88第二師団長の実力
ネネフィリアに倣い、階下を覗き込むと同時に、咆哮が上がる。
「はははっ!どうした!?こんなもんか、てめぇら!!」
そう叫ぶザラは、渦巻く炎を跳躍で交わしつつ、狭い通路を飛び跳ねて敵を翻弄していた。援護の団員が後方に控えてはいるが、お構いなしに敵陣に突っ込み、尚且つ倒しまくっている。
だが目を見張るべきは、その暴走ぶりよりも、変形したザラの足甲だった。突入の前に見ていた足甲とは大きくかけ離れた、鈍器のような形状。まるで魔牛の頭のような禍々しさ。
それで一人を蹴りつけると、足甲が赤くなった。熱せられた鉄のように、目に見えて火力が上がったと分かる。
ザラの飛び込んでくる気配を察知した、最奥に位置する魔術師が杖を振る。ザラの隣の壁が突き出し、防御層を作った。
「邪魔だ!!」
構わず熱を噴射し、足甲を蹴り回す。インパクトの瞬間、衝撃波が放たれる。壁の後ろに隠れた二人諸共吹き飛ばし、すかさず後方が捕縛する。
「綺麗な連携ですね。流れるようというか」
「そうですね。少々、カーディナル様が強引な気がしますが、魔術の特性上かも知れませんね」
「独特ですね。あれは、打撃の数に何か仕掛けがあるんですか?」
「ええ。『カウントアップ・マーシャルアーツ』と呼ばれる、特殊な魔術だそうです。あのお二人の真髄は、打撃回数にあるのだそうで」
「よく調べましたね。暗部の調査能力の成せる業ですか?」
「いえ、団員の方が教えて下さいました。皆様、鼻の下を伸ばしながら、それはもうご親切に教えて頂きました」
徐に胸を寄せて見せる。一体何を期待しているのか、妙な眼差しを向ける。
「……さぞ優しい人達だったんですね」
「……ブラッド様はむっつり、と」
「変なメモしないで下さい。何も言ってません」
「まあ、冗談はさておき……また動きますよ」
次に彼女が差した先は、一階のベルの方だった。
彼もザラ同様、打撃数が魔法の発動のカギだという。目を凝らすまでもなく、不穏な気配を感じる。
火球を打たれ、斬撃を受け流してはいるが、明らかに囲まれている。かすり傷程度に留めているのが不思議な程だ。
「ベルさん、おされてませんか?」
「そう見えますね。ですが、あれこそが彼の戦い方なのでしょう」
「どういう意味ですか?」
「ベル・カーディナル様の魔法について、団員の方々はこう助言して下さいました」
次の言葉を待ちつつ、視線は下へ。不敵に笑ったベル、その拳の手甲に緑の光が灯る。そして地面へ拳を見舞った直後、魔力が意志を持ったように部屋中を巡り、床を滑り、空間に亀裂をつける。
「とにかく、巻き込まれるな、と」
全てをかき消す、そんな轟音。蓄積された魔力の奔流が、瞬く間に一階を呑み込んだ。
魔術師達は吹き荒ぶ魔力に圧され、壁に打ち付けられていく。
奔流は留まることを知らず、塔すらも揺るがした。振動が収まった時に立っていたのは、ベル・カーディナル唯一人だった。圧巻の光景に、しばし呆気に取られた。
「凄いですね。まるで龍の霊体が暴れたみたいに見えましたけど」
「食らった攻撃の数や威力に応じた衝撃を、その場に適した形にして返す魔法だそうです」
しかしそれは、相手から攻撃を受けないと真価を発揮出来ないという事でもある。しかも戦闘の最中なら、深手を負う可能性もある。
かなり制限のある魔術に思える。しかしそれを使いこなせている事は、師団長という立場が証明している。
「格好良い魔法ですね、二人共」
「ブラッド様も真似れば宜しいのでは?」
「いやあ、肉弾戦は苦手なので」
「成程。道具派という事ですね」
「魔法の話ですよね?」
おふざけに付き合っているうちに、討伐はほぼ終わりを迎えている。
階下では既に、団員が合流し始めていた。
「制圧が終わったら、どうするんでしょう?」
「まずは、情報収集でしょう。何か外部とやり取りした痕跡や文書を探す事になります」
まあ、殆どは焼かれているでしょうが。と続けながら、ネネフィリアは上を眺めた。そう言えば、まだルピナス達は戦っていたはずだと、釣られて上を見上げた瞬間ーー。
頬にボタリと、赤黒い滴が落ちた。
鉄の臭い。指で拭えば、生温い不快な感触が指に伝わる。
その血の元を目で追う。上で何が起きたのかと、下から見える範囲で探る。
その凄惨な光景に、言葉を失った。
天翼族が戦った一角に、石弓で射殺された死体が幾つも転がっていた。床から突き出した石槍に串刺しにされた男は辛うじて息があるのか、血の混じったあぶくを吹いている。即死した方が、きっと幸せだったろう。
最早、屍となった者達の前で、ルピナスは翼を広げて空に浮いていた。その冷酷な目が、こちらを一瞥する。
裏路地で攻撃してきた時の、憎しみの目とは違う、冷たい色。殺すことをなんとも思っていないような視線。
「……酷い」
そう絞り出すのがやっとだった。
「……そうですね。魔族とは、どこまでいっても、人ならざるものですから」
「よく平気ですね」
「仕事柄、としか言えませんね。時には殺害現場にも赴かなければなりませんから」
感覚が麻痺する経験は分かる。狩りのせいか、デヴォンの死のせいか、動揺はしても取り乱しはしない。
いや、今考えるべきは、そんな話ではない。
虫の息の魔術師に、ルピナスはさらに槍を手元に引き寄せた。
急所を一突きにしようと振りかぶる。
「ッ!!」
その穂先と男の間に、障壁を挟んだ。咄嗟ではあったが、間一髪で槍を阻む。それが、ルピナスには気に食わなかった。
しかしそれも当然の事、憎んでいる相手に自身の攻撃が阻まれ、平然としている筈もない。
鋭い眼光をこちらへと向けてきた。
瞬きした次の瞬間、胸ぐらを掴まれて足が浮いた。
「どういうつもりだ、貴様!そんなに私の邪魔をしたいか!?」
凄い剣幕。文字通り矛先がこちらに向いている。しかし、譲る気はない。
「今回の任務は制圧の筈です。殺戮にきたんじゃない」
「生け捕りにすべき人間は頭に入っている」
「だから、それ以外の人間は殺して良いと?」
「生かす理由があるか?こいつらを見ろ。無法者、ならず者以外の何だ?害のある者は、生かせば必ず報復に出る。ならば反撃する気も失せる程に叩き潰す」
それの何が悪いと、本当に、悪びれもせずに言い放つ。あまりに極端な思考だ。
「だからって、あんな殺し方をしなくても……」
「人のやり方に邪魔立て出来るほど偉いのか?」
言葉が口をついて出るのを止められない。あの地下室の光景が、頭に浮かんでしまった。
自分が中途半端だというのは自覚している。それでも、こんなやり方を容認すべきではない。
少なくとも、ロヴロの憧れた人達なら、こんな無駄な殺しを選んだりはしない。
敵となった他者を悼む事すら出来ない、尊厳のない死を強要するなんてーー。
「これではデヴォンと、連中とまるで変わらない。
「……貴様」
声が低くなる。風を切る音と共に、羽の刃が喉元に突きつけられる。
先端が喉に食い込む。、血が数滴伝う。
「うっ!」
「私が、あの蛮族と同じだというのか?我等の恩人から尊厳を奪い、今度は私を愚弄するか」
「少なくとも、目の前で人殺しを容認する気はありません。愚弄と捉えるなら、お好きにどうぞ」
「余程、私の手で殺されたいらしいな」
「どうせ、許す気はないんでしょう?」
タダで殺されるなんてご免だ。至近距離でも、やりようはある。反撃の為に魔力を、ルピナスの殺意に負けぬよう込める。
互いに攻撃を放とうとした時、ふと屋上から光が差した。色鮮やかなステンドグラス、そう映っていたそれに、瀕死の男が杖を翳したのだ。
硝子の継ぎ目が、魔力に呼応して歪む。それは紛れもなく魔法陣の形。
異変に気づき、ルピナスの手も止まる。
「……こんな所で、終われん。御方に栄光を!この世に昏き混沌を!」
悲痛にも聞こえる叫びと共に、男は事切れた。その命、魂を贄と昇華するように、天へと昇る。
「させるか!!」
ルピナスが素早く槍を生成。放たれた槍が、魔法陣に衝突する。だが、攻撃も虚しく、槍は弾かれ塵と化した。
それだけではない。全貌の分からぬ魔法陣が、近くの者達に牙を剥く。
「ッ!!」
天井から赤黒く滲んだ粘糸が射出される。不意打ちに、天翼族の翼が掠った。
粘糸による攻撃は、それだけで致命的だった。
瞬く間に全身に糸が巻き付き、天翼族の三人は自由を失った。階下へと落ちそうになる者達を、『柔化』させた床材で受け止める。
そのまま、ネネフィリアの方へと移動させる。
「それ、切れますか?」
「多少時間は頂きますが、恐らく」
「じゃあ、お願いします!」
「おい!なんか来るぞ!!」
階下から飛ぶザラの声。上を見れば、天井が砕かれ、瓦礫を落ちてくる。
天井を覆うほどの体躯。獰猛に軋む前顎。八本の節足には棘が生え、赤と紫の体色が毒々しい。
地獄の蜘蛛『アラクネ』の顕現。




