75休息と来訪者
襲撃から数日が過ぎた。
シャウドが言った通り、デヴォンの遺体は調査機関へと送られた。
魔術師や冒険者、衛兵達は街の復興作業に駆り出されている。
学院も例外ではなく、授業どころではない。
という近況報告を、王城の地下に設けられた一室、そのベッドの上で聞いていた。
襲撃の後から、ずっと手厚く看病されている。女王を救出したとは言え、好待遇に引け目を感じてしまう。
「今更ですけど、やはりここまでするのは大袈裟では?」
「何言ってんのよ。ボロッボロだった癖に。やっと腕が上がるようになったんじゃないの?」
「……まあ、そうですけど」
実際、解毒を繰り返したせいで、体は限界だった。熱や痛みがようやく引いてきたくらいだ。
魔力を練るのも躊躇うほどの疲労は、魔術師にとっては酷い状態といえよう。
「良いじゃない、別に。手厚くされる程の事をやったんだから。まぁ、お城まで来るのはちょっと手間だけど〜」
「焦げそうですよ、バレイアさん。それと酒臭いです」
「何よぉ?文句あるなら、この葡萄酒も混ぜちゃうわよぉ?」
赤ら顔で魔法薬の鍋を混ぜる女性。目が据わっているのに、不思議と調合は間違えない。
ハイヒールをふらふらさせ、ボブの髪をいじる姿からは想像もできないが、学院の医務室を任されている魔術師である。
直接ここまで赴くのは、ルーカスの計らいだ。見知った人間に経過観察される方が、気を遣わなくて良いだろうと。
ここで薬を調合する必要は無いが、バレイア曰く、医務室に籠るのは暇だからだそうだ。だが本音は寧ろ、酒を飲めるが大きいだろう。
「それとも、女王陛下の看病がいいの?きっとお風呂まで着いてくるわよぉ」
「あながち否定できないのが恐ろしい」
実際、ここを手配したのもマリアの意向だった。
帰ろうとすると泣いて縋り付いてくるので、押し切られる形でここで大人しくしている次第だ。
「薬の調合中にも良く顔を出されるものねぇ。暇なのかしら?」
「怒られますよ」
「冗談よぉ、全く。少しは有り難いと思いなさいよ〜。こんな美人と二人きりなんて、滅多にないんだから」
「はははっ」
「あんた本当に酒飲ませるわよ」
「ごめんなさい」
酔っ払いの癖に、反応は良い。
本当に教員かと言いたくなるが、看病してくれているので何も言えない。
「いいわねぇ。寝てるだけでも三食とおやつが出るし、そっちに置かれてるの、報奨金か何か?」
「ええ、要らないって言ったんですけどね」
部屋の隅に置かれた大袋に、金貨がはち切れる程に詰められている。
「復興に使って下さいっていったら、増やされました」
「何それぇ、私も欲しい〜」
「泥棒ですよ」
「なんでよぉ。私の薬それなりに高いのよぉ」
匙で鍋の中を混ぜ、また何か別の材料を投じた。
中身が泡立ち、薬とは思えない甘い香りを放ち出す。
調合の手腕と容姿に見惚れてしまいそうだ。言動が残念な事を除けば。
「あんた、今失礼なこと考えたでしょ?」
「いえ、そんな事は……」
いやに勘が鋭い。誤魔化すように咳払いを一つ。
「話は変わりますけど、皆、大事に至らなくて良かったですね」
「不幸中の幸いねぇ。誰か、お見舞いに来なかったっけ?」
「ええ、まあ。クラスの子達は何人か。それと先生方も。意識がぼやけていましたから、なんとも言えませんけど」
エミリー達や、ルーカスが来た事はなんとなく覚えている。他にも人が来た気がするが……。
「ほら出来たわよ。はい、あ〜んして」
「いや、一人で飲めます」
魔法薬を一匙掬い取り、口元へと押しやってくる。
「可愛げないわねぇ。女の子を適当にあしらうと、後が怖いわよぉ?」
「女の子って……」
「ふん!」
「むぐっ!!」
乱暴に放り込まれた魔法薬の甘さが口に広がり、喉を通っていく。体に取り込まれた途端、細胞が活性化していくのが分かった。魔力ではない、活力とでもいうべきものが全身を駆け巡っている。
ポーションというより万能薬、エリクシールに近い。
飲んだくれた振る舞いからは想像もできぬ繊細な魔法薬の出来には、素直に脱帽だ。
感心している間に、隣で硝子同士が擦れる音が鳴る。バレイアが薬を容器へと移してから、調合器具を片づけ始めた。
「手伝いましょうか」
「良いわよぉ、このぐらい」
調合の素材の残りを綺麗に拭き取り、器具を清潔に保つ手際は手慣れたもので、雑嚢へ整然と並べられた。
「さてと、私はまた医務室に篭るとするわぁ」
「すみません。お忙しい中……」
「労うなら、お酒がいいわぁ。それより、薬残しちゃ駄目よぉ」
欠伸をしながら、だるそうに手をひらひらと振り、バレイアは部屋を後にした。
地下ということもあって、人がいなくなれば静まり返る。
窓すらないのは少し物足りない。蔵書や遊戯盤を退屈凌ぎにおいてくれてはいるが、些か暇を持て余してしまう。
薬の残りを一気に呷る。そして身体に力を込め、魔力を巡らせる。
「まだ本調子じゃないか……」
活性化されても尚、魔力の流れが少し頼りない。
あまり世話になり過ぎるのも、肩身が狭い。少しでも早く治せるように、体を休めなければ。
大人しく本を読み、時間を潰す。
パラパラとページをめくる音と、時計の秒針だけが部屋に響く。
たった一日の激闘で、こうも平穏が身に染みるとは。
本を閉じてしまえば、また思い出してしまいそうだ。
デヴォンの顔、蒼星石。それにあの記憶。
思い返しても仕方ない。しかし無視もまた出来なかった。
思考を紛らわすように、本へと意識を向ける。
そうして二時間ほど経った頃、廊下を歩く足音が聞こえてくる。
ヒールのような音、バレイアが忘れ物でも取りに来たのかと視線を向ければ、ノックの後に扉が開かれた。
「失礼致します。ブラッド様に軽食をお待ち致しました」
深々と頭を下げた小柄な女性が、カートを押して入室する。銀の蓋を被せられた皿から、香ばしい匂いが漏れる。
しかしもっと目を引くのはその女性だ。
クルクルと巻かれた、紫の髪。看病されている間、何度もメイドを見たというのに、彼女には見覚えがなかった。
ベッドの隣に来ても、メイドは伏し目がちでこちらを見ない。しかし常に薄い笑みを顔に貼り付けている。
「本日はマフィンでございます。どうぞ、ご賞味下さいませ」
蓋を開けようと、伸ばされた腕を咄嗟に抑える。力を込めすぎると、折れてしまいそうな細腕。しかし袖の中に、しっかりと杖を備えている。
「ふむ、良い反応だね」
「メイドじゃなさそうですね。どちら様ですか?」
「名乗る前に、その手は離した方がいい」
手首に走る違和感。既に放たれていた魔術から逃れる為、腕を離した。
細い切り傷から流れた血が、見えない何かを伝い、床に滴った。
ーー斬撃?いや、違う。
無機質な笑みを浮かべる女を見る。手を汚す事に躊躇いがない。
そう何度も部外者の侵入を許す場とは思えないが、敵ならば逃げる訳にもいかない。
「そう構えないでおくれ。改めて、私はリタ。魔術協会の末端だよ」
「協会の人がどうしてここに?」
「陛下を救い、首魁と刃を交えた本人に事情聴取に来ることがおかしいかな?」
「随分と物騒な聴取ですね」
「挨拶代わりだよ。ああそれと、これは頂いてもいいかな?朝から何も食べていなくてね」
「……どうぞ」
勝手に仕掛けてきたかと思えば、無遠慮にベッドへ腰掛け、あまつさえ自分で持ってきた菓子に手をつける。奔放が服を着ているような女、それが素直な感想だった。
「それにしても、良く初撃を躱したね。魔力を誤魔化すのは得意なんだけれど。何か分かり易いサインでもあったかな?」
「いえ、別に。ただ足音が違ったので」
「どういう意味かな?」
「王城の執事や女中さん達は、服が統一されてましたから」
当然靴もそうだ。しかしリタが歩いていた時、カツカツとヒールのような足音が響いた。そんな靴を履いたメイドは、一人もいなかった。例外はバレイアだが、彼女はもっと千鳥足というか、不規則なリズムで歩く。
「成程。身なりを似せたらバレないと思ったんだが、聡い子だね。ふふっ、それとも、私は変装には向かないのかな」
「それは知りませんけど」
返事に興味がないのか、作り笑いを浮かべてマフィンを頬張った。
「うん、美味しい。君もどうだい?柑橘が隠し味かな」
「遠慮します」
毒を盛られるのには懲りている。下手に口にする訳にはいかない。
「そう警戒しなくても良い。幾つか確認したい事があるだけだよ。終われば直ぐにお暇するから」
「はあ……」
気の無い返事をすれば、リタは咳払いを一つ挟んで声を少し張った。
「まず、デヴォン・ハウラとの戦闘時に召喚された悪魔、ルシファー。あれは君が喚び出したもので間違いないね?」
「はい」
毒の浄化の為、召喚した事は言うまでもない。
「そうか。実に見事な判断だ。お陰で皆、毒の犠牲にならずに済んだ。限られた状況で召喚を成功させる技術も、賞賛に値するよ。ただ……」
「ただ?」
「これだけ魔術が多様化した現在でも、未だに悪魔や黒魔術を毛嫌いする者は後を絶たない。悪魔祓いや、貴族連中には特にね」
「それは、ただの偏見では?」
実際、その手の話は耳にする。ルーカスのような者ですら、偶に避けられたりする事もある。しかし、害ばかりがある訳ではない。そんな事、考えれば分かりそうなものだ。
「私個人としては構わないよ。清濁は併せ呑む質だからね。それでも、現場に居合わせていない者の中には、まるでルシファーが主犯格のように思い込んでいる輩がいるのも事実なんだ」
なんとも酷い話だ。まあ、無関係の人間なんてそんなものか。しかし問題は、ルシファーの方ではないと、リタは続ける。
「悪魔を忌避している者の中には、使役する事自体が罪だ、なんて言う輩もいる。そんな人間がもし君を目にしたら、物騒な手段を取るかも知れないからね」
「飛躍しすぎている気もしますが……もしかしてこの地下室での療養は、その為ですか?」
マリアは最初から、こうなる事を予期していたのだろうか。
「うんうん。頭の良い子は好きだよ。しかし露払いには、隔離だけでは少し弱い。大多数の者を納得させるには、君の人となりを知り、容認し、保証できる第三者が必要になる」
「それが、魔術協会だと?」
ニコリと笑みを深くし、首肯する。
「仕事柄、この手の話は良くある。実績のお陰で、調査において我々以上に信用できる者はそういない。例え大貴族だとしても、納得せざるを得ないくらいには、ね」
言葉に嘘があるとは思わないが、食えないというか、気配が緩んだ気がしない。
「保証の為と言う割には、貴方が一番物騒に見えますけど……」
意外そうに目を見開く。しかしすぐ、元の表情を貼り付けた。
「それはそうだよ。私は君を何も知らない。擁護するにはこの目で見て、手で触れて、君を知らなければならない。そして悲しい事に……」
肝が冷える。瞳から光が消え、まるで作業のように杖を構える。
「それには、こうするのが手っ取り早くてね」
魔法が発動する。さっきは見えなかった、巨大な糸車が頭上に現れ、カラカラと回る。不気味な軋み、気付いた時には、首に糸が絡み付いていた。
魔法陣が光を増す。首の糸が徐々に締まり、呼吸が浅くなる。擁護する為に、殺そうとするなんて、矛盾している。
内に魔力を流して抵抗しつつも、リタから目を離さない。魔物やデヴォンとの戦闘が、彼女の違和感を告げていた。




