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69狂屍の群れ

 黒魔術『白雷』を身体の内側に巡らせ、速度を上げる。雷に打たれたような感覚が、足の痛みを麻痺してくれる。


 そして、『ブースト』を、そこら中にばら撒き、跳ね回る。

 自分ですら目で追えぬ程の剣速で、斬りつけては弾く。幾度も斬りつけ、叩きつけられ、一体どれだけそうしていただろうか。


 散々斬り続けたお陰か、弾かれるだけだった刃が、僅かだが確実に通るようになってきた。


 速度に張り合うように、デヴォンが身を震わせる。ロヴロの跳ねた先に向け、腕を振り回した。

 爪先が脇腹を掠め、肉が裂ける。体内から雷で傷口を焼く。


 獣腕を通り抜けざまに斬り裂く。電光石火の速度で力の限り斬り続け、遂にデヴォンから血が噴き出した。


 唸り声を響かせ、巨躯が怯んだ。


 ーーまだだ、もっと威力を。


 踏み込む為、力を込めた脚が固まる。足元に、斬り落とした体毛がうねり、意思を持って絡みついていた。


 切り離されている故に、帯電も厭わない。


「痛っ!」


 頭上から閃光。魔弾が幾筋も降り注いだ。

 回避が間に合わず、体を貫かれる。


「随分と自傷的な魔術を使うな。無駄に消耗するだけだぞ?」


 声を無視し、足下へ『風錆び』の魔法陣を描く。

 足に絡んだ体毛が風で錆びつき、剥がれていく。


 破片を蹴り飛ばし、目潰しの代わりにする。


 だがまるで動じないデヴォンは、口を大きく開けて牙を光らせた。諸共、噛み砕かんと近づいた上顎に、鋒を突き立てる。


 やはりというべきか、体の内側にも魔力が纏わりついている。刃がまるで動かない。


「単調な攻撃だな。脚の傷の所為か?」


 視線が傷口へ向けられ、咄嗟に脚を守った。魔法陣を刻みかけた刹那、デヴォンは口元の剣をずらし、体躯を翻した。


 図体に見合わぬ身のこなしで、器用に体を回す。そして迫り来る後ろ脚が、ロヴロを魔法陣ごと吹き飛ばした。


 息が止まる。


 衝撃が、体を突き抜ける。勢いは留まるところを知らず、気付いた時には、壁に体を叩きつけられていた。地面に転がると、身体中の骨が軋む。


 口から溢れる血反吐が止まらない。


「内臓が逝かれたんじゃないか?」

「まだまだ……」


 床を蹴り、腕を斬りつけても、びくともしない。威力が出ない。回復の魔法陣を使っても、全ての疲労が消えてくれる訳ではない。


 そんな攻撃とも呼べぬ愚行を、何度目かの激痛が止める。

 雷で無理矢理に動かし、酷使した体が悲鳴を上げている。


 出血が酷い。筋肉は痺れ、骨は折れている。

 満身創痍と言っても過言ではない。


 目の前にいるのは、そんな虫の息の男。

 だというのに。


 ーー油断が出来ない。


 デヴォンにはその事実が不可解で、不愉快だった。


 自身のこの姿を前にして、吹けば飛ぶ程に瀕死の男は、まだ折れてはいない。

 その死なぬ、いや、既に死んでいるような瞳が、デヴォンの無意識を圧している。


「……どうした……俺はまだ生きてるぞ?」

「…………」


 絶え絶えの息と共に、血反吐が溢れる。虚勢を張るだけで精一杯。


「お前は、一体何なんだ?」

「……」


「何故、死を厭わん」


 ロヴロには、言葉の意味が理解できない。


 死生観など、とうの昔に考え尽くした。既に諦念を理としてしまった。

 どうせいつか死ぬ。それは決まっているのに、何を怯える事があろうか。


 それより、今頭にあるのは一念のみ。


 倒さなければ。


 魔力を練り、前に出した手が震える。デヴォンが足を鳴らした。

 相手の魔力がばらけ、狼を形作って距離を詰めてくる。


 腕に喰らいつかれるのも構わず、魔力を捻り出す。

 旋回する暴風で、霊体を弾き飛ばす。


「……それで終わりか?」

「自惚れるな。無駄な足掻きを繰り返すお前があまりに哀れだったからな。少し付き合ってやっただけだ」


 自分の傷ついた腕を舐め、歪な笑みを浮かべるデヴォン。言葉の意味を図るべく、視線を向ける。


「魔力も馴染んだ、頃合いだ。元々、王都の人間など、いくら死んでも構わん。そういうご指示だ」

「何を……」


 告げたデヴォンの体毛が逆立ち、鈍い光を放った。部屋全体の空気が重くのしかかってくる。湧き出す魔力が床を暗黒に染め、夥しい数の狼が這いずり出した。


 体中に百合の花が咲き、屍肉の身体中に根が張ったヘルハウンドの群れ。その背には皆一様に、折れた翼のようなものが生えていた。


 何より、全ての個体から立ち昇る、緑色の瘴気。


 認識した、その時にはもう手遅れだ。

 爪や牙のものとは明らかに異質な激痛。肺が締め付けられる。酸素が、頭に回らない。


 この、皮膚が爛れるような苦痛は……。


「また毒か……」


「そうだ。この放たれる毒素を吸った者は、激痛に襲われて直に動けなくなる。五分もあれば、臓腑が腐り始める。最後にはのたうち回って死ぬだろう。治癒師や聖職者がいれば、治療薬くらいは作れるだろうが、その頃には充分な犠牲が出る」


 致死性の猛毒。それを大量に生成したのだ。この短時間で、この状況下で、猛毒を選んだという事、それに部屋を埋め尽くさん程のヘルハウンドの数も尋常ではない。


「毒花を埋め込んだこいつらを、街全体へばら撒く。そう簡単には止められまい」


 今は街中が混乱に陥っている。この状態で毒など撒かれたら、城下が地獄と化すのは必然。だが、そんな事をして何になる。


 状況的に見て、こいつらが企てた計画、マリアの暗殺は嘘だ。

 寧ろ狙いは蒼星石の筈。


「一体……これ以上何を望んでいるんだ……。蒼星石とその魔術が狙いなら、目的は果たしただろう」

「果たした?馬鹿を言うな。これは始まりだ。我々の、いや、あの方の名を、世に知らしめる為のな」


「誰のことか知らないが、ふざけているな。自分は手を汚さず、虐殺か」

「お前には理解できんさ。死を体現しているような、あの方のご意志は」


 言葉を切ったデヴォンは、大きく床を蹴った。その合図を契機に、痣が光を放った。ヘルハウンドの目に屍気が宿り、翼を広げ始める。


「さあ、この街を血で染めよ!我ら異教団『オルガネオン』の名を、屍の山と共に知らしめよ!」


 ヘルハウンドの唸り声が大きくなった途端、大群が、破れた天蓋を更に崩しながら飛び出していく。


 止めなくてはーー。


 だが体が動かない。痣の光が増すと、激痛も酷くなる。


 頭上を越えていく狂犬を、呆然と眺めることしか出来なかった。


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