81封玉匣
本来の仕事へと戻る為、ノエルに先導を頼んだ。控え室は皆が集まっていた場所の地下に造られていたらしい。
薄暗い通路に、地上からの光が差している。そして突き当たりの階段から、一際強い光が漏れていた。
「あそこが地上階に通じているわ。そろそろ私達もお仕事しないとね」
「いや、俺は別にサボった訳じゃないんですけど」
「つべこべ言わない。ほら、襟が乱れてるわよ」
「あ、すみません」
前に回り込んだノエルの手が襟元へ伸びる。一人で出来ると言って、聞いてくれると思えない。足を止めて大人しくしていると、反響した音が地下にまで響いてくる。
何かの破裂音、それに次いで悲鳴のような声。
「花火でも上げてるんですか?」
「そんな筈ないじゃない。訓練って言ったでしょう、もう」
「すみません。でも、今更ながら訓練の内容を聞いてなかったもので」
「あら、そう言えばそうだったわね。まあ、見れば分かるわ」
階段を登れば、視界が開けた。
地上階へ出た瞬間、魔力を帯びた何かがひらりと眼前を舞う。
「……花びら?」
「ええ。本物ではないけれどね」
舞った花びらを払い、ノエルは広場に視線をやった。つられて見た先には、魔術師団の団員が生徒を見守りながら、幾人も同じ魔法をかけている。
その魔法は空中に蓮のような花を咲かせ、天翼族の兵らしき者達が風で花びらを方々へと飛ばしていた。
おかげで視界いっぱいに桃色が広がっている。
吹き荒ぶ風と花びらに囲まれた中、生徒達は手元にある何かと睨めっこしている。
「どう?何をしているか分かったかしら?」
「え?えっと……」
隣から投げかけられた質問と試すような視線に、身が強張る。何をしている、と言われても、花と風が舞っているようにしか見えない。
「集中力を上げる鍛錬……とか?」
「えー?それだけ?ここまで大掛かりな事をしておいて?」
「すみません。全く分からないです」
「ふふ。そうよね。だから聞いたんだもの」
くすくすと笑うその手元に、何か握られていた。恐らく、生徒達が持っている物と同じ物。
黒鉄で出来ているような重厚な造りの匣、所々に魔石の玉が埋め込まれているそれを、ノエルはこちらに手渡した。
「これは?」
「これは封玉匣と言ってね、この国の職人が造った魔具なの。魔力を溜め込む性質のある素材と、それに適合する鉱石で作られているの。彼等には、これに自分の魔力を込めてもらっているわ」
「魔力を込めて、どうするんです?」
「あら、変な事を聞くのね。匣なんだから、魔力を込めて開けるの」
大掛かりな仕掛けの割に、それだけ?
言葉にしていない筈なのに、ノエルの目が細くなった。
「それだけ、とか思ってないかしら?」
「そんな事は……」
見透かされている。分かった上で、笑みを浮かべている。
「ふふふ。でも、その単純な事が、案外難しかったりするのよ。物は試し、やってみれば分かるわ」
「まあ、そう言うなら……」
そして俺の手に手を添えて、実践を促してくる。魔力を込める、難しい事は要らない。
いつも通り魔力を練り上げ、手に集中させる。
魔力が匣を包み込み、巡っていく。すると、拍動が手に伝わる。埋め込まれた翠玉のような魔石が光り、匣の接ぎ目にまで色がついていく。
そして、カチリと音がしたかと思うと、六面体のうち、二面の魔石がズレて、面自体の色が白く変わった。
「まあ。まさか最初から二面まで開けるなんて。魔力が多いのね」
「そうなんですか?」
「普通は一面でも手を焼くものよ。ほら、あの赤毛の男の子、びくともしてないもの」
赤毛、離れたところを見れば、険しい顔をしたジンが手元に力をずっと込めているのが見えた。あれでは箱を握っているだけになっていないだろうか。
「まあ、あいつは予想通りと言いますか……。元々、魔力も多い訳ではないみたいですし」
「あらそう?でもこの匣の魔石、本人の魔力量に呼応するように出来ているから、難易度は皆同じくらいな筈よ」
「便利な魔具ですね」
持ち手によって上限が変わる魔具。鍛錬の為ならば、理に適っている。
今しがた魔力を流して見せたが、かなり注いだつもりだ。それで二面までとは、全て開けるのはかなり骨が折れる。それは、他の生徒も同様だろう。
「ならこれは、魔力上限の底上げという事でしょうか?」
「そうね、半分正解かしら」
「半分?」
「魔力が上がるのは良い事だけど、練り上げるのが雑だと、魔力が分散して術が発動しない、なんて事は良くあるでしょう?そこで、あれが必要になってくるのよ」
ノエルは前方を指差す。そこら中に舞った蓮の花弁が爆ぜ、爆竹のような音がした。
「『爆ぜ花』という魔法よ。花に術者以外の魔力が触れると、弾けるようになっているわ」
「それで周囲を囲んでいるとなると……」
成程、訓練の意図が浮き彫りになっていく。
「匣に込める魔力が少ないと魔石は光らない。でも速くやろうとコントロールが雑になれば、余分に漏れ出た魔力が花に当たって破裂。いかに高純度の魔力を短時間で練り上げられるかが課題ね」
花を避けつつ魔力を込める。持っているのが杖から匣になっただけに見えるが、実際はまるで違う。
杖を振るう時、魔法を使う際の魔力の込め方には個人差がある。誰しもが失敗しながら適切な魔力を調節し、体感で魔力量を掴んでいる。
この匣はそれを可視化してくれる。込めるべき量、増幅させる感覚、練り上げる速度、目に見えるだけでかなりの恩恵が期待できる。
匣を手の中で転がし、再度魔力を込める。その視界の端に、花びらがふわりと浮いてくるのが見える。ノエルの試すような視線。
わざと飛ばしたな。
先程よりもっと魔力を腕の中に留め、手元へ巡らせる。三面目が白く光った時、花びらは爆ぜることなく腕の上をすり抜けた。二枚、三枚と周囲を舞っても、物音はしない。
「あらぁ、説明したとはいえ、順応が速いのね。不意打ちのつもりだったのだけれど」
「お陰で本気では出来ませんでしたよ」
「その割には平気な顔してるわよ」
「まあ、多少は心得があったので」
過去にやった修行の方が、もっと難しかった。ケミィが吹いたシャボン玉を、割れる前に魔力で保護するのと、よく似ていた。
シャボン玉を割ったら、理不尽にもルルに頭を殴られていたから覚えている。
お陰で魔力を込め過ぎないという感覚は掴んでいるつもりだ。
「ところで、ノエルさん」
「何かしら?」
「この匣に魔力を込めるのは分かりました。でもこれ、開いたら何かあるんですか?」
「……ふふ」
「?」
おかしな事を言っただろうかと眉をひそめれば、ノエルが咳払いをして謝った。
「ごめんなさい。落ち着いて大人びた子だと思っていたけれど、可愛らしいところもあるのね。大丈夫よ、開けられた子にはちゃんとご褒美が入っているから」
「いや、別にそういうのが欲しい訳じゃ……」
「よしよし、分かってるわ」
「いや、絶対分かってないですよね」
何故頭を撫でる。これで本当に団長なのだろうか。壇上にいた時と違い過ぎる。
「さて、説明は終わり。私もそろそろ戻らないと」
「え、もう?」
「あら、そんなに私とお話ししたいの?」
「いえ、大丈夫です。説明、有難うございました」
「むぅ。可愛くないわねぇ」
ふざけていたノエルが口を噤み、視線が上階へ向く。
上流階級の見物人や護衛達が、生徒達を見下ろしている。
その中にはルピナス達もいた。
「さてと、私もそろそろ、ご挨拶してこないと。またね、ブラッド君」
手をひらひらと振るノエルに、頭を下げる。
団長の仕事なんて想像もつかない。
貴族との軋轢や、他者からの重圧が計り知れないが、本人は表情を変える事なく向かっていく。
その背を、少しは見習わなくては。
本来の仕事へと戻るべく、気を引き締める。
丁度見知った顔がいたのもあって、花びらが爆ぜたタイミングで声を掛けた。
「……チッ!」
「お疲れ様、シュナイダー」
「あ?」
見るからに不機嫌そのものといった、仏頂面がこちらを向く。何度も花びらに邪魔され、苛々しているのは明白だった。
「俺がヘマしてるのを笑いに来たのかよ?」
「いや、それはいつも通りだろう。お前がすんなりできる方が怖い」
「喧嘩なら買うぞ、てめえ」
「冗談だよ。確かにこれは、ちょっと骨が折れるな。速く、濃く魔力を練るのは、慣れがいる」
「お前は開いたのかよ」
「いや、まだ半分」
「やっぱり冷やかしに来たんじゃねえか」
だから違うというのに。
この匣の許容量は人それぞれ異なるとは言え、一面すらも開かない程に不器用な男だとは思えない。激昂時に魔力を練り上げる速度は、生徒の中では寧ろ速い方。序盤でつまずくようには見えなかったが……。
「……気負いすぎ」
「えっ?」
振り返るジンの視線が下がる。全員を白昼夢に誘った術者、モニカ・セリが寝ぼけた目を擦って立っていた。どこから取り出したのか、抱き枕を片腕で抱き寄せながら、視線をジンへ向ける。
「えっと……団長さん、一体何を?」
「……君の夢……針みたいな視線……冷たくて……悲しい」
「……は?すんません、よく意味が……」
「……大丈夫……ここには……優劣をつけてくる人は……いない。……もっと気楽に……ね」
「……うっす」
ジンの視線が泳ぐ。一瞬、物見の席を一瞥したのを見逃さない。
ああ、そうだった。
ジンは過去に教師から差別を受けた。
少しは自信がついたと思っても、傷はそう簡単には消えない。初めて会う貴族の反応や周囲の視線が、嫌でも気になるのだ。
その過去を、自身の心中を投影した夢、それをモニカは知り、声を掛けた。言葉少なではあるが、ジンには伝わったようだ。
モニカが見せたあの魔術は、精神面をケアする役割も担っていたのか。人によってはかなり助けとなる魔術に思えるが……。
「凄いですね、モニカ団長。まさか、全員にそうやって声を掛けているんですか?」
「……!!」
感嘆して思わず話しかけた途端、モニカは肩をびくりと震わせ、ジンの背後へと回った。のんびりした口調とはかけ離れた俊敏な動きで距離を取られ、顔が引き攣ってしまう。
「あのぅ……団長さん?」
「……あなた……危険……近寄らないで」
「いや、近寄るなと言われても……」
こちらも仕事の手前、そんな訳にもいかない。しかし、一歩前に出ただけで、弾かれるようにどこかへ行ってしまった。
残されたジンが、意味が分からないと間の抜けた顔をする。ジンもロヴロに対して、同じ感想を抱いた。
「お前、何やったんだ?」
「俺が聞きたいよ」




