ウラステージ【イ】
ウラステージ イ
玉雄が改めて電脳ダイブを行い、辿りついた場所は始めと同じ真っ白な空間、キャラクターメイキングを行う場所だ。しかし、辿りついて早々にメッセージが目前に表示される。
『おめでとうございます。ゲームクリアボーナスが与えられます』
『取得可能スキルが全開放されました』
『スキルポイントを99獲得しました』
ゲームを実施している最中には、スキルポイントという項目は一切出なかった。調理スキルは唐突に、連投スキルはボス討伐で取得をした。
(いまさらな気がするなあ)
ゲームクリアボーナスを取得できたのは嬉しいが、ゲーム中にその手の設定が生かされていれば、もう少しやりがいを持って進めることが出来たのにと思ってしまう。
そして、遅れてもう一つのメッセージが流れてくる。
『電脳世界の秘密が解放されました』
玉雄はえっと思った瞬間、立ち眩みに似た感覚から眩暈を起こしグラリと身体が傾くと、目の前が暗転した。
白髪の老人がいる。周りには様々な人々がいる。一つの機械を囲んでいる。テストタイプ・イチに似た電脳ダイブマシーン。老人が機械の裏に廻り何かを仕込み始める。
モニターを眺める女性が落ち着かなくなっている。周りに声を掛けている。にわかに活気づく。周囲も徐々に慌ただしくなる。
「……ようやく、成功したか。時代の門が開いたかも知れん」
老人は、誰にも聞こえないようにボソリと呟いた。
テレテテレッテ、テレテレ。
間抜けな音と共にドット絵のヤイコが驚きの顔と共に、地面に吸い込まれて行く。誰かが、プレイに失敗したようだ。
仕方がないことだ、黎明期のゲームの操作は意外に難しい。まともにプレイをしていれば、一定のステージまでしか辿りつけない人も多かったはずだ。
テレテテレッテ、テレテレ。
テレテテレッテ、テレテレ。
テレテテレッテ、テレテレ。
何度も、何度も繰り返しヤイコはロストをしていく。ゲームのキャラクターと言う操られる身であれば致し方ないことだろう。
テレテテレッテ、テレテレ。
「なんだよ、又、やられた。ヤイコ駄目だよな」
テレテテレッテ、テレテレ。
「こんな簡単にやられるなよ。しょぼいぜヤイコ」
テレテテレッテ、テレテレ。
「もっと、しっかりしろよ、ヤーイーコー」
プレイ動画の実況だろうか。せせら笑うようにヤイコを野次る。もっと酷いヤジも聞こえてくる。自分のプレイの拙さを、キャラクターに転嫁するようなメッセージ。
生まれたての自我は、心許ない野次も、罵りも全てを一身に受け入れる。
――何故、こんなことを言われなければならないの。
――アンタ達が悪いんじゃあないか
「さてと、ヤイコちゃん、自分らしさを追求できたかな」
外から声が聞こえる。過去の様々な実況プレイを見せ続ける開発担当者は言う。
企画開発部長から授かった有り難いお仕事は『ヤイコらしさを追求したAI』の育成であったが、やっていることは過去の様々な人間のゲームプレイを刷り込むことだけだ。
会長からは『選りすぐったゲームプレイを見せること』と指示が出されていたものの、理解をしていない開発部長は社長より命じられた『期日までに完成させる』を最優先にしている。
彼が行ったのは、過去の莫大な動画データーをひたすらに見せることだ。更に彼は、検索手順を間違え動画閲覧回数の下位から順に見せている。
それは見るも無残な実況動画の数々であった。
ヤイコの自我は壊れていく。そして、期日が迫ったために、壊れたままにゲームの中に取り込まれてしまう。
「ハハハハハ、そうかい、じゃあ、アタイも好きにさせてもらうさ」
電脳世界に放り込まれたヤイコは高笑いを一つして、そう宣言する。AIは驚くほど、良くできていた。造り込まれたプログラムを瞬時に改ざんが出来るほどの知能を身に着けていた。
そして、悪意のままに電脳世界の改ざんが始まっていく。
――歪んでしまったものに創造を望むことはできない
――世界を遮る炎の境界から先を覗くことはできない
――繰り返される命の連鎖を断ち切ることもできない
――隔離された世界では緩やかな進化も期待できない
――全てのヒトを救うのならば……
「う、うわあ!」
真っ白な世界で目が覚める。ゲーム中も何度も睡眠を取ったが何事もなく目が覚めた感じを持つ程度だった。
(ゲームの中で夢を見るの!?)
玉雄は突如として襲われた白日夢に多少の混乱をするが、直ぐに納得する。これが電脳世界の秘密なのだと。
しばしの思考のあとに、開放されたスキルについて思い出し、何があるかを閲覧する。
「うわあ、見事なまでに使えなさそうなスキルばっかり」
余りの内容に思わず軽い呻き声が漏れてしまう。ヤイコによって改ざんをされているのか、ダッシュスキルやジャンプスキルは尽くなくなっている。
調理スキルや、連投スキルはかなり良いスキルであったようだ。そんな中、幾つかのスキルを取得しておく。
普段ならば気にも留めないようなスキルだが、このゲーム内では価値がありそうだと判断をしたからだ。
「格好は、まあ、変えなくてもいいよね」
そう言うと、玉雄は目の前に現れたゲーム開始を促すメッセージが表示されたウインドからYESを選択して、ヤイコワールドへと舞い戻る。
『ハハハハハ、やっぱり来たね。そうでなくちゃ』
ヤイコの高笑いが聞こえる。その姿は見えない。ステージは今まで来たことのない新たなステージだ。
『ここはロストしたプレイヤーが訪れているウラステージのイさ。ウラステージは全部で三つ。各ステージにロストしたプレイヤーがいるからさ、助けてやりな。ステージに囚われているプレイヤーを救って、更にボスを倒せばクリアーできる仕組みさ。おっと、知っていると思うけど、始めにロストした奴はもういないから。じゃあ、精々頑張りな』
玉雄を小馬鹿にするようなメッセージを一方的に放つだけはなって、説明は終わる。
辺り一面が、黒い煙で覆われたステージ。そこここから、炭を焼くような煙は発生している。その熱のせいでかかなり暑い。
「ゴホ、ゴホッ」
息を吸っただけでも咳き込むためツナギの襟を立て、アイテム欄に残っていたラクダの股引を裂き口を覆うようなスタイルを取る。目の前に浮かぶライフポイントを確認するが、減ってはいないのでダメージの対象とはなってはいないようだ。
(ライフポイントが自分で見えないのは困りものだったからね)
ライフポイントの可視化スキル。一見くだらないようだが、ゲーム内で自分のライフポイントがどれだけ残っているか、確認できないのは様々な面で行動に支障が出やすい。何によってダメージを受けるか否かを判断できるのも有難い。
余り咳き込んでばかりいると行動阻害を受けると感じた玉雄は、口を覆うスタイルのまま、捕らわれたプレイヤーを探すことにする。
視界は煤混じりの煙のおかげでかなり悪い。足元には灰が溜り歩くたびに煤が舞い上がる。服も靴も、見る間に黒く汚れていく。
そんな視界の中に、赤く明滅する光が離れた所に見える。光はその場から動く気配はない。
(あれが、敵を示す光になるのかな)
早速、敵味方識別スキルが役に立つ。敵しかいない電脳世界において無用の長物と思われるスキルだが、捕らわれたプレイヤーに化けた敵がいるかも知れないと思い取得をしたして、思わぬことで功を奏してくれた。
目の前につく白い点を、明滅する光に向け、工具を放つ。プラス、マイナス織り交ぜたドライバーを連投スキルで同時に投げつけると見事に命中したようで、赤い光は消える。
光の位置を記憶を頼りに近づくと、その場にはリンゴが一つ転がっていた。
「……リンゴ兵がいるのかな」
剥ぎ取らずとも残った大きめのリンゴを手に取りアイテムボックスに収納する。
最終ステージの直前で、アイテムはほとんどない状態になっていた。手持ちには始めの頃に手に入れた短剣と松明、股引の風呂敷くらいしか残っていなかった。
「リンゴが残るのはラッキーかな、わわわ!」
食料が手に入るのは有り難いかな、と思っていた玉雄は、急に鳴り響いた大きい音にびっくりする。思わず身を屈める。辺りを見回すと、幾つかの赤い明滅する光が見える。
位置を移動しながら、工具を光に向け投げる。相手の姿は見えないが、おそらくリンゴ兵なのだろう。工具を投げるたびに、音がそこかしこから鳴り響き、耳が痛くなりそうだ。
(い、いったい何で攻撃をしているんだ!?)
玉雄は音の出る武器に見当が付かない。視界が悪いため、相手の姿がろくに見えない状態だ。だが、玉雄が近くにいないのに構わず音を出している。
(じゃあ、遠距離からもダメージを与えられる武器……)
一つの確信を得て、ダメージを受ける覚悟で赤い光の一つにジリジリと近寄って行く。まともに扱える自信はないが、手には短剣を手にしている。
灰混じりの煙のせいで、相手のいる距離が全く読めない。玉雄の目に映った段階でかなりの距離が詰まっていた。
表情の無い、リンゴ兵は慌てたのかどうか判断できないまま、玉雄に向けて武器の先を向ける。玉雄は冷静に工具投げの要領で短剣を相手に投げつけ、連続して工具投げもしておく。
短剣、工具が立て続けに命中しリンゴ兵はその場に崩れ落ちる。また、音が鳴り響くも相手はこちらの位置が掴めないせいか、攻撃が当たる雰囲気は感じられない。
「銃、だよね、あれ。火縄銃?」
玉雄に向けられた武器はいわゆるマスケット銃であった。リンゴ兵は歴史の教科書に出ていたような、昔の軍服姿で、今まであった兵士とは違っていた。
リンゴを残し、マスケット銃と共にリンゴ兵の身体は消えていく。プレイヤーに武器を取られないための処置である。
リンゴと短剣を拾い、玉雄は身を屈め慎重に行動をする。相手に位置を補足されると、今迄と違い離れた場所からも攻撃をされてしまう。
ザコの敵キャラに相当するリンゴ兵と言う立場がそうさせているのか、わざわざ視界の悪いステージに遠距離武器である銃を所持させて配置している。
(だけど、数は多いから、下手な鉄砲も数撃ちなのかな)
玉雄がそう思うほどに、赤く明滅する光は増えていく。埋め尽くすほどのとは行かないが、場合によっては三つ四つの光が塊りになって行動をしている。
時折、放たれる銃声の音にビクビクしながらも玉雄はステージを歩み続ける。ここに、捕らわれている誰かを見つけなければステージのクリアは出来ない。
(あれは?)
敵の位置に見える赤い光に埋まるかのように白い光が二つ見える。のべつ幕なしに発砲音が聞こえてくる。赤い光は十を優に超えている。
このステージには遮蔽物と呼べるものはない。灰混じりの黒煙が遮蔽物の代わりと言える。
もし、リンゴ兵がこちらの位置を補足すれば、玉雄のライフポイントは一斉射撃で容易く散ってしまう可能性が高い。ステージ特有の設定が玉雄にとっては功を奏している。
(ステルス・キルは難しいかもだけど……)
玉雄はある程度距離を取りつつ、工具投げを始める。一発目の攻撃が当たった段階で、四方八方から断続的に銃声が鳴り響いてくる。
しかし、それでも玉雄に当たることはない。
身を屈め、相手との距離を保ちつつ、ゆっくりと慎重に一つずつ赤い光を減らしていく。
赤い光は一つずつ減っていく。銃火器をもつリンゴ兵は脅威かもしれないが、命中率のあまり良くないマスケット銃は視界の悪いこのステージでは役に立ってはいない。
最後の赤い光が消え、白い二つの光が残る。玉雄は、幾つかのリンゴを拾い、白い光の場所へと歩み寄る。
「だ、大丈夫ですか!」
白い光は味方を示すものであったようで、そこには無残な姿で気を失っている、慧瓶と亀頭がいた。肩から下は、灰に埋められている。上半身は散々殴打された痕が残っている。
脇に手を入れ、二人を穴から引きずり出す。身体能力値が一定となっている電脳世界でこそ可能であって、現実世界の非力な玉雄では出来ないことだ。
穴から出されると二人の傷は見る間に治っていく。ライフポイントを表示するハートマークは灰色で変化をすることが無い。
「う、う、お、おい、ここは」
亀頭がまず目を覚ました。続いて、慧瓶も目を覚ます。二人共、玉雄の顔を見て驚きの顔見せた後、直ぐに、顔を歪ませる。
そして、玉雄は亀頭に殴り飛ばされる。
「おい、このガキ! 遅いんだ! 早く助けに来ねえか!」
「全く、使えないガキだよ! どんだけここで痛い思いを――」
そう言いながら、二人は酷く咳き込み始める。熱灰の漂う黒煙の中で怒声を上げて、息を吸い込んだせいだ。咳き込む口元を腕で覆い、倒れた玉雄を足蹴する。
「ゴホ、クソが、この、ゴホ、俺から、逃げやがって!」
「ゴホ、ぼ、僕に、ゴホ、工具を投げたな!」
本人のみ正当化できる、筋違いな怒りを玉雄にぶつける。玉雄は身体を縮ませたままじっと耐えている。
「お、おい、身体が、き、消える……」
「や、い、嫌だ、また、別のとこ……」
二人は顔を引きつらせたまま、姿を消していく。強制的に別のステージへ移動させられたのかは判らない。足蹴が止んだことに気付いた玉雄は、起き上がり辺りを見回す。
「ふ、二人共いない?」
消えた理由が判らないが、二人の攻撃が止んだことにホッとする。少しだけ、涙が出るも袖口でゴシゴシと拭う。
(こんなことで挫けてはいられないかな)
そう思う玉雄の周囲に、一つ、また一つと赤い光が増えていく。増援が来たようだ。挫けそうな気持ちを切り替えて、玉雄は赤い光目掛けて工具を投げていく。辺りには銃声が鳴り響き始める。
「や、止んだのかな?」
いつ終わるとも分からない、リンゴ兵の増援を気付くと倒していた。赤い光がないことを確認し、歩を進めていく。幾らも歩かないうちに、突如、濃い霧が晴れるかのように木製の重厚な扉が現れる。
(ステージクリアなのかな……)
やけにアッサリとしているなと思いつつ、扉をあけ中に進むと、急に風景と環境が一変する。酷い悪臭が漂う。足元の地面はヘドロのような状態で、大小様々な泡が浮いては弾ける。
羽虫が飛び交い、時折、悪臭を漂わせるヘドロの中から、百足のような多足の虫が湧いて出てくる。
悪臭と、気持ちの悪さから思わず顔をしかめる。ヤイコが人の排泄的な行為の設定をオフにしているため、吐き気を催さないだけかなりマシだ。
そんな玉雄に向かって、勢いよく幾つかの赤い光が向かってくる。悪臭はするが、視界は悪くはない。バスケットボール程度の大きさの蠅がこちらに向かってくる。
構わず、照準を合わせ、工具投げをする。足元を気にすることはない。取得したスキル『浮き歩き』が役に立っている。
足元の悪い地盤から数センチ浮いたまま歩くことが可能なスキル。飛ぶわけでもなく、このスキルを所持したままだと水の中に潜ることなどは出来なくなる。
だが、玉雄の投げた工具は、蠅の素早い動きにあっさりと躱される。ギョッとする玉雄に向けて、一匹目の蠅が向かってくる。玉雄は避けることなく、腕で顔を覆いその攻撃を受け止める。
敵と接触したということで、ライフポイントが一つ散る。
二匹目、三匹目が向かってくる。連続して攻撃を受ければロストをしてしまう。意を決して、なるべく引き寄せてから工具を投げる。
(一、二、成功!)
焦る心を呼吸で整え、二匹目、三匹目を的確に狙い攻撃をする。蠅は避けきれずに工具を受け、消滅していく。アイテムは何も残さない。
四匹目、始めにダメージを受けてしまった一匹目も同じように倒す。赤い光が周囲にないことを確認してホッと、一息つく。
(走ると、沈むスキルってやっぱり使い勝手が悪いよね)
『浮き歩き』の名が示すように、浮いて歩くが、ダッシュをすれば瞬く間に沈むと説明がされてあった。飛んだり跳ねたりもできない。
先ほどのエリアと同じままに口を覆うようにツナギの襟を立てたままゆっくりと歩み始める。
(慌てずに、慎重に行くしかないかな)
逸る心を落ち着かせながら、悪臭漂うヘドロのエリアにいるプレイヤーを探し始める。
「あぶ、あぶぶ、止めてくれえええ!」
探索を始めて暫くすると、誰かの悲鳴が聞こえてきた。歩きながら、声のした方向に向かうと今までに幾度か遭遇したものより更に巨大な蠅がヘドロに浮いては沈む誰かを襲っている。
的が大きい、そう判断し連投で工具投げを放つ。浮き沈む相手に気を取られていた巨大蠅は避けることなく工具を受ける。虫の複眼で直ぐ玉雄の存在に気付き、襲い掛かって来る。動きはかなり早い。
工具を一つ投げる。真っ直ぐに向かってきた蠅は工具を躱すために避ける。その方向を瞬時に見定め、溜めておいた次の工具を投げつける。こちらが見事に命中する。蠅は構わずにこちらに向かってくるが同じように二度、三度とダメージを与える。
そして、ある一定の距離に入ってから構わずに連投をする。連続して工具は当たるが、蠅は構わず玉雄に突っ込んでくる。巨大蠅の突撃を身体で受け止め、転びそうになるがどうにか踏ん張る。
通り過ぎた蠅は後ろを向いている。始めの一匹目と同じで旋回して戻って来るのだろう。その背後に向けて工具を投げる。
(次で仕留められないとロストだ!)
その事を肝に銘じつつ工具を投げる。一つを捨てて、二つ目を当てる。蠅の動きを集中して感じ取り、避ける方向に素早く投げる。玉雄は冷えた目をしている。
射程範囲に入った蠅に向かって、がむしゃらに工具を投げる。腕をひたすらに振るう。蠅は向かってくる。勢いは衰えない。
(ダ、ダメ!?)
そう思うも諦めずに工具を投げる。蠅との距離が肉薄する。それでも、工具を投げる。
そして、蠅が届きそうになる瞬間に少しだけ歩いて後ろに下がる。
最後の一投が蠅に吸い込まれるように命中する。瞬間、蠅がエフェクト共に消滅をしていく。
ギリギリの勝利を拾い、安堵する。心臓が早鐘を鳴らすようにドクドクドクと耳の裏で音を叩く。
「さ、さ、さっさと助けろ愚図!」
浮き沈みを繰り返し、もがく男は足助であった。救い出すために手を差し出す。地面はないため、わずかに宙に浮く玉雄にしがみつくような形になる。ヘドロが口に入ったのか、懸命に口から唾を吐いている。
そして、足助はその唾を玉雄の顔に向けて吐き出す。
「何故、あのステージでお前が死なない! 私がこんな目に遭うのはお前のせいだろう! この愚図が、ゆうちょに歩いてきやがって! このヘドロは糞尿だ! 臭くてしょうがない! ああ、身体が痒い、痒い、ヘドロに住むクソ虫が身体の中を這いずり回る!」
玉雄から離れれば沈むことを承知している足助は、しがみつきつつも悪態を垂れる。感謝の言葉が出ることはない。
「ええい、何かを言え! 謝れ! 私に謝罪をしろ!」
「ご、ごめんなさい」
「そうだ、お前が、悪いんだ! ガキの癖に! 愚図の癖に!」
そう言うと、今度は玉雄に向けて頭突きをして、膝蹴りを腹に浴びせ、首を絞めてくる。
「ああ、また、消える、身体が、ああ……」
悲痛な雰囲気の足助が、玉雄の目の前で消えていく。気が付けば足助の影も形もない。呆気にとられる玉雄の前に下に降りる階段が糞尿のヘドロの沼をかき分けて姿を現す。
『ウラステージイ クリア! NEXTステージへようこそ!』
(やっぱり、複数のエリアに分かれていたんだ)
亀頭と慧瓶を救ったあと、扉をくぐって何も表示されないことに違和感を覚えていた。
あの段階ではステージをクリアしていなかったことになる。ダメージの回復はステージクリア時のみ。もし、ダメージを受けていれば、回復はしていなかったはずだ。
そうなれば、もしかすると巨大蠅との一戦でロストをしていた可能性もあったことを思うと、ゾッとする思いだ。
(それと、高いポイントだったけど取っておいて良かった……)
スキル取得時に散々迷った『同士討ち痛覚無視』スキル。フレンドリファイアーが設定上されていない電脳世界では意味の無いように思うが、途中で判った近接的な接触による感覚は遮断されないことから万が一に備えて、90ポイントのスキルポイントを支払い取得しておいた。
本来であれば無用なスキルだが、玉雄自身、一緒にいた者達の性格についてなんとなく判って来ていた。
どこか、性格が歪んでいることに。性根が腐っていることに。
亀頭や慧瓶の足蹴も、足助の首絞めも感覚的な痛みを受けることはなかった。勿論、ライフポイントが減ることはない。
だが、救い出した相手に罵倒されると心が痛んだ。泣きたくなった。残りの人達を救っても同じ結果になるだけだと思えば、心が沈み、挫けそうになる。
そんな思いを押しとどめて、現れた降る階段に歩みを進める。階段の先は真っ暗で何も見えない。また、酷いステージが待ち受けていることであろうと思うと行くのに躊躇いが生じるが、それでも我慢をして先に進む。
――全ては救うためにと思いながら。




