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65敵襲

 バルコニーへと歩み出た途端、城下の広場から歓声が上がる。

 楽器の音を搔き消す程の声の響きで、城が揺れているような感覚があった。


「うわ、すごっ」

「そうだね」

 窓の外は文字通りお祭り騒ぎで、マリアはその様を満足そうに眺め、手を振った。


 陽に当てられ、蒼星石が輝きを増す。それに呼応し、城下の反応も大きくなった。

 市民の表情は皆明るく、街全体が祝福していると言っても過言ではない。


 歓声が収まった頃、マリアが祭典の為の口上を述べる。エミリーの話では、この演説が一番緊張すると言っていたそうだ。


 戴冠の儀が執り行えた事への感謝、亡き先代の王の遺志、民の平和を守るという誓い、そんな意味合いの言葉が、彼女の口から紡がれる。


 筈だった。


「おい、お前ら!」

 ノクトの声が背後から響く。そして魔力感知の水盤の波紋が打ち震えた。


 街中の、ギルドの人間達が警備を固めていた至る所から、魔力の反応が上がった。


 認識されていない者の反応。だが問題は、出所よりもその量である。

 地図を埋め尽くさんばかりの魔力の数。動揺で身体が硬直する。


「これは……一体どこから?いや、それよりもいつの間に?」

「どういう事?見回った時は、異変なんてなかったのに」

「俺が知るか。おい、見ろ!」


 ノクトが指差した方向を見る。本当に、いつ何が起こったのか、街中で狼煙のような黒煙が上がっている。爆発音の類はしなかったというのに。


 異変に気付いた市民達から悲鳴やどよめきが聞こえてくる。

 歓喜の声が、徐々に恐怖の色に変わっていく。


「ロヴロ、あれ見える?」

「何かの毒か、煙?」

「違うわ、よく見て」


 ルルの声に、グッと目を凝らす。煙が上がっているように見えたそれは、上に揺蕩ってはいない。自然ではない、意志を持った動きの正体は……。


「あれは、蝿か?」

「蝿!?うへぇ、気持ち悪ぃ」

 ノクトの口から漏れた言葉はもっともで、生理的嫌悪が湧き上がる。


 蝿の塊が、こちらへ向かってくる。正確には女王へ向けて。


「女王陛下、下がって!」

「きゃっ!」


 赤い蝿がぶつかり、爆ぜる。体液が障壁にかかり、ジュウジュウと嫌な音を立てた。


「酸……」

 これは確か、爆裂蝿か。


 酸を体内に蓄えた蝿。それが大挙して押し寄せる。羽音が耳障りで、マリアの声が掻き消される。


「迎撃します」

 障壁の外側へ、魔法陣を二つ。『グラビティ・ホール』と『スパイダー・ライトニング』。


 向かってくるポイントに雷網を張り巡らせる。

 重力で無理やり引き寄せ、網にかかった瞬間、バリバリという音と共に爆ぜる。電熱で焼き切れ、酸が障壁へと飛び散った。

 障壁を破られる可能性も考慮に入れたが、杞憂だったようだ。


「ロヴロ、大丈夫!?」

「女王陛下は無事だよ」

 部屋の中へ飛び退き、マリアからそっと手を離した。守っている間に冷静さを取り戻したマリアは、既に女王然とした表情を取り戻していた。


「ありがとう、ロヴロ君」

「いえ」


 現段階では蝿以外の攻撃は見えない。しかしこのタイミングで仕掛けてきて、手数がこれだけとは思えない。


「まだ敵が来るかもしれん。お前等は目の前の敵に集中しろ」

「あら、頼もしい。いつもそうなら良いのに」

「うるせえ」


 悪態を吐きながら、ノクトは水盆に向かう。杖の先でその水面を揺らすと、意識を研ぎ澄ませるように目を瞑った。


「そこら中にいやがるな。特に被害がでかそうな箇所は……」

 そう呟くと、更に魔力を込める。


「近くの魔術師は敵の迎撃、手の空いた者は被害の無い所へ市民を誘導と警護。城の中は警備を強化、探知に優れた者は蝿の出所とその首謀者を探してくれ」


 頭に直接語りかけるような声が、波紋のように広がっていく。


 こんな短時間で。

 戦況の把握と判断が、恐ろしく早い。


「ロヴロ、構えなさい!」

「っ!!」


 振り返った眼前に、槍の穂先が突きつけられる。それをルルが斬り上げ、弾いた。流れるように距離を詰め、鎧を纏っている相手を物ともせずに蹴り飛ばす。


「ボサッとしない!」

「はい!」


 久しぶりに。師匠の顔になったルルに倣い、構える。そこでようやく、相手をはっきりと見据える事が出来た。


「この人達……」

「さっきまで扉の前にいたな?謀反……の割には」


 生気が感じない虚ろな目、明らかに異様だ。


「なんでも良いわ!細かいことは斬り伏せてからよ!」

「斬り伏せたら聞き出せないよ」


 衛兵がぎこちなく動き、槍の穂先がギラリと光った。


 繰り出された槍を弾き、刃の付け根めがけて剣を振り抜く。武器折りの要領で武装解除を試みたが、相手は怯まなかった。


 気味の悪い気配を拭えぬまま、そこかしこで爆発音が鳴り響く。戦闘が激しさを増していくのが、肌に伝わってくる様だった。


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