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クリア!

クリア!


 現実の世界の方が時としてよっぽど理不尽な事態に陥る。


 ゲームをクリアした玉雄がまず目にしたのは、ゆっくりと開く、半透明でドーム状をしたガラスの天窓、そして、眩しい照明の光、それから覗きこむ、白衣を着た、見知らぬ大人の顔。


「イチの登場口が開きました! ひ、一人、電脳世界から戻ることに成功しました!」


 大きな声が外から聞こえる。一心庵の関係者が会社へと連絡をしているのだ。看護士から注意を受けているが、構わぬ様子で捲くし立てている。

 辺りを見回すと自分がいるのとは別のマシンも並んでいる。クリアをしていない他のプレイヤー達が乗り込んだ者だ。


(ああ、他の人はやっぱりまだクリアをしていないんだ)


 ぼんやりとした頭でそう考える。ふと自分の身体を見る。何ともないようだ。一体、電脳世界にダイブしてからどの位の時間が経っているのか見当もつかない。

 ダイブしている間、食事はどうしたのか、排泄行為はどうしたのか。まるで分からない。考える気力もわかない。

 部屋の外からドタドタとした足音が聞こえてくる。部屋のドアを乱暴に開けた三人の大人が部屋に乗り込んでくる。


「む、息子じゃあないのか! おい、小僧、息子はどうした!?」


 恰幅のいい、スーツを着た年配の男が玉雄の肩を乱暴に揺すぶり、唾を飛ばしながら威嚇をするかのように声を荒げて質問をする。他の二人も食い入るように玉雄から齎される言葉を待っている。


「わ、わかりません。ゲームをクリア出来たのは僕だけみたいで」


「何故、貴様だけがクリアをする! 抜け駆けか! そうだな!」


 再度、乱暴に肩を揺さぶり、顔を赤くして、怒声を玉雄に浴びせる。他の二人もワアワアと言葉にできないような言葉を玉雄に浴びせてくる。


「ち、違う、ち、違います。」


 玉雄にはそう答えるのが精いっぱいだった。男は突き飛ばすように肩から手を放し、玉雄に対して、捨て台詞を残していく。


「よし、良く分かった。どうなるか、身を持って知るがいい」


 そう言って、部屋からズカズカと三人の大人は出て行く。入れ替わりに肩をすぼめた玉雄の両親が部屋に入って来る。


 玉雄の姿を見ると、母は泣きながら玉雄に抱き付いてくる。


「……よ、良かった。戻って来た。一週間近く眠ったままで」


 電脳ダイブをしてから一週間経過をしてた。


 その間は、マシンの背面の緊急ハッチを開き点滴や排泄物の処理をしていた。全て、一心庵元会長、萬姫の父親の手配である。


 電脳世界の様子はコクレア皇子の無残な姿が写しだされた段階でカットされた。


 動揺が広がるなか、数分後にヤイコがモニターに写しだされ、電脳世界の侵略から手を引けと、全世界に向けてメッセージが流れた。

 八人はその人質であるというメッセージと共に、開発担当者がマシーンの中でもがき苦しみ始める。これに慌てた関係者達は緊急ハッチを開け、開発担当者を引きずりだしてしまう。

 

 そしてこの時点で、電脳世界にダイブしたまま強引にマシーンの中から引きずり出すと、極度の脳障害を引き起こすことが判明した。

 開発担当者は現実世界でまともな生活を送ることは出来なくなり、また、テストタイプ・イチを見ると極度に怯える様にもなった。

 

 八人の行く末は見守られることになったが、その意見に苦情を言う者達が現れる。先ほどの三人の大人達、亀頭、慧瓶、華園の両親だ。


 各界で著名な権力を持つ三人は一心庵に対して、盛大なクレームを付け始める。


 社長不在の役員たちは対応に苦慮したが、現れた元会長が「静観して下さい」と言うと三人は納得をしない顔をしながらも黙ってしまった。

 

 役員達は改めて、元会長のありがたみと凄さを知ることになる。

 

 そして、一人、また一人と、マシーンの中で苦しみ始める。最後に百姫がもがき始めた直後に、玉雄の搭乗口が開いたのだ。

 

 結局、苦しまないまま出られたのは、無事にクリアした玉雄だけであり、残りの七人は苦しんだままマシーンの中に取り残されている。

 

 医師の診断を受け、個室型の病室へと移り、三日静養してから玉雄は退院となった。この間、報道関係者へは八人の内一人が無事救出されたとだけ通知され、玉雄に関しての取材はカットされた。

 

 しかし、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものである。ましてや、インターネットを通じて様々なコミュニケーションツールや情報ネットワークが構築されている現実世界においては尚更である。良く分からない情報源から様々な憶測が飛び交った。

 

 そして、玉雄が退院する日に飛んでもない映像があらゆる媒体に流れ出す。

 

 群がるゾンビのような者達から戦う者達を置いて一人逃げる様子

 敵に捕らわれた仲間に武器となる工具を投げつける様子

 一人、火を焚き焼いた肉をほおばる様子

 仲間の食糧に毒となる様な植物を混ぜる様子

 一人占めにしたアイテムで自分だけが助かろうとする様子

 火に焼かれる仲間を助けない様子

 口論になって単独で行動をする様子

 慌てて出口に駆け寄る女の子を助けない様子

 

 全てに音声が流れないまま、電脳世界の様子が流しだされる。そして、最後に微笑みを浮かべるヤイコが語りだす。


「我が友、タマオ、ゲームクリアーおめでとう!」


 まるで、玉雄がヤイコとつるんでいたかのような印象を与え、実際とはまるで違う事実を付きつけるかのような映像が映し出されて行く。


 玉雄は悲劇の主人公から、一人逃げだした卑怯者のレッテルを貼られることになった。




 退院し、家に戻り、暫くしてから、玉雄は学校に行かなくなった。学校の皆からの冷たい視線に耐えられなくなったのだ。

 誰もが、口を訊いてくれない。以前はゲーム仲間だった友達も同じだ。教師もまた冷ややかな視線を送る。行き帰りに出くわす全ての人が同じだった。

 流れた映像に修正は施されない。あらゆる動画サイトは削除を試みるが、瞬時に次の動画が投稿をされる。テレビ等の報道機関はある程度、映像についての自粛をしているが、各界の評論家たちはかなり辛辣なコメントを玉雄に対して語っている。


「親の教育が――」


「学校の教育が――」


「人としてのモラルが――」


 通常ならもっと様々な面で自粛を要請するところだが、週刊誌等は実名報道までしている。批判的な声も一時的に上がるが、直ぐに無かったかのように静まってしまう。これは、亀頭達の両親が手を回した結果だ。


 自分の子供たちが戻らないのに、一般人の子供だけが戻るのは許せないといった感情から動いているのだ。

 この事に関しては一心庵の会長も何も動くそぶりを見せなかった。実の所、初期の要請で各所に借りを作ったため、歯がゆくもそれ以上の動きをするわけにはいかなくなっているのだ。


 玉雄は祖父と見たレトロゲームの動画を思い出す。沈没しかけた難破船から搭乗していた客が脱出するゲームだが、他の生き残りの人々を一人も助けずに脱出すると、救助に来たはずの人間から罵声を浴びて、再び沈没船へと向かわされる。


 そもそも脱出した彼は船員ではなく、船舶に偶々搭乗していた客だ。本来なら誰かを助ける必要は無い。自分の身を守ることが第一になるのは致し方ないのだ。

 もし、現実に脱出に成功した搭乗客に対して救助員がそのような行動を取れば、世間から非難を受けることは間違いないであろう。

 

 そんな理不尽な事態に、現実で玉雄は巻き込まれている。ヤイコが流した事実でありながらも、事実とは異なる印象を与える映像によって。


(ヤイコは生きていた)


 玉雄は暗い部屋のベッドの上で膝を抱えて電脳世界の事に思いを巡らす。一緒にいた人達は、別ステージで苦しみもがいているに違いがない。


(救う必要があるんだね)


 父は勤めていた会社を突然解雇された。大手の取引先が手を引くと脅しを掛けた結果だ。再就職先は見つかっていない。あらゆる面から圧力が掛けられているのだ。


 母は、ノイローゼ気味だ。近所の目線、外出時の視線に耐えきれなくなっているのだ。


 妹もまた、部屋に引き籠っている。学校はなにもしてくれない。著名な教育評論家から駄目な教師陣、クズの学校のレッテルを貼られ、玉雄の家族達を忌々しく思っているからだ。


(そうだ、戻らなきゃ)


「……帰ってこなければ良かったのに」


 トイレに行くとき、台所に向かう時、部屋に戻る時、家族達からの恨み言が玉雄の耳に入って来る。聞こえないように言っているつもりなのだろうが、はっきりと玉雄の耳には聞こえている。




 誰もが寝静まった深夜に玉雄は一人家をでる。自分の携帯端末を片手に持ち、静かにドアを開け、気付かれないように家を出る。誰もいない、防犯灯の灯りが灯る路地を曲がる。

 


「やあ、玉雄君。少し話を聞かせてくれないか」


 暗がりからカメラを構えた男と、厭らしい笑みを浮かべた男が姿を現す。玉雄の家にずっと張り込んでいたフリーの記者だ。


「キミのね、感想を聞きたいんだ。皆を見捨てて逃げだした、キミの感想を――」


 怒りの顔を撮影したいがために、相手をわざと怒らせるような口調で話しかける。相手は、小学生。直ぐに丸め込める。ずっと、張り込んでいた成果があったと記者は喜ぶ。

 そして、腹に目掛けて何かがめり込み、突然の出来事に分けも判らずにいたが、瞬時に痛みで蹲ってしまう。

 玉雄が手にしていた金属バットで、わき腹を思いっきりぶっ叩かれたのだ。カメラマンが慌てて玉雄の様子を写し取る。

 そのカメラに向けてバットを振り込む。まさかの出来事に避けることが出来ずにカメラは打ち壊される。


「手前、何しやがる! ガキだからって容赦はしねえぞ、ンガ」


 高級な取材用のカメラをお釈迦にされた男は怒声を上げるが、構わずに打ちこまれたバットに顎を砕かれて悶えのたうち回る。


 玉雄は気付いていた。ずっと、この二人が玉雄の家に張りついていたことに。職を探す父や、買い物に出る母、学校に向かった妹にしつこく付きまとっていることに。


「これから、皆を救いに行くんだ! 邪魔をするな!」


 目に隈を浮かべた少年の顔には、若干、狂気が浮かんでいた。二人の男はその事実に気付き竦み上がる。

 通常の人では持ちえない感情を確実に抱いている。事を荒立てれば命を奪われるかもしれない。

 玉雄は精神的に追い詰められていた。他の人を救えなかった事実に、家族を巻き込んだ事態に、ヤイコを止められていない現実に、現実世界と電脳世界の全ての事象に、悩みを膨らませていた。

 

 本当は、玉雄が一人で気にすることでは無い。誰のせいでもない。本人たちの自己責任の範疇ともいえる。だが、玉雄は一人で抱え込んでしまった。


 玉雄は深夜の住宅地の路地を駆け出し行く。現実世界を照らす灯りは、深夜の闇を飲みこむように、全てを曝け出す。


 しかし、その光は自分達に不都合な事実全てを隠し、包みこむ、現代の白い闇のように思えてくる。


(救わないと、救わないと、救わないと!)


 息が上がりながらも、心の中で、幾度も繰り返しながら玉雄は向かう。全てを白日の下に晒し出すためにも、あの場所へと戻っていく。


(ヤイコはきっと笑って出迎えてくれるはずだ)


 玉雄は、忌まわしき、あの狂った電脳世界で待つ、狂気を抱えるヤイコに思いを馳せる。


 全てを救い出す。その一心を抱えながら、一人、暗くもない深夜の道を駆けていく。

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