79新たな出会い
殺気立っている天翼族の二人。その表情は硬い。
風で巻き上げた羽が舞い、狭い路地を縦横無尽に飛ぶ。
その一枚一枚が、まるでナイフのように鋭い。頰を掠め、血が滲んだ。堪らず腰から剣を引き抜き、急所を突きかねない羽を弾いた。
「名乗りもせずに攻撃とは、随分不躾ですね」
「黙れ、よそ者が」
静かに激昂する女が腰の雑嚢から筒らしきものを取り出し、一振り。
機械仕掛けの音がし、仕込み槍が伸びて組み上がった。
穂先の刃、その根元にルーンの刻印が見受けられた。だがそれを確認する隙を与えるはずもなく、女は槍を繰り出した。
切っ先はまるで届いていない。しかし、直感的に線上から逃げる。突きと共に突風が吹き荒んだ。直撃を避けたにも拘らず、風に足が浮き、体制が崩れる。
裏路地の壁が軋むような音を立てる。派手な戦闘を嫌うかと建物の側で迎撃する気だったが、まるでお構いなしに槍を振るい続ける。
「面倒だな」
足元に小さい魔法陣を描き、踏みつける。『ブースト』で距離を詰めようとした、刹那。
バシュッ!!
引き金を引いた音に、反射的に手が動いた。当たる寸前、石弓から放たれた矢を剣で防いだ。
まるで砲弾でも受けたかのように、剣と腕が痺れる。だがそれよりまずいのは、女の槍の射程圏で、足が止まってしまった事。
間合いを詰めるのを読まれた、確実に仕留める為の連携、必中を確信した女が、鋭い声を上げた。
「死ね、ロヴロ・ブラッド!ディーン様の仇!」
槍が首へと伸びる。障壁は間に合う。しかし槍を阻んだのは、障壁ではなかった。
チリン、と鈴の音が一つ、路地に谺した。
「ッ!!」
二人は身を硬直させ、攻撃が止んだ。戸惑い、目を見開いている。
ーーなんだ?
「武器を納めろ、お前達」
威厳のある、落ち着いた声。そしてまた鈴の音が鳴り、二人は拘束を解かれた。
慌てて武器をしまい、背後の声の主へ向けて跪いた。路地の奥に、離れて止まった馬車が一台。その前を悠然と歩く、貴族階級らしき男が歩み寄る。
年齢は二十代半ばと言ったところだろうか。真紅の外套を纏った、堂々とした出立ち、身分が高い事は明らかだった。
「ルピナス、レナード。随分と仕事熱心なことだな。私は待機を命じた筈だが?」
「ですが、ラオス様。こいつは……」
「こいつではない。大事な客人の一人だ。勝手な真似はやめてもらおう」
名を呼ばれた女はそれでも尚、歯を食いしばりこちらを睨む。
そして渋々と言わんばかりに、こちらへ頭を下げた。
短く息を吐き出し、ラオスと呼ばれた男は再び二人を見遣った。
「お前達は城へ戻れ。この処分は追って知らせる」
「……はっ!」
そしてもう一度、二人は頭を下げて一歩下がった。広げられた翼が風を巻き起こし浮上、そのまま城の方角へ、姿を消した。
危機は去ったと剣を鞘へと戻せば、ラオスがこちらへと近づいているのが見えた。
「怪我はないか、ブラッド君」
「ええ。ありがとうございます。危ないところを助けて頂いて……」
「危ないところ、か」
呟いたラオスは、苦笑するように頬を緩ませた。
「本当は、わざわざこんな事をしなくても撃退できたのではないかな?」
「相手が誰か分からなかったので……それに、街の中ですし」
「そうか。配慮に感謝する。お詫びに君の宿舎まで送ろう。詳しい話は中で」
手を通りの入り口へ向ければ、馬車の扉が開いた。そして先程の、鈴の音が小さく鳴る。
近づいて見たそれは白を基調とし、家紋らしき紋章が彫られている。今更ながら、土足で乗るのも憚られる気がしてきた。
おっかなびっくりといった様子で、馬車に足を掛け、中へ。一歩で、魔術の気配を察知する。
外から見ていた大きさより遥かに広い室内が、眼前に広がった。
「これは?」
「魔法よ。ルーンに込める魔力で、内部を広く出来るの」
死角から声が掛けられる。穏やかな、聞いているだけで落ち着く声の主へと視線を向ける。
白い隊服、らしき物を少し着崩した女がそこに居た。
隊服につばの広い帽子を目深に被っているのは、些か奇妙ではあるが……。
だが服装よりも目を引くのは、気品すらも感じられる美貌、それに帽子から溢れる豊かな銀髪を飾る、幾つもの鈴の付いた髪飾り。
「初めまして。私はノエル・マーシャ。気軽にノエルさんって呼んでね」
「えっと、初めまして。俺は……」
「ブラッド君、で合ってるわよね?ヤノス王国の救世主様でしょう?」
「止めてください。あれは、そんな大層なものじゃないので」
「あらあら、控えめなのね」
「いや、そうじゃなくて……」
言い淀んでいると男が乗り込み、馬車の扉が閉まる。そしてゆっくりと動き出した。するとノエルの雰囲気が変わった。表情を引き締め、ラオスに向けて頭を下げた。
「そう畏まらないでくれ、ノエル」
「そんな訳にはまいりません。王子」
「王子!?」
思わず、声が上擦った。位が高いとは思っていたが、どこかの貴族程度に思っていた。
二人の視線が刺さるようで、気恥ずかしい。
「くすっ。知らなかったのね。随分と堂々としてると思ったわ」
「すみません」
「いや、先に名乗らなかったのは私だ。国外の人間皆に認知されていると思うのは、驕りが過ぎるというもの」
確実に世間知らずな自分が悪いが、さほど意に介してはいないらしい。それどころか、どこか嬉しそうですらあった。
「改めて、私はラオス。ラオス・メリゴールド。この国の王、アデル・メリゴールドの息子だ。第三王子だから、あまり有望な方ではないがね」
王族に有望も何もないのでは?
こちらの声にならない疑問など知る由もなく、ラオスは続ける。
「そして彼女は、凄腕の魔術師でね。私の護衛を買って出てくれた」
「あらあら、凄腕なんて。お褒めに預かり光栄です」
「護衛は一人だけなんですか?」
「他に必要ない。ノエルはこう見えて、王国の第一魔術師団で団長を務めている」
「団長?」
「誤解しないでね。別に私が一番強いということじゃないから。そんな腕っ節もないもの」
おどけているが、大した事のない魔術師に、そんな称号はつかない。決して弱くはなかったあの二人を簡単に止めたのが、良い証拠だった。
「何故そんな方々がここに?偶々通りかかったとは思えませんが」
「まあ、嫌な予感がしたとでも言っておこう。それよりも、ルピナスとレナードの件を謝らせてくれ。招いておいて、あんな目に遭わせてしまった」
ラオスは深々と頭を下げた。彼自身に非がある訳でもないのに、そう何度も謝られるのは心苦しい。
「いえ、良いんです。ただ、何故あの二人は、あんな風に攻撃を?」
「そうだな。どこから話せば良いか……」
ラオスは手を口元へ当て、少し黙った。記憶を整理し、そして訥々と話し始めた。
「少し遡るけれど、ディーンがシャルロット陛下に半ば強引に求婚を迫った事があっただろう?」
「ええ。少し乱暴なやり方でお帰りいただきましたけど」
あの時の光景は覚えている。貴族とは、皆こんなに傲慢な物言いをするのかと、呑気に眺めていたが……。
「すみません。今にして思えば、礼を欠いた行為でした」
恥をかかせてしまったと、今なら分かる。こんな子供にあしらわれ、きっと屈辱的だった筈だ。
「謝らないでくれ。君が悪い訳ではないんだ。もっと前から、彼はおかしくなり始めていたよ」
「どういう意味です?」
「以前の彼は、傲慢とは縁遠い程に謙虚で、平民や魔族、立場の弱い者に手を差し伸べる事の出来る男だった。襤褸を纏った孤児を助ける貴族は、そうはいない。実際、彼の行いは偽善だと揶揄する者もいたが、私にはそうは見えなかったよ」
俄かには信じ難いが、嘘をついているようにはとても思えない。
「シャルロット陛下に縁談を持っていくというのも、おかしな話だった。普段の彼なら、接点を持つ方策など幾らでも思いつきそうなものなのにと、皆思っていただろう」
「随分買っていたんですね、彼のことを」
「これでも、本音で話し合える、数少ない友だったからね。肝心な時に、助けてはやれなかったが……」
遠い目をしたラオスの表情に、暗い影が落ちる。確かディーンは、異教団に拐かされた筈。
「ラオス様。今は彼が狙われた理由をお教えして差し上げた方がよろしいかと」
「ああ、そうだね。すまない」
重い空気に耐え兼ね、ノエルが先を促した。
「ディーンが、立場の弱い者達を支援していたと言ったろう?それは、魔力の乏しい魔族にも同じ事が言えてね。天翼族に市民権を得る為に奔走したり、魔族特有の働き口を斡旋したりしていたんだ」
「ディーン公爵の治めていた領地は、未だにそういった方々が生活しているわ」
「では、さっきの二人も?」
「ああ。あの二人に限った話ではないが、混血や魔力の乏しい天翼族は、迫害の対象になってしまう事が多かった。そういう者は、最悪の場合、国を追われて別の住処を探す、なんて事にもなり得た」
それはまた極端な話だ。しかしその思考はいわば、魔族に刻まれた本能のようなもの。
「国を追われた魔族が同族狩りに手を染める、なんて痛ましい事件もありましたからね」
ノエルの言葉に、ラオスが静かに首肯する。
「それに歯止めを掛けた要因の一つが、ディーンの功績だった。彼の地道な行いは、人間と天翼族の隔たりを徐々に無くしていった。あんな事があった今でも、ディーンを慕う者は多い」
確かにその話を聞けば、異教団に内通し、国を襲う手引きをしたと言われても、そう簡単には信じられない。
面と向かって対峙したあの時と、あまりに印象が違いすぎる。
それに、ルピナスは確かに言ったのだ。ディーン様の仇と。
「あの、ラオス様。いや、殿下?」
「そう固くならなくても、ラオスで構わない」
そんな訳にはいかない。
「ディーンさんは、亡くなられたんですか?」
「ああ。先日、自室で息を引き取っていた。今の所は、自殺だと考えられている」
「それは、王都襲撃の後ですか?」
「ああ、その筈だよ」
まるで口封じのように、タイミングが良すぎる。
それに先刻の話、明らかにおかしい。ラオスはディーンの功績を、地道な行いと評し、更に友と呼んでいた。
撃退した勇者気取りの青年は、あどけなさの抜け切らぬ若者だった。地道と評される年月を刻んでいないのは明白。
「あの、ディーンさんの年齢は?」
「五十は超えていた筈だ」
「実年齢より若く見える人でしたか?」
「いや、本人は昔から、老けて見える事を気にしていたが……」
やはり、おかしい。
恐らく城に現れ、求婚した男は、彼等の知るラドン・ディーンとは別人だ。
あの時からデヴォン達は、城を襲撃する策を講じていた。
城に入り、縁談を断られ撃退される。そして逆恨みをして国を襲う手引きをする。些か無謀というか、訳のわからない筋書きではあるが、実際にやって退けているから、それは置いておく。
肝心なのはそこではない。明らかに疑問が残る。
何故本人は、偽物の存在に異議を唱えなかったのか。自身の名を騙った挙げ句、貶めるような行為を働いている若者がいたのだ。普通なら認める筈がない。
なのに、本物を知る者達の方が、本人が取った行動だと思っている。国家間でこうも情報がずれるものか?
奇妙という他ない。しかしとにかく、襲撃に加担したディーンは偽物であったと伝えるべき……。
いや、それはどうなのだろうか。
偽物である事に疑いはない。しかし、リタが指示した内通者はディーンを騙った人物ではなかった。
偽物の情報を、ネネフィリアに尋ねるのが先か?徒らに情報を流すべきではない?それとも、この国の暗部に近い者達は、既にこの事を知っているのか?
「……ブラッドく〜ん?聞いてる?」
「え?ああ、はい……」
「本当に?」
「……すみません。聞いてませんでした」
ノエルに咎められ、素直に上の空である事を白状した。
「もう。折角忠告しているのに。良い?この国の人、特に魔族には、ディーンさんに多大な恩を感じている者が多いの」
さっきも聞いた事を、ノエルは改めて言い直す。
「そんな人の名誉を傷つけ、死に追いやった責任の一端は貴方にもある。そう逆恨みする者が現れてもおかしくないのよ。あの二人のように、ね」
「それは流石に言いがかりでは?」
「言いがかりよねぇ」
「いや、納得されても……」
そんな事情なら、それこそ宿舎に護衛でもつければ良い。そう糾弾したくなったが、その護衛すらも仇と見なす輩だったら……。
気を抜いたら見えぬ所から、思わぬ形で刺されてしまう。嫌な想像で冷や汗が伝う。
「もし心配なら、私の家にでも来る?」
「いや、それは大丈夫です」
確かにノエルなら、穏便に済ませられそうではあるが、泊まるのは色々とまずい。
「心配しなくとも、信頼のおける者を宿舎の警護につけるさ」
「そう言ってもらえると助かります」
現状は、ある程度理解した。ディーンの話は一度持ち帰り、リタに指示を仰ぐべきかも知れない。




