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ゾンビ・プリンセス  作者: がっかり亭
4/4

雨雨ふれふれ

 もう、日が傾き始めた。

 トラックに戻った鈴だが、運転をしようとはしなかった。

『早く移動しよう。でなければ、またゾンビが集まってくる』

「どこに? みんなゾンビになってるのに。どこに行ったって一緒じゃない!」

 鈴の叫び。常人ならば、その剣幕にひるんだかもしれない。

 だが、

『ネットワークが生きていた例の研究施設へ向かう。現時点であそこが一番生存者のいる確率が高く、治療薬の開発の可能性も存在する』

 アークは淀みなく言った。

「……」

 それが、鈴にはやけに冷たく感じられて――

「……あ」

 俯いた、鈴の視界に、小さな煌きが入った。夕日が反射したらしい。

 それは、ガラス片だった。アークが窓ガラスを割った時のものだろう。

「……」

 鈴はそれを拾い上げ、まじまじと見つめた。

 そして、その鋭い断面を、自分の手首に当て――

『やめるんだ!』

「あっ……」

 その腕を、大きな鉄の指が捕まえた。

「放して! もう生きてたってしょうがないっ!」

『私はそれを許すことはできない』

「命令よ! 放して!」

『できない。鈴の命は鈴の命令より優先する。正確には鈴の命は全てに優先する』

 アークは頑なに手を放そうとはしなかった。

 どれくらいそうしていただろう。

 遂に鈴もガラス片から手を放した。それを確認し、アークは拘束を緩める。

「……」

『暗くなってきたようだ。これ以上の移動は危険だな』

 アークの言うとおり、日は傾いてきていた。

『研究所内に戻り、宿泊施設を……』

「やだ。ここでいい」

 鈴は運転席のシートに深く腰掛ける。

 乗用車のようにシートが倒れたりしないため、それほど寝心地がいいわけではない。

『そうか。では私は周囲を警戒しておく。エコノミークラス症候群にならないよう、体勢には注意したほうがいい』

「はいはい」

 言って、鈴は瞼を閉じた。

 ぐるる……

 おなかが鳴る。

 よく考えてみれば、目覚めてからご飯を食べていないまま1日が過ぎてしまった。

 1日。

 そうだ。あと2日でゾンビになってしまう。

 そして鈴がゾンビになればアークは――

「ねえ、アーク……」

『何だ』

「どうせ殺してしまうのに、なんで助けたの?」

『私の仕事だからだ』

「……そっか」

『そうだ』

 夜は更けて行く。


 翌日。一行はもう一つの研究所へ向かっていたのだが、それは数百キロも先。

 植物の生命力は凄まじく、道路は侵食され、極めて状態が悪い。あるシミュレーションによれば人間の手入れなく5年もすると道は全て植物に覆いつくされるというが、1年でも相当にそれが進行していた。

 高速道路は日当たりが良いため、異常繁殖した植物により荒廃しており使えない。通常1日で着くようなところでも、倍以上の時間がかかってしまう。当然、燃費にも悪い。

他の車からガソリンを直接抜き取り、補給しながらなんとか進んで行った。

 ゾンビにも何度も遭遇したが、その度にアークがそれらを蹴散らした。

 その中で鈴が気になったのは、ゾンビに腐敗の程度が低いものが増えてきていることだ。

「アークの言う通りウイルスが宿主の肉体を修復しているだけだとしても……疑問がいくつか」

自分が冷凍睡眠したのは、不治の病の治療法が発見されるまで病の進行をとめるべくだった。

 しかし、目覚めたとき病は完治していた。

 なにか治療が施されたのならば、こんな事態になるより前に普通に起きれたはずだ。

 ではなぜ? 

 そもそもウイルスは不老不死の研究の産物。

 では、それに感染している自分をウイルスが治したのだとしても不思議はない。

 だけど、感染したとすれば、

「それはいつ?」

 目が覚めた時?

 しかし、だとすれば疑問が残る。

 1日で肉体を修復してしまうようなら、みんなが腐っているはずはない。

「もっと前……冷凍睡眠の間に感染してた?」

 じゃあ、自分がゾンビ化していない理由は?

「全人類がゾンビ化しているのに、私が発症していないとすれば……違う点は何?」

 考えられる点は、冷凍されていたこと。そして、脳の機能が停止していたこと。

 ウイルスは脳を乗っ取るという話だった。

 つまり、脳が活動していれば、ウイルスはそれを敵とみなし、乗っ取ってしまう。

 その際ウイルスは赤血球などに擬態し、人体の防御機構をすり抜ける。

 しかし、停止中の脳は敵ではない。

 ウイルスからしてみれば、宿となる肉体さえあれば問題ないのだ。

 肉体を掌握してしまえば擬態する必要もないからそれを解くだろう。

 ゆえにそこで脳が目覚めれば、敵たるウイルスは検知され駆逐されるのではないか。

「――つまり、脳が目覚めればゾンビは人間に戻るってこと?」

 そうだとしても、また脳を乗っ取られてしまえば意味がない。

 いや、自分がそうなっていないということは、免疫が生まれ二度と脳を乗っ取ることなどできないという事?

「でも……、それが正しいかは3日経ってみないととわからない……」

 それはもう明日に迫っている。

 もし、この仮説が違っていたら。

 自分はゾンビに、なる。


 道中いくつもの町の側を通過したが、やはりどこもゾンビの巣窟だった。

 廃墟と化したスーパーで保存水や保存食を調達した。

 トイレットペーパー、電球、ゴミ袋、洗剤、油、傘、ラップ等々……日用品、つまり日常的に使うはずのそれらは、社会生活を送らず、ただ本能のままに動くゾンビには不要らしい。建物の荒廃ぶりに反比例して全く手つかずのまま残っていた。

 しかし一方で、もはやゾンビたちは意志のない人間に過ぎなかった。皮膚の腐敗はなくなって、見た目は生気の無い目以外人間となんら変わりはない。

 本来皮膚の細胞が全部入れ替わるには四週間ほどかかってしまうはずだが、この短期間で修復してしまうあたり、このウイルスが医療用に研究されていたのも頷ける。

 時間は刻々と経過していた。72時間こそ経過していないが、3日目には突入していた。

「間に合うかな……72時間以内に研究所に……」

『確率は80パーセント。状況によって変わる』

「そう……」

 感染から3日以内に着いたからといって何が変わるわけではない。

 自分の仮説が正しければ、その期間を超えても大丈夫のはずだ。

 だけど――

 怖い。

 なんの確証もない仮説だ。それに、アークはウイルスは変異しやすいと言っていた。どうなるかなんて誰にもわからない。

「その時が来たら教えてね」

『了解した。しかし鈴の目覚めた正確な時間はわからない』

「だいたいでいいのよ」

『そうか』

 現在時刻は朝の9時。

 鈴が目覚めたのはおおよそ正午。残り3時間である。

 車は研究所に順調に向かっている。研究所は山頂にあるため、道も植物が繁茂しているかと思いきや、日当たりが悪いために植物も少なくさほど道は悪くない。

 山中のため、ゾンビもいない。

 そう安心しきっていたのが仇となった。

『おおおお……』

「わあっ!?」

 突然登山客のゾンビが道路脇から飛び出して来たのだ。

 それを鈴は咄嗟のハンドルさばきで回避した。

「へへん。どう? 上手くなったでしょ?」

 彼女は自慢げに後部のアークに声をかける。

『気をつけろ。正面にカーブだ』

「え? きゃあああっ!?」

 鈴は慌ててハンドルを切ったが、思い切りガードレールに激突してしまった。

「あっ……」

 しかも、その反動で車の後部が大きく跳ねた。

『危険だ』

 アークは極めて冷静なその一言を残し、宙に放り出された。

 そして、下には崖。

「アーーーーーークっ!?」

 蔦がびっしり繁茂した崖を、巨体が転げ落ちて行く。

 どすん、大岩に激突し、それが砕けることでやっと止まった。

「アーク、大丈夫!?」

『問題ない。高度1000メートルから落ちても故障しないように設計されている』

 下の方から、スピーカーで言うように大きな声が返ってくる。

「い、今行くから」

『危険だ。私は別ルートで登る。鈴は車で先に向かうんだ』

「そ、そんな……」

『危険を感じたら引き返せ。現状前に進むのが一番安全だ。我々の後からはゾンビたちが追跡してきている可能性が高い』

 事実、登山客のゾンビはのろのろと後方から追いかけて来ていた。

「で、でも……」

『心配はいらない。その先は一本道だ』

「違う。そうじゃなくて……」

『早くするんだ!』

「……!」

 アークが声を荒げたのは初めてだった。

 鈴は無言のまま踵を返し、車に乗って道を進んだ。

幸運なことに大きな障害もなく研究所についた。

 むしろ問題はこれからだった。山にゾンビはいなくても、研究所内にはいるだろう。

 進むべきか。ここでアークを待つべきか。

「……」

 鈴は研究所の敷地内に進んだ。

 室内のほうがいざというとき閉じこもりやすい。

 20メートル以内ならアークが見つけてくれる。こっちの方が安全だ。

 そう自分の中で結論づけ、鈴は自動ドアを素手でこじ開けた。

 研究所内は、薄暗い。それでも自然光を取り入れる構造なので、見えないわけではない。

 入口付近には前の研究所と同じく案内板があり、それによれば研究エリアは一番奥とのことだった。

 ひとまず耳を澄ましてみる。が、音は、しない。

 とはいえいざと言うときに備えて、素手というのは怖い。辺りを見渡して手頃な武器を探す。

「あ、これいいかも」

 玄関には傘立てがあり、職員のものらしき傘がいくつも差されていた。

 誰も使わないのだろう。持ち手から本体までほこりにまみれている。

 考えてみれば、ゾンビは雨に濡れようがお構いなしなのだ。傘など使うわけがない。

 なんにせよ先端は金属だし、武器としてはちょうどいいかもしれない。

 鈴は傘を片手に辺りを確認しながら、ゆっくり奥へ進んで行く。ドアは電子ロックのため普通なら入れないが、電気が通っていないためにただの重い引き戸だった。

 そうして研究エリアに辿り着いたものの、何をしていいかわからなかった。

 パソコンは電気が通っていないために動かないし、書類は英語だ。試験管の類や機材はもっと意味がわからない。

 途方にくれていると、例の足音が聞こえてきた。

 ぺたぺた……

 鈴は、すぐにドアの前にラックや観葉植物の鉢などを置いてバリケードにし、身を隠せそうな場所を探した。

 そしてビーカーや試験管などの置いている棚の下部、木製の戸棚に身を隠した。

 鈴は息を殺し、傘を抱きしめひたすら待った。

 アークがきっと来てくれる。

 ……でも、もし間に合わなかったら? 来てくれなかったら?

 ぶんぶんと鈴は首を振った。

 アークは守ってくれるって、言った。

 だから――

 ががが、ドアをこじ開ける音が響く。それから邪魔なバリケードを蹴散らしたのか派手な音が響いた。

 ぺた。ぺた。足音が迫る。

 怖い。――でも。

「泣く、もんか」

 外に漏れないよう、口の中で呟く。

 ゾンビは部屋のあちこちを調べているらしく、がさごそ音がする。

 それが、だんだん近づいてくる。音が大きくなる。

 そして――

『ああああ……』

 戸棚が開けられた。

「うわああああっ!」

 同時に鈴は傘を振り回しながら一気に飛び出し、ゾンビに体当たりした。

 その勢いで走り出し、部屋を飛び出した。

『おおおお……』『ううう……』『あああ……』

 廊下に出ると、何体ものゾンビが集まっていた。

「くっ……」

 振り向けば、体当たりをしたゾンビが起きあがり、近づいてこようとしている。

「あきらめ……ないんだから」

 呟いた鈴の言葉などおかまいなしに、ゾンビたちは迫る。

「あきらめて……たまるかああああっ!」

『そうか。了解した』

「!」

 耳をつんざく轟音と共に壁が吹っ飛んだ。

 壁から突き出た銀色の腕は、ゾンビたちを簡単に叩き伏せる。

『またせたな』

 壁をぶち割って巨体が姿を現す。

 それは無論、

「アーク!」

『早くデータを検索せねば』

「……やっぱり雰囲気ってものがないねアークは」

『そうか』

「うん」

 鈴はにこやかに笑っていた。

 ぴぴぴぴぴぴ。

「……!」

 どこか間の抜けた電子音のアラームが、鳴った。

 3日経ったのだ。

「アーク……どう?」

『どう、とは?』

「ほら、人間かどうか判別できるんでしょ?」

『この建物の中には鈴以外の人間の反応はないが』

 それは、つまり鈴はゾンビ化していないということ。

「……この、天然」

『私は人工物だ』

「そうじゃないよもう」

 鈴はため息をついた。が、直ぐに笑い声が漏れだした。

「あはは……あはははっ」

『どうした?』

「なんでもない。ちょっと不思議だっただけ。……病院で寝たきりだった自分が、こんな大冒険してるなんてさ。……それに」

『それに?』

「天然のアークとも会えたしさ」

『だから私は人工物だ』

「そういうとこ。あははははははっ」

 涙を流して笑う。笑って出た涙なのか、涙が出てから笑ったのか、それは本人にもわからなかった。

 ひとしきり笑ったあと、鈴はパソコンのコンセントを差し出した。

「……さ、そろそろはじめよっか」

『了解した。それでは治療薬の検索を開始する』

「違う違う。どうせないよそんなの。……それより、人を仮死状態にする薬品って貯蔵されてないかな?」

『了解した。検索する』

 アークは検索を開始。それは一瞬にして終了した。

『30件合致。貯蔵量が多く、また扱いやすいものはテトロドトキシンだな』

「てとろど……?」

『フグ毒だ。習慣性がないため鎮痛剤などにも使われる』

「……そっか」

 それから、鈴は手元の傘に目を落とした。

「よぉし。それじゃあ反撃開始ね」


 街のとあるビルの屋上。そこに鈴とアークはいた。

 アークにはチューブで大きなタンクが繋がれており、腕からは砲身が飛び出し、天に向いている。

『それでは発射するぞ』

「うん」

 どん、どん、どん。空に次々と弾丸が放たれる。

 それは、薄暗い雲に突き刺さっていく。

『あの雲は雨を降らせるはずだ。テトロドトキシンを含んだ雨を』

 鈴は傘を取り出し、開く。

『危険だ。中に入っていた方がいい』

「いい。見たいの」

 やがて、ぽつぽつと雨が降り始めた。

 それはすぐに勢いを強め、大雨となった。

 ゾンビたちは傘をささない。

 人が傘を差すのは体温低下の防止というよりは、社会生活において濡れていては不便だからである。

 しかし、ゾンビには社会生活などないのだ。水道が機能を停止した今、むしろ水分を求めて寄って行くくらいであった。彼らはただ本能の赴くままに動いているだけなのだ。

 そして雨を浴び、倒れて行く。

 鈴と、弾を撃ち尽くしたアークはビルから出た。

 いつもならわらわらとゾンビたちが寄ってくるだろうが、今は傘を片手にまるで古い映画のワンシーンのようにゆっくり街を歩くことができた。

 ぺたぺたというあの音もしない。今ここを支配しているのはざあざあという雨音だけ。

 倒れたゾンビたちを見下したいわけではない。

 ただ、結果がどうなるにしろ、最後まできっちり見届けたかった。

『しかし、皮肉なものだな』

「何が?」

『そもそもゾンビとは、ハイチにおいて呪術師により操られる死体とされる。だがその実体はゾンビパウダーと呼ばれる秘薬で人を仮死状態にし、朦朧とした意識のところに暗示をかけ操るものなのだ』

「へえ……でも、それがどうしたの?」

『ゾンビパウダーの主成分は河フグからとれるテトロドトキシンなのだ』

「……!?」

『それが、ゾンビを元に戻す鍵になるとはな』


 やがて、雨は弱まっていき、遂には止んでしまった。

 道のいたるところにゾンビは倒れ伏している。

 そして――

 むくり、倒れ伏していた者たちが起きあがり――

 鈴は、傘を放り投げた。

 道に転がる雨傘。


 果たして――

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