66再びの悪意
戦闘を仕掛けて来た衛兵達は、あっさりと蹴散らせた。
なのに、何度も立ち上がろうとしてくる。その濁った目と、負傷を気に留めぬ姿勢は、明らかに動きを強制されているものだった。
恐らくは何らかの魔法なんだろうが、肝心な解除の方法が分からない。
苦肉の策で鎖で縛り付けたが、意識を失っても動く可能性を考えれば、あまり楽観視できない。
「ロヴロ、下から来るわよ!」
「下?」
水鏡の反応を見た後、ルルが軽やかにバルコニーに躍り出て、階下を見遣っている。それに続けば、巨大な蝿が城壁を登ろうとしている。それも複数体。
「気持ち悪いわね」
「あれも爆発するのなら、ちょっとまずいな」
あの量の酸が城に炸裂すれば、ただでは済まない。
地上を確認すれば、運の良いことに衛兵らしき人もいない。
「ちょっと倒してくる。ルルは二人を守ってて」
「無茶したら駄目よ。でも負けたら怒るから」
「分かってるよ」
背をバシッと叩かれ、勢いよく飛び降りる。蠢いている害虫がこちらに気付き、口の辺りが膨れた。それを受け、障壁で足場を作る。
噴射された酸を受け、盾が焼ける。跳ね返りを浴びせるつもりだったが、流石に敵の細工があった。
「そりゃ、酸を持たせるんだからコーティングくらいはするよな」
だが一瞬とはいえ、防げるのなら問題ない。
再び空中へ身を投げ、『ブースト』を刻んで踏みつける。相手が再度、酸を撒き散らすよりも速く、相手の体躯とすれ違いざまに斬撃を打ち込む。
敵の間を縫うように、翅を斬り裂き、脚を砕く。バランスを崩した蝿の奇声が上がり、前脚が浮いた。
膨れ上がった腹部に向け、魔法陣を放つ。
氷魔法『フロスト・ランス』。
冷気を纏った氷の槍が放射状に飛び、蝿の巨体を貫く。衝撃波と冷気が生じ、貫いた傷口から全身を氷結させる。
斬りつけながら、蠅どもに魔術でマーキングをした。あとは芋づる式。
城壁に冷気が帯び、霜が降りた頃には、酸ごと氷漬けにされた大蠅の死骸が、ゴロゴロと落下していった。
「後は砕いて終わり……」
楽な作業だと、弛緩しかけた気を張り直す。蝿の腹を覆う氷に亀裂が入った。
次いで魔力が溢れ、何かが腹を突き破った。それは弾丸のように射出され、上昇していく。そしてマリアのいる窓の前で、方向を急に曲げた。
その瞬間、嫌な予感が脳裏に過ぎった。
何故最初からそれを撃たない?何故蝿に紛れ込ませる?
まさか酸は、爆発を避けようと確実に処理させる為。
ならば、狙いは。
焦りが滲む。それが魔術に出ぬよう、慎重に空を蹴り、戻る。
ーー青白い光、魔弾の一種。少なくとも爆発はしていない。
バルコニーの手すりに足を掛け、部屋へと飛び込んだ。
「陛下!無事ですか!?」
「ええ、大丈夫。けれど今のは……?」
部屋の中の面々に異常は無い。ルル達が迎撃に身構えていたところに光の玉が飛び込んだ、だというのに攻撃らしきものはない。
しかし感覚を研ぎ澄ませば、部屋に向かう足音と振動が伝わってくる。
鎧の擦れる音から察するに、また衛兵を操っていると考えるのが自然である。
「来るぞ!」
ノクトの声に応じ、扉へ向き合う。扉から飛び出した兵を拘束しようと、魔法陣を浮かべーー。
「へえ、エルフの技ですかあ。面白い子ですねえ」
「ッ!!」
不意を突かれ、魔法が止まる。手首を掴んだ手が艶かしく動き、観察されているようで寒気が走る。
手を振り解いて剣を抜き打つが、スルリと躱されてしまう。空気の上を滑るような身のこなし、それに何より、面識がある。
あの地下でデヴォンを逃した女、名前は確か……。
「ラミア……」
「あら、覚えていてくれたんですか?嬉しいですぅ」
この状況に似つかわしくない、間延びした口調。余裕の現れか。
「一体どこから?」
「うん?さっきからいましたよ?」
涼しげな顔で、手元の千切った鎖を見せてくる。
先刻まで衛兵を縛っていた、その鎖を。
「衛兵に紛れ込んでいたのか」
「はい。わざわざ予告状なんて出した甲斐がありましたぁ。人手が増えたお陰であっさり紛れ込めるんですからねぇ」
「ハナから増員が狙いか」
「まあ、それだけじゃあ、ありませんけど」
ノクトが引き延ばしている内に、そっと手を背後に回し、ラミアの死角からもう一度技を放つ。音も無く繰り出した粘着質の弾丸は、しかしあっさりと躱された。
「おっと、駄目ですよぉ。捕まえるならちゃんと殺す気で……」
言い終える前に、陣を畳み掛ける。足場に冷気が立ち込め、室内の温度が一気に下がる。
霜が相手の足を覆うと、ラミアの表情が曇った。
「あら、大変。せっかくの新しい靴が」
ふざけた態度だが、動きは止めた。反撃は簡単には来ない。
扉の方は、ルルが操られた衛兵達を押し留めている。
赤剣の切っ先を、ラミアの首へと当てがう。
「大人しく投降しろ。抵抗するなら……」
「そんなもの下ろしてくださいよぉ。でないと……」
言葉を区切ったラミアは、ロヴロの背後に視線を誘導する。
奇術師が子供に見せびらかすように。
さっきまで何もなかった場に、煤で黒ずんだような小箱が無造作に置かれていた。
「女王陛下が無事では済みませんよ」
ラミアの笑みが深くなり、独りでに小箱が開く。黒々とした光が放たれ、徐々に大きさを増していく。
「ブラッド、陛下を!」
「はい!」
ラミアに構わず、マリアを庇うように飛び出す。
「あぁ、手間が省けました。感謝します」
そのラミアの声を最後に、部屋は眩い閃光に包まれた。先程とは異質の、肌にへばりつくような不快感を伴ってーー。




