥がそうとこちらを見向きもしない。
背後から首筋に手を伸ばし、小さく『ライトニング』を放つ。
「かはっ!」
死にはしないが、意識を手放すには充分な電撃。後は順繰りに斬り伏せていけば、制圧は完了する。
「既に立っているのはごく僅か。お見事です、ブラッド様」
涼しげな声。一応は気にかけていたが、やはり不要な心配だったようだ。
先程見えた鎖分銅。更に他の暗器を操り、他を制圧していた。
しかし、この範囲攻撃に巻き込まれず、相手の攻撃も喰らわず立ち回ったのかと、感心して声の方を振り向く。
「すみません、ネネフィリアさん。合図もなしに、スライムを……」
「いえ、問題には及びません」
そう答える彼女の足下には、ガッツリと粘獣がへばりついていた。食らいつかれたまま、ついでと言わんばかりに魔術師が二人、足蹴にされている。
「あの……それ、魔力喰われてますけど……」
「ご心配なく。何を隠そう私、生まれつき魔力はありませんので」
「いきなりそんなカミングアウトをされても」
「故に、魔族の作る道具には耐性が弱く……」
キャンドルで乱れたのはその所為か。いや、暗部として良いのか。
感心を返してほしい。いや、魔物に纏わりつかれたまま仕事を全うするのは、ある意味尊敬に値するが……。
ネネフィリアの周囲を取り払い、敵を枷で拘束する。その間も、彼女はぼんやりと粘獣を見つめている。
心なしか、頬が赤い。
「どうしました?やっぱり何か、体に異常でも?」
「この粘液、それに服に入って身動きを封じる様、まるで陵辱され……」
「ああ、大丈夫そうですね。仕事を続けましょう」
「申し訳ございません。その為にわざと巻き込んだのかと思ったものですから。意図を汲み取ったつもりなのですが」
「そんな訳……」
空気が震える、背後に熱気。
振り返れば、まだ戦意のある魔術師が、こちらへ槍を向けている。
「このガキ、ぶっ殺してやる!」
炎が渦巻き、こちらへ放たれようとしていた。迎え撃つべく、剣を抜こうとした瞬間、隣を影がすり抜ける。
目で追えた、そう思った時には、槍兵は地面に蹴り伏せられていた。回し蹴りを顎に入れ、相手の獲物をはたき落とす。無駄のない所作を見せられては、漏れる言葉は一つしかない。
「強いですね」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、淫らな妄想で油断されるのはちょっと……」
「あなたのせいでしょうが!」
全く、調子が狂う。頭の中はどうなっているのだ。
こちらの非難など聞いてすらいないように、ネネフィリアは向かいを見遣る。
「まだ何人か、立っていますね。このまま制圧してしまいましょう」
「そうですね。じゃあ、俺が行きます。援護して……」
話終わる前に、彼女は既に空中へと飛び出していた。
「ちょっ……!!」
そして服の内側に手を入れると、クナイのような暗器を敵へと投げる。一度の挙動で五人、吸い寄せられるように相手の胸や首に突き立った。
「ネネフィリアさん!」
生け捕りという話のはずだが、分かっているのだろうか。しかし、敵からの反撃はない。
「ブラッド様、捕縛を!」
「はい!」
対岸から声を掛けられ、慌てて合流する。
足元に転がる敵に向け、術を施す。
「まさか、死んでませんよね?」
「ご安心を。麻酔薬を塗った物でございます。今はもう夢の中でございましょう」
「……その割には、皆苦悶の表情ですけど……」
「悪夢でも見ているのでしょう」
一体、何を塗ったんだ。いや、考えるのはよそう。今一度、周囲を確認する。
上下の階層に比べ、この階は明らかに静かになった。増援の気配もない。粘獣を消し去る魔法陣を浮かべる。
敵の魔術師が全員倒れ込んでいる。この階層の制圧は、一先ず完了した。
「ネネフィリアさん、まだ戦えますか?」
「ええ、ご心配なく」
他の階層は、まだ激しい音がしている。援護をと階下を見ようとして、足を止めた。地響きで塔が揺れ、体勢を崩したからだ。
「今のは?」
「どうやら、下の戦闘が長引いているようですね」
吹き抜けからそっと覗き込んだネネフィリアが見ているのは一つ下、ザラの飛び込んだ階層だ。




