73戎相
「よもやルシファーを呼び出すとは。全く、予想以上に無茶苦茶するのう」
無力化したヘルハウンドの山に座ったシャウドが、髭を扱いて城を見た。
初めてギルドで会った時には、そこまでの危うさは感じなかったというのに。
しかし、城から飛ばされた炎のお陰で、犠牲者はかなり抑えられた。城を覆っていた結界も、彗撃を契機に消えた。
これなら城にも入れる。首謀者も取り抑えられるだろう。
「さて、無事じゃとええが」
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自身の中に蠢く不快感が、意識を現実へと戻した。
身体に伝わる硬い感触、鈍い痛み。思考が動きだす。目を開けるとそこは占星の間だった。ルシファーが気を遣い、ここへ降ろしたのか。
体にうまく力が入らない。首から上を巡らせるのがやっとだった。
ーーデヴォンは、どこへ消えた?
声に出た訳はないが、まるで答えるように声が掛かった。
「……まだ……生きていたか。本当にしぶとい男だな……」
「……お互いにな」
引き摺るように体を捩れば、デヴォンの姿が見えた。部屋の支柱の残骸を背に、力無くもたれかかっている。
消耗し、人の姿に戻っていた。反撃の意志は見受けられない。
驚いたのは、憔悴しきっている姿でも、攻撃の意思がない事でもない。
喉の痣が首から体にかけて広がり、上半身まで侵食している。
更に体に緑の斑点がいくつも浮かび、まるで毒に侵されているようだった。
「それは……」
「……なんだ?自分で毒を食らっているのが不思議か?」
自嘲気味に笑う。その感情は分からない。ただ、遠い目をしている。
「心配せずとも、感染するような代物じゃない。ただの、俺が罹患者たる所以だ」
「そもそも、俺はその罹患者っていうものを良く知らないんだが」
「ただの名称に過ぎん。魔術師には稀にいるのだ。先天と後天の違いはあれど、ある種の特異体質を持った者が。まあ、大抵は凶兆とされるがな」
実際、自身も短命と聞かされてきた。その解釈に異論はなかった。
「俺の罹患した病は『戎相』と呼ばれた。己に流れる魔力が、そっくりそのまま自身を蝕む毒となる。魔術師にとって、致命的なものだ」
咳き込み、血を床へ吐いた。このままでは自分の魔力で殺されてしまう。
「さっきまで平気だったのに、何故今になって……」
「平気なものか。ずっと薬で抑えていた。これは戦闘中に過剰に飲んだ劇薬の反動だ」
声が掠れている。まともに回復する手段がないのは互いに同じだった。
「生まれ育った村の連中、両親までもが俺を忌み子として扱った。そんな連中から、あの方はお救い下さったのだ」
「あの方というのは、誰だ?」
団長と呼ぶ者、その名前だけでも知る事が出来れば。しかし、簡単に情報は吐きそうになかった。
「いずれ会えるさ。お前が敵対するなら、嫌でもな」
それ以上話す気はない。そう口を噤んだ。
村人に、両親に受け入れられず、孤独な中を救われた。デヴォンの言葉からは、盲信と呼んで差し支えない感情が滲んでいた。
「分からないな。罪のない子供を実験台にさせるような男だろう。それとも、それがお前の忠義の証とでも言うのか?
「ガキは魔力への抵抗が弱い。魔法薬の検査にはうってつけというだけだ」
冷酷な発言。しかし歯切れ悪く続ける。
「……いや。本当は、昔の自分を重ねていただけかも知れんな。どこまでいこうと、忌々しい記憶がついて回る」
払拭できる筈もない過去。病床に臥せっていた自分が、被験者とした子供と重なる。いや、重ねていたのだ。
毒性を増す度に、実験を繰り返した。そうやって、救われなかった自分を慰めていたに過ぎない。
「皮肉なものだな。散々毒を投与した俺が、己にしか効かぬ毒で最期を迎えるとは」
結局、自分一人すら救えぬまま。
侘しい声だった。
こいつらは非人道的な連中だ。それは変わらない。それでも、弱り切った目の前の男を見て、僅かでも過去に触れてしまった。
軽々しく非難する気にはなれない。
妙な話だと自分でも思う。それでも、デヴォンと刃を交えていなければ、毒に侵されていなければ、自身の本音に耳を傾ける事は叶わなかった。
「お前のした事は殺人だ。許される事じゃない。でも俺は、ほんの少しだけ、お前との戦いに感謝してる」
「……訳の分からん事を」
そう言って微笑んだ。嘲りでない、柔らかな笑みだった。
「だが感謝か。それは、実験で得た事は無かったな」
殺し合いの果て、瀕死の者へかける言葉がそれとは、理解が出来ない。
興味の尽きぬ男だ。
まるで憑き物が落ちたよう。定まらぬ視点が、虚空を見つめる。
「……お前ならば、もしかしたら……」
言葉が途切れ、口から血が溢れた。魔力自体の流れも息遣いも、段々と弱くなっていく。
「デヴォン!おい、しっかりしろ!」
「……受け取れ……」
震える手で差し出された蒼星石。まるで鼓動を打つように、光を放っている。
腕がだらりと垂れ、蒼星石が転がる。それ以上、デヴォンが動く事は無かった。
長い沈黙が訪れる。
まだ何も情報を得られていない。そんな打算は頭から消え失せていた。ただ、このまま死なせてはいけないと、そう思った。
だがその意図を阻んだのは、やはり……。
『先ずは一人!』
腹の内に巣食う呪い、その悲痛に上擦った金切り声が響いた。
頭が割れそうだ。
勝手に溢れた茨が腕に巻きつき、そのまま蒼星石へと伸びていく。
ぎしぎしと音を立て、小刻みに震えた。
「……このっ!」
抵抗した腕に、棘が食い込む。逆流する魔力が体内で渦巻いた。
強烈な吐き気と目眩に襲われ、視界が明滅する。
意識が、暗闇に引きずり込まれる。




